愛より増田明美が地球を救う

徹底した取材による「詳しすぎる解説」が話題のマラソン解説者・増田明美。今年の4月からは、なんとNHK「連続テレビ小説」のナレーションまで務めています。元アスリートとは思えないほどマルチな活躍をしている増田ですが、先日放送された『24時間テレビ』との比較から、彼女のマラソン解説を考察します。

「ランナー発表見て泣きそう」との声

「愛は地球を救う」と言い続ける日本テレビの『24時間テレビ』には、あたかもbotのように揶揄が向かうようになったが、いや、それでも物申さねば、との使命感が消えない人も多かろう。私もその一人だ。今年はマラソンランナーを当日発表としたが、番組が始まってもなかなかランナーが発表されなかった。その先延ばしっぷりを伝える記事「24時間TVランナー発表に『引っ張りすぎ』とネット上 『ブルゾン頑張れ』の声も」(デイリースポーツ)に目を通す。

無理やりな両論併記タイトルに失笑するが、本文には「ブルゾンが今年ブレークしたことから『ランナー発表でめちゃくちゃ感動した』『ランナー発表見て泣きそう』」などの声もあった、とある。この称賛って、もしかして新手の苦言だったのだろうか。どうやら、『24時間テレビ』を素直に堪能できる人って、もはやランナー発表だけで泣けるのである。だとすれば、ランナーを発表した直後に「サライ」を歌ってフィナーレにしてもオマエら泣くんでしょ、という強烈な皮肉が込められていたのではないか。

年始の箱根駅伝と晩夏の24時間マラソン

とにかく一日中走る、めっちゃ長い距離を走る、というチャレンジがなぜここまで「感動の定番」として膨張したのだろう。箱根駅伝にしろ、オリンピックなどの大きなマラソン大会にしろ、その実況・解説には、走者の人生が否応無しに盛り込まれる。そもそも、何年もかけて1回の試合に備えるスポーツ選手の葛藤を、「早く週末になんねぇかな。今日木曜日だと思ってたら水曜日だった。マジ最悪」などと短いスパンで生きている私たちに想像できるはずもないのだが、マラソン中継はどうしたって競技時間が長いので、ランナーの人生についての情報が多分に注ぎ込まれることになる。

極論だけど、短距離走の中継とマラソン中継の差って、選手の人生を伝える時間の有無にあるのではないか。「早く週末になんねぇかな」を繰り返す私たちが、さすがに「今年どうすっかな」と自問する年始に行われるのが箱根駅伝。走者の葛藤が素直に染み入るのは、多くの人が「人生」などといったスケール大きめのことを考えがちな時期だからだと思う。年始の箱根駅伝と晩夏の24時間マラソンは、「走り続ける様子に人生を投影する」という機会を、定期的に、そして強制的に提供する。「ランナー発表見て泣きそう」との声が、そのルーティーンを教えてくれる。

コラム「くたばれ!『トレンディドラマ軽薄論』」

入念すぎる事前取材で濃密なマラソン解説を繰り広げる増田明美。選手時代は生真面目な顔つきで黙々と走っていたのにもかかわらず、今では、すっかり饒舌な人として知られている。ただし、このイメージは「あとからつくられたもの」であって、実は最初からおしゃべりだった、と増田は語る。成田高校陸上部に入部してからというもの、レース直前までおしゃべりしているのが常だったが、恩師・瀧田監督から「成功したかったら口にフタをしろ」と叱られた。それからは、話す代わりに「心に思っているよしなしごとを叩きつけるように書きつける」ようになり、結果として『練習日誌』『整理ノート』は300冊を超えたという(増田明美『おしゃべりなランナー』)。

スポーツをやるならば口にフタをせよ、との指示に従ってきた増田の引退後の人生は、解説ではなく文筆の仕事から始まった。1992年1月の大阪国際女子マラソンを最後に引退した増田明美は、引退から半年後、「週刊文春」でコラムを書く仕事を得る。無類のドラマ好きだった増田のコラムタイトルは、なんと「くたばれ!『トレンディドラマ軽薄論』」である。今、こういうタイトルでテレビ論を書ける書き手がいるだろうか。本連載のサブタイトル「テレビの中のわだかまり」など、軟弱もいいところだ。このコラムがTBSラジオ制作部長の目に止まり、同じ年の10月からラジオパーソナリティーを務めることとなる。「結納」を「けつのう」と読み、リスナーから小学生用の国語辞典を送りつけられるなどの屈辱を味わいつつも、これまで封印してきた喋りを解禁しまくったのだった。

とにかく、認めて、励ます

決着まで時間のかかるスポーツはマラソンだけではないが、その長時間、動作も表情もほとんど一定なのはマラソンだけである。となれば、本人の周辺事項を語るしかない。球技ならば「ゴールポストがちょっとズレていれば入っていた」と理不尽に騒ぎ立てる松木安太郎的なユーモアを介入させる余地があるけれど、マラソン中継ではそういうわけにはいかない。フルマラソンなら2時間以上走る。「得意の球種であるフォークの落ち具合が甘い」といったような技術論をマラソンで述べ連ねても、さすがに時間がもたない。結果的に「人生」を持ち込むしかなくなる。増田の解説は、調べに調べ、必然性を持たせた上で、選手の人生を次々と持ち込んでくる。

増田明美は読売新聞で2007年から、人生相談の回答者として名を連ねたが、これ以上の適役はいない。その回答が『認めて励ます人生案内』という1冊にまとまっているが、この優れたタイトルが増田のスタンスを明確に示している。兎にも角にも、認めて、励ますのだ。40代主婦が、通っている医療機関に勤める30代男性に恋してしまい、想いを断ち切れない自分が恥ずかしく情けない、と相談すれば、それはステキなことだから「ときめく思いを詩や俳句にしたためるというのはいかが」と認めて励ます。お客や取引先の人に「おばちゃん」と言われるのが苦痛なんですと吐露する30代女性の悩みには「目尻に美しいシワを」と締めくくる。このように、認めて励ますのだ。

地球を救うのはどっち

おしゃべりなマラソン解説だけではなく、彼女自身のライフストーリーやコラム、人生相談を読み込みながら、『24時間テレビ』を見ていると、この番組が「感動の押し売り」を重ねてくることに拒否反応が生じるだけではなく、そもそも人生の取り扱いが雑であることが気に食わないのだと気付く。「ランナー発表でめちゃくちゃ感動した」との声が出てくる状況が、そのまま「雑」の証しにもなるだろう。増田明美は、感動を伝えるためには、事細かな取材といくつもの言葉が必要である事を教えてくれる。そもそも「○○が地球を救う」というスケール感自体に首を傾げたままだが、もしも、愛と増田、地球を救うのはどっち、と問われたならば、具体的に救うのは増田だ、と即答することになる。

(イラスト:ハセガワシオリ


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定員:30名程度
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ワダアキ考 〜テレビの中のわだかまり〜

武田砂鉄

365日四六時中休むことなく流れ続けているテレビ。あまりにも日常に入り込みすぎて、さも当たり前のようになってしったテレビの世界。でも、ふとした瞬間に感じる違和感、「これって本当に当たり前なんだっけ?」。その違和感を問いただすのが今回ス...もっと読む

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コメント

kingmayummy 安定の武田さん節> 約5時間前 replyretweetfavorite

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