例えば小林よしのりは次のように書いている。
「アイヌは今もアイヌの生活様式で暮らしているのかといえば、全然そんなことないわけで、一軒家かマンションかアパートか、そこいらの一般的な日本人の生活と何ら変わらない」(『わしズム』p13)
「忘れてはならないのは、知里真志保が望んだように決然とアイヌを自称することをやめて、日本人として生きることを選んだ人も大勢いるということだ」「自ら同化を選んだ者たちの勇気を忘れてはならない!」「それは刀を捨てて泣きながらマゲを切って近代化に踏み出した武士のようなものだ!」「文字を持たぬまま、イレズミをしたまま、風呂に入らないまま、医療施設もないまま、土地所有観念もないまま、アイヌが存続していくのは、日本国がではなく、時代が許さなかったのだ!」(同p18)
北海道・沖縄・奄美以外の日本各地に存在する、被差別部落出身者に対する差別の問題(いわゆる「同和問題」)について語られる時に、よく「顔かたちが違うわけでもなく、言葉や文化が違うわけでもないのにどうして部落の人たちを差別するのか」というような言葉を見聞きすることがある。
しかしこういう物言いは、裏を返すと、「顔かたち」や「言葉や文化」が違う人たちは、差別されても仕方ないということになりかねなく、危うい論法である。
理由はどうであれ、差別は当然許してはならないのである。
この考えをさらに押し進めると「顔かたち」や「言葉や文化」が同じになれば、差別はなくなる、という発想になる。
「同化」というのは要するに「同じになる」ということである。
アイヌの生活についても、日本人の多数派、つまり和人とほとんど変わりない生活をしているのが現実である。
これについては、先ほど引用した小林の最初の文章と見解は大きく違わない。
逆に言うと、今もアイヌが昔ながらの生活を北海道などで続けていたとしよう。
そうしたならば、小林たちはアイヌを「民族」として認めるのだろうか。
アイヌが昔ながらにヨシもしくは笹でふいた民家に暮らし、山で鹿や熊を獲り、木の実や山菜を集め、川や海で魚を獲って暮らしていたならばアイヌ民族を認めるのか。
少なくともそういう伝統的生活は明治の初期の時代にはまだまだ各地に残っていたはずである。その時代にはアイヌ民族は「いた」ということになるのか。
もし、明治以降、日本政府が北海道を領有したものの、そのあとほとんど何もせず、そこに住んでいる先住民族たちを放置していたとしよう。
そして、アイヌ自身も伝統的生活をほとんど変えずそのまま北海道に暮らしていたとしよう。
となると日本国内には今もアイヌ民族が「いる」ということになるのか。
日本に限らず、普通、多くの政府としては、異民族が自国内にいたら困るのである。
となると、多数派に同化させて消滅させるべしということになる。
実際日本政府もそうであった。
彼らの言語や文化を消滅させて同化させれば、少数民族・先住民族はいないことにできるのである。
それは中国がチベットやウイグルにやってきたこと、トルコ政府がクルド人にやってきたこと、アメリカ合州国がインディアンにしてきたこと、オーストラリアがアボリジニしてきたこととおおよそ同じではないか。
日本はアイヌをそのまま放置しておけばよかったではないか。
アイヌが「未開」の文化で暮らそうがどうしようが知ったことではない。
和人に迷惑さえかけなければ自由ではないか。
アイヌ自らが日本文化を吸収して進んで同化したというのなら、何もアイヌの風習をいろいろな場面で制限したり、禁止したりする必要はなかったはずである。
これは余計なお世話ということになる。
いや、アイヌの文化を抑圧したり禁止などしてないと言う人がいるならば、それについての反証は次に書く。
小林よしのりは「時代が許さなかったのだ」と書くが、この時代なるものは和人にとって都合のいい「時代」ではないのか。
時代のせいにしてはいけない。
これが時代で正当化できるなら、アメリカの原爆投下も時代のせいであるし、ソビエトの日ソ中立条約破棄やシベリア抑留も時代のせいである。
中国のチベット侵略も時代の流れの中でいたし方ないことだった、ということになるだろう。