パターソン』 単調な日々から美しさを見出すために

名匠ジム・ジャームッシュの新作『パターソン』。主人公の日常を丁寧にたどる本作から汲み取れるものは何なのか? ブロガーの伊藤聡さんが解説します。

1984年に、監督作『ストレンジャー・ザン・パラダイス』を発表し、白黒の画面やオフビートな会話などの斬新なスタイルで世界にその名を知らしめたジム・ジャームッシュ。以降、30年以上に渡って映画ファンの注目を集めつづける彼の最新作が『パターソン』である。

ニュージャージー州パターソンの町を舞台した本作の主人公は、詩を愛するバス運転手の男性(アダム・ドライバー)。彼の名前は、町の名前と同じ「パターソン」だ。常日頃からノートを持ち歩き、頭に浮かんだ詩を書きとめるパターソンの目から見た毎日、いっけん単調に見える日々の営みが新鮮に描かれる。静けさのある作風ながら、みずみずしい驚きに満ちた、美しいフィルムである。かつて『ミステリー・トレイン』(’89)でジャームッシュ作品に登場した永瀬正敏が、ふたたび出演したことも話題となっている。

本作は名もなき詩人パターソンが主人公であり、映画のテーマも詩である。しかし考えてみれば、詩の持つイメージを映画で表現することはなかなかむずかしい。なぜなら詩は、ある一瞬に生まれたインスピレーションを短く切り取ることに適した表現であるためだ。詩は静止した一瞬を最小限の言葉で表現できる手法だが、映画にはストーリー(時間の経過)と一定の情報量が必要になる。詩と映画は、それぞれに方向性の異なる表現方法なのだ。

では、詩の持つ美しさを映画で表現するにはどうすればいいか。そこで今回ジャームッシュが採ったアプローチは、「日常から詩が生まれる瞬間を、物語を通じて表現する」という方法であった。詩人の目から見た世界はどのようなものか。日常と詩の接地点はどこにあるのか。こうして、詩と映画の双方の長所を生かした手法が功を奏し、『パターソン』は詩的な感性を映画で表現するというハードルの高い難関をクリアすることができた。

映画は主人公の一週間を追う。曜日ごとにストーリーが区切られる章立てになっており、月曜日、火曜日と日が変わるごとに画面が暗転する。ジャームッシュが好んで使用する映画的技法だ。ここでユニークなのは、日々の単調なルーティンが強調される描写だろう。パターソンは、映画の主人公としては地味すぎるほどに、日々の反復を生きている。目を覚ました彼は決まって枕元の腕時計で時間を確認し、朝の食事をしてから職場へと向かう。仕事であるバスの運転をし、いつも使っている弁当箱に入った昼食を取り出して食べ、帰宅する。主人公は帰宅時、家の前に設置された、なぜかいつも斜めに傾いでいる郵便受けから手紙を取り出すたびに、その角度をまっすぐに直すのであった。

こうして変わりばえのしない毎日を、同じモチーフを用いて反復することはいっけん退屈におもえるが、パターソンの目を通して見た日々には、たくさんの詩が生まれるきっかけが満ちている。主人公の生きる毎日は、決して退屈ではない。彼はあらたな発見をするたび、それを詩としてノートに書かずにはいられないのだ。

パターソンが日常のなかに詩を発見する瞬間には、格別の美しさがある。主人公が少女と知り合い、ほんの少し雑談をする場面と、そこで少女が読みきかせてくれる詩の何とすばらしいことか。このように周囲を観察する豊かな視点が備わっていれば、日々はおのずと輝き出すだろう。映画を通じて、このような穏やかさを表現できることに胸を打たれる。自分もパターソンのように世界を観察してみたい、とおもわせるみずみずしさが、この映画にはあるのだ。

むろん、観客であるわれわれもまた、単調な日々を生きるほかない。同じ時間に起き、定期券を使って会社へ行き、決まった席に座って同じ仕事をこなす。それはたしかに陰鬱な作業である。しかし、反復のなかにしか見出せない美しさがあり、生活のなかには見えない詩が隠されていると主張するのが『パターソン』であり、そこでは日常がおもいもよらぬ詩情を秘めている。こうしたジャームッシュの新鮮な視点に、終始圧倒されるほかないのだ。

『パターソン』
公開日:2017年8月26日
劇場:ヒューマントラストシネマ有楽町/ヒューマントラストシネマ渋谷/新宿武蔵野館 ほか全国順次公開
監督・脚本:ジム・ジャームッシュ
出演:アダム・ドライバー、ゴルシフテ・ファラハニ、永瀬正敏、他
配給:ロングライド
©2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved. Photo by MARY CYBULSKI ©2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.

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およそ120分の祝祭 最新映画レビュー

伊藤聡

誰しもが名前は知っているようなメジャーな映画について、その意外な一面や思わぬ楽しみ方を綴る「およそ120分の祝祭」。ポップコーンへ手をのばしながらスクリーンに目をこらす――そんな幸福な気分で味わってほしい、ブロガーの伊藤聡さんによる連...もっと読む

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