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写真家・松本美枝子が振返る自身の活動。撮り続けた先には何が?

写真家・松本美枝子が振返る自身の活動。撮り続けた先には何が?

松本美枝子写真展『ここがどこだか、知っている。』
インタビュー・テキスト
内田伸一
撮影:豊島望 編集:宮原朋之、久野剛士
2017/09/08
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写真は、瞬間を切り取るもの。輝きも翳りも、そこでとらえられたものは、何かしらのピーク=頂点の一瞬だと感じがちだ。でも、写真家の人生は逡巡を重ね、ときに揺れながらも続いていく。だから「どこかへ向かう途中のような写真」「忘れないための写真」があってもいい。

松本美枝子の撮る写真は、そんなことを思い起こさせる。日本海沿いの営みを訪ねて、東から西へ。そして、誰もあの震災を知らなかった頃から、現在へ。かつて彼女が協働した谷川俊太郎の詩を引くなら、それは〈いま生きているということ〉(谷川俊太郎、松本美枝子『生きる』 / 2008)でもある。

学芸員から写真家に転身した彼女の写真は、私的な日常に生死の気配をとらえた作品から、リサーチに基づいた地域・歴史に関する表現へと発展を遂げた。その最新個展が、彼女の出発点と言える『ひとつぼ展』(現『1_WALL』)の舞台、ガーディアン・ガーデンで実現。その個展タイトルに『ここがどこだか、知っている。』と名付けた松本に、彼女のこれまでとこれからを聞いた。

「快」より「不快」が上回るかもしれないバランスで写真を選んできました。

―今回の個展のタイトル『ここがどこだか、知っている。』は、どんな心境で付けられたものでしょうか?

松本:これは過去の作品名でもあるのですが、私が近年やってきたことをまとめる個展の名前としても良いなと思って。自分たちの生きる場所や、その裏に流れている時間をテーマにしたかったんですね。だから「ここ」は、特定の場所ではなく、誰にとっても存在する普遍的な「ここ」を考えられたら、と思いました。

―松本さんとしては新しい試みですね。これまでは、身近で起きる私的な日常をテーマにされてきました。こうしたスタイルは、カメラをはじめられたときからのものですか?

松本:そうですね。写真と山登りが好きな父の影響で、私も小学生の頃から撮りはじめました。撮っていたのは、犬や猫、家族や友達とかごく身近な存在で、「女の子の写真」という感じ。遠足にカメラを持っていっても、思い出を撮影して友達に配るとかではなく、撮りたいものを勝手に撮っていた(笑)。

―すると、それから高校で写真部に入って……みたいな流れでしょうか?

松本:それが、高校はずっと弓道部で。でも、向いていなくて。じっとこらえるような集中力や我慢強さが、私にはまったくなかったんです(苦笑)。たぶん、もうちょっと動きながらやるもののほうが向いてるのでしょうね。写真も、基本的には動かないと撮れないものですから。

松本美枝子
松本美枝子

―今回の個展でも展示される作品に、『考えながら歩く』というのがありますね。目指す道を一直線というより、紆余曲折しながら進むタイプ?

松本:そうですね。進学も、当時は歴史や考古学がしたくて、でも受かった中で行ける学校は、文学部の美術史学科だけでした。ただ、行ってみたらそこでの勉強が思いのほか面白くて。

それもあって、卒業後は地元(茨城県)にある銀行がメセナ活動として運営する文化センターに勤めました。横山大観(画家、1868年~1958年)など、地域ゆかりの作家や名品に焦点を当てる展示が多いところです。

松本美枝子『考えながら歩く』マルチスライドプロジェクション、音(2017年)
松本美枝子『考えながら歩く』マルチスライドプロジェクション、音(2017年)

―仕事と並行して写真も撮り、第15回、第16回『ひとつぼ展』の連続入賞(2000年)や、『平間至写真賞』大賞を経て、本格的に写真家活動をはじめたと聞きました。

松本:写真はずっと続けていて、でも仕事にできるのかどうかが自分でもわかりませんでした。それで、「何か公募賞を獲れたら会社を辞めようか」と思って。

『ひとつぼ展』では、入選したけれどグランプリは獲れずに悔しかった。それでまた別の賞に応募して、平間さんの賞を頂くことができました。それが写真集『生あたたかい言葉で』(2005年)にもなって。平間さんには「体温を感じる」と言ってもらえたのがうれしかったです。

