ビットコイン分裂騒動とは何だったのか?(後編)

緊急寄稿。話題のあのネタを特別に解説します!
2017年夏、世間を騒がせた「ビットコイン分裂騒動」とは何だったのか。新しく登場した「ビットコインキャッシュ」と「ビットコイン」はどう違うのか。どっちを買ったほうがいいのか。今回は特別編として、言葉の定義だけでも頭がこんがらがってくる「ビットコイン分裂騒動」をできるだけわかりやすく説明してみます。今回はその後編です。(前編はこちら。)

▼いくつもの提案が出されて大混乱!

 フォーク自体がそれほど珍しいことではないとしたら、なぜ今回のビットコインに限って、こんなに大騒ぎとなってしまったのでしょうか。

 理由の一つは、ビットコインが世の中に浸透して、利害関係者が大幅に増えたからです。ビットコインは関係者の合議によってルールを決める「民主的な通貨」ですから、関係者の数が増えれば、それだけ議論をまとめるのがむずかしくなります。ビットコインの所有者数は1200万以上になると見られており、世間の関心もそれだけ高まってきたということです。

 さらに今回は、コアデベロッパー主導の「セグウィット派(セグウィットを有効化したい)」と、マイナー主導の「ビッグブロック派(ブロックサイズを大きくしたい)」の基本的な路線対立に加えて、コア寄りの一部の人たちが提案した「ユーザー主導のソフトフォーク(8月1日を強制的にセグウィット有効化の期限とする)」に、両者のいいとこ取りを狙った折衷案「セグウィット2x(セグウィットもするけどブロックも2倍以上に増やす)」、さらに一部のマイナーが強行した「ハードフォーク(ビットコインキャッシュという別の通貨を始めた)」が入り混じって、大混乱に陥りました。

 とくに7月に入ってからは、明日のことさえ誰も予測がつかないという展開の早さで、実際、7月31日には「セグウィット2x」という妥協案が出てきたことで分裂騒動は収まったのではないかという見方が一般的でしたが、翌8月1日には一部のマイナーが「独立宣言」をしてハードフォークを強制したことが明らかになり、さらに、8月8日にはコアデベロッパーが自分たちのクライアント「ビットコイン・コア(Bitcoin Core)」では「セグウィット2x」をネットワークから切断すると宣言して反撃の狼煙をあげ、いまだに混乱が続いています。


▼ビットコイン分裂騒動は池袋駅と同じ!?

 今回の一連の騒動の直接のきっかけは、コアデベロッパーとマイナーの対立でセグウィット有効化が一向に進展しない現状に業を煮やした一部の人たちが、「マイナーの意見ばかり聞くのはおかしい、ビットコインを使っているユーザーにも意見を言わせろ」ということで、セグウィット有効化の期限を2017年8月1日と決める提案をしたことに端を発します。

つまり、おしりを決めて、この日までにセグウィットに対応しないブロックはビットコインとは認めないことにすればいいというわけです。マイナーが賛成するかどうかにかかわらず実施するという提案だったので、「ユーザー主導のソフトフォーク(User-Activated Soft Fork:UASF)」と呼ばれています。

 この微妙なネーミングも混乱に拍車をかけたのではないかと思います。本来は、強制的にコインを分裂させるハードフォークは「ハードランディング(硬着陸)」、参加者の合意を得て切り替えるソフトフォークは「ソフトランディング(軟着陸)」のイメージでそう呼ばれているわけですが、UASFは「中身はソフトフォークなのに、やり方はハードランディングそのもの」ということで、どっちがどっちかわかりにくくなってしまったのです。池袋の西武百貨店が東口に、東武百貨店が西口にあって混乱するようなものです。

 当然、マイナーからは反発が起きます。そもそもマイナーが拒否してマイニングをやめてしまえば、取引は成立しないわけですから、完全にユーザー主導というわけにもいきません。そこで2017年5月にニューヨークで話し合いがもたれ、セグウィットを実施した後にブロックサイズを倍の2MBにするという「ニューヨーク協定」が結ばれ、中国のマイナーたちもこれに同意しました。その結果、出てきたのが「セグウィット2x」という新しい提案で、要するに、セグウィット派とビッグブロック派の折衷案です。

 UASFが設定した期限の8月1日が近づくにつれて、妥協案である「セグウィット2x」へのマイナーの賛成票が集まり、結果的にUASFは回避され、紆余曲折はありましたが、セグウィット有効化も確定しました(実際に使えるようになるのはもう少し先)。


