1、千島樺太交換条約の結果、先住民族である樺太アイヌは国籍および居住地の選択を迫られた。
2、政府側には最初そういう意向はなかったが現場の役人の提案によって話が進み、行政側が主導でアイヌの北海道移住を積極的に進めた。
3、その結果、樺太南部の841人(資料により多少変動あり)のアイヌが北海道の宗谷に移住した。
4、国籍選択についての3年の猶予が設定されたにもかかわらず、移住するか否かの意思決定の期限を政府が早急に設定したので、アイヌ側がじっくり検討する時間がなく、十分な準備がない状態での移住となった。
5、樺太から宗谷への移住については、今分かっている範囲の記録によると、暴力による脅迫によるものであったとは今のところ判定できない。ただし、行政側からの強い働きかけ、主導があった。
6、政府側には樺太アイヌを石狩方面に移住させる案が早い時期からあったが、アイヌ側の抵抗があったので実行できず、まずはとりあえず宗谷への移住となった。
7、宗谷に移住後、政府側が、アイヌの石狩移住を進めようとしたがアイヌが同意しないので交渉は難航した。
8、詳しい経緯は分からないが、アイヌの長たちによる移住についての同意書が作られた。
9、しかし、現地視察の結果、アイヌ側からの反対の声が強かった。
10、長たちは同族たちの反対が強いので、移住を強行しないよう嘆願書を出した。
11、政府のなんとしてもアイヌの石狩移住を断行する考えは変わらず、結局銃を持つ官憲を派遣し、アイヌの移住を強行した。
12、船からの大砲の射撃による脅迫もあった。
以上が、私が資料を検証して得た、今時点での見解である。
宗谷への移住の段階から「強制移住」であるという見解もあるが、私は今時点では、「強制連行」と表現するのは妥当でないと考えている。
もし事実認識や解釈の間違いがあれば指摘がほしい。
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