柴 那典(以下、柴) 今回はこの話から行きましょう。「ヒップホップ警察が燃えた件」について。
大谷ノブ彦(以下、大谷) いやあ、燃えましたねー。
柴 改めて説明すると、前回までの「心のベストテン」でぼくのりりっくのぼうよみさんをゲストに4回にわたっていろんな話をしたんですが、その中で「ヒップホップ警察を追い返せ!」という回がありまして。
大谷 ジャズや落語、ヒップホップなど歴史のある文化を語るときに、「お前が◯◯を語るな」って叱られることがあるって話でした。
柴 これが賛否両論の反響を巻き起こした。マキタスポーツさん、つるの剛士さんから同意のツイートがあった一方、いろんな方面から批判もあった。浅はかなこと言ってたら突っ込まれるのは当然だろうという声も多かった。大谷さん、こたえました?
大谷 こたえましたねえ。過呼吸になりましたもん。
柴 大谷さん、ここのところちょっとおつかれの様子でしたね。
大谷 ねえ。この歳になってもいろいろあるのよね。さておき、僕らはいろんなジャンルの間口を広げたいという気持ちがあってこの連載をやってたんですけれど、一部の音楽ファンの人たちに嫌な思いをさせちゃったと思うと本当に申し訳なかったな、と。
柴 僕もいろいろ考えたんです。まず前回「サイレン鳴らしてやってくる警察を追い返せ!」というのが心のベストテンの裏テーマかもしれないって言ったのは、やっぱりこの連載では「いっちょ噛み」を肯定したいんですよね。
大谷 そう! そうなんですよね。誰もが最初は「いっちょ噛み」なわけで。
柴 ですね。誰だってみんな最初は初心者でミーハーに楽しんでいい。「よく知らないけど楽しい」みたいにして好きになっていく。
大谷 ライトな楽しみ方を否定するとどんどんジャンルの間口が狭くなっちゃう。それはイヤですもん。
柴 でも、やっぱり「いっちょ噛み」って嫌われますよね。大谷さんが嫌われ芸人として名を馳せてるのもそのせいじゃないかと思うんですけど(笑)。
大谷 いやあ、結局のところはただ単に僕が嫌われているだけなんじゃないかって(笑)。
柴 あと、ゲストに招いたぼくのりりっくぼうよみさんにも巻き込む形で迷惑をかけたのも反省でしたね。
大谷 まあ、僕らとしてはヒップホップの多様性については、さんざんこの連載で話していたので、あの記事としてはあまり深掘りしない形になっちゃいましたね。
柴 ですね。これまでもCreepy NutsのR-指定さんとDJ松永さんやDJ YANATAKEさんをゲストに呼んで、ヒップホップのカルチャーについて、いろんな話をたくさんしてきたわけで。
大谷 いろいろ教えてもらいましたよね。
柴 対して、我々ふたりの振る舞いは大人ではなかった。軽率だったな、と。反響の中でKダブシャインさんが「謙虚に学べ」とツイートしていて。
大谷 そうか! 謙虚さがなかった。あー、それはいけない。いっちょ噛みが偉ぶってるの見たら、それはムカつくわ。
柴 適当なこと言ってたりね。
大谷 なるほど。それが僕でした。すみません!
柴 僕も脇が甘かったなと思います。いっちょ噛みとして振る舞うのであれば、やっぱり謙虚に学ぶ姿勢を忘れたらいかんよな、と。
大谷 たしかに!
「行く場所のない鬱屈」を鳴らすグランジ・ラップ
柴 で、そういう話はこれくらいにしまして。最近僕の大好きなラッパーのニューカマーが登場してきてるんで、それを紹介したい!
大谷 ほうほう、誰ですか?
柴 XXXテンタシオンというフロリダの19歳のラッパーで。最初は「Look At Me」という曲が注目を集めたんです。
柴 この曲はトラップっぽいというか、今のヒップホップの感じなんですけれど、8月25日に『17』というデビューアルバムがリリースされて。これが前と全然違うんです。まず「Save Me」って曲を聴いてほしいんですけど。
大谷 へえー。こういうタイプの曲ばかりなんですか?
