今年の2月に結婚したのだが、そこに至るまでの経緯がかなり変わっているので、ちょっと文章に残しておこうと思う。
彼女と最初に会ったのは13年前なのだが、最近までほとんどまともに会話したことがなかった。
最初に会ったのは留学先のトロントだった。バイトしていた和食レストランで、数回だけ彼女とシフトが重なった。その店は日本人の留学生を積極的に雇っていた。
彼女は僕より先に帰国した。連絡先を交換することもなく、軽く挨拶だけして別れた。特に仲良くなったわけでもなかった。
数年後、彼女はマッサージ嬢になっていた。いわゆるグレーな店ってやつだ。僕はサラリーマンになっていた。会社帰りに先輩と酒を飲んで、酔った勢いで入った店に彼女がいたのだ。体のラインがくっきり見える白いワンピースを着ていた。スカートはパンツが見えるぐらい短くて、とんでもなくエロかった。お互いに顔を見合わせて、アッという顔をしたが、それ以上は話さなかった。僕は普通にサービスを受けて店を出た。とても不思議な気分だった。
それから数年後、僕はわけあって会社を辞めて、埠頭の倉庫で日雇いのバイトで食い繋いでいた。バイト先には雑多な人々がいた。中国人、フィリピン人、孤独な中高年、ヤクザを抜けて堅気になった人。
僕にとってこの職場はすごく快適だった。前職で人間関係のゴタゴタとか、派閥争いとか、そういう面倒なことをたくさん経験して、心底うんざりしていたので、それらがほとんど無い倉庫の環境は、とても心地よかったのだ。
ある日、その倉庫に彼女が派遣されてきた。彼女は元請け会社の事務員という立場だった。彼女は僕の顔を見て、アッという顔をした。それから互いにニヤッと笑った。マッサージ嬢からどういう経緯で事務員になったのか、ちょっと興味が湧いたが、尋ねる機会は無かった。彼女とは昼に食堂ですれ違うだけだった。目が合うと、お互いにニヤッと笑った。
それから僕は転職が決まり、倉庫をやめた。再び会社員になり、あっというまに数年が経った。僕は33才になっていた。恥ずかしい話、何年もまともな恋人ができずにいた。いつのまにか独りに慣れていた。僕はどこにでも独りで遊びに行く「ぼっちおじさん」になっていた。映画、芝居、フェス、登山、何でも独りで出かけた。特に淋しいとも思わなかった。でも、親や友人にはずいぶん心配されるようになっていた。
ある日、割と好きだったアーティストが来日中だと知った。しかも翌日にライブがあった。休日だったので、行ってみようと思ったが、当然のようにチケットは完売していた。当日券の販売もなかった。そこでいちどはあきらめたが、なんとなくチケキャンを調べてみたら、ちょうど一枚余って売りに出している人がいた。申し込んだら、あっさり取引が成立した。時間がないのでチケットは当日に現地で手渡しということになった。
そこに現れたのが彼女だった。待ち合わせ場所に彼女が現れた時、僕はアッという顔をした。彼女もアッという顔をした。僕らは互いに声を出して笑った。
二人で並んでライブを見て、大いに盛り上がって、そのまま酒を飲みに行った。こんなに何度も会うのはきっと運命だから、もう結婚しちゃいませんかと僕は彼女に言った。
そうしましょう、と彼女は言った。そして、その日の夜に二人でラブホテルに泊まった。婚姻届を出したのは、それからわずか6日後である。
彼女は宝石の鑑定士になっていた。留学生、マッサージ嬢、事務員、会うたびにころころ変わっていて面白い。13年というのは、そういう年月なのだろう。
彼女もずっと未婚で、数年前から焦って婚活などもしていたらしいが、なかなかうまくゆかずにいたらしい。そんなときに僕が現れて、いきなりプロポーズしてきたので、乗ってみたという。決め手は「いつみても顔色が良いから」だそうだ。年収とか、素性とか、そういうことはもうどうでもよかったらしい。長年の婚活で、そこにこだわりすぎて疲れたのだとか。13年間、いつみても顔色が良い男はなかなかレアだと思ったのだそうだ。顔色を褒められたのは生まれて初めてだった。
僕らはお互いに日雇いフリーターだったり、怪しいマッサージ嬢だったり、色々な時期を経ながらもしぶとく生きてきた。今後もどうなるかわからない。でも、何があってもきっとしぶとく生きていくだろう。今のところ結婚生活は順調である。
なかなかおもしろかった 嫌味でなく、小説家になれると思う