左から、海猫沢めろんさん、鳥飼茜さん、荻上チキさん B&Bにて
孤独で人を殺しそうな自分でいたかった?
荻上チキ(以下、荻上) ええ、今日のトークイベントのタイトル「日本はブラック育児国家です!」。
鳥飼茜(以下、鳥飼) そんな物騒な(笑)。
荻上 これは、誰がつけたんですかね?
海猫沢めろん(以下、めろん) 俺ですね(笑)。そんなかんじかなかあって、実際。
荻上 なので、たぶん今日は「育児」が大きなテーマになるわけですけど、いろいろなお話に触れていきましょう。
で、めろん先生の『キッズファイヤー・ドットコム』発売記念ということなんですが、この小説はどんな内容なんですかね。
海猫沢 ひと言でいうと、めっちゃポジティブなホストが、拾った子どもをクラウドファンディングで、育てたら炎上した!みたいなお話です。
鳥飼 お〜、わかりやすい。
荻上 どうしてこういう設定で書いたんですか?
海猫沢 いや作家って、自分が子どもができた時に頼まれるんですよ。子育てものの小説とかエッセイとか。
鳥飼 うんうん。
海猫沢 でも、ありきたりなことを書くのは僕すごい嫌で。
鳥飼 わかります!
海猫沢 ですよね! 葛藤ありますよね。いろいろイヤだったんで、(執筆に)こんなにかかっちゃったんです。
鳥飼 いろいろイヤっていうのはどういう類の?
海猫沢 そもそも未だに僕は、自分に子どもがいるっていう自分の自己イメージに耐えられない。
鳥飼 あ〜、ンフフフ。
海猫沢 やっぱり孤独で、人を殺しそうな自分でいたい!
鳥飼・荻上 爆笑
海猫沢 というか、家ではそういう小説を書いているわけですよ。東浩紀さんのとこのゲンロンでやっている連載とか。主人公が平気で人を殺すような変態ペドフィリアなわけですよ。なのに、午後になると子どもと銭湯にいるわけですよ。このギャップに絶えられない。
荻上 お、おお。自意識がたいへん。
海猫沢 さっきまで俺は殺人鬼だったのに、湯らっくすにいる場合じゃねえ!と。
鳥飼 湯らっくす(笑)。
荻上 そこは小説書く時とプライベートで、モードを切り替えられないんですか?
海猫沢 作家にも切り替えられる人と、切り替えられない人がいて、僕は切り替えられないんですよ。役者とかと一緒。僕はその役に入っちゃうタイプ。入っちゃって、戻らない。
荻上 じゃあ、今まで培ってきた自己イメージ的な作家像と、育児をしている自分を書くっていうことが……
海猫沢 噛み合わないんですよね。
荻上 鳥飼さんは? 複数の作品同時に書いてたりしてますけど、混乱しないですか。
鳥飼 まあ、しないですねえ。
海猫沢 思い入れとかないんですか? そのキャラになっちゃうとか。
鳥飼 ないです、はい。
海猫沢 それはうらやましいですね。
たぶん私はあんまり男の人に理想がない
荻上 今回、鳥飼茜さんがこの小説の表紙を書いたんですよね。
鳥飼 あっ、そうです〜。生まれてはじめてホストをまじまじと見て書きました。
海猫沢 まじまじと見て。
鳥飼 まじまじといろんな資料を見て。
荻上 めろん先生はなんで鳥飼さんに頼んだんですか。
海猫沢 まず女性に書いてほしかったっていうのがあったんですよ。男が見てもかっこいい男が書ける女性に。
鳥飼 うれしい(笑)。
海猫沢 それで装丁のデザインが川名潤さんという人なんですけど、川名さんと相談した時に、鳥飼さんがいいんじゃないかっていう話が出て。
鳥飼 ありがたいですね。
荻上 鳥飼さんの漫画で描かれる男って、単にかっこいい男っていうよりは、女性を振り回したり、暴力的だったりとか……
鳥飼 ちょっとダメな感じのね(笑)。
荻上 男が多いですよね。
鳥飼 よく言われますね。たぶん私はあんまり男の人に理想がないんですね。
荻上 ほお。
鳥飼 男はこうあるべきとか、こういう人だったらいいなあみたいなのがあんまりないかもしれない。
荻上 まあ、今日ここにる3人は、みんな子育てをしているということもあるので、この3人になったと思うんですけど。この小説には僕もちょっと絡んでいるというか。
海猫沢 小説のなかで、主人公の神威がクラウドファンディングのサイトを立ち上げて、わざと炎上させてお金を稼ぐんですけど、彼が、『ミッション22』というテレビの討論番組にでる場面があるんです。その番組司会者が荻窪リキというキャラなんです。
