左から、海猫沢めろんさん、鳥飼茜さん、荻上チキさん B&Bにて
オレオレ詐欺よりもクラウドファンディング
荻上チキ(以下、荻上) 鳥飼さんはこの『キッズファイヤー・ドットコム』を読んでみてどうでした?
鳥飼茜(以下、鳥飼) うーん。なんか、新しいっていうのがまずありました。
荻上 新しい。
鳥飼 クラウドファンディングとか。
海猫沢めろん(以下、海猫沢) 確かに今まで存在してなかったですからね(笑)。
鳥飼 生物ですから、子どもって。子どもをだしにしてお金を集めるっていうことをどういうふうに反論・反駁していくかってことが描かれてて。
海猫沢 それをどう正当化していくっていう。
鳥飼 そうそうそう。そこはファンタジーというかフィクションらしい部分もあるんだけど、実際は反対意見として出てくる声は、すっごい説得力があって、こういう意見ありそうって想像がつくっていうんですかね。
海猫沢 これね、インタビュー受けて思い出したんですけど、そもそもあったのは子育ての話じゃなかったんですよ。
荻上 そうなんですか。じゃあなんだったの?
海猫沢 僕、鈴木大介さんの本が大好きなんですよ。
荻上 ルポライターのね。
海猫沢 そうです。『老人喰い 高齢者を狙う詐欺の正体』って、オレオレ詐欺の話とかね。
鳥飼 なんか漫画にもなってます?
海猫沢 そう、『家のない少年たち 親に望まれなかった少年の容赦なきサバイバル』って、漫画『ギャングース』の原作の人です。
荻上 最近脳梗塞で倒れて。『脳が壊れた』っていう本も幻冬舎から。凄腕のライターで、尊敬してます。
鳥飼 すごいな。おもしろいですね。
海猫沢 なんかその鈴木さんのルポに、オレオレ詐欺の背景に世代格差の問題が描かれていて。つまりオレオレ詐欺の当事者は、「ジジイは悪だ」「あらかじめ搾取されている俺らが詐欺をするのは正義なんだ」みたいに詐欺を正当化するマインドがあって。
荻上 年金世代からの再分配をしているんだ。とね。
海猫沢 それで、その世代間の再分配は、オレオレ詐欺よりも、クラウドファンディングでやったら、ちゃんとうまくできるんじゃないかなって考えはじめたんですよね。
荻上 そういう不公平さを解消する手段として。
海猫沢 新しいシステムでなんとかできるんじゃないかと。だって、普通に子育てしている俺らが所得格差について不満を言っても、もっと働けって言われるだけじゃないですか(笑)。でも子どものためだったら、みんな気持ちよくお金を出すかなって。
社会規範を内面化している人々の攻撃
荻上 この小説を読んでいて、ひとつ印象的だったのは、ホストたちの子育てスタイルが、社会規範を内面化している人たちから匿名で攻撃されるところです。直接文句をいってくる人ってほとんど描かれないじゃないですか。
海猫沢 そうですね。
荻上 親とかの当事者と直接対峙して、言われて言い返してみたいな描写はあんまりないですよね。
海猫沢 そうですね。歌舞伎町のシングルマザーの女の人と番組の企画でやりあうところだけですね。
荻上 その規範性を持って攻撃してくる人が匿名ばかりというのは、どういう意図だったんですか?
海猫沢 実際、子育てする中で、あります? 直接文句を言われたことって。俺、あんまり経験ないんですよね。鳥飼さんあります?
鳥飼 えっ、ありますよ。もう数え切れないです。
鳥飼 今うちの子は、小学校3年生なんですけど、小さい頃はどこに連れてっていても、ベビーカーがどうかとか。
荻上 ベビーカーが邪魔って?
鳥飼 隣で言われましたよ。電車の中で若い男性とかに「ベビーカーで乗せんじゃねえよ」とかでっかい声で言われたとか。
荻上 ほかにもなんか言われましたか?
鳥飼 めっちゃ言われた! 普通にデパ地下みたいなところでも、子どもが人にぶつかりそうになって、「すみませんっ」てかんじにしてたら、そこにいたおじさんに「子ども連れてくるんじゃねえ、こんなところに」とか。お蕎麦屋さんで「保育園じゃねえんだ」とか言われたりとか。もういっぱい言われた。だんだんキレたいことを思い出してきた(笑)。
海猫沢 なるほど……俺、まずベビーカー使わなかったんですよ。あと、外に出てるのも近所の神社とか公園だったからなあ。まず、外に行きたくなくないですか?
鳥飼 行きたくない! 行きたくなかった!
