リハビリmemo

大学病院勤務・大学院リハビリテーション学所属の理学療法士・トレーナーによる「研究と臨床をつなげるための記録」

筋トレが不安を解消するエビデンス

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 ジムには多くの笑顔があります。

 

 そこには悩みや不安を感じさせないトレーニーの姿があります。

 

 これまで、筋トレが不安のようなネガティブな感情に与える効果的なエビデンスは示されていませんでした。今年8月、雑誌Sports medicineで世界で初めてレジスタンストレーニング(筋トレ)が不安を改善するというメタアナリシスが報告されたのです。

 

 今回は、このメタアナリシスをご紹介しながら、不安がもつ意味とマネジメントについて考察していきましょう。

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Table of contents

 

 

◆ 日本人は世界でいちばん不安になりやすい

 

 ヒトは400万年前に二足歩行を獲得し、森林からサバンナに生活の場を移し、繁栄してきました。しかし、そこにはライオンなどの肉食獣がおり、いつも捕食されるリスクと隣あわせだったのです。

 

 では、ヒトがサバンナで生き延びることができた要因は何だったのでしょうか?

 

 それは「不安」であると人類学者のDonna Hartは言います。

 

 楽観的にサバンナを歩いているヒトは、たちまち肉食獣の餌食になってしまいますが、不安に怯えながら歩いているヒトは肉食獣から逃れ、生き残ることができたのです。そのため、不安の強い個人が数百万年という進化の過程で選択され、現代の私たちのこころにも不安という感情が受け継がれてきました。

 

 不安は、サバンナを生き延びるために不可欠な感情だったのです。

 

 しかし、現代にはサバンナもなければ、ライオンもいません。それでも多くの人が不安に苛まれています。肉食獣に怯えなくて良くなった現代人は、会社や学校、家庭といった複雑化した人間関係などに強い不安を募らせるようになったのです。

ヒトは食べられて進化した

ヒトは食べられて進化した

 

参考図書『ヒトは食べられて進化した

 

 日本人は欧米人に比べて、不安障害やうつ病が多いことが知られています。

 

 近年の精神医学や脳科学では、この原因をセロトニンの発現量の違いであることを明らかにしています。

 

 日本人の97%は脳内のセロトニン発現量が少なく、ネガティブなことに対して強い不安をもちます。このセロトニンの発現量が少ないことが日本人の特性である「まじめ」「几帳面」「責任感が強い」「人間関係のトラブルを嫌う」といったメランコリー親和型の性格をつくり、不安障害やうつ病を発病させる基盤を形成しているのです。

脳科学は人格を変えられるか?

脳科学は人格を変えられるか?

 

参考図書『脳科学は人格を変えられるか? (文春文庫)

 

 このように、不安は生きるための適応反応なのですが、過度な不安が続くと最終的には不安障害やうつ病を発症させてしまいます。

 

 そこで精神医学やスポーツ医学の分野では、不安を早い段階でマネジメントする方法として、有酸素運動のような「運動」が投薬や認知行動療法の補助的手段となるとして注目されるようになりました。

 

 そして今年8月、レジスタンストレーニングにより不安が解消できるというエビデンスが世界で初めて示されたのです。

 

 

◆ 筋トレが不安を解消するエビデンス

 

 ランニングをすると気分が良くなるのと同じように、レジスタンストレーニングをすると気分が良くなることを感じたことがあると思います。

 

 ランニングのような有酸素運動が不安を緩解するというエビデンスは、これまでに多くのシステマティックレビューやメタアナリシスによって示唆されてきました。

 

 2017年5月には、イギリス精神医学研究所のStubbsらにより、有酸素運動が不安症状を緩和することを示した最新のメタアナリシスが報告されています(Stubbs B, 2017)。

 

 有酸素運動は、幸福感を生じさせるセロトニンやβエンドルフィンといった神経伝達物質を増加させ、神経成長因子(BDNF)レベルを増加させることがわかっています(Herring MP, 2014)。

 

 不安な状況下になると心拍数が増加しますが、この心拍数の増加を抑えることによって不安を軽減させることができます。有酸素運動は安静時の心拍数を減少させることで不安を感じたときの心拍数の増加を抑える効果が示唆されています(Alvares GA, 2016)。

 

 このようなメカニズムによって、有酸素運動は不安を和らげると推測されているのです。

 

 それでは、レジスタンストレーニングにも不安を緩和する効果があるのでしょうか?

