田舎が嫌で都会に出てきたのに、いざ子供が生まれると、田舎の親と同じようなことを言っている件

「ベビーカー問題」「保育園問題」「ワンオペ育児の賛否」など、炎上しがちな子育てにまつわる諸問題。むしろ炎上してクラウドファンディングで子育てを、と企むホストを描いた海猫沢めろんさんの問題作『キッズファイヤー・ドットコム』が上梓されました。
発売即重版と好評な中、表紙を描いた漫画家の鳥飼茜さん、そして、作中にもモデルと思しきキャラクターが登場する荻上チキさんと三人で語り合いました。第3回はさまざまな世間の規範との関わりについて。知らず知らずのうちに内面化してしまう規範から自由になるにはどうしたらいいのでしょうか。


左から、海猫沢めろんさん、鳥飼茜さん、荻上チキさん B&Bにて

シェアハウス育児に沸き起こる世間の嫌悪感

荻上チキ(以下、荻上) ここまで育児の常識のぶつかり合いについて話してきましたけど、鳥飼さんの『地獄のガールフレンド』っていう作品も、共同生活の中でのシェア育児みたいな面もあるじゃないですか。

鳥飼茜(以下、鳥飼) そうですね。シェア育児がテーマな話ではないけど、シチュエーションとしてはそうです。


『地獄のガールフレンド1』鳥飼茜

荻上 一つの家に、女の人が3人暮らすという設定ですよね。一人は離婚したてのシングルマザー。もう一人は以前ずっと既婚者と交際していたけど今は恋愛に距離があるという。

鳥飼 そうです。不倫はしていたけど、セカンドバージンと言われている真面目OL。あとはずっと恋愛しっぱなしで結婚はしていないモテガール。

荻上 とにかくめっちゃモテる。

鳥飼 だから正直、その女性3人と子どもが暮らすという時点で微妙に物議を醸すというか。シェアすること自体にアレルギーというのが。
 大人たちが夜話し合ってるとき、子供はどうしてんの? とかかわいそうじゃない? みたいな反応はあって。その先に言いたいことがあっても、いつも子供はお母さんの横にいてあげるべき、みたいな。

海猫沢めろん(以下、海猫沢) 漫画でもそんなこと言われるんですか。

鳥飼 子どもをほったらかしてそうなシーンが続くだけでも嫌悪感というか。たぶん、躓く段階が早い。

海猫沢 そこは難しいですよね。嫌悪感と言われちゃうと理屈じゃないから。
 この間ネットでもシェアハウスで育てるのが炎上してましたよね。

荻上 なんで炎上したの?

海猫沢 旧日本的な価値観からすると、やっぱおかしいみたいな。

鳥飼 でもさ、すごい昔って、近所の人と育てたりしたよね。

荻上 乳母さんがいたりとか、家の中でも働く女中さんがいたりとか。

海猫沢 たしか「事故があった時の責任は?」「自分たちだけで育児ができないなら子どもを作るなと思う」とか。なんか問題があった時に、誰が責任を取るんだ的な意見を見かけましたね。

鳥飼 あー、親がそこにいないと。

海猫沢 俺、もともとシェアハウス住んでて、パートナーもそこにいた人なので、当然子どもが生まれてしばらく、そのシェアハウスに住んでいたんですよ。

鳥飼 そうなんですか!

海猫沢 しかもそのとき、すでに別のカップルが産んだ生後半年くらいの子がいたんです。だけど漫画で描いているようには、ならなかった。

鳥飼 どういうふうにならないんですか。

海猫沢 子どもがあまりに小さいと絶対なんかが起きる前提なんです。事故ったり。そういうことを考えはじめると、他人に預けるというのは無理でしたね。もし、例えばなんかで障害が残るようなことになったりしたりしたら、その人を責めないではいられないじゃないですか。
 自分が預けた責任もあるし、無理でしたね。結局、ほとんど預けたりはしなかった。