―その時期は、2000年度の『木村伊兵衛写真賞』を蜷川実花、HIROMIX、長島有里枝の三名が受賞し、さらに活躍していく頃にも重なりそうです。ちなみに蜷川さんはその前に第7回『ひとつぼ展』でもグランプリを受賞していました。

松本:「みなさんすごいな」と思う一方、「今から自分が彼女たちと似たような写真を撮っても既に遅く、意味がないだろう」と感じました。それで自分の写真の持ち味は何かな、といつも考えていました。当初は意識してダサい感じ、田舎臭い写真を撮ろうとしていたところもあります。

―この写真集は、ふつうの日常の中で生や死が行き来する印象があります。1枚1枚は断片的な写真が詩的な流れを生むような構成も、この頃から強いように感じました。

松本:写真の組み合わせでいうと、「快」と「不快」で分けるなら、少し不快が上回るかもしれないバランスで考えています。そういう区別の仕方が良いのかわかりませんが、日常の中の快や美の部分って、自分が撮ると典型的なストゥディウムな写真になりやすい感じがして。そうでない部分でも、「いろんな感覚を刺激できるものにできたら」という感覚があって。

松本美枝子

―その後、水戸芸術館での若手個展『クリテリオム』への抜擢(2006年)、また谷川俊太郎さんの詩と写真を組み合わせた共作本『生きる』(2008年)など、順調に活躍の場が広がっていったようにも見えます。

松本:でも、「身の回りの風景や情景を発展させて写真を撮り続ける」というのが、段々としんどくなってきたんですね。それを続けられる人もいるけど、私にとっては「別の手法があるだろうか」と悩むようになって。どう進んでいけば良いのか、自分の写真の幅は広げられるのか。そうした悩みを抱えた時期に、あの震災が起こりました。

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イベント情報

『ここがどこだか、知っている。』

2017年9月5日(火)~9月29日(金)
会場:東京都 銀座 ガーディアン・ガーデン
時間:11:00~19:00
休館日:日曜・祝日(18日、23日は祝日のため休館)
料金:入場無料

『写真が物語れることとは何か』

2017月9月14日(木)
会場:東京都 銀座 ガーディアン・ガーデン
時間:19:10~20:40
出演:
増田玲(東京国立近代美術館主任研究員)
松本美枝子
料金:無料(要予約)

『アート・ビオトープ~芸術環境としての水戸のこと~』

2017月9月21日(木)
会場:東京都 銀座 ガーディアン・ガーデン
時間:19:10~20:40
出演:
中崎透(美術家)
森山純子(水戸芸術館現代美術センター教育プログラムコーディネーター)
松本美枝子
料金:無料(要予約)

『土地と時間を考える~写真とフィールドワーク~』

2017月9月26日(火)
会場:東京都 銀座 ガーディアン・ガーデン
時間:19:10~20:40
出演:
港千尋(写真家・著述家)
松本美枝子
料金:無料(要予約)

プロフィール

松本美枝子(まつもと みえこ)

1974年茨城県生まれ。1998年実践女子大学文学部美学美術史学科卒業。2005年写真集『生あたたかい言葉で』(新風舎)で平間至写真賞受賞。生と死や、日常をテーマに写真とテキストにより作品を発表。主な展覧会に個展「クリテリオム68 松本美枝子」(2006年水戸芸術館)、「森英恵と仲間たち」(2010年表参道ハナヱモリビル)、「影像2013」(2013年世田谷美術館区民ギャラリー)、「原点を、永遠に。」(2014年東京都写真美術館)など。このほか、2014年中房総国際芸術祭、いちはら×アートミックス、烏取藝住祭、2016年茨城県北芸術祭、2017年Saga Dish & Craftに参加。2017年7月より「Reborn-Art Festival 2017」(石巻)に参加。主な箸書に写真詩集『生きる』(共著・谷川俊太郎、ナナロク社)。

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