2015年5月号

健康ステーション新革命

認知症予防や終末期ケアにも効果 医療アロマセラピーの可能性

塩田清二(星薬科大学薬学部 生命科学先導研究センター特任教授)

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アロマセラピーの基礎・臨床研究が進み、認知症予防や終末期医療への効果が明らかになる中で、地域医療にアロマセラピーを役立てようという薬局が登場してきた。アロマセラピー研究の最前線と、その可能性を探る。

芳香治療のエビデンスが揃い、医療や介護の現場でもアロマオイルが用いられるようになってきた

アロマセラピーへの「誤解」

日本でアロマセラピーといえば、美容や癒しを目的とした女性の趣味というイメージが強い。しかし、これを医療現場で活用しようという動きが広がっている。背景には、基礎・臨床研究を通じて、香り成分(精油の芳香物質)の効果を科学的に実証できるようになってきたためだ。

そもそもアロマセラピーとは、植物由来の精油を使用することで自然治癒力を高め、心身の疾病予防や治療を行う療法を指す。意外にも、医療行為としての歴史は古く、1920年代にフランスの科学者が火傷の治療にラベンダー精油を使用したことにはじまり、その後、1960年頃から欧州各国に波及していったという。

アロマセラピーは大きく分けて、医療的な見地から発達したフランス系の「メディカル・アロマセラピー」と、美容的側面の強い英国系の「エステティック・アロマセラピー」がある。

「フランスやベルギーでは、アロマセラピーは長らく医療行為として認められてきました。そのため、精油は医薬品として扱われ、薬局でしか販売することができません。対して、エステティックサロンなどの美容分野から広まった日本では、精油は雑貨扱い。一般的に、アロマセラピーはまだまだリラクゼーションの1つと認識されており、安価な合成品も高価な100%天然物も、同じ精油として一括りに売られている状態です」と、星薬科大学薬学部特任教授で日本アロマセラピー学会理事長の塩田清二氏は語る。

塩田清二(星薬科大学薬学部 生命科学先導研究センター 特任教授)

脳に作用する芳香療法
医療現場で導入拡大

現在研究が進んでいるのが、芳香療法としてのアロマセラピーだ。匂いの刺激は、鼻腔の奥にある嗅覚器へ伝わり、匂いを識別する嗅細胞、そして脳へと伝わる。脳の深いところに直接伝わることで、自律神経や内分泌系、感情、行動に働きかけることが明らかになってきた。

脳に直接作用する匂いの働きが医学的に解明されるにつれ、西洋医学では太刀打ちできなかった“治りにくく予防しにくい疾患”の画期的な治療方法として、医療現場でもアロマセラピーの導入が進みつつある。日本では1997年に医師や看護師、薬剤師らで組織する日本アロマセラピー学会が設立され、一気に研究が加速した。

「たとえば産婦人科では、妊婦の不安やストレス、陣痛といった痛みの緩和にアロマセラピーを活用する医療機関が増えています。痛みとは、傷ついた患部からの信号です。脳が痛みを感じる物質や痛みを増す物質を産生するため、痛みの元は脳にあるわけです。そのため、終末期のがん患者へのケアとしても、アロマセラピーは有効。手足をオイルでマッサージすれば、香りとスキンシップの相乗効果で、薬だけでは解決できない全身の苦痛や不安・不眠に対処することができます」

認知症の予防も注目される分野だ。横浜市内のある介護老人保健施設では、20人の認知症患者に芳香療法を行ったところ、物忘れなどの認知機能障害が和らいだり、表情や行動に活気が見られるようになったとの報告がある。特に、柑橘系の香りは、脳の前頭葉を刺激し、交感神経を活性化させる効果があるため、うつ病の治療などにも応用可能であると期待されている。

精油の材料となる植物は欧米由来のものが大半だが、塩田教授はサクラやヒノキ、オビスギなど、日本由来の植物から精油を作る研究を進めている。「優れた効能が認められれば海外輸出も可能でしょうし、日本の農業や林業の再生にもつながります。アロマセラピー産業に大きな可能性を感じています」

海外では「ECOCERT」をはじめ精油の品質基準が存在する。日本でも品質基準や法的規制の整備が求められる

地域医療の新たなツールに

徐々に芳香治療のエビデンスが揃い始め、日本でもメディカル・アロマセラピーへの期待が高まっているが、欧米に比べて医療への活用はいまだ遅れを取っている。その理由を塩田教授は、「高濃度の芳香・薬効成分を含むにも関わらず、精油に関する品質基準や法的規制がないことが原因」といい、次のように指摘する。

「海外の精油には、欧州のエコサート(ECOCERT)をはじめ、第三者の認定機関が定めた厳しい品質基準が設定されています。具体的には、化学合成成分の配合や残留農薬・放射線物質の有無などが問われます。基準をクリアした場合、パッケージにロゴマークが記載されるため、消費者は難しい成分表を見なくても、安全性や品質を一目で判断することができます」

そこで日本アロマセラピー学会では、精油の医療知識やトリートメントに関する独自の認定制度をスタートした。この制度を活用し、在宅ケアや地域包括ケアに取り組む調剤薬局も登場している。

塩田教授は、「地域医療の担い手である薬局が、アロマセラピー事業に取り組むことは重要であり、ビジネス面でのチャンスも非常に大きいと思います」と言う。

「薬の専門家である薬剤師が新たにアロマセラピーの知識を習得すれば、薬と合わせた複合的な治療を提案することができるようになり、キャリアアップにもなります。薬局経営の面から見ても、価格が多少高くても、安心・安全で機能評価の高い商品を提供することで、他の薬局との差別化が図れるでしょう」

医療現場でのアロマセラピーの本格的な普及に向けて、乗り越えるべき障壁は少なくない。しかしパイオニアとなる薬局は、必ず現れるはずだ。

塩田氏はサクラやヒノキなど日本由来の植物から精油をつくる研究をしている

塩田清二(しおだ・せいじ)
星薬科大学薬学部 生命科学先導研究センター 特任教授
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