柴 ええ、言ってみればアルバム全体がニルヴァーナみたいな感じなんです。冒頭で「このアルバムは俺の痛みと悪夢についての考えを綴ったものだ」と語っていて。他にも「Revenge」とかダークな曲ばっかり入っている。本人も今年に暴行罪で刑務所に入っているような経歴もある。かなり危ない。
大谷 そういう危険なところが、今の若い子に共感されてるのかあ。
柴 僕はこれ、まさにグランジだと思ったんですよ。それこそDJ YANATAKEさんがゲストの時に、今のアメリカはヒップホップが強くてロックが追いやられてるって話を散々したじゃないですか。
でも、そのことによって、90年代から00年代にかけてロックが果たしてた役割が空洞になっていた。行き場がなく鬱屈していてどうしたらいいかわからないようなティーンが衝動を爆発させるような音楽が少なくなってたと思っていて。
大谷 グランジはそうでしたよね。
柴 でしょう? たとえば小説で言うと、又吉直樹さんが『火花』で書いたりツチヤタカユキさんが『笑いのカイブツ』で書いたりしていた、どこにも行けない苦しさ。そういうどん詰まりの感情がグランジの本質だった。
大谷 でもカート・コバーンの楽曲って、人懐っこいじゃないですか。ニルヴァーナはそこもデカい気がするな。本質的にはシリアスなんだけど、街を歩きながら口ずさめるようなポップさがある。
柴 そうなんですよね。で、XXXテンタシオンは、スタイルじゃなくてそういう部分でグランジを受け継いだ音楽を、ヒップホップというアートフォームを使ってやっている。
大谷 そういうことも全部わかってやってるってことなのかな。
柴 そう思いますね。で、もう一人紹介したいのが、リル・ピープ。NY出身の20歳で、こないだデビューアルバムが出たばかりなんですけど、彼もやっぱりグランジなんですよ。トラップ以降のスタイルでそれをやっている。この「The Brightside」という曲がとにかく最高なんです。
柴 でしょう? 僕も最初に聴いた時、かなり撃ち抜かれたんです。彼もルーツはカート・コバーンなんですよ。歌い方とか曲の書き方も、かなり影響を受けてるはず。だけどバンドじゃないし、アートフォームとしてはヒップホップなんですよね。
大谷 へえー。こんな人がいたんだ! ルックスも格好いいし、新しいスターが出てきた感じですね。
柴 でしょう!? このMVも見てください。「Awful Things」という曲。
柴 このMVでリル・ピープが扮してるのって、クラスの中で行き場のない誰にも相手にされないヤツなんです。それが最終的には自分ごと学校を燃やしてしまうというストーリー。
大谷 スクールカーストを破壊するんだ。
柴 てか、単純に僕、これ中2病だと思うんですよ。『桐島、部活やめるってよ』の世界。
大谷 ははははは! そうっすね。やっぱりアメリカはずっとこういう鬱屈と対峙してますもんね、それこそトレンチコート・マフィア ※ がいたり。
※トレンチコート・マフィア:コロンバイン高校銃乱射事件の犯人の自称。1999年4月20日、エリック・ハリス(18)とディラン・クレボールド(17)は、通っていたコロンバイン高校で自動小銃を乱射。13人を殺害して自殺。
柴 そうなんです。だからそういう鬱屈を引き受けるのって、ロックの役割の一つだったと思うんですよね。かつてはナイン・インチ・ネイルズやマリリン・マンソンがいたし、KORNやスリップノットがいた。そしてニルヴァーナもいた。そういう人たちがスターになる国だった。だから、やっぱりアメリカって病んだ面がある国だと思っていて。
大谷 そうですね、そうだ、『スパイダーマン:ホームカミング』、観ました?
柴 あっ、まだ観てないです。
大谷 これが傑作なんですよ。『スパイダーマン』の新作、思いっきり学園ドラマで。それも周りの友達に白人がほとんどいないような学校なんですよ。マッチョなアメフトの体育会系みたいなヤツも出てこなくて。主人公のピーターをいじめるイヤなヤツがインド系の金持ちだったりして。
柴 へえー。
大谷 で、ピーターはスーパーパワーを持ってるのに、好きな子に好きって言えなくて高いところで一人膝小僧抱えて悩んでいるんですよ。
柴 ははははは! 拭えない中2感があるんだ。
大谷 やっぱりアメリカの若者って、そういう鬱屈がモチベーションのひとつになってるんだなって。やっぱりここに戻ってくるんだなって思いますね。
柴 そう、そうなんです。グランジもエモも、鬱屈とか思春期的な苦悩に向き合うような音楽だった。そういうものってここ最近のヒットチャートからは失われていたんですけれど、XXXテンタシオンもリル・ピープも、それを新しい形で蘇らせるラッパーなんじゃないか、と。
大谷 すごいなあー。 柴 ケンドリック・ラマーもXXXテンタシオンのアルバムがリリースされた直後に「もし何かを感じたらこのアルバムを聴くといい、俺はもう5回聴いた」ってツイッターで絶賛していて。
大谷 でも、彼らのやってることって、チャンス・ザ・ラッパーともケンドリック・ラマーとも違うんですよね。そこがすごい!
柴 そうなんですよ。行き場所のなさというか、「俺は死んだほうがましだ」というようなことをずっと歌っている。で、ライブの映像を観るとお客さんがみんな腕を振り上げてうぉー!って叫んでる。あれって、きっと同じことを思いながらたくさんの夜をやり過ごしてる人たちなんだろうなって。
大谷 ああ、なるほど。
柴 そういうところまで見えちゃって、本当に感動したんです。この音楽を切実に必要としてる人がいるんだって。
大谷 話を聞いてて、僕、BiSHのことを思い出したんですけど。BiSH、大好きなんですよ。
柴 素晴らしいですね。アイドルグループだけど「楽器を持たないパンクバンド」というキャッチコピーで活動している。
大谷 僕は本当にパンクバンドだと思ってますけどね。特に「beautifulさ」という曲が大好きで、夏フェスのDJでずっとかけてるんです。この曲が《どんなトゲトゲの日でも 息してれば明日は来るんだし 泣いた後に咲くその花は so beautiful beautifulさ》という歌詞で。これもクラスの片隅にいるような子を肯定する曲なんですよね。
柴 まさに。
大谷 だから僕、これを聴いて、今のアイドルってファンと夢を共有するというだけじゃなくて、こういう優しさがあるんだなって思って。この感じって、90年代のパンクロックが持っていたものに近いと思っていて。
柴 そうなんですよね。スタイルは違うけどエッセンスが共通してる。
大谷 だからもう一度巡ってくるというかね。アイドルソングもそうだけど、ヒップホップもどんどん新しい表現が増えてきてますね。 柴 そうそう。いやあ、ほんとおもしろいですよ。
構成:柴 那典