ある種のアリは、わずか0.0005秒で顎を閉じることができる。これは、私たちのまばたきより700倍も速い。その仕組みはずっと謎だったが、高速ビデオカメラの力によって明らかになり、9月1日付けの科学誌「Journal of Experimental Biology」に発表された。
そのアリとは、ハンミョウアリ属(Myrmoteras)の2種だ。論文によると、ハンミョウアリが高速で顎を閉じて獲物を捕まえるときには、特殊な関節と筋肉を使い、バネにエネルギーをたくわえるような「パワー増幅」を利用しているという。(参考記事:「カメレオンの舌、重力の264倍で加速と判明」)
論文の共著者である米イリノイ大学の昆虫学者アンドリュー・スアレス氏は、「矢を発射できる状態にした、巨大なクロスボウのようなイメージです」と説明する。(参考記事:「【動画】ヘビの驚異の高速アタック」)
罠猟に使うトラバサミのような顎で獲物を捕まえるこうしたアリは、「トラップ・ジョー・アント」と呼ばれ、ハンミョウアリのほかに4つのグループが知られている。トラップ・ジョー・アントの顎はどれも見た目はよく似ており、ハンミョウアリ以外のトラップ・ジョー・アントも「パワー増幅」を利用するが、その仕組みは掛け金、バネ、引き金の役割によるより単純な構造の組み合わせだ。
ところが、ハンミョウアリの顎の仕組みは、ほかの4つのグループとは大きく異なっていた。ちなみに、異なる生物がこうしてよく似た構造を個別に進化させる現象を「収斂(しゅうれん)進化」という。(参考記事:「マグロとホホジロザメに共通する進化の秘密を発見!」)
スアレス氏はこのアリのことを「モンスターアリ」と呼び、「ほかのトラップ・ジョー・アントとは全く違います」と言う。「彼らは完全にユニークです」(参考記事:「0.00012秒の瞬時に閉じるクモのアゴの謎を解明」)
米ノースカロライナ州立大学の昆虫学者マグダレナ・ソルガー氏も、「こんなに奇妙な姿のアリを、私はほかに知りません」と言う。
毎秒5万コマの映像を解析
ほかの種類のトラップ・ジョー・アントは詳細に調べられているが、東南アジアの熱帯雨林に生息し、めったに見られないハンミョウアリはこれまで謎のままだった。そこでスアレス氏は、ナショナル ジオグラフィック協会から助成金を受けてマレーシアのボルネオ島に赴き、2種のハンミョウアリM. barbouriとM. iriodumの標本を採集した。
スアレス氏と、研究チームを率いた米スミソニアン国立自然史博物館の昆虫学者フレッド・ララビー氏は、毎秒5万コマの撮影ができる高速ビデオカメラを使って、ハンミョウアリがトビムシを捕まえる様子を記録した。
彼らが発表した論文によると、アリは狩りをするときに顎を280°の角度で開いていた。このとき、ビデオを解析した科学者たちは奇妙なものを見つけた。後頭部に小さなくぼみができたのだ。
後頭部を使ってパワーアップ!
彼らは、小さな動物の解剖学的構造を調べるために開発されたマイクロCTスキャナーを使って、アリの標本をより詳しく調べてみた。
その結果、これまで知られていなかった2組の重要な筋肉が見つかった。大きい方の1組は、顎にエネルギーをたくわえるための筋肉で、後頭部に小さなくぼみができるほどの力を生み出す。そして、小さい方の1組を使い、刺激を感知したときに顎を解放する。ハンミョウアリは一瞬のうちに顎を閉じられるよう、こうして後頭部の表皮を縮ませて、弾性エネルギーをたくわえて「パワー増幅」をしていると思われた。
ビデオを解析した科学者たちは、顎が閉じるときの速さを最高で時速80kmと計算した。単純に筋肉を使うだけでは無理な値であり、ハンミョウアリは後頭部を使ってパワー増幅をしていることが示された。
時速80kmというと非常に速いように思われるかもしれないが、アギトアリ属(Odontomachus)の顎の動きに比べると遅い。著者らは、トビムシを主食にするハンミョウアリは、そこまで速く顎を動かす必要がないのだろうと考えている。(参考記事:「アギトアリ、虎挟みのような顎で跳躍」)
アギトアリを研究するソルガー氏は、「ハンミョウアリについてはほとんど何も分かっていないので、これは画期的な論文です」と賞賛する。
「研究チームは、最先端の技術を駆使して、収斂進化の美しい例を明らかにしたのです」