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老人は捨て、若者は奴隷に…日本の介護の「さらなる絶望」

施設での死亡事故が続発する中で

カリスマからの突然の連絡

また、介護施設で高齢者が死亡する事件が起こった。

岐阜県高山市の介護老人保健施設「それいゆ」で今年(2017年)7月末以降、入所する高齢者男女3名が死亡し、2人がケガをしていることが判明。8月17日から県が立ち入り調査をはじめ、県警は事件と事故両面の可能性があるとして捜査を続けている。

「介護=ブラック」はもはや一般常識だ。2000年に介護保険制度が始まり民間に渡された介護は、一時は業界全体が潤っているように見えたものの、圧倒的な人材不足を皮切りに人材の劣化、施設内での虐待や窃盗、ついに2014年には殺人事件が起こる事態にまで転落した。

私が2008年から2015年まで経営していたデイサービスでも、開業当初からまるで地獄絵図のような出来事が常態化し、結局は廃業せざるを得なくなった。私の事業所では「中年童貞」職員が跋扈し、職員同士のセクハラやパワハラは当たり前、逆恨みした介護職にストーキングされたり、失踪する女性介護職もいた。

介護は確かに重労働でキツイ仕事だ。その上低賃金という問題もある。外とのつながりの薄い、小さなコミュニティーのなかで安い給料で仕事をしていれば、人格が壊れたり、精神疾患になったりということもある。しかしそれにしても度を超えた酷すぎる7年間を振り返り、なぜここまでの惨状に至ったのかと考えていくなかで、ある介護フランチャイズの大手企業に思い当たった。

介護の「カ」の字も知らなかった私は事業開業前に、株式会社日本介護福祉グループの前身である(株)フジタエージェントが主催する「介護施設の管理者研修」を受けた。そこで私は施設運営のノウハウや介護を学んだと同時に、人手の足りない介護業界は、長時間労働が「当たり前」と示唆された。

その詳細はhttp://gendai.ismedia.jp/articles/-/48578で記事にしているので省略するが、人材が劣化した一因はこの介護ベンチャーが象徴しているのではないかと思うようになった。

 

当時、グループの代表取締役会長を務めていた藤田英明氏は「介護業界の風雲児」と呼ばれ、民営化した介護業界のカリスマ的な人物であった。だが一方で自己啓発セミナーまがいの「ポエム」で人材を集める「介護甲子園」のスポンサーであることを知り、疑いを深めた私は取材を重ね介護職への「ポエム採用」の実態に迫るルポを書いた。

今年に入ったある日、その藤田氏から「介護業界はもう末期的な状態です。今のままだと立ち直りようがない。自分の力だけではどうもならないので距離を置きます」という連絡が入った。あれほどまでに「介護から日本を元気に」と言っていた藤田氏にどんな心境の変化があったのか、彼の話を聞くことにした。

白紙の履歴書が送られてくる

中村 国民の3人に1人が65歳、5人に1人が75歳となる2025年問題は、もうずっと日本の課題として認識されてきた。そのために国は2000年4月に介護保険制度をはじめて、超高齢社会を迎えるための準備をしようと頑張ってきたけど、もう限界です。異常な人手不足を筆頭に問題だらけ。

藤田 今の介護業界を取り巻く環境は、あまりに酷い。人材が集まらない上に、たまに履歴書が送られてきてもプリクラが貼られていたり。名前だけの白紙の履歴書とか、エンピツ書きとかザラです。応募があったから丸1日面接を組んでも、誰1人来ないとか。それでも人手不足だから、能力に期待せず誰でも入れざるを得ない。それが嫌ならば、施設をたたむしかない。そんな状況です。

中村 藤田さんを含む介護ベンチャーの経営者層は人材不足に焦り「低賃金」「重労働」を「夢」や「絆」に置き換えて、従業員のやりがいを搾取する「ポエム採用」に乗りだした。しかしそれも通用しなくなって、焼け野原みたいな現在があると。当時のその「人の集め方」について藤田さんは今どう思っているの?

藤田 当時はマスコミの過剰な報道によって浸透した「介護は3K」という一般的なイメージを払拭するのが目的だった。ただ、3Kであることは事実だし、そんなことをしても人材が確保できない上に、2015年には介護報酬の本格的な削減が始まって、このままでは社会保障としての介護は本当にダメになると思った。

「介護甲子園」は確かにイベント創設時のスポンサーではあるけど、お金を出して欲しいと頼んできた主催者が「感謝、感激、感動」などの稚拙なキラキラ言葉を駆使した宗教紛いのイベントをやるとは思っていなかった。ご指摘の通りにポエム的な採用をしてきた僕自身も、あれは気持ち悪いし、正直一緒にしてほしくない。

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当初は介護業界を元気にして、介護職たちの技術向上になればという気持ちからスポンサーになったけれど、結果として人材の質が上がるワケでも、業界全体が潤うワケでもなかった。それどころか年々酷くなるばかり。それを実感したから僕個人だけ方針転換した。続けるのは無理だと思ったんです。

中村 彼らが介護職を思考停止させて低賃金で働かせることを目的に「高齢者のありがとうが報酬です」みたいな方向に持っていきたいのは、もう透けて見える。

藤田さんを含むベンチャーの経営者層が、自己都合で苦し紛れな美辞麗句をまき散らした結果、介護に集まってくる人たちも一定数いたのは確か。介護は人が人を支援する仕事だから、入所者と介護職が疑似家族みたいになりがちで、チームワークで業務が成り立つ部分も多く、希望や絆といった綺麗な言葉と相性がよかった。思惑通りに“夢”とか“スイッチオン”とか“未来を創る”といったポエムは今でも蔓延している。

藤田 稚拙なキラキラ言葉で集まるのは、意識高い系やメンタルの弱い人が多い。面接でどうして介護をやろうと思ったのかを訊くと、「おばあちゃんと接していると癒されるんで」みたいな。いやいや、君が癒されるために仕事をするんじゃないんだよって。そういうレベル。

中村 このままでは本当に介護崩壊すると伝えているけど、大きな理由の一つは精神的に難を抱える介護職が多すぎること。

以前僕が運営していたデイサービスでは、カッとなってすぐに暴力をふるう男性の介護職や、突然失踪した女性の介護職などさまざまいて、彼らに振り回され続け疲弊し生き地獄を見た。

不健康な人は自分のことで精一杯なのと、安定して規則正しい生活を送れないので、高齢者の生活をつくる介護には向かない。

僕の実感だと、不健康な人は全体の少なくとも1割、多かったら3割くらいはいるでしょう。いま介護職は約170万人いると言われています。その3割だとすると最大推定約50万人だよ。