「竜象共舞」(竜と象が共に舞う)――この美しい合言葉のもと、中国とインドが蜜月関係を築いていたのは、つい最近までのことだった。2014年にモディ政権が発足した時には、9月17日の誕生日に、わざわざ習近平主席がプレゼントを抱えて故郷のアーメダバードまで馳せ参じたものだ。
ところが最近、中国で叫ばれているのは、「竜象打仗」(竜と象が戦争する)。中印国境のドクラム高地(洞朗地区)を巡って、両国が一触即発の事態になっているからだ。
ドクラム高地で実際に何が起こっているのかは審らかでないが、中国、インド、ブータン当局の発言や報道などを総合すると、今年に入って中国人民解放軍が、中国から紛争地域のドクラム高地へと至る軍用道路を建設した。
これに反発したインドが、6月に道路の一部を破壊し、かつこれまで中印軍がにらみ合っていた場所よりも前方に軍を駐留させた。すると今度は中国が猛反発し、インド軍に対して撤退を要求している。大まかに言うとこういうことだ。
ニューデリーの中国大使館は先週8月24日、とうとう中国人に向けて、次のような通知を出した。タイトルは、「インドにいる中国公民の安全に注意を促す」。
〈 インドの中国大使館は、インド在住、もしくはインドを訪問予定の中国人に、以下のことを求める。
現地の安全状況を注視し、自身の身の安全意識を高め、安全防犯に努め、不必要な外出を減らし、外出時には自身と財産に注意し、事前に家族や同僚、友人などに状況を知らせ、まめに連絡をとり、身分証明書を携帯し、言動を慎重にし、現地の法律法規を順守し、現地の宗教・習慣・風俗を尊重し、現地の当局の検査に従うこと。
(中略)緊急時の連絡先は、インド警察:0091-100、インドの中国大使館領事保護電話:0091-9810597886、外交部全世界領事保護サービス救急コールセンター 電話:86-10-12308、86-10-59913991 〉
インドの中国大使館がこうした警告を発するのは、7月7日に次いで2度目である。気になるのは、この通知の期限が、今年の12月31日までとなっていることだ。つまり中国政府としては、中印の国境紛争が長引くことを想定しているのである。
日本ではあまり報道されていないが、中国外交部が週に5回、平日の午後3時から行っている定例会見では、このところ北朝鮮問題と並んで、インド問題が「2大トピック」となっている。
例えば8月18日の会見では、外国の北京特派員が「インドの日本大使(平松賢司)が、武力で現状を変更してはならないとするインド政府の立場を支持したが、これをどう考えるか?」と質問した。すると、若い頃には「ミス外交部」と言われていた華春瑩報道官が、目をつり上げてこう答えたのだった。
「その報道は私も注視している。インドにいる日本大使が本気でインドを助けたいと思っているのなら、私はその大使の目を覚ましてやりたい。事実を明らかにする以前に、余計な口を差し挟むなと。
私はいくつかのことを強調したい。第一に、ドクラム地域に領土問題は存在しない。なぜなら中印双方は127年続いてきた国境を承認し、順守してきたからだ。
第二に、違法行為によって国境の現状を変えようと企図しているのは、インドの側であって中国ではない。
第三に、中国側は、インドが違法に越境した人員と設備を、直ちに無条件撤退させることを要求している。このことこそが、事件を解決し、双方が有意義な対話を進める前提であり礎だ」
この大使の発言の件は後述する。