[CEDEC 2017]「ゼルダの伝説BotW」の完璧なゲーム世界は,任天堂の開発スタイルが変わったからこそ生まれた
セッションで登壇したのは任天堂の藤林秀麿氏と米津 真氏だ。
藤林秀麿氏(任天堂 ディレクター) |
米津 真氏(任天堂 シニアリードアーティスト) |
まず登壇した藤林氏は,セッションの開始早々,ゼルダの伝説BotWのマップ,より正確を期せば2つのヒートマップ(※頻度を色で塗り分けた地図)だった。
左はある施策前,右は施策語。施策後は「改善を見た結果」ということになる。
藤林氏によると,これは,開発段階において,複数のテストプレイヤーが舞台となるハイラルをどのように歩き回ったかの統計をまとめたものだそうだ。黒が「その経路を選択した人が少ない」ことを示している。ほかの色は,青→緑→赤の順で,寒色から暖色へ色が移り変わるにつれて,人の数(=選択された頻度)が高くなることを示しているという。
この種明かしを受けてあらためてマップを見てみると,施策前は黒い奇跡が多い。しかも,全体的にマップが黒いことから,複数のテストプレイヤーはバラバラな経路を選択したことが分かる。一部,青や緑,赤いところは見られるものの,それらはマップ上に引いてある街道とのことだ。
それに対して施策後は,施策後は多くのテストプレイヤー達が街道を利用する傾向が強まり,なにより黒経路が格段に減っている。一体どのような施策を行ったのか。これがこのセッションのメインテーマの1つとなるのであった。
自分の意志を確信しているプレイヤーを誘導する「引力」とは何か
ゼルダの伝説BotWはオープンワールド――“任天堂語”では「オープンエア」――タイプのゲームということもあり,プレイヤーは自らの自由意思でマップ内を動き回り,探索を進めることができる。しかし「ゲームのシナリオ」の都合もあるので,プレイヤーの行動の誘導はある程度行いたいというのも,開発者側の立場としては存在する。
そこでゼルダの伝説BotWにおいてはまず,「ゲーム世界の広域情報を獲得できる要素」である「塔」を誘導「点」としてゲーム世界に点在させ,そこに向かわせる「動機付け」として,さらに,塔と塔の間を移動するとき,ゲームイベントに遭遇できるようなデザインを盛り込んだのだという。
しかし,効果がなかったわけではないものの,この設計だけでは不十分だと,藤林氏はテストプレイヤーの感想から感じたという。
塔と塔の間をまじめに街道沿いに辿った人は「一本道感がある」印象を受け,そこをあえて外した経路を辿った人は,ゲームイベントへの遭遇が希薄だという印象を抱いたのだそうだ。そのため,「悪い意味で体験がバラバラ」(藤林氏)になってしまったという。
ちなみに,先ほど示した施策前ヒートマップは,まさにこのマップ設計の初期段階におけるテストプレイの結果を示したものである。
「ゲームシナリオ側の都合や強制感」をそれほどは感じさせず,プレイヤーは「自分の意思で経路を選んでいる」「探索している」と確信させつつも,実はゲームシステム側に都合よく動いてもらえているような,何かいい仕組みはないか。
その結果として生まれたのが,「引力」という概念だそうだ。
もちろん,引力と言っても万有引力のことではない。藤林氏は,「プレイヤーにとってお得であるがゆえに,そこに向かいたくなってしまう力」を引力として定義していた。
これにより,経路の選択自体はプレイヤーの自由意志に任せつつも,進んだ先で目に入る「そそられる場所」がプレイヤーを引き寄せ,寄り道させてしまう。そして,その寄り道先でプレイヤーは新しいゲームイベントと遭遇することになるのだ。
それを終えたプレイヤーは,また思い出したように「そもそもの経路」へ戻るが,その過程でまた別の引力がプレイヤーを誘う……という,無限ループが発生する。
引力が緩い導線を引き,大筋としては開発側が想定したゲームシナリオに則ったゲーム進行の流れに乗せることができるようになるというわけである。
では,引力とは具体的に何のことだろう?
