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推定分野について  


研究成果のポイント

  1. 磁場を横切る導線に生じる誘導起電力が2つの本質的に異なる方法、「ファラデーの電磁誘導の法則」と「ローレンツ力」で求めることができるのはなぜかを明らかにしました
  2. 電子の運動を量子力学的な波動関数で記述すると同時に、電磁場をゲージ場とし、電場、磁場の代わりにゲージポテンシャルを用いることにより、この問題を解きました
  3. 高等学校の物理の教科書にも記載されていた奇妙な一致に対する理論的な回答が得られると同時に、量子コンピュータの開発にも貢献する成果です 


 国立大学法人筑波大学 計算科学研究センター小泉裕康准教授は、磁場を横切る導線に生じる誘導起電力 1)が「ファラデーの電磁誘導の法則」と「ローレンツ力」という2つの本質的に異なる方法で求めることができるのはなぜかを明らかにしました。この誘導起電力を求める問題は高等学校の物理の教科書にも載っており、馴染み深い問題です。しかしそれにもかかわらず、2つの本質的に異なる方法で結果がなぜ一致するのか、これまで明らかにされていませんでした。

 小泉准教授は、電子の運動を量子力学的な波動関数で記述すると同時に、電磁場をゲージ場 2)とし、電場、磁場の代わりにゲージポテンシャル 3)を用いることにより、この問題を解きました。その際、ゲージポテンシャルが持つゲージの自由度をエネルギー最小化という条件により固定しました。これにより、導線中の電子の量子状態を表す波動関数の位相因子に2重性があることが示されました。つまり、この位相因子が、1つの見方では電子の導線に沿った方向のローレンツ力による並進運動を表し、もう1つの見方では電場を生む時間依存したゲージポテンシャルと見なせることが示されました。このことから、古典電磁気学で見られた2つの本質的に異なる方法での奇妙な一致は、電子の量子状態を表す波動関数の位相因子の2重性により繋がっていた結果であることがわかりました。

 超伝導で生成する電流は電場や磁場では表すことができず、ゲージポテンンシャルでなければなりませんが、超伝導状態の波動関数に位相因子の2重性の考えを適用することにより、永久電流の生成、磁束の量子化、電圧の量子化なども示すことができます。現在、開発が進められている量子コンピューターとしてもっとも進んでいるのは、超伝導量子ビットを用いたものです。本研究で明らかになった、波動関数の位相因子の2重性は、超伝導量子ビットを使った量子コンピューターの開発にも貢献すると考えられます。


 本研究の成果は、2017 年 8 月 24 日 「Journal of Superconductivity and Novel Magnetism」のオンライン版で先行公開されています。 


研究の背景

 磁場を横切る導線に生じる誘導起電力の計算は、高等学校の物理の教科書にも載っており、大学入試問題にも頻出する問題です。この誘導起電力は2つの方法で求めることができます。一つは、ファラデーの電磁誘導の法則を使う方法、もう一つは、ローレンツ力を使う方法です。ファラデーの電磁誘導の法則とローレンツ力は全く独立な物理法則です。それなのに、どちらを使っても同じ答えが得られるというのは不思議です。しかもその理由は、これまでわかっていませんでした。例えば、砂川重信著『電磁気学』(岩波全書)の212ページには、以下のように記述されています。「このように、その本質のまったく異なる二つの法則が、一つの法則として(1.1)のようにまとめて表現されたということは、現在のところ偶然のいたずらとしか考えようがない。」同様の記述は、世界的に著名な物理学の教科書『ファインマン物理学』にも見られます [1]。この奇妙な一致を解く鍵は、量子力学と、ゲージ場としての電磁場にあります。20世紀の初頭に古典物理学の限界が明らかになり、量子力学が誕生しました。量子力学では、電子の運動は波動関数によって記述されます。また、電磁場で基本的な物理量は電場や磁場ではなく、ゲージポテンンシャルであることが外村らの実験で確立しました [2]。これにより、電磁場の本質的な理解には、電場や磁場ではなく、ゲージポテンシャルを用いる必要があることが明らかになっていました。 