鳥飼 あー。

荻上 お金で雇ったみたいな契約関係で割り切れないから、いざ何かあった時も賠償とかできなかったりとかはあるだろうけど。

海猫沢 結局、近ければ近いほど、友達関係とか考えたりして、なかなか難しかったですね。

いつの間にか内面化される規範

鳥飼 さっきから話してる世の中の規範とかって、おじさんだけが持ってるんではなくて、女の人にも内在しているんですよね。

海猫沢 ああ、そうですよね。

鳥飼 自分の家がどうやったかとか、親の振る舞いを見て育っているのかが一番影響でかい。いかに男女平等と言われても、親戚との間の大人の振る舞い方とかを見てるから。

荻上 正月とかね。

鳥飼 そう。親戚のおじさんが酔っ払って下品な冗談を言って、おばさんが苦笑いするみたいな、普通に受け入れて大きくなってきている私たちだから、そこで教育が云々の前に、女はこういう時に笑ってスルーするのがいいのであるみたいなことが、女の方も内面化しちゃってることってすごくある。

海猫沢 それは僕も田舎だからわかります。自分は田舎が嫌で都会に出てきたのに、いざ子供が生まれて教育していると、自分が田舎で育てられたときに、親の言っていることを言っているんですよ。それでハッて。

鳥飼 あ〜。

海猫沢 すごい薄っぺらい一般常識的なことを言っているんですね。

荻上 どんなこと?

海猫沢 礼儀正しくしろとか、大人のほうがエライから話を聞けとか、女の人にはとにかく優しくしないといけないとか。男尊女卑的な。

鳥飼 あー、私もいま思い出した。子供の友達のお母さんに呼ばれて、お家に遊びに行った時に、子どもが喧嘩しだしたの。

荻上 ほうほう。

鳥飼 その友達は女の子なんですけど、女の子のお腹をボコボコに殴りだしたの。私思わず「女の子殴ったらあかん!」って言ったんですけど、その子のお母さんはなんも言わなかったんですよ。「痛いことしたらだめだよ」っていうの。

海猫沢 なるほどね。男とか女とか関係なく。

鳥飼 あー私、微妙なこと言い方してしまったとあとで思ったんですけど。そこって難しくないですか。

海猫沢 難しい。すごく困りますね。子供ってつまるところPCで言えばOSをクリーンインストールしないといけない。

鳥飼 はいはい(笑)。

海猫沢 俺の汚れた知識とか歪んだ考えをインストールしちゃうとやばいことになるから、基本、自分が昔押し付けられて、嫌で、捨てたかったものとかを教えたりする。どっかでそういう規範を正しいと思っているんでしょうね。

荻上 他の人が自分の子に対して注意しているとか、他所の子を自分が注意する場面で、「規範的」なことを言われる場面もありますよね。自分の価値観と違う、「ザ・世間」みたいな。
 逆に、普段だったら気にもしないことでも、さすがに公共の場所だと周りの目とか「規範」を意識しちゃったりとかすることもあるし。規範との葛藤は、いろんなタイミングで出てきますね。

鳥飼 そうやね。自分たちは世間の規範から自由だと思っていても出てくる。

海猫沢 あとは今、不倫をみんな叩くじゃないですか。あれ、みんなやりたいからでしょ。

鳥飼 あははは。その話したい(笑)。

海猫沢 絶対そうなんですよ。あれは。みんなやりたいと思っているから、やれないことやっているやつがムカつくだけなんですよ。絶対。

荻上 僕からはなんとも言えない。

海猫沢 やばい! そうだった(笑)。いや、別にいいんですよ! いいんです!

鳥飼 続ける(笑)。

海猫沢 いや、育児とかの規範も、自分が信じてがんばってきたこととかとズレていると、否定されている気持ちになるんですよ。つまり、こっちのほうが正しいからこうすべきと言いつつ、多くは自分の内面にあるものを他人に押し付けているだけなんですよ。

自分に潜む規範を解きほぐすには

荻上 今の社会では、特定の規範は根強いですね。男と女の親がいて、ひとつ屋根の下で育てるべきで、モノカップル以外は想定されなくて。そうじゃないと、正しく成長することはできない、「子供がかわいそう」だから逸脱は叩かれてしかるべきみたいな。個別の経緯や合意の事情を知らなくても、他人の家族事情について、断片的な情報からコメントしていく人もいるし。

