真木よう子さん炎上について、水龍敬さんがサークル参加者の立場として問題点をよくまとめていらっしゃいます。論点は大きく分けてこの4つかと思われます。
なので、本炎上の抱える諸問題についての批判を、このブログに対する私見に代えて、以下につらつらと述べさせていただきます。
(※ 念のため繰り返させていただきますが、水龍敬さんをディスってるわけではありませんのであしからず)
「芸能人がクラウドファンディングで8万円の印刷費を集めてコミケで写真集を出そうとした」なら(芸能人がなんでそんな金額を捻出できないのかと思われるが)ここまでの批判はあがっていなかったと思うので、やはり「クラウドファンディング」という手段を批判しているわけではないように思える。一方で、その金額の多寡は一つの原因ではあろう。「商業流通の商品を頒布してはならない」というのはコミケの公式なルールではあるが、それ以上にコミケには(そして一部のネットユーザーには)商業主義そのものに対しての風当たりが強い側面があるのだ。
「クラウドファンディングの金額が高いのが問題」とは一体全体どういう理屈でしょうか。募集者は出資金額を直接操作できるわけではありません。出資金額が目標金額をオーバーすることはしばしばあることです。
サークル参加者のみなさんには、ぜひ身の上に起こる話として想像してみていただきたいのですが、仮にみなさんがクラウドファンディングを募集したとして、出資金額が目標よりオーバーした(それこそ800万とかいう大金が集まった)らどうしますか?「出資金が予想よりたくさん集まったのでプロジェクトを断念します」と出資者に詫びますか?ありえないでしょう。
一方で、芸能人がコミケに参加することの是非もあるだろう。最初にあげた記事中にもあったが、コミケは元々アマチュアのための表現の場である。当然に何のネームバリューもない一般人が基本的には参加するものと考えられている。かつてはプロの漫画家が参加すること自体に否定的な者もいたし、企業スペースの存在を受け入れることにも是々非々があった。最近では見かけないが、コミケで知名度をあげてプロになった者はコミケを卒業するべきだ、なんて意見を言う者もいた。
「芸能人がコミケに参加することの是非」なんて、とっくの昔に克服した問題ではないですか。企業がコミケ参加するようになって久しいですし、小林幸子さんとか叶姉妹さんとかが参加表明したとき、最初は反発こそありましたが、実際に会ってみたらすごく盛り上がりましたよね。会えてよかったって思わなかったのですか。
そこにTVに出るようなネームバリューの高い芸能人やアイドルが参加すれば、どんな作品を出そうが当然に一般人よりもモノは売れる。一般人が一生懸命に描いたフルカラーの漫画本より、大物漫画家の落書きペラ本の方が、残念ながら売れてしまうのは事実だ。まして芸能人やアイドルがコミケで写真集やCDを出すとなると、それは半ば「握手券」的な意味合いを持ち、その作品のクオリティ如何に関わらず、当人のバリューを求めて買いに来る人達もいるだろう。それは真剣にモノ創りをしている人達の場では一種の「ズル」に見えなくもない(芸能人の写真集が、真剣なモノ創りでないわけではないと思うが)。真木よう子ほどの知名度もあれば、最初から商業流通に乗せてモノ作りをすることも可能なわけで、それができないアマチュアのための場であるコミケであえてモノ作りをする意味が問われるのも仕方のない側面もある。
「アマチュアのための場であるコミケであえてモノ作りをする意味が問われている」っていうのは、そのまま自分たちのことでもあるということをちゃんと自覚していますか。わずか16ページのぺらぺらの薄い本が500~1000円とかの値段でさも当然のように取引されていますが、コミケ直前の同人作家のTwitter覗くと、どこもかしこもデスマでひぃひぃ言ってますよね。みなさんは何のためにコミケに出品していますか?みなさんは本当に真剣にモノ作りをしていますか?それを胸張って真木よう子さんに言えますか?
