睡眠の短さ際立つ日本人 生産性に影響も
日本人の睡眠時間の短さが際立っています。睡眠不足は健康や労働生産性に悪影響を及ぼすとの研究や、国内総生産(GDP)が減少するとの試算が注目を集めています。改善できるでしょうか。
経済協力開発機構(OECD)が2014年にまとめた調査では、日本人の睡眠時間は1日平均7時間43分で、調査した加盟25カ国で韓国に次ぐ短さでした。25カ国の平均は8時間22分です。睡眠が1日6時間未満の日本人は厚生労働省の15年調査で全体の39.5%に達し、07年の28.4%から急上昇しています。最適な睡眠時間には個人差がありますが、睡眠が十分だと健康状態が良くなり、時間当たりの生産性が高まることは多くの研究で立証されています。
英国の非営利の研究組織、ランド・ヨーロッパは16年、睡眠が1日6時間未満の人は7時間以上の人より死亡リスクが高く、生産性の低下や労働力の喪失による経済損失が、日本ではGDPの2.92%に当たる1380億ドル(約15兆円)との推計を発表しました。睡眠不足が蓄積した「睡眠負債」に警鐘を鳴らす研究者もいます。
睡眠不足の日本人が多い大きな原因は、やはり長時間労働にあります。年間総労働時間は1700時間台に減りましたが、正社員に限ると1990年代から2000時間前後で横ばいです。ニッセイ基礎研究所の斎藤太郎経済調査室長は「就業形態による差は大きく、働き方の実態をきめ細かくみるべきだ」と主張しています。
労働時間以外の要素も視野に入れたほうがよいと唱えるのは明星大学の梶谷真也准教授です。1日の時間配分をみると、スポーツやレジャー、スマートフォン(スマホ)の利用といった「自由時間」は90年代以降、増える傾向にあるとの調査結果があるからです。
伝統的な経済学では、1日のうち労働に費やす時間以外をすべて「余暇」として扱い、個人は消費と余暇から「効用」(満足感)を得ると仮定するので、余暇の過ごし方は分析の対象外です。梶谷氏は「余暇の時間の配分を、個人の意思決定や自己管理の問題としてとらえ、行動を分析する必要がある」とみています。
■山本勲・慶大教授「労働生産性、賃金に反映を」
日本人の睡眠不足の大きな原因とされている長時間労働。安倍晋三政権は、働き方改革の一環で長時間労働の是正を目的とする法改正を検討しています。労働経済学が専門の山本勲・慶応義塾大学教授に、働き方改革のどこに注目しているのかを聞きました。
――6月の日本経済学会で、明星大学の梶谷真也准教授は、日本の家計を対象にした慶応大学の調査データをもとに「労働者の睡眠時間が増えると賃金率(時間当たりの賃金)が上昇する」という実証分析を発表しました。
「睡眠時間を増やせば健康状態が良くなり、経済学でいう『労働密度』が高まります。作業の効率が上がり、ホワイトカラーであれば良いアイデアが出るようになるかもしれません。時間当たりの生産性が高まるのです。生産性が上がれば賃金率も高まるという関係は理論としては成り立ちます」
「日本人の睡眠時間の短さが問題視されながら、睡眠時間を取り上げた経済学の分析は数少なく、着眼点は評価できます。ただし、この論文では、睡眠時間が生産性に及ぼす影響は分析せず、睡眠時間と賃金率の関係を直接、調べています。データのうえでは両者の間に因果関係が認められるにしても、生産性への影響も含めたさらなる分析に期待しています」
――生産性が上昇すると賃金が上がるという仮説は日本の実態とは異なるようにも見えます。
「日本では、生産性と賃金率は1対1の関係にはなっていません。睡眠時間が増えて作業の効率が上がれば、時間当たりの賃金は理論上は上がります。しかし、長時間働く人が評価される職場では、いくら生産性が上がっても、労働時間が減ると時給が下がってしまうこともありえます。労働密度を企業がどのように評価するかによるのです」
――どのような評価体系が望ましいでしょうか。
「日本的な雇用慣行のもとでは、生産性と賃金は1対1の関係にはなりにくいのです。社員は若いうちに会社にトレーニングをしてもらいます。その間は賃金と生産性には、かいり離がありますが、将来、返すことでモデルが成り立っています。長期でみれば、社員の生産性と賃金の関係は1対1の関係が成り立っているのかもしれません。若手社員を長期的に育てる仕組みは日本企業の武器なので、その部分は残しつつ、もう少し生産性を賃金に反映させる制度にしたほうがよいのではないでしょうか」
――現在、議論が進んでいる働き方改革に注文はありますか。
「睡眠時間と生産性や賃金との関係についてはさらなる研究が必要ですが、働き方改革で、睡眠時間および健康状態がどのように変わるのかを検証すべきです。労働者が効率よく働いて睡眠時間を確保でき、健康を害さないのであれば問題はありませんが、睡眠不足が明らかであれば、改善する必要があります。労働時間が減っても、別のことに時間を費やして睡眠時間が増えないようなら、自己管理も大切です」
「時間給で働く人は、労働時間の規制を強化すれば結果として健康管理にもつながります。一方、金融ディーラーやコンサルタントといった高度プロフェッショナル人材に対しては時間管理をなくし、成果主義を導入するのは正しい方向だと思いますが、時間給の考え方がなくなると、健康を害しても働く人が出てくる可能性があります。これを防ぐために企業が時間を管理しようとすると、制度の面で矛盾が生じるので、企業が労働者に睡眠時間の確保を促し、最低限の自己管理を要請する仕組みにしたらどうでしょうか」
(編集委員 前田裕之)
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