背景にあるのはインターネットだ。『綱要』は2002年に『動向』というマイナー雑誌(発行元が國民新聞社と同住所)に再掲載され、やがて國民新聞社の公式サイト(現在は閉鎖)に掲載されたのだが、おそらくこれが日本国内の対中国感情が悪化するなかで2ちゃんねるなどでコピペ転載され、まことしやかな装いをまとってしまったようなのである。

 2003~2004年ごろから現在までの、2ちゃんねるの過去ログを収集・保存する『ログ速』というサイトがある。このログ速で「日本解放第二期工作要綱」を全文検索すると、ヒット数は約3110件。最古の書込みは2005年5月3日に「共産党」板の某スレッドに貼られた『國民新聞』ホームページのリンクだ。

 次の書込みは2008年3月と5月で、この時期に右派系の2ちゃんねらーの間で話題になったフリーチベットブームと嫌中国ブームを受けてか、はじめて『要綱』の具体的な内容がコピペ的にスレッドに貼り付けられ出した。当時の2ちゃんねるは爛熟期を迎え、アクティブな利用者が多かったことから、保守系団体の関係者と思しき人たちがオルグ目的でコピペをバラ撒く行為もよく見られた(古いネットユーザーならピンとくる話だろう)。『要綱』のコピペ拡散もおそらく同様の背景があったのだろう。


2016年ごろから2ちゃんねるに貼られるようになった『要綱』関連の嫌中国コピペ。冒頭で別サイト『News U.S.』にリンクを貼る、扇情的な文体が特徴だ

 その後、2ちゃんねるでは毎年増えもせず減りもせずで『要綱』のコピペ掲載が散発的におこなわれる状態が続くが、なぜか2016年ごろから今年にかけてあちこちのスレッドで上の画像のコピペがやたらに貼られ始めるようになった。

 URLのリンク先である『News U.S.』は、ヘイトスピーチサイトとして指摘されることもある『保守速報』とならんで、ネット右翼向けのフェイクニュースやこじつけ記事をバンバン載せている2ちゃんねる系のまとめサイトだ。運営の目的は右翼・保守的な過激な言説を広めることそれ自体ではなく、ネット右翼が好みそうな扇情的な見出しを掲げてアクセスを稼ぐ商用目的の側面が強そうに見える。2016年ごろから同サイトの記事にリンクしたコピペがやたらに2ちゃんねるに貼られはじめたのも、サイトへの誘導宣伝が目的だったのかもしれない。

『News U.S.』の画面。「中国・韓国・在日崩壊ニュース」というコピーからも分かるように、扇情的な見出しやコメント投稿が並ぶ

 だが、ウソでも100回言えば本当になってしまう。45年前に日中国交正常化に怒った伝統右翼が仲間内の新聞でデッチ上げたヨタ話が、21世紀になり公式サイトと2ちゃんねるを通じて拡散。やがてネット右翼向けまとめサイトの大手がこれに乗っかったことで知名度が上がってしまい、ついにベストセラー本で真面目に紹介されるほどの市民権を得てしまったわけである。

 念のため言っておけば、現代の中国は日本を含めた周辺各国をターゲットにしたなんらかの行動方針をひそかに検討・作成しているはずだし、将来的に日中両国が局地的な武力衝突にいたる可能性もゼロではない。なので、中国の覇権主義的な行動を警戒する姿勢自体はなんら間違いではない。だが、それだからと言って明らかなニセ文書をまことしやかに紹介し、積極的に拡散する行為が許されるわけでもない。

 21世紀に入り新たに生命を吹き込まれた偽書『日本解放第二期工作要綱』。この文書は今日も、ネットや書籍を通じてどんどん広がり続けている。ギルバート氏の著書のタイトルを本歌取りするならば、「ヨタ話を信じ込んだ日本人と親日アメリカ人の悲劇」とでも言いたくなる事態がまさに現在進行中なのである。