 

 この問に答えたのがアイルランド・リムリック大学のGordonらです。

 

 Gordonらは2017年8月、レジスタンストレーニングと不安やストレスなどの精神状態との関係を調査した16の研究報告をまとめたメタアナリシスを世界で初めて報告しました。

 

 その結果、レジスタンストレーニングは、健常人の不安を大幅に改善させるとともに不安障害などの患者の不安を改善することが示されました。

 

 また、興味深いことは、レジスタンストレーニングによる不安の改善効果は、性別、年齢、トレーニング条件(運動強度、回数、セット数、頻度)により影響を受けないことがわかったのです。

 

 つまり、ある程度の疲労を伴うレジスタンストレーニングを行うことにより、性別や年齢に関わらず、不安をやわらげることができるのです。

 

 しかしながら、レジスタンストレーニングによる不安改善のメカニズムは動物実験レベルでしか得られておらず、ヒトによるメカニズムの解明は今後の課題であるとしています。

 

 これらの結果からGordonらは、レジスタンストレーニングは健常者の不安のマネジメントに有益であり、不安障害の補助的なオプションになると述べています(Gordon BR, 2017)。



 古代より、私たちは不安によって生かされてきました。そして現代では、複雑な社会背景がもたらす過度な不安により押しつぶされそうになっています。

 

 最新の精神医学やスポーツ医学は不安障害などの病気になるまえに、不安をマネジメントするべきであると言います。そしてこう提言しているのです。

 

 「不安を感じたときは筋トレをしよう」

 

 

◆ 読んでおきたい記事

シリーズ①:筋肉を増やすための栄養摂取のメカニズムを理解しよう

シリーズ②:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取量を知っておこう

シリーズ③:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取タイミングを知っておこう

シリーズ④:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取パターンを知っておこう

シリーズ⑤:筋トレの効果を最大にする就寝前のプロテイン摂取を知っておこう

シリーズ⑥:筋トレの効果を最大にする就寝前のプロテイン摂取の方法論 

シリーズ⑦:筋トレの効果を最大にする運動強度(負荷)について知っておこう

シリーズ⑧:筋トレの効果を最大にする運動強度(負荷)の実践論

シリーズ⑨:筋トレの効果を最大にするセット数について知っておこう 

シリーズ⑩:筋トレの効果を最大にするセット間の休憩時間について知っておこう

シリーズ⑪:筋トレの効果を最大にするトレーニングの頻度について知っておこう

シリーズ⑫:筋トレの効果を最大にするタンパク質の品質について知っておこう

シリーズ⑬:筋トレの効果を最大にするロイシンについて知っておこう

シリーズ⑭:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取方法まとめ

シリーズ⑮:筋トレの効果を最大にするベータアラニンについて知っておこう

シリーズ⑯:いつまでも若々しい筋肉を維持するためには筋トレだけじゃ不十分?

シリーズ⑰:筋トレの効果を最大にするセット数について知っておこう(2017年7月版) 

シリーズ⑱:筋トレとアルコール摂取の残酷な真実

シリーズ⑲:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取量を知っておこう(2017年7月版)

シリーズ⑳:長生きの秘訣は筋トレにある

シリーズ㉑:筋トレの最適な負荷量を知っておこう(2017年8月版)

シリーズ㉒:筋トレが不安を解消するエビデンス

 

References

Stubbs B, et al. An examination of the anxiolytic effects of exercise for people with anxiety and stress-related disorders: A meta-analysis. Psychiatry Res. 2017 Mar;249:102-108.

Gordon BR, et al. The Effects of Resistance Exercise Training on Anxiety: A Meta-Analysis and Meta-Regression Analysis of Randomized Controlled Trials. Sports Med. 2017 Aug 17. doi: 10.1007/s40279-017-0769-0.

Herring MP, et al. The effects of exercise training on anxiety. Am J Lifestyle Med. 2014 8 (6), 388–403.

Alvares GA, et al. Autonomic nervous system dysfunction in psychiatric disorders and the impact of psychotropic medications: a systematic review and meta-analysis. J Psychiatry Neurosci. 2016 Mar;41(2):89-104.

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