荻上 すっごい新進気鋭の若手の論客で、弱者に寄り添って、鋭く主人公を追い詰めていくんですね。
鳥飼 自分で言ってる(笑)。
荻上 いや、俺じゃないからね(笑)。荻窪リキについてそう書いてある。
「荻窪リキのミッション22か! 一番尖っているところ引いてきたな。悪くない。このテレビ番組はかなりいいぞ」
荻窪リキの名前は神威も知っていた。三〇代の若手論客とか呼ばれる知名度がある。
(中略)
人の話にそっと耳を傾ける森の賢者のようなその落ち着いた態度には、人を信頼させる誠実さがある。
海猫沢 そう、切れ者のキャラで。
鳥飼 ベタ褒め(笑)。
子育てをすると社会化する
荻上 ぼく最初、めろん先生に感想を言ったときに、『なんとなく、クリスタル』みたいだねって話をしたんですよ。
鳥飼 あ〜。
荻上 ZOZO TOWNとか、歌舞伎町のお店とか、現代的なサイト名とか、そうした固有名詞がたくさん出てくる。ドンキにオムツ売ってないの? まさかドンキに売ってないものがあるのか、っていうくだりがありましたけど。あれは共感。
海猫沢 そうなんですよ、売ってないんですよ。今は置いてるかもしれないけど、当時、実際に行って聞いたら、ないって言われたんです。
荻上 コンビニにもオムツないんですよね。えっ、数枚でいいからおいてくれよ! いま必要なんだよって時に買いづらい。そういったものは買いものに行ってはじめて気づくみたいなものはあったりしますよね。
今回の小説の中では、現代の子育てにありがちな光景にプラスして、育児の社会規範みたいなものに、ある種、真っ向から抵抗していくっていうストーリーと、その抵抗が実を結んだのか、それとも成長した息子がそれに抵抗したのか、最後はちょっとオープンエンドというか、いろんな解釈を呼ぶような第二部になっていますよね。
海猫沢 そうですね。前半と後半がぜんぜん別々になっていて、後半が2021年の話になるので、ちょっとSFっぽいんですね。そのクラウドファンディングで育てられた子どもが6歳になっていて、どういう成長をしているかっていうのが後半です。
荻上 6歳にしてはませた子ですよね。
海猫沢 まあ、別府倫太郎くんとか中島芭旺くんとか、モデルというかヒントになった子どももいて、全然リアリティはあるなと思って。
荻上 ちゃんと型にはまるんじゃなくて、その子なりの想像力を満たしていけば、こういう利発な子が出てくるってことですね。
海猫沢 やっぱり社会的なテーマになったのは、結局子育てを通して、自分自身が社会的になった気がしてて。なんか今まで一人で生きているときは、家の中にずっといれば終わったんですけど、子育てをしていると否応なしに区役所に行かないといけないんですよ。
鳥飼 区役所いきますよね(笑)。
海猫沢 めっちゃいくんですよ。
鳥飼 区役所いくし、ハンコ押すし。
海猫沢 めっちゃ紙に書いて申請するし。今まで一人で部屋に閉じこもって生きてきたのに、5000円の手当もらうのになんでこんなに……って。
荻上 たしかに社会との接点が増えますよね。さらに子どもが成長していくと、自分も年をとるとか、家族が病気になるとか、なんだかんだ社会に対する当事者性を身につけていくじゃないですか。
育児でも、「保育園落ちた、日本死ね」問題とか、子どものいじめとか、不登校とか、自分以外の社会問題に直面しますよね。強制カウントイベントとして。
海猫沢 そういうのは、自然と作品の中に入ってきてましたね。
荻上 鳥飼さんはこの『キッズファイヤー・ドットコム』を読んでみてどうでした?
鳥飼 うーん。なんか、新しいなっていうのがまずありました。
荻上 新しい。
鳥飼 クラウドファンディングとか。
海猫沢 確かに前までなかったですからね(笑)。
鳥飼 生物ですから、子どもって。子どもをだしにしてお金を集めるっていうことをどういうふうに反駁、反論していくかって。
海猫沢 それを正当化していくっていう。
鳥飼 そうそうそう。そこは、ファンタジーなんだけど、実際は反対して出てくる声は、すっごい説得力があって、想像つく範囲っていうんですかね。
海猫沢 これね、インタビュー受けて思い出したんですけど、そもそもあったのは子育ての話じゃなかったんですよ。
荻上 そうなんですか。じゃあなんだったの?
次回「『こんなとこ子ども連れてくるんじゃねえ』とかめっちゃ言われる件」9/2更新予定
構成:中島洋一