欧州の警察がダークウェブと暗号通貨の匿名解析に挑戦か

江添 佳代子

August 31, 2017 08:00
by 江添 佳代子

スウェーデン警察が率いる欧州3ヵ国の警察機関は、ダークウェブと暗号通貨に関連したサイバー犯罪の研究を行うために「Horizon 2000」の資金を調達したいと望んでいる。

Horizon 2020とは?

欧州委員会(European Commission)によって実施されている「Horizon 2020」とは、革新的な研究を幅広く促進することを目的としたEU最大のフレームワークプログラムである。より生々しい表現をするなら「有望で斬新な研究や開発を支援するために『EU史上最大の助成金』を準備したプログラム」だ。このHorizon2020で提供される助成金の額は、2014年から2020年までの7年間で800億ユーロ(約10兆円)に設定されている。とりわけ資金調達の難しい研究者たちにとっては魅力的な話だろう。

この取り組みは、決して新しいものではない。第1回のフレームワークプログラム(FP1)は1984年から1987年に実施されており、このときは38億ユーロ(約5000億円)の助成金が提供された。今回のHorizon 2020は、その第8回目(FP8)に該当するプログラムの名称で、過去数回のプログラムと比較すると、「調査や研究」よりも「技術の革新」の部分に重点を置いた点が特徴的となっている。

Horizon 2020の資金は、もちろんコンピューター技術に限らず、様々なジャンルの研究プロジェクトに提供されている。たとえば2017年8月25日には、英プリマス大学のXinzhong Li博士が率いる脳腫瘍研究プロジェクト「AiPBAND」(次世代の脳腫瘍研究者を育成するための計画で、英国、スウェーデン、イタリア、オランダ、ベルギー、中国、ドイツ、オランダの組織とパートナーシップを結んでいる)が、約370万ユーロ(約4億8000万円)の資金を得たというニュースが伝えられたばかりだ

サイバーセキュリティの分野でも、これまで複数の組織がHorizon 2020に参加している。最近の参加例としては、フランスのブラウザーディベロッパー「UR」のプロジェクトが挙げられる。URは今年6月、「市民を守り、ユーザーのプライバシーを尊重する新技術」の開発資金をHorizon 2020から得ることに成功した。『The Register』の報道によれば、すでにURが獲得している助成金は一時金の5万ユーロ(約650万円)。そして第二段階の「本当の助成金」は250万ユーロ(約3億2500万円)なのだが、こちらは12の競合の中で勝ち残った1プロジェクトにのみ提供されるため、それをURが得られるかどうかは分からない。

とはいえ、まずはEUからの一時金を得られただけでも、それほど名の知られていないディベロッパーにとっては大きな励ましとなったはずだ。そして今後、もしも巨額の開発費を得ることに成功した彼らが「市民の安全」と「プライバシー保護」を同時に実現できる革新的な技術を開発することができたなら、それは欧州のみならず世界中のインターネットユーザーに大きな影響を与えることになるだろう。

このHorizon 2020は世界的に広く知られているプログラムで、欧州外から参加を望んでいる研究者たちも多い。もちろん日本からの参加も可能となっている。

昨今のEUとダークウェブの関係

そして現在、ダークウェブやビットコインに関心を持つ人々の間で話題になっているのが、スウェーデン警察による「Horizon 2020への参加」だ。

この情報は広く伝えられているものではない。またHorizon 2020の公式サイトにも、それらしき話題が掲載されていない。しかしデジタル通貨の専門ニュースサイト「CoinDesk」の8月2日の記事や、Horizon 2020関連の情報サイト「Horizon2020projects.com」の8月4日の記事によれば、今年7月末に新しく作られたHorizon 2020の報告書に、スウェーデン警察の参加の意向が記されているという。

彼らの報道によると、現在スウェーデン警察が率いる3つの欧州国(スウェーデン、オーストリア、ドイツ)の警察機関が、「ダークウェブや暗号通貨(仮想通貨)を利用したサイバー犯罪」について取り組むべく、Horizon 2020に参加しようとしている。つまり彼らは、利用者が匿名で利用できるために無法地帯と化しているダークウェブでのサイバー犯罪、あるいはテロ活動などの問題に取り組むため、EUのプログラムから金銭的な支援を受けたいと望んでいる。

EUにとっても好ましいプロジェクト

Horizon 2020には、「Secure Societies(安全な社会)」というカテゴリがある。このカテゴリについてHorizon 2020の公式サイトは、「我々の市民、社会、経済、ならびにインフラやサービス、繁栄、政治的安定、福祉を守るために必要とされる研究やイノベーション活動」への取り組みだと説明している。ダークウェブにおける犯罪の問題に切り込む研究や技術開発は、その目標にふさわしい活動だろう。

Horizon 2020の公式サイトによれば、「Secure Societies」は様々なテーマのプロジェクトへの資金提供を申し出ており、それはオンライン空間における「安全」に関するもの、たとえば犯罪やテロに対抗するためのフォレンジックのツール、サイバーセキュリティのツールなども対象に含まれている。

もともとEUは、サイバー犯罪の取り組みに熱心だ。また、この数年間では特に「オンラインを利用したテロ活動」の防止にも注力しており、そのための法案や改正案も(時には批判を受けながら)次々と発表されてきた。そして時には、ユーロポールや各欧州国の警察機関が米国当局と協力しあいながらダークウェブの犯罪捜査も行ってきた。これらの点から考えると、ダークウェブや仮想通貨の「匿名の世界」に切り込もうとする3つの警察のプロジェクトは、EUにとっても好ましいアイディアだろう。

「CoinDesk」の報道によれば、先述の新しい報告書は、スウェーデン警察が率いるプロジェクトに対して提供される具体的な「金額」について言及していなかったという。しかし、これまでHorizon 2020の助成金の獲得例を見れば、それが少なくとも数億円を下回らない規模になることが想像できる。

ダークウェブの隠匿性が暴かれる?

先述のとおり、第8回のフレームワークプログラムHorizon 2020は「技術の革新」(および、それに繋がる研究や計画)を重視している。もしも彼らのプロジェクトが巨額の資金調達に成功し、「ダークウェブや暗号通貨を利用した犯罪行為」を暴くための革命的な技術やシステムが取り入れられるようになれば、それは多種多様なサイバー犯罪や違法取引を食い止められるだけでなく、多くの犯罪者たち(あるいはテロリストなど)の秘密の連絡手段をも断ちやすくなり、引いては世界中の市民に「インターネットの安全性」と「現実社会での安全性」の両方を提供する画期的なものになるかもしれない。

しかし一方で、その新しいものが新たに生まれたときに、「何らかの理由でプライバシーを必要としている、まったく悪意のないダークウェブ利用者」の権利が守られるのか、それを世界の警察機関が広く利用できるようになることでインターネットの自由が制限されるのではないか……と心配する人々もいる。いずれにせよ、スウェーデン警察が率いるプロジェクトについて大まかな情報しか伝えられていない現段階では、その研究がどのようなものになるのか誰にも予想できない。




江添 佳代子

江添 佳代子

ライター、翻訳者。北海道生まれ、東京育ち、カナダ・バンクーバー在住。インターネット広告、出版に携わったのち現職。英国のITメディア『The Register』のセキュリティニュースの翻訳を、これまでに約800本担当してきた。
THE ZERO/ONEの記事を中心に、ダークウェブをテーマにした『闇ウェブ』(文春新書)の執筆に参加。

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