カエルくん(以下カエル)
「では、今週のアニメ映画である『ブレンダンとケルズの書』について語っていくよ!」
ブログ主(以下主)
「海外アニメーションは独特な作品が多いからなかなかとっつきにくいけれど、昨年公開した『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』の監督でもあるトム・ムーア監督のデビュー作だから、全くの初見ではない分語りやすさはあるかな」
カエル「ソング・オブ・ザ・シーは不思議な作品だったよね。独特な世界観が美しくて……」
主「日本アニメはキャラクターアニメや深夜アニメなどが人気を集めていて、どうしても定型的なところがある。お約束とでも言おうかな。もちろん、数は相当多いからそれぞれ違った個性も生まれやすいけれど……言葉が難しいけれどエンタメ性に特化した作品が多いように思う。
一方の海外アニメーションは発想そのものが突出しているものも多くて、油絵みたいな作品を動かしてみたり、色鉛筆で描かれていたり棒人間が主人公であることもある。ここまでアニメーションでは描くことができるのか、と驚愕する場合も多い。
『ソング・オブ・ザ・シー』もそういうアニメーションの1つだったな」
カエル「今作も今の所は恵比寿ガーデンシネマだけで公開されているけれど、これからまた増えるとしても、もっと多くの人にアニメーションの可能性を知ってほしい作品でもあるよね」
主「どうしてもこの手の海外アニメーションは観客が少なくなってしまうからな。
いつも言うけれど、日本は『アニメ大国』ではあっても『アニメーション大国』ではないんだよ。定型的な表現のある、萌えを取り入れたキャラクター人気を確立している『アニメ』は人気があっても、例えばレッドタートルなどの『アニメーション』には客が入りづらい。
まあ、いい悪いではないからね。アニメがエンタメ小説だとしたら、アニメーションは純文学みたいなところがあるし」
カエル「それだけのエンタメ性を獲得しているアニメの国だからこそ、アニメーションは流行りづらいというのもあるのかもね」
作品紹介
2015年に発表し、日本では2016年に公開された『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』でアカデミー賞長編アニメーション賞にノミネートされたトム・ムーア監督が09年に製作したデビュー作が日本で公開。
今作もアカデミー賞で長編アニメーション賞にノミネートされている。アイルランドの国宝で『世界で最も美しい本』とも言われるケルズの書を題材とし、アイルランドらしいアニメーションを作り上げた。
9世紀のアイルランドではバイキングの襲来に備えて修道院では砦が作られていた。修道僧のブレンダンは高名な僧侶エイダンが未完成のケルズの書を持って修道院を訪れた。エイダンはブレンダンにケルズの書を完成させるために森にインクの元になる木の実を取りに行って欲しいと頼まれる……
感想
カエル「では、まずは感想から始めるけれど、デビュー作ということで少し荒さはあったかな?」
主「アニメーションの質は当然いいけれど、物語としての荒さは否定できないところがあるかな。お話とお話の間にあるべき……間がないとでも言おうか。だからテンポはすごくいいけれど、唐突な展開な気がしてしまう部分もある。
それからキャラクター描写に一貫性がなかったり……」
カエル「主人公の性格が子供らしいといえば子どもらしいけれど、ある中盤のシーンで『え? この子ってこんな行動する子だっけ?』という描写もあったかな」
主「そこはちょっといただけないかなぁ。
だけれど、アニメーションの質……いわゆる作画の良さというのは素晴らしいの一言! 特にデビュー作でこのレベルというのは驚愕と言ってもいい。アイルランドのアニメ事情までは知らないけれど、このレベルの作画をいきなりできるほどアニメが盛んだという話は聞いたことがない。
いきなりこのレベルの作品が出来上がっているというのは驚愕の一言。
そう遠くないうちにアカデミー賞長編アニメーション賞を受賞するんじゃないかな?
ディズニー、ピクサー系がすごく強いからそう簡単ではないかもしれないけれど……」
カエル「ちなみに、ソング・オブ・ザ・シーと比べてどう?」
主「完成度はソング・オブ・ザ・シーの方が上だよね。
そりゃ2作目ということもあるし、世界観の構築も見事。伝統的な神話のような、昔話のような世界観の構築などもあちらの方が素晴らしい。ブレンダンはどうしても砦の中の物語が中心になってしまい、狭い世界の物語になってしまっている。森の描写などは素晴らしいけれど、ソング・オブ・ザ・シーの方が街にいたり、海に行ったりと冒険している感がすごくある。
だけれど、自分はこちらの方が好きかもしれない」
想像力あふれる森の描写など世界観が素晴らしい!