そもそも「コミックマーケット」の名前にある通り、コミケは基本的には漫画の祭典である。黎明期にはコスプレに対する扱いの是非も問われてたし、さらに実写モノの写真集となると今でも肩身の狭い部分がある。コミケットの運営側だって、必ずしも実写モノの文化に理解を示してくれるわけではなく、過去には一部のROMサークルが明確にコミケから排除されたりもしてきた。自分はコスプレROM等には元から偏見もなかったし、今では自分でもROMを撮影してリリースしたりしてはいるが、やはりコスプレイヤーに話を聞くと、そうした人々に拒否感を示す参加者も多いと言う。まして、コスプレでもなんでもない写真集となれば、さらにコミケや同人の世界では風当たりが強くなる。
「実写モノの表現自体がそもそもデリケートな分野」って、そんなことないですよね。「あらゆる表現を受け入れる」、それがコミケのよいところです。「子ども向けアニメの鬼畜エロ漫画はいいが、ふつうの写真集は二次元ベースの創作じゃないからダメ」っていうのは、端的に狂ってます。
(あとついでに言うと、「コミケは排外的」っていうのもウソですよね?コミケは歴史的に「コスプレ」も「企業」も「有名人」もみんな受け入れてきました。こういう風に、「オタク」と「世間」とを分断する文脈でコミケを語るとき、「○○○について不満を感じてる人がいる」とかいう検証不可能な話を引用する記事が多いように感じるのですが、問題は「自分はどう思ってるのか?」です。そこを隠して知り合いの意見を引用するのはフェアではありません)
結局のところ、真木よう子さんの「ふつうの写真集」じゃ抜けないから批判してるわけですよ。だってAKBとか大人気声優とかが「ふつうじゃ出版できない過激でドスケベな写真集出します」とか言ってたら大喜びでザーメンシャンパン撒き散らしてたでしょう。「クラウドファンディングの金額が高い」だとか、「コミケはアマチュアのための場でもある」だとか、「本のクオリティ」だとか、「本の中身が二次元ベースじゃない」だとか、あと排外性?だとか、さももっともらしいこと言ってますが、どうせ自分たちのちんちんが勃起すれば全部お咎めナシだったでしょう。
メディアに対する不信感についてはまったくその通りだと思います。しかし昨今、「オタクに対する謂れのない偏見」も薄れてきていて、一般の人たちにもオタク文化がだんだん受け入れられてきているように思います。真木よう子さんのコミケ参加表明がその証左になり得たはずでした。でも今回の一件で、「一般人がオタクを嫌っている」のはでなく「オタクが一般人を嫌っている」というのが明らかになりました。オタクのみなさんはどうかこのことを重く受け留めていただきたいと思います。長文すまんこ。
オタクが一般人を嫌っている。 たしかに!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!...
もうそういうの論議する段階は終わってるんだけど 今は真木ようこの裏で儲けようとしてたゴミクズを炙り出す段階
オタク文化が好きな一般人というのがいても、そいつらだって今のオタク自体は大嫌いなわけでね 今回は元々あった溝がただ顕在化しただけだと思っている
こうしてみると水龍って俯瞰ポジに立つことで自分はどうかというのを巧みに避けててポジショントークすげーと思った。
「あらゆる表現を受け入れる」、それががコミケのよいところです。「子ども向けアニメの鬼畜エロ漫画はいいが、ふつうの写真集は二次元ベースの創作じゃないからダメ」っていうの...
いや今回の炎上を表現のせいにするのはさすがに無理があるでしょう 似たような立場で出展した某姉妹は普通に歓迎されていたわけで 企業ではなく個人参戦という体で、「ファンに会い...
水龍敬氏のブログで一番問題だったのは「写真集」とあげていてそれに賛同するブクマカも多いのだから、表現が問題と捉えるオタク側の人間も多かったんじゃとも考えられる。 真木よ...