研究内容と成果

 本研究では、磁場を横切る導線に生じる誘導起電力の計算を、量子力学とゲージポテンシャルを使って行いました。ゲージポテンシャルにはゲージの自由度がありますが、これを、エネルギー最小化の要請により固定しました。すると、動いている導線中の電子の量子状態を表す波動関数の位相因子に、2重性があることが浮かびあがってきました。この位相因子は、1つの見方では、電子の導線に沿った方向のローレンツ力による並進運動を表し、もう一つの見方では、時間に依存するゲージポテンシャルを生成し、そのゲージポテンシャルの時間微分から起電力が生じることが示されました。この前者の見方が古典電磁気学でのローレンツ力を使う方法に対応し、後者がファラデーの電磁誘導の法則に対応します。つまり、古典電磁気学で見られた奇妙な一致は、電子の量子状態を表す波動関数の位相因子の2重性により繋がっていた結果であることがわかりました。

 本研究により、高等学校で習う古典電磁気学の内容の本質的な理解に、量子力学的な対象としての電子とゲージ場としての電磁場が隠れていたという事実が判明しました。これはとても興味深い発見です。 


今後の展開

 本研究では、同様な手法を超伝導の問題にも適用しました。超伝導で生成する電流は、電場や磁場を使って表すことができず、ゲージポテンンシャルはなければなりません。超伝導状態の波動関数に位相因子の2重性の考えを適用することにより、永久電流の生成、磁束の量子化、電圧の量子化なども示すことができます。現在、開発が進められている量子コンピューターとしては、超伝導量子ビットを用いるものがもっとも進んでいます。本研究で明らかになった、波動関数の位相因子の2重性は、超伝導量子ビットを使った量子コンピューターの開発に貢献すると考えられます。また、南部は、超伝導磁束を“両端に磁気単極子を持つストリング”ととらえ、ストリング理論のモデルを提案しました [3]。それに対して本研究では、ジョセフソン接合の2つの超伝導体間に“両端に正と負の電荷を持つストリング”が存在することが示されました。これは、ストリング理論の発展に貢献する可能性があります。 


参考図 


磁場 B を速度 v で横切る長さ L の導線。誘導起電力 BvL が回路 PQRS に生じる。この誘導起電力はファラデーの電磁誘導の法則及びローレンツ力の2つの本質的にまったく異なる方法で計算できる。


用語解説

1) 誘電起電力:閉じた回路にその回路を貫く磁場(回路を貫く磁束ともいう)が変化する結果として生じる起電力を誘導起電力という。我々が家庭で使っている電力のほとんどは、この原理で作られる。

2) ゲージ場:物質間の相互作用は、場を介して働く。電場は電子のように電荷を持った物質間に働くクーロン力を媒介する場である。現在の物理学では、すべての基本的な相互作用はゲージ場を介して働いていると考えられている。そして、電磁場は電荷を持った物質間の相互作用を媒介する場である。ゲージ場は、空間・時間的な変調を波動関数の位相にもたらす。電磁場の場合の波動関数の位相は݁௜ఏと表され、これは U(1)位相因子と呼ばれる。電磁場のことを U(1)ゲージ場と呼ぶこともある。

3) ゲージポテンシャル:ゲージ場はゲージポテンシャルを用いて数学的に表される。ゲージ場の問題を解くとは、ゲージポテンシャルに対する方程式を解くことに対応する。ゲージポテンシャルはマックスウェルにより導入された。彼は、これを利用し、現在マックスウェルの方程式と呼ばれる電磁場の方程式を解き、電磁波の存在を予言した。 


参考文献

  1. Feynman, R.P., Leighton, R.B., Sands, M.: The Feynman lectures on physics, vol. 2, 17-1, Addison-Wesley, Reading (1963)
  2. Tonomura, A., Matsuda, T., Suzuki, R., Fukuhara, A., Osakabe, N., Umezaki, H., Endo, J., Shinagawa, K., Sugita, Y., Fujiwara, H.: Phys. Rev. Lett. 48, 1443 (1982)
  3. Nambu, Y.: Phys. Rev. D 10, 4262 


掲載論文

【題 名】 Flux Rule, U(1) Instanton, and Superconductivity

(ファラデーの電磁誘導の法則、U(1)インスタントン、そして超伝導)

【著者名】 Hiroyasu Koizumi

【掲載誌】 Journal of Superconductivity and Novel Magnetism

Doi: 10.1007/s10948-017-4302-3