ゼルダの伝説BotWの世界における通貨「ルピー」は,一部の例外を除いてほとんど自然発生しない。そのためプレイヤーは,ゲーム世界にちりばめられている動植物や施設などを探索し,ときには戦闘をこなして,さまざまアイテムを入手する必要がある。
しかも,アイテムの種類(ジャンル)は豊富で,さらにそれらを組み合わせることで,価値や効果のより高いものを作り出したりできるため,「アイテムの入手」を多くこなせばこなすほどゲーム世界を有利に生きていけるようになるわけだ。となると,「どこそこに行けばアレが手に入る」というのが,最も分かりやすい引力ということになる。
藤林氏は,そんな引力を生じる場所について,いくつか,具体的な事例を紹介した。
最初に氏が示したのは,「大きいから目立つ」という,サイズに依存した引力である。
遠くから見える特徴的な地形は,「何かあるのかも」と,プレイヤーの探索意欲をそそるので,強い引力があると言える。同様に塔は遠くからも見える施設で,ゲーム世界の広域情報を手に入れるのに有効なため,やはり探索好きなプレイヤーを引きつけることになるだろう。
一方で「このゲーム世界で,体力的に強くなりたい」と考える人は,クリアすると確実に成長する「ハートのかけら」がもらえる「祠」(ほこら)のほうに,より強い引力を感じることだろう。「武装的に強くなりたい」なら,珍しい武器が比較的手に入りやすい,モンスター達の要塞(=敵基地)のほうにより強い引力を感じるかもしれない。
またゲーム世界が夜になると,自発光する施設が目立つようになるので,引力も変わってくることになる。
チラ見せが探索をより楽しくする
登壇者はここで米津氏にチェンジ。
米津氏は,ゼルダの伝説BotWにおける地形デザイン(=フィールドレベルデザイン)において,開発チーム内で「フィールド三角形の法則」と呼ばれた手法を適用していったことを紹介した。
何やら難しそうなキーワードだが,基本的には「プレイヤーを楽しませるための,地形デザインに対するひと工夫」といったものである。
ゼルダの伝説BotWでは,地形の起伏や自然物の配置にあたって,それらをプレイヤーが見たとき,基本的には三角形に見えるよう設計したと,米津氏は言う。
たとえば,目の前に山や丘のような起伏が立ちはだかったとすると,プレイヤーは登るか迂回するか,進行ルート分岐の選択を迫られる。大袈裟に言えば,「探索に対するプレイヤーの意志決定が試される」わけだ。
また,登ることにしたにせよ,迂回することに決めたにせよ,ある程度まで進めば,目の前にある三角形によって遮蔽されていた「向こう側の景色」が現れるようになる。これは「今度はあそこに行ってみようかな」という動機付けにつながる。
三角形を登るか迂回するかすると,斜辺から新しい「気になるモノ」が現れる |
斜辺の向こう側に塔が見えてきた例 |
「三角形は先端に視線誘導をさせる効果も高いので,山や丘の頂上に,何らかの特異物などを配置することで,そこに興味を促すこともできる」とも,米津氏は述べていた。
最終的に開発チームは,プレイヤー視点から見える「情景の三角シルエット効果」に対し,3つの役割を想定してレベルデザインを行うことに決めたのだそうだ。
大きな三角形は,山や山脈といった大規模な地形として設定する。かなり遠くからも見える「ランドマーク」的な役割を与えたという。
中くらいの三角形には,ある地点地点からさらに遠方の情景や施設,自然物を隠す「遮蔽」としての役割を与えた。
最後に小サイズの三角形は近距離を遮蔽するくらいの岩や起伏がメインで,こちらは局所的な探索を促すような,ゲームの「テンポ」を司る役割を与えている。小サイズの三角形は,左右スティックの頻繁な入力を促すことになり,ゲームプレイ時の遊び応えに直結すると,米津氏は述べていた。
米津氏は,フィールド三角形の法則の応用拡張編となる(?),四角形および台形の遮蔽効果についても言及している。
