2000年前の美女の肖像を復元、ベスビオ火山で埋没

ポンペイと運命をともにした古代ローマの町ヘルクラネウム

2017.08.28
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古代ローマの町ヘルクラネウムの遺跡で発掘された女性の肖像画。ヘラクラネウムは西暦79年のベスビオ火山の噴火によって消滅した。(PHOTOGRAPH COURTESY ROBERTO ALBERTI)
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 何世紀も前に原型が失われた1枚の小さな肖像画がある。考古学、美術史学、化学という異分野の専門家が協力することで、この名もなき女性の肖像画が一部復元された。(参考記事:「ローマ時代の戦車レース、非常に珍しいモザイク画」

 女性の顔が描かれた円形の肖像画が発掘されたのは、古代ローマの町ヘルクラネウムの遺跡。それは、いくつもの部屋が並ぶ空間へとつながる扉の右側にあった。ヘラクラネウムはポンペイと同様、西暦79年のベスビオ火山の噴火によって消滅した町だ。20世紀に入るまで、町全体がすすと灰に覆われていた。皮肉なことに、この肖像画の保存状態が悪化したのは、70年前に始まった発掘作業が原因かもしれない。作業の開始をきっかけに、温度と湿度が変化し、人の手にさらされたためだ。(参考記事:「古代都市ポンペイは、現代社会にそっくりだった」

X線の技術を用い、鉄元素の配置図を作成。この作品が描かれた当時の技巧が見事に再現されている。(PHOTOGRAPH COURTESY ROBERTO ALBERTI)
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 研究チームは、米国化学会(ACS)の第254回大会で、この繊細な遺物をどのように復元したかを説明した。

 復元作業を率いたのは、米国のプラット・インスティチュートで化学の教授を務めるエレノラ・デル・フェデリコ氏。デル・フェデリコ氏らは、イタリアのXGLabが開発した「Elio」と呼ばれる携帯型のX線分析装置を用い、蛍光X線で肖像画をスキャンした。分析データからわかるのは、鉄や鉛、銅といった化合物の配置だ。たとえば、鉛の存在は白い化合物があることを示し、銅は多くの場合、青や緑の存在を示唆する。(参考記事:「エジプトの猫ミイラ、新X線技術で撮影に成功」

 デル・フェデリコ氏は同学会の記者会見で、次のように説明した。絵画において特定の色は、不正確に伝えられてきた。たとえば、鉄を基にした黄色の顔料は、熱によって赤くなる。そして、その間違った色を基準に復元も行われてきた。しかし今、化学者はより正確な絵を復元できる。ヘルクラネウムの町とその遺物が、当時どのような色をしていたのかを推測できるということだ。

 デル・フェデリコ氏はプレスリリースの中で、「肉眼ではもう見られない壁画の詳細を明らかにすることで、古代の人々を現代によみがえらせようとしているのです」と述べている。「また、彼らが使っていた素材や手法を知ることは、彼らの芸術を末永く保存していく助けになります」

持ち運び可能なX線分析装置。絵画を破壊することなく復元できる。(PHOTOGRAPH COURTESY ROBERTO ALBERTI)
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 X線はこれまでも、有名な芸術作品に隠された表現を探るために使用されてきた。2015年には、オランダの画家レンブラントの「軍服の老人(An Old Man in Military Costume)」の下から、別の人物が発見されている。(参考記事:「まるでレンブラントの絵画、動物たちの肖像写真」

 パブロ・ピカソの絵画もX線によって秘密を暴かれた。いくつかの有名な絵画をスキャンしたところ、作品によっては、高価な美術用の油ではなく、ごく普通の家庭用塗料(エナメル塗料)を使っていることがわかったのだ。それまでの芸術家には、ほとんど前例のないことだった。(参考記事:「ツタンカーメンの墓を再びレーダー調査」

 しかし、デル・フェデリコ氏が用いたツールはこれまでの分析装置と異なり、容易に携帯できるため、でこぼこの遺跡の悪路でも簡単に利用できる。

 今回の研究は、ヘルクラネウム一帯の失われた歴史を取り戻そうとする「ヘルクラネウム保全プロジェクト」と共同で行われた。デル・フェデリコ氏は絵画の構成を化学的に分析することで、いつか歴史の断片がつながることを願っている。

 この手法によってどれくらい古代の絵画が発見されるのだろう? 記者会見で質問を投げ掛けられたデル・フェデリコ氏は「数え切れないくらい」と力強く答えた。

【参考】復元された壁画のある部屋の360度画像はこちら(外部サイトが開きます)

文=Sarah Gibbens/訳=米井香織

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