Raising the inflation target
(Mainly Macro, Friday, 16 June 2017)
Posted by Simon Wren-Lewis
もっと高いインフレ目標をという議論を理解するのは簡単だ.ただ2つのことさえ理解すれば.第1に,もっとも効果的で信頼できる金融政策手段は実質金利に影響を与えることである.実質金利とは,名目金利から期待インフレ率を差し引いたものだ.第2に,名目短期金利にはゼロ近辺に下限(ゼロ下限)があるということだ.この2つをあわせると,不況の際に深刻な問題が生じる.不況に対処するには実質金利をマイナスの領域に動かす必要があり,どこまで負にできるかはゼロ下限によって制限されてしまう1からだ.つまり,金融政策だけでは不況から抜け出すことができないかもしれないということになる.
インフレ目標を引き上げると,金利がゼロ下限にぶつかる可能性を減らすことができる.なぜかというと,まず長期実質金利(経済学者はしばしば「均衡実質金利」とか「自然利子率」という)は正であるということに注意しよう.まあたとえば2%だとしよう.もしインフレ目標が2%でゼロ下限が0%ならば,通常時の平均的な名目金利は4%ということになる(2%のインフレ目標 + 2%の実質金利).すると,景気が減速した時には最大で金利を4%引き下げることができる.これでマイルドな景気下落には十分だろう.しかし,2008年に起きたような大規模な不況に対しては十分じゃない.だが,もしインフレ目標が4%なら,名目金利は最大で6%下げることができる.これならおそらく,最悪のやつ以外はどんな不況にでも十分対処できるだろう.
なぜ多くの経済学者たちが現在インフレ目標を2%から4%に引き上げるべきだと主張しているのだろう?理由の1つは,最初に2%という目標が選ばれた当時よりも現在は長期実質金利が低いと考えられているからだ.(この説は長期停滞論(secular stagnation)といわれることがある.) 先ほどの計算をよく検討すれば,なぜ長期実質金利が下がるとゼロ下限問題が深刻になるかわかるだろう.この説に従うなら,我々はインフレ目標を引き上げて,将来ゼロ下限にぶつかりにくくしておく必要があるということになる.
この問題は単なる学術的な議論から現実の可能性になった.ほんの数日前,米国においてのことである.FRB議長ジャネット・イエレンは以前にもインフレ目標の引き上げに関して質問されたことがあり,その際には引き上げというアイデアを退けていたようだ.ところが今や彼女はこのアイデアについて,FRBが将来再検討すべきものであると述べ,また,現在の中央銀行家が直面するもっとも重要な疑問のひとつであると述べている.
これは疑いもなく,インフレ目標を引き上げるべきかどうかという論争をさらに白熱させるだろう.いつものトレードオフの領分にやってきたわけである.経済学者が全般に一致しているところでは,インフレ目標を高くすること自体はより大きなコストを経済に課すことになるが,一方でゼロ下限問題が生じる頻度を減らすという便益ももたらす.だが,もう一つ別の選択肢があり,それは,このジレンマを逃れられる,明らかに優れた方法である.
政府には,もう一つ,まずまず予測しやすいインパクトを総需要に与える手段があって,その手段を使って不況に対処することができるのだ.その手段とは財政政策(税および政府支出を変化させること)である.英国では現在金利がゼロ下限にある.その理由の一部は財政政策が引き締められている(緊縮的である)からだ.不況下で経済を刺激するなら,財政政策を用いるほうがインフレ目標を引き上げるよりずっとよい.なのに,独立機関である中央銀行は,政府がこのように財政政策を活用しないよう働きかけてきた.
中央銀行は「財政政策は政府次第だ」などというふりをしてはいけない.また「不文律があって,中央銀行はこうしたことに口出しすべきでないことになっている」なんていうふりもしてはいけない.〔ところが〕現実には,英国においてもユーロ圏においても,中央銀行はこの前の不況の際に,政府に対して誤った行動をとるよう積極的にそそのかしたのだ.すなわち,緊縮を勧めたのである.もし中央銀行という組織自体に,このような誤った助言をさせる何かが内在しているとしたら,中央銀行をどう改革できるかを緊急の課題として調べる必要がある.
不況のさなかに,金利がゼロ下限にぶち当たりそうだと中央銀行が思ったならば,中央銀行はただちに,はっきり声に出して,公然と「財政政策をもっと拡張すべきだ」と主張すべきである.さらにまた中央銀行は,はっきりとそして公然と主張すべきだ.「不況のせいで増大した債務や赤字も,政府が実施した財政刺激策が市場を怖がらせることも政府は心配しなくていい.中央銀行がカバーするから」と.この2つの主張の優れた点は,どちらも真実であるということだ.
もちろん政府は債務をどこかの時点で望ましい水準に戻す必要がある.しかし,その時には金利がとっくにゼロ下限から離れているはずだから,債務を修正するのに苦労はいらないだろう.不況時の財政政策の当面の目的は金利がなるべく早くゼロ下限から離れて上昇できるようにすることである.そうすれば,マクロ経済的に最良の成果が得られ,そしてその成果はインフレ目標を引き上げるよりもずっと優れたものとなる.現在の中央銀行家が直面するもっとも重要な疑問は,なぜ彼らがこれを2009年にやり損ねたのかということである.
可能性として,民主主義が良い状態にない時(たとえば現在の米国のような時)には,政府が中央銀行からの助言を無視するかもしれない.そのような場合,中央銀行が拡張的な財政政策に似たこと,たとえばヘリコプターマネーがやれるよう,さらなる権力を与えることも考慮に値する.あるいは,名目金利をマイナスにできるような制度的な変更も検討に値するかもしれない.あるいは,インフレ目標を引き上げることも.しかし,こうしたことをする前に,次の不況では中央銀行が政府に対して正しい助言を行うことを確実にしておく必要がある.
コメント欄より:
mcnalu 2017年6月16日 01:23
「まあたとえば2%だとしよう.もしインフレ目標が2%でゼロ下限が0%ならば,通常時の平均的な名目金利は4%ということになる(2%のインフレ目標 + 2%の実質金利).」
何か見逃しているのかもしれないけど,なぜここで実際のインフレ率でなくインフレ目標を使うのかな? インフレ率がインフレ目標に近くなると仮定してる?
Mainly Macro 2017年6月18日 10:48
そう.それが金融政策のやろうとしていること.
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