三角形とは違い,四角形は,そこに向かって歩みを進めていっても,段階的に何かが姿を現すようなことはないが,一方で「突如として向こう側が開ける」効果は狙えるという。ゼルダの伝説BotWにおいても,敵の唐突な来週や,実はここにこれが隠されていました的なサプライズを与える要素として利用したようだ。
それにしても,ゼルダの伝説BotWの広いゲーム世界は,プロシージャル手法などによる半自動生成ではないどころか,従来のゲーム世界デザイン的な,ゲーム制作側の綿密な設計と演出によって構築されていたという種明かしに驚かされる。
ゼルダの伝説BotWに対するプレイヤーの評価は,「自由度の高いオープンワールド型なのに退屈な状況が少ない」「一度遊び出すと止めどきが分からない」といったものが多いわけだが,その裏には,ここまでの計算尽くの仕込みがあったということなのだ。
さて,下に示したスライドは,実際のゲームにおけるフィールド三角形の法則の配置イメージになる。
上のスライドを見てみると,大きな三角形は,数こそ少ないものの,地面に対する占有量は大きい。逆に小さな三角形は多いが,地面における占有量は小さくなる。
また,ランドマークとなる大きな三角形の周囲に小さな三角形が多数あることで,実質的に大きな三角形へと通じる経路を複数生んでいることも分かる。このあたりが,プレイヤー側から見た選択の自由度を高めているのだ。
「大中小というフィールド三角形の法則を適用したゲーム世界」を上から見たイメージ |
こちらは斜め手前側から見たイメージだ。小さな三角形の生み出す分岐が,プレイヤーの進む道にバリエーションをもたらす |
米津氏は,ここまでの解説への理解度を高めるべく,ゼルダの伝説BotWのゲーム世界をどのように制作したのかを,ステップバイステップで披露した。
まず,遠方に見える塔が,ここまでで解説してきた引力だとすると,その塔まで伸びる道が直線ではつまらない。
ということで道を曲げる。三角形にによって道が曲げられたため,地面に起伏も生まれた。
このままだとまだ塔が見えるので,フィールド三角形の法則に従って塔を隠す。
続いて,「歩みを進めると,塔とは違う,別の四角い建造物が見えてくる」ようにする。
追加で道を蛇行させ,「さらに歩みを進めて,四角形の構造物の背後から突然塔が現れる」ようにする。
流れは以上だ。ここまで計算尽くのレベルデザインだったとは驚くばかりだが,こうして作られたゲーム世界がどう見えるかについての検証は,実際にリンクをゲーム世界上で歩行させて,1つ1つ確認しているというから,もう本当に驚くほかない。
地形を制作するうえでの「3つのものさし」とは?
氏は,規模感の仕様設計にあたって,「3つのものさし」を考えたと述べている。具体的には「距離感」と「密度感」,そして「尺感」だそうだ。
距離感は,「ゲーム世界の広さ」に相当するものだ。
任天堂にとって,ここまで大規模なオープンワールドゲーム(≒オープンワールド地形)を手がけたことは初めてだったこともあり,「実感を伴った知見」は持ち合わせてはいなかったのそうだだ。そこで,藤林氏らは,地形デザインに携わるアーティストなどと一緒に,任天堂の地元である京都市内を,地図片手に歩き回ったのだとか。
その後,その経験を基にして,骨子となる「ザックリしたハイラル王国のゲーム世界」をデザインし,それをベースに,ゲーム世界の制作を進めていったそうだ。
次に密度感だが,これは「ゲーム世界で,単位面積あたりのどのくらいのゲーム要素を配置していくか」を表すものだ。
たとえば,ダンジョンとなる祠をどのくらいの密度で配置するかという感覚こそが「密度感」である。多すぎれば「世界は祠だらけ」ということになり,少なすぎれば逆に「プレイヤーはなかなか祠に巡り会えない」思いを抱くことになる。
たとえば,街中を歩いていて「コンビニエンスストアと遭遇する頻度」「郵便ポストに出会う頻度」は,多少の違いはあれど,一人一人の人間がそれぞれ持っている。
なので,それこそ郵便ポストを目にする頻度について開発者間で共通認識として持っていれば,「モンスターと出会う頻度」を設定するときに,「郵便ポストの頻度より高くするか,それとも低くするか」を,デザイナーと議論することができる。
