研究部からのひとこと

2017.08.09 ルール(榎本渉准教授)

 先日日文研教員ではないとある研究者から、研究会等のために日文研の部屋を借りる場合、どんな手続きが必要か聞かれることがあった。事務の苦手な私は即答できなかったので、事務職員に問い合わせてみたところ、男性・女性それぞれ何名の利用者がいるか申告する必要があるとの回答を得た。

 「?」。さっぱり意味が分からない私は、改めて尋ねてみると、外部利用者による利用料金を算定するためには部屋の広さの他、設備利用により発生する経費の見込み額が必要になるが、後者についてはトイレで使用する水量が問題になるのだそうだ。男女ではトイレの使用頻度や一度に使う水量が異なるため、性別の利用人数の情報が必要になるという。なお利用料金は一般に1部屋1日で数千円程度だが、正確な算定には国の基準に依った複雑な計算式を用いるため、その算出と決裁に必要な時間を人件費に換算すると、部屋の利用料金をはるかに凌駕するらしい。

 私はこの説明を聞いて驚くとともに、笑ってしまった。中世日本の日記に書かれている儀式やら人事やらの議論を読むと、部外者としては「なぜそこにこだわる?」と思うところを問題にして、何日も時間を費やしていることが珍しくない。こうした過去の人々の営為を見て「昔は大変だったんだなあ」などと言って不合理さを面白がる、感じの悪い楽しみ方が私を含む歴史家にはある。だが上記のトイレ話は、中世の朝廷などよりもよほど「面白い」と感じる。

 もちろん中世の蔵人や弁官の如く、日文研の事務職員は全力で日文研の運営を支えてくださっている。彼らは国か文科省か人間文化研究機構か日文研教員かが決めたルールに準拠して、要求される職務を正しく遂行している。「面白い」のは明らかにルールの側なのだが、それは法的には「コンプライアンス」の名の下に妥当なものと考えられており、改めるためには膨大な労力が必要になるらしい。こうして研究にも教育にも社会にも裨益しない「面白い」ルールが守られ続ける。実に「面白い」。

 

榎本渉准教授 紹介ページ
http://research.nichibun.ac.jp/ja/researcher/staff/s068/index.html