これまでアメリカは何度も地上や空中、水中、地下などにおいて核実験を行ってきました。
その中で宇宙空間における核実験が行われた事もあります。
高高度核実験、HANEと呼ばれるもので核兵器を宇宙空間で炸裂させるというものです。
▲アルガス作戦で用いられたものと
同型のX-17ロケット
(Image:USAF)
1958年に実施された核実験計画「アルガス作戦」においては、アメリカ海軍のミサイル実験艦AVM-1「ノートン・サウンド」から核出力1.7キロトンのW25核弾頭を搭載したX-17観測ロケットが用いられました。W25核弾頭はF-106戦闘機などに搭載する空対空核ロケットAIR-2「ジーニー」にも搭載された核弾頭です。このW25核弾頭を搭載したAIR-2は別の核実験計画「プラムボブ計画」における「ジョン実験」においてもユッカ・フラッツ核実験場にて上空4500メートルの大気圏内でも実験が行われています。
実験は当時別に行われていた核実験計画の「ハードタックI作戦」と「ハードタックII作戦」の間を縫うように極秘裏に南太平洋上で実施され、核弾頭を搭載した観測ロケットを搭載した「ノートン・サウンド」のほか、ロケット追跡用レーダーとして「AN/MSQ-1A」を搭載した空母「タラワ」や給油艦「ネオショー」やギアリング級駆逐艦などの艦艇が参加していました。
アルガス作戦は短期間にアルガスI~アルガスIIIまでの3回の実験が行われましたが、この実験の目的は落下してくるソビエトのICBMの迎撃を行う対弾道弾迎撃ミサイル(ABM)の実現性を探ることでした。
この当時、ソビエトは世界初の人工衛星であるスプートニク1号の打ち上げに成功しており、アメリカなどはこうした衛星打ち上げロケットに核弾頭を搭載しての攻撃を恐れていました。
▲X-17ロケットの追跡に用いられた
レーダー「AN/MSQ-1A」(Credit:USAF)
自国上空で核弾頭を炸裂させることで人工の放射線帯(Radiation Belt)を作り出し、その放射線の影響によって落下してくるICBM弾頭の誘導装置や制御装置を破損させて不発弾にしてしまおうというものです。
電子機器は放射線に弱く、人工衛星や惑星探査機においても太陽や銀河を由来とする放射線によってシングルイベント・アップセット(SEU)などのビット反転によるメモリーエラーが生じる事があります。ICBMの落下速度はマッハ20をゆうに超え、その迎撃は困難を極めます。そのため当時は核爆発による放射線を用いた迎撃が考案されたのです。
上空で核弾頭を炸裂させると多量の中性子線や、核爆発で生じるガンマ線(即発ガンマ線)と地磁気とのコンプトン散乱と呼ばれる相互作用により生じる強力な電磁パルス(EMP)が発生します。これらの放射線も電子機器に対して大きな影響を与えますが、これらは核爆発時、瞬間的に放出されるものであるため、迎撃ミサイルのタイミングが早すぎたりすると効果が殆ど無い場合があります。
そのためこの時注目されたのは、核爆弾の核分裂反応で生じた核分裂生成物(FP:Fission Product)でした。核分裂生成物は核分裂片とも呼ばれ、核分裂性物質であるウランやプルトニウムが核分裂した際に生じる不安定な軽い元素です。これらは多量の核分裂によって引き起こされる核爆発の瞬間に生成されるわけですので、起爆直後からはこの核分裂生成物による放射線が生じます。
核分裂生成物には非常に様々な元素、同位体が含まれていますが、これらの殆どはかなり不安定であるため、すぐに放射性崩壊してしまいます。短い半減期で放射線を出す物質であるため、そうした物質の比放射能(単位時間あたりに放射線を出す能力)は非常に高くあります。核爆発の直後からしばらくの間、強い放射線が生じるのはこの核分裂生成物のためであり、地上での核爆発においては放射性降下物、フォールアウトとも呼ばれます。
着目されたのはこの核分裂生成物が生じさせるベータ線でした。ベータ線は原子核から放出された電子であり、荷電粒子であるため大気中などでは空気等によって遮蔽されて遠くまで届きませんが、宇宙空間では大気中と比べると損失が小さいため遠くまで届という性質があります。
このベータ線は南北の地球磁場に捕えられ、そこに乗るようにして拡散します。ちょうど加速器で荷電粒子が磁場に導かれるように、非常に広範囲に渡って核分裂生成物のベータ崩壊によって生じた電子が拡散します。
▲地磁気に捕えられるベータ線(電子)の振る舞い
(credit:USDoD)
この時、比較的高度の低い地球上層大気辺りではこの電子が待機中の窒素原子や酸素原子を励起することで人工オーロラが生じます。これは赤道上空を中心にドーナツ状に地球を取り巻いている放射線帯であるヴァン・アレン帯を人工的に作り出すようなものであり、これが地球磁場を用いて放射線の帯を上空に展開させる仕組みなのです。これはローレンス・バークレー国立研究所の物理学者、ニコラス・クリストフィロス博士によってクリストフィロス理論として提唱されました。
アメリカ初の人工衛星「エクスプローラー1号」はこのヴァン・アレン帯を発見したことで有名ですが、同一シリーズのエクスプローラー4号はヴァン・アレン帯の観測に加えて高高度核爆発の観測を目的としており、この高高度核爆発で得られたデータは軍事目的だけではなく、地球科学の面においても役立てられました。
しかし、肝心の落下してくる弾道ミサイルに対する威力としては放射線帯を形成できる時間が非常に短いがために、効果的な放射線量を維持するためには年間千回以上も高高度核爆発を引き起こす必要があると試算され、そのため実用化は見送られました。実験そのものを行った事は1960年に公表されましたが1982年まで詳細な情報の公開は見送られてきました。
核ミサイルを撃ち落とすために核爆発を自国上空で引き起こそうという発案も中々に狂気を感じますが、宇宙開発と軍事技術、特に核兵器技術が深く密接に関わっていた冷戦時代を象徴するような実験であると言えるでしょう。
▲ミサイル実験艦「ノートン・サウンド」から発射される、W25核弾頭を搭載したX-17ロケット(Credit:USDoE)