昔は生きるという意味をよく考えたりもしました。でも、明石家さんまさんの座右の銘『生きてるだけで丸儲け』という言葉に出会ってから、少しだけ人生観が変わりました。
がん発症と余命宣告を受けたことで変わった人生観
退院し自宅療養を経て、なんとか職場に戻ることができましたが、肝臓の一部に再発の兆候が見られ、再び手術。
この頃、私の遺伝子細胞を調べていた入院先の大学病院から次のことを言われました。
「あなたの遺伝子細胞は非常に珍しい。正常な人に比べ、N番目とN+1番目の染色体に傷があるような状態。がんは細胞分裂の過程で発生するので、あなたの細胞は非常にがんになりやすいと言えます。」
だからといって、治る薬があるわけでもなく、正直そんなことどうでもいい、というのが当時の想いでした。
逸見政孝さんと母の死
気がついて見れば、余命宣告の2年は過ぎており、自分でも”悪運が強いな”と思っていました。しかし、再発の恐れと日々戦う毎日です。
そんな時、アナウンサーの逸見政孝さんが自分はがんであること、そのために仕事を休んで治療に専念しなければならないことを記者会見の場で話されていました。
今は自分の大病を公表する芸能人が多いですが、昔はそんなことはなかったので、逸見さんの会見は衝撃でした。何よりも、自分の病気を公に発表する勇気が。
当時会社員だった私は、自分の病気は上司のごく一部の人にしか告げていませんでした。理由は、周りに変に気を使われるのは嫌だったから。病気のことを聞いてくる人には”良性の大腸ポリープ摘出だったんだよねー”とうそをついていました。
時を同じくして、母ががんで亡くなりました。元々体の強い人ではなかったので、自分でも予感していた感があったように思います。
入院時は家族(父と弟と自分)で付き添いをしていましたが、母が亡くなったのは私の時でした。病室で仮眠をしていると、心電図モニターの波形がフラットになってピーという電子音が。テレビや映画でよく見るあの光景です。わたしは今でもこの場面が映し出されると、体が固まり激しい焦燥感にかられる時があります。
「生きる意味」から「生かされている意味」へ
前述の逸見さんも残念なことに亡くなられてしまいましたが、母の死も含め、この2つのことがきっかけで、私自身の中で何かが変わったことは確かです。
せっかく生かされた命なら、それをまっとうに生きるため、行動しないで悔やむよりも、ダメでもともと、いろんなことにチャレンジしようと思いました。
また、こんな自分でもきっと誰かの役に立つことができるかもしれない、という思いから、何ができるのか、現在模索中です。このブログの立ち上げもその一つです。
退職してフリーな自分には、幸いたっぷりの時間とそこそこの蓄えがありますので、いろいろアグレッシブに活動していきたいと思っています。
最後までお読みいただき、ありがとうございます
今まで、自分の心情を文章にしたことなどありませんでした。しかも、ネットという形で人様の前に公表することなど。
でも、ここがブログの魅力というか、自分をさらけ出せる場所なんだなあ、と改めて感じました。今回の記事で、少なからず色々コメントを頂けたのも、自分としてはちょっとびっくりです。
今月(2017年8月)にブログを始めたばかりの初心者ですが、今回の記事を書いたことで、なぜか肩の力が抜けた気がします。
私は今、明るく料理の上手な奥さんと3匹のチワワに囲まれ、幸せに暮らしています。そんな日常の中から、読者の方々にとって役立つ情報を発信していきたいと思いますので、今後ともよろしくお願いいたします。
何となく、所信表明っぽくなってしまいました……