最近だと,そうした密度関連の情報は,インターネットを活用した地図アプリで簡単に調べられる。なので,ゲーム世界上に配置するモンスターの密度を郵便ポストと同じ程度にしたいと思った場合は,そうした地図アプリでポストを表示させて,その密度感を参考にすればいいことになる。
もちろんこの場合,ゲーム世界の寸法が現実世界のスケール感と同じか,かなり近い場合に限られるが。
3つめの尺感は,あまり聞き慣れないキーワードだが,藤林氏によると,「ゲーム世界に配置した1つのゲーム要素にプレイヤーが消費する時間」のことである。
長さの策定にあたっては,「京都の地図を実寸で再現した,評価用のゲーム世界」に対し,1分の1スケールの観光名所建造物を配置して,その中や周辺を歩き回って所要時間を調査し,そこから,各種ゲーム要素に想定所要時間を求めたそうだ。
清水寺っぽい施設を試験的に配置して,その中を探索。そうした実験で得られた時間感覚を使って,各ゲーム要素の尺感を想定していったという |
あくまでも開発当初のもので,最終的な数字でない点は注意してほしいが,数値として求められた尺感の例 |
歴代のゼルダシリーズと比べて,1つあたりのダンジョン探索所要時間が短くなっているゼルダの伝説BotW。筆者などは,「歴代作品と比べて,圧倒的にダンジョンの数が多いからだろう」などと単純に思っていたのだが,まさか実際には,“リンクに清水寺を探索させて”決めていたとは……。
大規模人数による「ゲーム世界の同時開発」
大規模なコンテンツ制作,とくにオープンワールドのような巨大なゲーム世界の制作にあたって,今日(こんにち)では,多人数で同時に進めていくのが一般的なスタイルになっている。
これにより,制作スタッフが同じ場所を重複して制作したりチューニング(調整)してしまったりといったミスが起こりづらくなったという。
いわば,制作途中のゲーム世界に「ただいま工事中」の看板を,制作スタッフの各人が立てられるイメージだ。この看板をクリックすると,スタッフはPC上で,当該箇所の制作仕様についての詳細や,制作に携わっているスタッフ達の打ち合わせ経緯などを開いて確認することができる。
制作途中のゲーム世界を実際に開いて,リンクになって歩いて見ないと分からないというだけでは,使い勝手が悪い。そこで,より俯瞰度の高い,いわばハイラル王国地図全体を表示したうえで看板を立てる仕組み「フィールドタスクビュー」も用意したそうだ。
この仕組みにより,重複作業や不用意な調整といったミスが起こりにくい大人数制作スタイルが実現ができたわけだが,それだけでなく,1つの制作対象に対して,開発スタッフそれぞれがいいアイディアを出し合って有機的な改良までを行えるようになったのが,副次的な産物だったそうだ。
これは,ゼルダの伝説BotWのゲーム世界を基軸にした制作システムであると同時に社内SNSでもあるわけで,優秀なスタッフがコミュニケーションを取り,相互にシナジー効果を得ながら制作を進められるという点で,相当に優れたものではないかと感じた。
実際,セッション終了後に,自社開発のゲームエンジンを持つ某大手のリードエンジニアと話をしたが,氏も「これはマネしたい」と述べていたほどだ。
任天堂のゲーム作品と聞くと,筆者は「過去のさまざまなゲーム開発経験」と「独特なセンス」でゲーム仕様を決めて,その後は調整に時間を掛けてバランスさせて開発しているようなイメージを勝手に抱いていた。だが,今回の講演を経て,任天堂に対するイメージがすっかり変わってしまった。まさかここまで事前に理詰めの調査や実験を行って仕様を策定し,さらにはモダンかつ合理的なシステムまでを開発して開発効率向上に努力していたとは。
情報開示へのオープンな姿勢,効率重視のモダンな制作体勢などなど,複数の意味において,任天堂はこれから変わろうとしているのかもしれないとも感じさせられたセッションだった。
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