僕には2人の弟がいる。
一人は大学生で、もう一人は高校生。
大学生の弟は、シンガー。高校生の弟は、ドラマー。
本気で音楽を志し、本気でロックンロールスターになれると信じている。
だが、大学生の弟は、数年前から精神の病を患っている。学校にも行けず、人と関わることができず、もがいている。
なぜ、弟が精神病になってしまったのか、正確な理由は分からない。正義感と責任感が強すぎるが故、社会と折り合いが付けられなかったのか?親父の「死」のショックに耐えることができなかったのか?
父親を自殺で亡くしたあの時、僕の人生のゴングが鳴った。 - strongemotion
些細なことで誰かに腹を立て、警察沙汰を起こすこともあった。精神薬を飲み過ぎる、いわゆるオーバードーズを繰り返すこともあった。
時折、自分が誰なのか分からなくなる。目の前にある現実の、自分の姿が乖離しているように感じる。悲痛な声でそんなことを話す。
そんな弟が、人生を懸けているもの。
それは「音楽」だ。
弟は小さい頃から音楽を愛していた。小学生の時にピアノを習い始め、学校では和太鼓で作曲し運動会で披露。大学生になってからはギターにのめりこみ、暇さえあれば歌を歌い、曲を作っている。
弟はこう語る。
明日死ぬか、今日までの命か
冗談抜きでそういうギリギリの中でやってきた
それが俺の人生を面白くしてくれた
でもおれは死にはしない
最高の音楽を描き出すっていう目的がある
「明日死ぬか、今日までの命か」
そんな言葉を語る人間を、弟の他に知らない。弟が、どんな世界を生きているのか僕には分からない。
僕に分かること。それは弟の描く音楽が最高だっていうこと。ただそれだけ。
突き抜ける程純粋な魂が、そのまま世界に現れたかのような。どこまでも強く、繊細で、美しい。
全ての物事には意味がある。
どんな困難も、悲劇も、何か重要な意味があって起こっている。
それを経験した人間にしか得られない感情がある。
弟だからこそ描ける、最高の音楽がある。
その音楽が、世界を変える日が来る。そう信じている。
その弟が、最近キャバクラにのめりこみ数十万円を使ってしまったらしい。
精神病の人間は、どこに行ってもケダモノ扱いされる。
それだけで関わるべきじゃないと思われる。
人間関係を簡単にぶち壊しうる病気といっていい。
そんな奴がこの世界で生きていくのはあまりにも息苦しすぎる。
弟にとってキャバクラは生身の人間と関わることができる最も楽な手段だったのかもしれない。そこに行くと気持ちが楽になると言う。
それに対してドラマーを目指す高校生の弟はこんなことを言ったらしい。
金の使い方は間違えるな。音楽には金をかけろ。
キャバクラに費やした金で何枚のCDが買えた?
中古ならギブソンのレスポールでも買えたやろ。きっとその金を音楽にかけてたら、音楽偏差値はバカみたいに上がってたやろうな
お前に魂があるなら、そのロックンロール魂っていうのを音楽で表現してくれねーか?
音楽が最高の快楽じゃねーのか?音楽はいつでも俺らの見方やろ
こいつらは間違いなくデカい人間になる。
そんな言葉を語る高校生を他に知らない。
高校生の弟も、大学生の弟も。
音楽の力を心から信じている。音楽が絶対に自分を裏切らないと知っている。
最高の音楽を表現するために生きている。
素晴らしい弟を持って誇りに思う。
「自分の言葉で」夢を語る人間が、世の中にどれだけいるだろう?
嫌々仕事をして、自分を殺して生きている人を否定したいわけではない。
ただ僕は、情熱的に生きていたい。情熱的な人間と共に生きたい。
世界中の人たちが夢を語り合えるような最高の学び舎を作りたい。
僕ら兄弟に共通していること。
それは、心の中に親父が生きているということ。
親父がいたからこそ、そして親父がいるからこそ、僕らは力強く歩いていける。
いつか、胸を張って親父に会いたい。ただそれだけ。