本作から感じる監督が好きな作品の影響
カエル「え? 本作の方が好きなの?」
主「本作を見てからソング・オブ・ザ・シーだったら印象は変わっていたかもしれないけれど、いきなりあのレベルのアニメーションを見ると『すごいなぁ』で終わってしまったんだよね。
ソング・オブ・ザ・シーもジブリなどの高畑、宮崎アニメの影響が……っていう人もいるけれど、自分はそこまで強くは感じなかった。いや、もちろんうかがえる部分はあるけれど、そもそもジブリって王道の西洋的なファンタジーを描いている部分もあるから、アイルランドの人が描いたら、むしろ違和感がなかったんだよね」
カエル「う〜ん……確かにジブリの世界観をヨーロッパの人が作ったら、それだけで『西洋っぽいな』って納得する部分があるかも……」
主「そのファンタジーの世界と日本の感性がマッチしたからジブリの世界観が生まれたけれど、西洋的な絵柄で西洋のファンタジーを描いたら、引用ではなくてオリジナルな気がした。
それだけ完成されていたということでもあるでしょうね。
で、本作はまだそこまでの完成度はないわけ。だからこそ、元になったと思われる様々な作品の引用が残っている」
カエル「例えばどんな?」
主「序盤でブレンダンが他の修道僧とのドタバタするシーンがあるけれど、その動きがカートゥーンみたいだったり、アメリカなどの海外アニメの影響を受けているな、というのがわかる。
それからアシュリンのキャラクター性が結構萌えを意識しているようなところがあって……」
カエル「あの子って結構ツンデレなところがあるよね。だけれど、ある瞬間ではとても怖がりになったりとして、その極端なキャラクター性が可愛らしくて……」
主「ソング・オブ・ザ・シーはアザラシの可愛らしさが際立っていたけれど、アシュリンやブレンダンのキャラクター性は日本のアニメみたいなところもあったかな。
まだ荒々しいところがあるからこそ、本作はそのモチーフとなった作品の影響を伺えて面白いところがある」
多分日本でも人気を集めるであろうアシュレイ
『ケルズの書』を用いたアニメーション
カエル「本作ではケルズの書が重要なキーアイテムになっているけれど……」
主「改めて考えてみるとさ、このケルズの書をテーマとしたアニメーションを作ろうというのもまた素晴らしい試みだと思うんだよ。
自国の文化において最も重要な位置付けにある国宝にまつわる物語を作ろうというのもそうだけれど、この映画を作る上ではケルズの書そのものに大きな説得力がないといけない」
カエル「アニメーションとして素晴らしく美しい書物を描かないと説得力がないもんね。極端な話だけれど、白紙の本を『ケルズの書ですよ』と言われても、それだけ素晴らしいものというキーアイテムの説得力がなくなるし……」
主「ケルズの書ほどの作品をアニメ映画の中に出そうというのは結構難しいけれど、本作では確かにケルズの書がとても美しく描かれている。それはCGなども使われているけれど、それまでのファンタジーな世界観の美しさともまた違う美がある。
この自国の文化に根付いたものを作ろうというのはアニメーションとしてとても意義深いものだろう」
カエル「日本ではアニメがエンタメ性に特化しているからこそ、そういう物語は少ない気がする……」
主「最近だと原恵一監督の『百日紅』がそうだったかなぁ。この作品は葛飾北斎の娘を主人公にした作品だけれど、誰もが知る富嶽三十六景の浮世絵を動かしたわけだ。
自国の過去の文化をしっかりと直視して、その歴史的芸術作品を現代の技術において生き生きと動かす……それもアニメーションの1つも魅力だと思うんだよね。
その意味でも本作は価値があるんじゃないかな?
特にアイルランドの人にとっては……もしくはキリスト教徒にとっては、意義のある映画になっていると思う」
以下ネタバレあり
ラストについて
カエル「多分、本作で一番議論が巻き起こりそうなのがあのラストについてであって……結局、大きなトラブルが解決したわけではないじゃない?」
主「自分がそうだったけれど……この映画を『ケルズの書が完成したら神のご加護によって悪を退治してくれる』という物語ではないということだよね。
日本人だとちょっと馴染みが薄いケルズの書だけれど、8世紀末に制作が開始されて、9世紀の初頭に完成したアイルランドの国宝であり、ケルト装飾写本の傑作の1つとされている。
この書物が完成するまでの物語ではあるけれど、敵を倒すことが重要というわけではないんだよ」
カエル「そういうアクションであったり、勧善懲悪の物語を望んだらちょっと肩透かしになってしまうということかな?」
主「作中ではバイキングが登場する。この当時はバイキングが大きな戦力を保有していて、好き放題の略奪を繰り返していた。そんな明確な悪であるし、人の命を簡単に奪うような、恐ろしい敵として描かれているけれど、彼らを倒すということは修道院にはできないわけだ。
だから彼らか身を守るために砦を築くことはあっても、明確に武器を取るわけでもないし書物が彼らを追い払ってくれるわけでもない。
でもそこが自分は1つの魅力だと思う。
鑑賞直後は『ここで終わりなの!?』って思ったけれど、国宝とも崇められる書物が悪を処罰するための……ある種の暴力のためではなく、どんな苦難が待ち受けていても信仰を続けて一心不乱に打ち込むことによって、素晴らしい書物が出来上がるというのが、信仰の物語としての救いを表しているよね」
最後に
カエル「というわけで、最後になるけれどアニメーションの魅力が詰まった作品の1つでもあったね」
主「この間メアリ関連で少しネットサーフィンをしていたらさ、高畑勲や大塚康生に対して『アニメ界の良心的な部分を守ってきた人』という記述があったんだよね。多分作画wikiだったと思うけれど。
何を持って良心的か、というのは議論の余地はあるとはいえ、言いたいことはわかるんだよ。昔ながらの……子供向けの教育的なアニメ映画の、例えば東映アニメなどの伝統を引き継いでいるわけだ。トム・ムーア監督も『白蛇伝』などに影響を受けたと語ったいるけれど、それがすごくよくわかる。
こうやって日本が失いかけているアニメーションの伝統がこうやって海外で生きているというのも面白いよね」
カエル「今、アニメの文脈とは違う……アニメーションの魅力を突き詰めようという監督も片渕須直、原恵一や湯浅政明などもいるけれど、多くのアニメが……言葉が難しいけれどいかにもアニメ的な作品が多いからね」
主「世界のアニメーションを見ていると、その可能性や発想がとても素晴らしい作品に出会える。それは日本で言うところの『アニメ』とはまた違う面白さがある作品でさ。
アニメの可能性をさらに広げるためにも、こういう映画を鑑賞することはクリエイターに限らず、とても大事なことだと思うけれどね」
- 作者: Tomm Moore,Mary Webb,Cartoon Saloon
- 出版社/メーカー: O'Brien Press Ltd
- 発売日: 2013/04/15
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