鳥飼 あー、私は離婚してますけど、離婚する時に友達が夫婦連れ立って説得にきたんですよ。

海猫沢 えっ。

鳥飼 私、もう無理やから、別れたいって言ってて、そうしたら、話があるから今から行くなって言ってきて、私の方と元夫の方にバラバラにきて、説得にきて。

海猫沢 どっかの宗教のひとですか(笑)。

鳥飼 いや、そのお友達はすごい好きな子で、今も付き合いあるんですけどね。お父さんとお母さんは絶対に一緒にいた方がいいから、今ここで別れたら絶対に良くないって。子供がかわいそうやって。

荻上 うーん。

鳥飼 そこは、その人達の中では絶対なんですよね。その認識の差は埋まらない。

海猫沢 それはどうしても埋まらないですよね。

鳥飼 どうにもならない。

荻上 僕の時は、逆に支援してくれた人も多かったですよ。

海猫沢 支援。

荻上 支援というか、まわりからいろんな体験談を聞く。離婚後はこんな形で子育てをしてるよとか、自分自身が離婚家庭だったけどこんな育ち方をしたよって。

海猫沢 なるほど。

荻上 寂しがる人もいる一方で、離婚しても両親には会えていたから別に気にしなかったとか、一緒に暮らして諍いをずっと続けている時の方が嫌だったとか、一枚岩ではないことを知って、自分なりの形を作っていこうと思えるようになったり。

鳥飼 ああ。

荻上 そもそも世の中には長期出張とかで実際月1回しか帰ってこない人とか、別居家庭とか、家族の実相は様々なんだけど。

鳥飼 たしかに。

荻上 しかも自分はどちらかというと、世の中の規範を疑っていこうよ、プライベートなことはほっとこうよって思うんだけど。実際に自分の問題として悩むと、自分の中にも残滓のような、「こう生きないお前はひどい」という呪いの言葉ってのがあって。

海猫沢 うんうん。

荻上 規範との距離感で、他人からも自分からもどんどん追い詰められて病む。そういう自分に潜む、自分の生き方に合わない規範のような言葉を解体していくというか、解除していくとか、実際の自分を受け入れるっていうのは、人の力を借りないとできない。

鳥飼 そういう全然見たことがない家族の形があるよっていうのに触れられてやっと解体できるっていうか。

荻上 そう。取材もしてるし、知識として本はいっぱい読んでいるから、理解はしてるつもりだったんだけど、頭では。

鳥飼 そっかそっか。知ってはいたんだ。

荻上 それでも自分自身がメンタル、感情の面として納得して受け入れるっていうのには、すごい時間がかかった。離婚を考えてからうつ病になって死にかけたり、関係ない著名人がプライベートな問題で叩かれているのを見るだけでもフラッシュバックしたり。
 体感して思ったけど、「報道うつ」になった人、たくさんいると思うんだよね。Twitterとかで罵倒してくる人たちもたくさんいるし。そんな中、いろんな生き方を描く作品の力っていうのはすごい大事だと思うんだよね。

海猫沢 本だったらまわりに人のつながりがなくても読めますからね。


次回「愛情だけのワンオペ育児への問題提起」、9/12更新予定

構成:中島洋一

ポジティブなホストが、拾った子どもをクラウドファンディングで、育てたら炎上した!みたいなお話はこちら!

この連載について

初回を読む
子育て問題はなぜ炎上しがちなのか?—荻上チキ×鳥飼茜×海猫沢めろん

荻上チキ /鳥飼茜 /海猫沢めろん

「ベビーカー問題」「保育園問題」「ワンオペ育児の賛否」など、すぐに炎上しがちな子育てにまつわる諸問題。むしろ炎上してクラウドファンディングで子育てを、と企むホストを描いた海猫沢めろんさんの問題作『キッズファイヤー・ドットコム』が上梓さ...もっと読む

関連記事

関連キーワード

コメント

matu_bi_ この対談、面白かったです。 先の『ママたちが非常事態』には人類は共同養育が基本となる本能を備えている、育児の体験の有無が赤ちゃんへの愛情にも関連すると書いていて。 色々難しいようですがシェアハウスでの子育ては理想的だったりする。 https://t.co/unxVXxP0ge 約3時間前 replyretweetfavorite

RKTM この記事をチキさんが > 荻上 僕からはなんとも言えない。 https://t.co/c6H0YrTMN6 約5時間前 replyretweetfavorite

yuya_presto 漫画気になる >> 約7時間前 replyretweetfavorite

strong0__ 良記事だった https://t.co/DkgOljv724 約7時間前 replyretweetfavorite