地下鉄の駅のホームに密かに住みつき、
電車内を巡回しながら誰にも知られることなく一人で痴漢を退治し続けるという、
十八番ちゃんが自らに課した使命。
そんな使命に押し潰されそうになっているところに、男は突然現れた。
中年くらいと見られるこの男の正体は、「プリンス」と名乗るテロリスト。
彼がテロリストという事前情報なしに、十八番ちゃんは、
果たして一体何を思うのだろうか?
まるでトンコツスープを頭から被ったかのような脂ぎった顔。
見事なまでにツルッツルの頭。
そして、極めつけは、頭に乗っけている妙ちくりんな王冠。
事前に写真を見せられていたので、まだ俺は心臓が飛び出しそうになるくらいで
済んだが、初見の十八番ちゃんからすれば、
さぞかし恐ろしい不審者に見えるだろう。
しかも、「十八番ちゃんには僕が付いてるよ」だの
「あなたのことをお守りするためにここまでやって来ました」
だの言われたら、もう役満だ。
十八番ちゃんが出した結論は…
「あんた、もしかして…、…私のストーカー?」
正解者に拍手!
これ以上ないくらい完璧な答えだ。
ストーカーという言葉に傷付いているかと思いきや、男は案外冷静な様子。
そして、男は十八番ちゃんの素朴な疑問に返答した。
「僕の名前は『プリンス』。
あなたのことをお守りするためにここまでやって来ました。」
…ひょっとしてこれは、RPGで言うところの無限ループなのか?
死に戻りでもして正規ルートを見つけないと、未来はやってこないのか?
そんな俺の妄想をよそに、プリンスは話を進めた。
「僕がいれば、もう大丈夫。『クイーン』に一人で寂しい思いなんてさせやしない。
『クイーン』が望む場所なら、どこでも付き従うよ。」
「ちょっと、いきなりそんなこと言われても、訳分かんないんだけど!?
それに、私は『クイーン』なんかじゃなくて、十八番だし!」
どうやら、ストーカー以上に、得体の知れない名前で呼ばれることの方が
十八番ちゃんにとってムズムズして我慢ならなかったらしく、必死に反論した。
「分かってるよ、十八番ちゃん。でも、僕は十八番ちゃんのことを心から
大切に思っているから、敬愛の意味を込めて『クイーン』と呼んでいるんだ。」
「そう…。それなら勝手に、何とでも呼べば?
だけど、付きまとうのは勘弁して。うっとうしいから。」
十八番ちゃんは、投げやりにプリンスを突き離した。
「…すぐには信用してもらえないのは、仕方ないのかもしれない。
ただ、僕はずっとクイーンを見てきた。
だから、クイーンの理解者として一緒にいてあげることは出来ると思うんだ。」
プリンスは、自信満々に提案した。
「理解者?一緒にいてあげる?…ふざけないで!」
プリンスの一方的な恩着せがましい発言に、
とうとう十八番ちゃんの堪忍袋の緒が切れた。
「会ったばかりのあんたなんかに、何が分かるっていうのよ!?
本気で理解してあげるっていうなら、私のことをどれだけ知ってるか、
証明してみなさいよ!!」
「証明か…。…それなら、まずは、クイーンの体に触れさせて貰えないかな?
それが、クイーンのことを理解者してあげるのに
一番手っ取り早い方法だと思うんだ。」
そう言って、プリンスは十八番ちゃんの方へと手を差し伸ばした。
その瞬間、十八番ちゃんの中で、プリンスに対するレッテルが書き換えられた。
ストーカーではなく、痴漢。
十八番ちゃんが最も憎んでいる存在。
「俺の部屋に来れば、ちゃんとキミのことを見てあげるのに。
なんなら、そのままキミのことをじっくり調べてあげても…」
かつて十八番ちゃんが痴漢に遭った時、
下心マンマンな顔でこんなことを言ってくる駅員もいた。
(ああ…、結局、このプリンスって人も同じなんだ…)
結論が出た十八番ちゃんがすることは、ただ一つ。
花火大会の時の火傷跡のある胸元。
そこを起点として、十八番ちゃんは胴体を発光させた。
彼女のスキルは、灯虫花葬(イルミネーション・バースト)。
体に仕込んだ花火で、今までに受けてきた痛みを熱へと変換し、
胴体の表層へと放出する。
肉体的な痛みだけでなく、精神的な痛みも含めて全部。
もちろん、彼女の体に触れた相手は熱をモロに浴びるため、
ショックのあまりに気絶する。
見た目からして危険なのは明らかなのにもかかわらず、
絶妙に綺麗な光の紋様と色彩で対象の思考力を奪い、
体に触れざるを得ない状況を作り出すことが出来る。
憎くてたまらない痴漢に一泡吹かせたい。
自分がこれまでに受けてきた苦しみを理解して欲しい。
そんな無意識の願望を実現する、十八番ちゃんに打って付けのスキルだ。
「そんなに触りたいなら、触ればいいじゃない。
たぶん無事では済まないだろうけど。」
敵意剥き出しで挑発する十八番ちゃん。
十八番ちゃんの想定では、相手はいつものような死んだ目になって、
無我夢中で十八番ちゃんの体の紋様に触れようとしてくる、…はずだった。
ところが、プリンスはあくまで落ち着いた様子で、
笑顔すら浮かべながら手をお腹へと伸ばしてきた。
予想外の反応に、十八番ちゃんは物怖じして一歩後ずさったが、
負けたくないという思いから、そのままプリンスの手のひらを受け入れた。
「イルミネーション・バースト!」
「ぐわっ…!!」
十八番ちゃんがスキル発動のキーワードを詠唱すると、辺りに閃光がほとばしり、
プリンスは苦痛の声を上げた。
「よし、これで焼却完了…」
気絶したかと思ってプリンスを見てみると、衝撃でよろめき、
苦しそうな顔をしているものの、かろうじて笑顔は絶やしていない。
「なんで!?どうして無事なのよ!?