海猫沢 だから、あんまり行ってないですね。行ったら問題おきるのがわかってたんで避けてました。
鳥飼 私もガツガツ外向的に行ったわけじゃなくて。赤ちゃんの頃は引きこもってしまって。数少ない外に行った記憶の中でそれだから。絶対お父さんよりお母さんのほうが言われてると思う。
荻上 ここでもギャップがありましたね。女性が文句を言われるのは、自分より言いやすくて反撃されてもリスクが少ない対象だからなんでしょうね。
海猫沢 ひとつ覚えているのは、土砂降りの中に、子どもが熱出したから、病院いったんですよ。そしたら母子手帳がすごい濡れてて、「これだから男親はがさつだから」みたいなことを女医さんに言われて、俺超キレたっていう。そのくらいです。もう二度と行かなかったですけど。
荻上 なんて余計な一言だ。
いくつもの常識の衝突
海猫沢 俺は男だからかなあ、あんまりなんか言われた記憶がない……でも、異様だったからかもしれない。髪ボサボサで甚平着て、赤ん坊を抱えて満員電車乗ったりしてて。
鳥飼・荻上 あははは。
荻上 そうやね、それは普段でも声かけたくないかも(笑)。
海猫沢 うち近所の保育園に入れなかったので、別の区に通ってたんですよ。
鳥飼 越境してた?
海猫沢 越境です。二区間くらいだから当然電車でいくわけですが、その時って朝8時くらいじゃないですか。満員電車なんですよ。電車の扉があいて、俺を見た瞬間、みんな「マジか……!これに乗るつもりなのか!無理だぞ!」みたいな空気があって。
荻上 あえてスーツとか着てもデモンストレーションになるよね。こんな人もいるんだぞって。
鳥飼 サラリーマン金太郎みたいな(笑)。
海猫沢 もうベビーカー邪魔とかの問題を超えているわけです。このギュウギュウの中に乗ったら死ぬぞ感がすごくて。壁際にいる間、みんなにドン引きされてました。毎朝。
荻上 うちは埼玉に住んでいたんだけど、小学生とかがランドセル背負って満員電車にガッとやってくるわけですよ。
鳥飼 あー、はいはい。私立の。
荻上 そしたら、大人も子どもがたくさんくるなってことで、大人がこう、少し体をくの字にするというか。
鳥飼 かばってあげるのか。
荻上 かばってあげる。カバンとか当たんないようにする。毎日ですからね。そんな光景はあったりしましたけど、嫌な場面とかもありますよね。
鳥飼 子どもが独立して動いてくれたら、大人は守ってあげないとってなるんでしょうけど、お母さんが連れてるってことで、お母さんにイライラの矛先が向くんでしょうね。
荻上 で、こういうことを人前で話すと、怒れるママ代表みたいなかんじで、そういうこと書いてくださいって言われわけでしょう? 育児エッセイで共感マーケティングよろしくみたいな。
鳥飼 あはははは、そうそう。
荻上 でもそれもまた、漫画家にとっては、典型的な描写になっちゃうんですよね。
鳥飼 そうですよね。なんかいつまでも「世間の常識」っていうのが、典型的な枠から抜けないですよね。
荻上 社会に複数の規範があって、わりと大きめの規範としては、「育児かくあるべし」「カップルかくあるべし」みたいなものが前提としてある。
他方でローカルにはローカルな規範があって、都市部の朝の満員電車みたいな男を中心とした空間だと、「ここにベビーカーを持ってくるなんておかしい」という異端として排除されるみたいな。
鳥飼 ああ、複数の規範。
荻上 で、その複数の規範がぶつかりあったまんま、社会で調節されずに、いろいろ放置されているフィールドっていうのが、「育児」だったり「障害」だったり。それぞれの規範が、電車などで強制的にエンカウントする場所だと、衝突してハプニングが起きる。その当事者の言語とか、語りとか、リアリティっていうのが、うまく共有されていないから、その時に揉めるんですよね。
海猫沢 そうですね。
荻上 だからこの小説の中でも、ある社会規範を持った育児像を持つ人たちから、異端と見られる育児を行っている人たちに対して、この育児おかしいみたいな対立が描かれていますよね。
実際、育児という同じ立場にいる人も、規範が違うと、同じ当事者としてのメンバーシップというか仲間意識が欠けてしまう瞬間とかありますよね。
海猫沢 感想とか見ると、賛否両方ありますね。フィクションなのに、育児でクラウドファンディングはいかがなものか、みたいな。
鳥飼 実際問題として。
荻上 なんでいかがなんだと思います?
海猫沢 うーん、クラウドファンディングで育てるなんて、子どもがかわいそうって思っちゃうんですかね。
荻上 でも奨学金で育てるのは別にいいわけですよね? もちろん、税金でやるのもいい。
海猫沢 ははは、そうですね。
荻上 育児はそのあたりのどういうふうな社会モデルがあるべきなのかみたいな認識が、もう固定されてしまっているから、なかなかそういった規範を打ち破ることができない。
『キッズファイヤー・ドットコム』みたいに新しいモデルの小説とかテレビドラマとかが出てきて、「ああ、こういう形もありなんだ」って思える生き方のロールモデルが描かれていないとイメージしにくいんじゃないかなと。
(荻上さん、鳥飼さんを見る)
鳥飼 それは書いていけっていう圧ですね……。
荻上 鳥飼さんには書いてほしいですよ。既存の規範をぶち抜く作品。
鳥飼 思わぬところからめっちゃプレッシャーが(笑)。
海猫沢 ぼくも読みたいですね(笑)。
次回、9/9更新予定
構成:中島洋一