さて「専守防衛」と「テロ等準備罪」を同一視するという、法曹界が一瞬で吹き飛んでしまいそうな稀代の珍説が出たところで、ちょうどいいので、もう一度「俺ルール」を語っておく。
一回ちゃんと語ったので、重複するかも。
繰り返し言うが、「俺ルール」は誰しもがやりがちなことだ。
その昔、「ヤマカンはアニメを解っていない!」と言う輩がいた。
はぁ、なんでですのん?
「フィックスばかりで、カメラワークをしないからだ!」
はぁ、だからなんでですのん?
「アニメは低予算だ!だからちゃんと動かしたり、レイアウトをきっちり作れない!だからカメラワークを付けなければならないのだ!ヤマカンはそれをしないからクソ!」
・・・・・・。
眩暈がしたね・・・。
まだ百歩譲って、「ヤマカンの作品はレイアウトがなってない!」と言うのならまだしも、それを強引に一般論にまで持っていって、「アニメにはカメラワークがなくてはならないんだ!」と、これまたこの説を一冊の本にまとめたらどうなるんだろう?アニメ界が激変するんじゃないか?と、実に興味深い議論でした。
世の中はね、こんな「俺ルール」で溢れているから、みんなで決めたルールがなくてはダメなんですね。
それが法律なんです。
オッサンくんも、もう拳の収めどころが解らなくてパニくってるんだろうけど、どうしても自分が正義なんだ、と我を通したければ、その自説を国会か法曹学会に提出すればいい。
あるいは最高裁の審理を仰げばいい。
だったら(ある程度は)納得するわ。
しかしヤマカンを叩きたいだけのために、そこまで戦線を拡大して大丈夫かね?
総崩れになるよ?いやなってるよ??
まぁそれはともかく、しかし法律も所詮は、現行のものは、みんなが「数の力」で納得した「フリ」をしている「俺ルール」に過ぎない。
だから安保法制とか、「共謀罪」とか、僕が納得しないものには僕は賛成しない。
「筋と道理」を主張する。
しかし、これもまた、自分の「俺ルール」を世間に曝け出しているだけなんですな。
だから賛成する人もいれば、理解できない人間もいる。
結局これでは、僕が忌み嫌う「多数決ゲーム」に参加しているに過ぎない。
これでは自己矛盾だ。
だからこそ、今年から盛んに主張しているのが「リアルポリティクス」だ。
そして「全体主義」「独裁者ごっこ」の、完全かつ永遠なる否定だ。
この二つが、「俺ルール」の暴走を食い止める手段になると、僕は考える。