…それならもう一発、イルミネーション・バースト!!」
十八番ちゃんは、ダメ押しでもう一度スキルを発動させた。
しかし、プリンスは呻き声を上げながらも、
倒れることなく十八番ちゃんを見据えていた。
「うっ…。…こ、これが、クイーンの痛み…。
分かってあげることが出来て嬉しいよ。」
「ち、違う!私が経験してきたのは、こんなもんじゃない!! 」
思い通りにならない焦りと知ったふうな口を利かれることの悔しさで激昂し、
キーワードを詠唱せずとも、十八番ちゃんの体は熱を帯びていった。
その熱は全身に行き渡り、衣服を全て焼き尽くしそうなくらいの勢いで燃え上がり、
もはや十八番ちゃん自身でも制御出来なくなっていた。
「うわあぁぁっ!!!」
熱は感覚神経の深部にまで及び、十八番ちゃんは大きな悲鳴を上げた。
(熱い!痛い!!苦しいよ…。誰か、助けて!!)
意識が飛びそうになる中、藁にもすがる思いで強く願った。
すると、微かに誰かの声が聞こえてきた。
(大丈夫だよ。僕がいるから。)
気が付くと、プリンスが背中に両手を伸ばし、体全体を優しく抱き留めていた。
「…バカ!そんなことしたら、火が燃え移って、あなたまで死んじゃう…」
十八番ちゃんは、慌てて抱擁から逃れようとしたが、
プリンスは決して手の力を緩めなかった。
「ハァ…、ハァ…。それならそれで構わないさ。
少しでも、クイーンの痛みが和らぐなら…ね。」
そう言うプリンスも、息も絶え絶えといった様子で、
下手したら本当に命を落としかねないくらいに弱っている。
それでも、十八番ちゃんのことを助けたいという強い意志は感じ取れた。
「クイーンのことをいっぱい見てきて、分かったつもりになってたけど、
こんなに痛かったんだね。今まで助けてあげられなくてゴメンね。」
どこまでも、十八番ちゃん一筋。
恋愛感情とはまた異なる、まるで保護者のような、温かく見守る眼差し。
十八番ちゃんには、その光景が、とある昔の思い出と重ね合わさって見えた。
(もしかして…。紙芝居とおもちゃのおじさん?)
そもそもプリンスとは容姿が全く異なり、決めつける根拠もないのだが、
十八番ちゃんにはそうとしか思えなかった。
(よかった…。またきてくれて…。)
プリンスの温かい抱擁で熱が中和され、かつての懐かしい思い出に浸りながら、
十八番ちゃんはスッとまどろみの中に落ちていった。
今回出てきた、「紙芝居とおもちゃのおじさん」というキーワードについては、
65話目や
99話目などを参考にして下さい。
まだ明言はしていませんが、まさか、「プリンス」と
「紙芝居とおもちゃのおじさん」が同一人物だったなんて…。
これまでの伏線が一気に繋がって、スッキリとした気持ちに…
…ならないですかね?
読者側も、あまりにもブランクがありすぎて、色々と忘れちゃってるでしょうしw
おさらいの意味で、あらすじを簡潔にまとめた
「忙しい人のためのてぃーえすおー 」企画も
再開しようかなーと考えている、今日この頃です。
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