毎日新聞は8月30日付夕刊の特集ワイドで、他国のミサイル基地などを破壊する「敵基地攻撃能力」をめぐる議論を取り上げた。その中で、相手国が発射し上昇中の弾道ミサイルを、イージス艦から発射された巡行ミサイルで撃ち落とすことが可能であるかのようなイラストを掲載。しかし、実際はそうした迎撃は現実的に困難と専門家が指摘し、日本報道検証機構が毎日新聞社に質問したところ、同社は図イラストは誤りだったとして8日付夕刊「おわび」で訂正した。ニュースサイトの記事もイラストは削除されたが、訂正は掲載されなかった。
記事は、自民党内の敵基地攻撃能力の保有ををめぐる議論を紹介。敵国の弾道ミサイルをイージス艦搭載の「SM3」、地上に配備した「PAC3」の2段構えで迎撃する仕組みに加え、発射直後の上昇中のミサイルを撃ち落とせるよう「3段構え」にするのが今回の議論の狙いだと指摘していた。
この記事に対し、和田政宗参議院議員が「そもそも上昇中の弾道ミサイルを巡航ミサイル(トマホーク)で撃ち落とすことは無理」とブログで指摘。安全保障・軍事に詳しい西恭之・静岡県立大特任助教も、トマホークが23キロメートルほど飛行している間に、日本を射程に収める準中距離弾道ミサイルが燃焼を終えてしまうなどと指摘していた(『NEWSを疑え!』2017年9月4日特別号)。
上昇中のミサイルを迎撃する手段はまだ確立されておらず、研究開発中とみられる。西氏によると、米国は、2010年2月に上昇中の液体燃料ミサイルを破壊する迎撃試験に成功したものの、有効射程が短く実用的でないため開発を中止。しかし今年6月に固体レーザーと高高度滞空型無人機を利用した空中発射レーザーの開発を再開したという(『NEWSを疑え!』2017年6月19日特別号) 。
読売新聞は9月3日付朝刊で、日本政府が、発射直後の弾道ミサイルに高出力レーザーを照射し、無力化・破壊する新システムの開発を検討していると報じたが、巡航ミサイルによる迎撃という選択肢には触れていなかった。そのため、政府与党内で発射直後のミサイル迎撃を検討しているとすれば、米国が開発中のレーザー兵器を念頭においている可能性が高い。
毎日新聞社長室の広報担当者は、日本報道検証機構の質問に対し、「記事は、北朝鮮ミサイル危機を受けて活発化している敵基地攻撃能力保有の議論に、一石を投じることを狙ったものです。自民党の一部で、発射直後のミサイルをたたく能力を持つことも議論すべきだとの主張があることは事実です。しかし、記事に添付したイラストで、イージス艦から発射された巡航ミサイルが発射後の弾道ミサイルを破壊することが可能であるかのように描いたのは誤りでした」と書面で回答した。
特集ワイド 「敵基地攻撃能力」保有すべきか 「やられる前に」乱暴すぎない? 「百発百中」なんて無理
…(略)…
敵基地攻撃とは何か。簡単に言うと、相手が攻撃の構えを見せた時、先に相手をたたくという考え方だ。初めて国会で議論されたのは、朝鮮戦争勃発から6年後の1956年。当時の鳩山一郎首相が「座して自滅を待つべしというのが憲法の趣旨とは考えられない」とした上で、「他に手段がない」場合に限り、敵基地攻撃は「自衛の範囲内」との政府統一見解を示した。この見解は別表のように政府答弁で言及されてきた。
イラストのように、日本のミサイル防衛は敵国の弾道ミサイルをイージス艦搭載の「SM3」、地上に配備した「PAC3」の2段構えで迎撃する仕組みだ。これに加え、発射直後の上昇中のミサイルを撃ち落とせるよう「3段構え」にするのが今回の議論の狙いだ。「敵基地攻撃」とはいうものの、打ち上げ前に発射台ごとたたけば国際法が禁じる先制攻撃になる。表の石破茂氏の答弁のように「発射の兆候」をつかめば「自衛のため」と言えるが、近年は数時間かけて液体燃料を注入するミサイルは減り、時間をかけずに発射できる固体燃料ミサイルが増えた。そこで明確に「反撃」と言えるよう上昇中でもたたくことを目指すのが、積極派の主張だ。
…(以下、略)…毎日新聞2017年8月30日付夕刊2面 ※ニュース記事は図面削除済み。
… トマホークの巡航速度は時速890キロ(秒速0.25キロ)にすぎない一方、北朝鮮から日本を射程に収める、射程1300キロほどの準中距離弾道ミサイル(MRBM)は、95秒以下しか燃焼しない。同時に発射しても、トマホークが23キロほど飛行している間にMRBMは燃焼を終えてしまう。北朝鮮内陸部から発射される直前の弾道ミサイルを、北朝鮮の100キロ沖からトマホークで攻撃する場合も、弾道ミサイルより20分以上前に発射しなければ間に合わない。
そもそも、トマホークは敵のレーダーを避けて、できるだけ低空飛行する巡航ミサイルなので、発射後の弾道ミサイルを追いかけて上昇する能力はない。また、移動目標攻撃能力を搭載する改修がどれほど進んでいるのか明らかでない。西恭之「検証──読売と毎日の弾道ミサイル防衛報道」、『NEWSを疑え!』第614号(2017年9月4日特別号)
- (初稿:2017年9月9日 11:20)