2.これから
さて、こともあろう1万字も費やしてボカロの歴史を追ったわけであるが、ここからはボカロシーンのこれからについて私なりの考察をしてみたいと思う。
まず、17年夏(現在)は、初音ミク発売からちょうど10年ということで、活動を実質休止していた多くのPが再度ボカロ曲を投稿したことが話題となっている。ハチの『砂の惑星』や
wowakaの『アンノウン・マザーグース』
あたりは既に聴いた方も多いことだろう。
これらの動画に、「昔活躍した代表的Pがニコニコ動画に帰ってきた」という意味で「王の帰還」というタグが付いているところを何度か見たが、これらはむしろ、あくまで私見だが、「帰還」ではなく「餞別」なのではないかと感じる。ハチやwowakaは多分もうボカロ曲を投稿しないーーー少なくとも自身の活動のメインに初音ミクを置くことは、もうないだろう。「後は誰かが勝手にどうぞ」と言い残し砂埃の中に消えていく『星の惑星』も、「このゆめはつづいてく」とボカロの展望性を示唆したところで曲が終わった『アンノウン・マザーグース』も、言うなれば彼らなりの「さよなら」なのかもしれない。
しかし、彼らがいなくなったからといってボカロ文化が衰退していくとは到底思えない。彼らの遺したこれらの楽曲はこれからもインセンティブとして新規Pの参入及び既存Pのモチベーション維持に一役買い続けるだろう。
そこで、これから先、人気に火が付きそうなPを理由込みで予想してみたいと思う。
①ぽて
主にチップチューンやゆるめのギターロック等のカワイイ系の楽曲を得意とするP。しかし「カワイイ」だけではないのがミソ。代表曲の一つでもある『ぱ~ふぇくとすきゃっと』だが、
注目すべきはそのサビ。なんと「にゃん」以外の単語がない。可愛い花には棘があると言わんばかりに突出した前衛性をも秘めたサウンドメイキングにはこれからも大いに期待がかかる。
②でんの子P
ボカロシーン全体がどんなジャンルでもオールウェルカムな雰囲気になった今、ボカラップ旋風を起こしてくれそうなP。リリックはもちろんのこと、動画や演出等にも技巧が凝らされており、何度聴いても楽しめるエンタメ性の高い楽曲が多い。一番のおススメは『ミッション・ボーカロイド・コマーシャル』。
「劇中劇」ならぬ「曲中宣伝」をぜひ堪能あれ。
③松傘
暗澹としたトラック、脳天に突き刺さる鋭くイルなライムが特徴の、主にヒップホップ界隈で活躍するP。エログロナンセンスな独自の世界観を持ち、動画もP自らで製作している徹底ぶり。一度聴いたら忘れられない超独特なミク調教は、実はEnglish版のライブラリを使用しているとのこと。「別冊ele-king 初音ミク10周年」におけるでんの子Pとの対談にて、彼は「今っぽい発音をさせるには日本語ライブラリよりむしろ英語ライブラリの方が都合がいい」との語った。彼を語るならまずは何と言っても代表曲である『エイリアン・エイリアン・エイリアン』。病みつきになること請け合いである。
④Omoi
実はもう既に人気に付きつつあるP。シンセロックという今まで散々使い古されてきたジャンルでなぜ?と思うかもしれないが、注目すべきはその調教のクオリティの高さ。洗練されすぎた技術は例え先人によって開発し尽くされた土地の上であろうと美しく花を開くのである。『スノウドライヴ』
は彼の処女作だが、およそボカロ初心者とは思えない調教力の高さにただただ驚かされる。
⑤歩く人
エレクトロニカ、テクノポップジャンルで今一番熱いPの一人。透明感のあるメロディの裏で聞こえる水滴の滴る音などの生活音が耳に心地良い。音楽技巧的なことについてはこれ以上語れないのでとりあえず『summer history』のURLを貼っておこう。
www.nicovideo.jp
⑥Spacelectro
EDMはじめとしたクラブミュージックを得意とし、カバー曲である『妄想税 Big Room House Remix』で一躍脚光を浴びたPである。しかし彼の真骨頂は彼自身のオリジナル曲の中にある。フューチャーバスに挑んだ『sweetie!』
などを聴けば彼の才能の片鱗を味わうことができるだろう。
⑦しじま
初音ミク存在論についての思索的、哲学的な曲を数多く発表している、ボーカロイド思想界隈において今最も注目されているボカロPの一人。彼は「別冊ele-king 初音ミク10周年」誌上でも「人間とボカロの境界線を曖昧にしたい」と述べており、このセリフの通り、彼の調教はどこか喉から絞り出す声のように力強く、ついそこに「人間」を錯覚してしまいそうになる。代表曲は『人間そっくり』。
特徴的なPVはJamiroquaiの『Virtual Insanity』
のオマージュだろう。人間とボカロの境界線が曖昧になっていくことは確かに狂気なのかもしれない。
3.まとめ
ボカロの発展は今なお終わることがない。いや、もしかしたらまだ始まってすらいないのかもしれない。私はその流れを、大げさな表現ではあるが、この命が続く限りは追い続けてみたいのだ。だからマジで結婚してくれ、初音ミク。本当に。
カッコいい締めの言葉が見つからないので、私が全ボカロ曲の中で一番好きな楽曲の歌詞の一部を引用しようと思う。