俺の嫁さんは自分で走る。特にプログラムされずとも、自分で考えて走る。
出会いは俺が二十八の時。働いている会社は新卒採用が全くなく、若いのが入らないので代謝が悪かった。その会社にしては珍しく新卒入社だった俺は、六年経てど部下はおろか後輩すらできず、ずっと続く「若手扱い」に辟易してた。そんなある日、自主退職者の補填として彼女が来た。当時二十七歳。見た目も少し近いが、雰囲気はシン・ゴジラに出てきた市川実日子まんま。会社が外資系だったこともあり、人事も面白みがないよりは風変わりな人材を好む傾向があったため、第一印象は「まためんどくさそうなのが…」という感じだった。
彼女は必要以上に人と馴れ合わないけれど、飲み会は割と顔を出す(ただし質問されない限り会話はせず、淡々と飲んでる)し、仕事は完璧なもんだから、一年たつ頃には「ちょっと変わったミステリアスな人」みたいなキャラで定着し、重宝される人にはなっていた。ある日、業務で少し関わることが少しあり、彼女のブースを訪れた。「○○さん、これなんだけどさ」と話かけると、机上の写真立てに淑女(欧米人)の白黒写真が入っているのが目に留まった。
俺「ん?誰これ」
嫁「祖母です」
俺「え?ウソ?○○さんクオーターなの?」
嫁「ウソです」
俺「???じゃあこれ誰??」
俺「????」
それを全て一切こちらの顔を見ずに(PC見たまま)真顔で言うもんだから、何がホントで何がウソかもわからないし、それ以上に(コイツ…予想外に面白いヤツだ!)と急激に魅かれてしまった。
後日、またブースを尋ねると、写真はなぜか白黒のキャプテンアメリカ(白黒)に変わっていた。
俺「○○さんアメコミ好きなの?」
嫁「アメコミっていうか映画が好きです。しょっちゅう見てます」
俺「で?なんでキャプテンアメリカなの?」
嫁「なんとなくです」
(おそらく当時新作が公開されていたので、その影響)
それ以降、コーヒーを入れるついでに彼女のブースに顔を出すようになった。フワフワして掴みどころのないところや、微妙に噛み合わない会話が癖になっていた。暫くした時、彼女が「俺さんが私の席で会話してること、あまり周囲の心象がよくないかも知れません」と突然言われた。確かにアットホームで自由な風土の会社とは言え、ほぼ毎日男が女の席で雑談しているのはあまりよろしくないかもしれん。いや、それ以前に多分彼女は、遠回しに俺に「迷惑です」と伝えているのだろう。ショックだが、もうちょっかい出すのはやめよう。そんなことを考えていると彼女が突然、「私、今日は外食するんです。会社で話し足りなら、来ますか。外でならいくらでも話せますよ」と言った。意外過ぎる誘いに、反射的に二つ返事で答えた。あとになって(あれに返事したってことは『あなたともっと話したいです』と認めているようなもんじゃないか)と気が付いて一人悶絶した。
それからプライベートで頻繁に会うようになった。流れはいつも同じ。俺が聞かない限り彼女は何も言わず、俺が「週末なにすんの?」と聞くと、「XX行ってXXしてXX食べて帰ります。来ますか。」と返される。それに俺が乗る。この流れ。それでも彼女といると居心地が本当に良くて、いい加減告白しようと決心した夜、突然彼女が「私、今まで異性と付き合ったことないんですけど、俺さんならお付き合いしたいって思うんですよね。付き合いますか。」と真顔で先制攻撃され、正式に彼氏彼女になった。同僚はそれを聞いて「いいなぁ。俺の彼女なんてXXしたい、XXしてーばっかりなのに、お前の彼女は勝手に走るのな。自走式彼女だな」と表現し、まさにその通りだなと思った。
ちなみに詳細は割愛するが、彼女はかなり複雑な家庭環境で育っており、それがゆえに風変わりな性格になっているようだった。仲良くなってから聞いた話、写真立てについても「家族の写真を机に飾るってどんな気持ちかと思って」とのことだった(うちの会社は外人をはじめ、結構家族写真を机周りに置いている人が多い)。そんな一見見ると強いけど、実は脆いところもあるというか、繊細なところも彼女に魅かれた理由だった。
同棲しても付き合いのスタイルは変わらず。大抵の休日は起床後、俺の「今日何すんの?」に始まり、彼女はそれに「XXしてXXする。一緒に行きますか。」と返す。基本的に彼女は自分のしたいこと、することがハッキリ決まっており、こちらが誘いをかけない限りは、一人で勝手に動いている。大体そんな感じで一年一緒に暮らし、「よし、結婚しよう!」と決意し、柄にもなく良いレストランを予約し、指輪を買って、明日プロポーズという金曜日の夜。ベランダでタバコを吸っていると、彼女が戸を開け、何の前置きもなく突然、「俺さん、私、結婚なんてしなくていいと思ってたんですけど、俺さんと出会って、この人となら結婚したいって思ったんですよね。一年一緒に住んで、その気持ちがより強まったので、私は結婚したいと思うんですけど、どうでしょう。結婚しますか。」とまたしても突然真顔で先制攻撃をされ、結婚することになった。(さすがにその時は「ちょっと待ってくれ」と言って、翌日俺からプロポーズし直したが)。
そんなこんなで結婚して一年ちょっとになるが、ずっと変わらないと思っていたスタイルが今週月曜夜に少し崩れた。
俺「週末なにするの?」
嫁「土曜の朝一で大阪行って、一泊して日曜夜に帰ってくる」
俺「は!?(女友達いないのに外泊!?まさか堂々の浮気宣言!?)」
嫁「エキスポシティにダンケルク見に行く。土曜昼に見て、夜うまい飯と酒で〆て、日曜朝もう1回見て、たこやき食べて箕面ビール飲んで帰る」
俺「……」
嫁「……」
俺「……へぇー」
嫁「……行こうよ」
俺(…行こうよ!?)
嫁「先週聞いたとき予定ないって言ってたから…。ごめん。映画のチケットもホテルも勝手に2人分とっちゃった…」
変わったらイヤだなと思っていた彼女が少し変わってしまって、正直驚きを隠せないが、それがまた可愛くて可愛くて、今週は一日一日が過ぎるのが待ち遠しくて、どうしてもちょっと自慢したくなっちゃって、結果ニヤニヤしながら増田に書いちゃった。早く週末にならないかなー!