なお、『要綱』とほぼ同時代に林彪グループが作成した毛沢東暗殺計画『五七一工程紀要』(1971年3月)は、中国本土のネット上でも自由に原文を検索して読める。それならなぜ、作成直後に流出したはずの『綱領』の原文が見つからず、ネットでもまったく話題に登らないのか? 首を傾げざるを得ないところだ。

【2】中国本土の中国語の翻訳文として不自然な表現が多い

 また、訳文に不自然な表現が多すぎる点も怪しい。中国語を直訳したとは思えない文章構造が多々見られる点はもちろんだが、ここではより分かりやすい例を端的に示そう。たとえば前出の田中内閣について記載した一文も、よく読むとヘンな部分がある。

“田中内閣成立以降の日本解放(第二期)工作組の任務は、右の第二項、すなわち『民主連合政府の形勢』の準備工作を完成することにある”(前出)

 お気付きだろうか? 実は中国本土の中国語はほぼ「横書き」なので、「右の第二項」という表現は通常ありえないのである(「上の」「下の如く」といった書き方にしかならない)。類似の表現は他にもある。

“B 右のほか、各党の役職者及び党内派閥の有力者については”( B工作主点の行動要領、(第三 政党工作)(二)議員を個別に掌握)

右の接触線設置工作と並行して、議員及び秘書を対象とする、わが国への招待旅行を左のごとくおこなう”( B工作主点の行動要領、(第三 政党工作)(三)招待旅行)

 これらからも分かるように、『要綱』は明らかに縦書き表記の文章を書く文化圏の人間の手で書かれているのだ。縦書きの習慣は日本のほか台湾(ほか香港・韓国の一部)にもあるが、いずれにせよ中国本土の人間が書いていないことは明白である。

1972年8月、國民新聞社は『要綱』を小冊子でも刊行。ちなみに翌年には同じく西内雅によって続編となる秘密文書(左)も暴露されたが、こちらは現在までまったく話題になっていない

 いっぽう、Wikipediaからリンクが貼られているこちらの個人サイトの文章は、おそらく國民新聞社が21世紀になって公式サイト上に掲載した『要綱』が底本だと見られる。こちらではなぜか上記の当該部分が「上の」「下の如く」という表現に修正されているが、一方で別の問題が生まれている。

“日本の平和解放は、下の3段階を経て達成する。

 イ.我が国との国交正常化(第一期工作の目標)
 口.民主連合政府の形成(第二期工作の目標)
 ハ.日本人民民主共和国の樹立・天皇を戦犯の首魁として処刑(第三期工作の目標)”

 中国共産党が、工作指令文書の段落番号を「イ、ロ、ハ」で書くわけがあるまい(笑)。ちなみにギルバート本も上記の箇所をそのまま引用しているが、講談社で働く校閲ガールはなにも物言いを付けなかったのか気になるところである。