▼一部マイナーが「独立宣言」! ビットコインキャッシュの誕生。

 これで一件落着、分裂は回避されたと誰もが胸をなでおろした8月1日、中国の「ヴィアBTC(viaBTC)」という有力マイナーの一つがハードフォークを強行、ビットコインキャッシュ(BCH)という新たなコインが誕生します。みんながセグウィット2xでやるのはかまわないけど、自分たちは別の方式で行くんだという「独立宣言」のようなものです。

 国によってルールを強制されるわけではなく、自分たちの好きなように決められるのは仮想通貨のおもしろいところだし、分裂自体は起こるべくして起こったことで、全然かまわないというのが私の立場です。ただ、その後、そのコインをみんなが支持するかどうかは別です。支持されなければ、自然と消えてなくなります。

 ハードフォークで分裂した場合、データがコピーされるわけですから、もともと「1BTC」持っていた人は、分裂後はビットコインを「1BTC」、ビットコインキャッシュを「1BCH」所有していることになります。いきなり額面が2倍に増えてビックリですが、価値が2倍になるとは限りません。仮に相場が一定で「1BTC=30万円」だったとすると、分裂後のマイニングパワーが「9:1」の割合だった場合、「1BTC=27万円」と「1BCH=3万円」に下がると予想できます(合計すれば30万円で一定)。

しかし、実際の相場は生き物なので、どちらか一方だけ上がったり、両方上がったり、あるいは分裂するなんてけしからんということで、両方暴落する可能性だってあります。

※8・1前後のビットコインチャート図(出典:https://coincheck.com/ja/exchange)

 実際には、ビットコイン/円チャートを見るとわかるように、8月1日の分裂騒動の前後で、「1BTC=30万円」前後から「1BTC=50万円」前後まで、ビットコイン価格は急激に上がっています。本来、下落してもおかしくなかった局面なのに、結果的に分裂したけれどもそれほど大きな影響はなさそうだし、セグウィットも有効化され、積年の懸念が一つ解消されたということで、もうポジティブな要素しかないじゃんと逆に買いに走る人が増えています。

 この動きに拍車をかけたのがメディアの存在です。もともとフォーク自体はそれほど珍しい話ではなく、また、ビットコインが使えなくなるようなケースは考えにくいにもかかわらず、「仮想通貨は危ない」「分裂して使えなくなるかも」と危機感を煽れば、注目を集めることができます。とくに今回は日本経済新聞が連日のように報道したことで、がぜん注目度が高まったのではないかと思います。要するに、騒ぎすぎということです。

 とはいえ、過熱気味の報道によってビットコインに注目が集まり、ビットコイン市場に円が大量に流入してきて、停滞してもおかしくなかった局面を見事に乗り切ってしまったという意味では、メディアの力を実感した出来事でもあります。「通貨が分裂するなんて、本当に大丈夫かな?」と不安に思う人よりも、「なんだか儲かりそう」「おもしろい」と思った人が多かったということです。


▼ビットコインキャッシュは「買い」なのか?

 この記事を執筆している時点で、ビットコインキャッシュの時価総額は、ビットコインの10分の1くらいで推移しています。

 ところが、ビットコインキャッシュを始めたヴィアBTCも、自分たちのマイニングパワーの一部しかそちらに振り分けていません。残りはビットコインのマイニングをやり続けているわけです。結局、独立宣言したと言っても、全力で独立しているわけではなく、うまくいかなかったときのリスクヘッジもしながらやっているので、まわりのマイナーもそこまで本気で取り組んでいないようです。

 ビットコインキャッシュでできることも限られています。同じ取引所内で売買することはできても、ビットコインキャッシュに対応していない取引所もあるため、取引所をまたいだ取引ができません。また、マイニングパワーが足りず、取引の承認がとれるまで6時間もかかったりするようなので、使い勝手がいいとは言えません。このままビットコインキャッシュが盛り上がらないようだと、マイナーは自然とビットコインに戻ってくることになるはずです。淘汰されるのか、それともなんとか生き残るのか。いまは、その瀬戸際にあるのではないかと思います。

 今回の分裂で、仮にビットコインキャッシュが主流になったら、マイナーの天下になったはずです。自分たちの思い通りにルールを変更できるなら、いちばん儲かるように変えるのが理にかなっています。とはいえ、マイナーもビットコインを大量にもっているので(なにしろマイニングの報酬がビットコインですから)、その資産価値ゼロにしてまでビットコインキャッシュに乗り換えるかといえば、かなり難しいのではないでしょうか。イノベーションのジレンマではないけれども、自分たちの資産を自分たちで目減りさせる決断は、なかなかできないというのが人間です。

 そこまで含めて、ビットコインの仕組みというのは、本当によく考えられているなと感心します。すでに持っている人にとっては、ルールを極端に変えること自体がリスクになってしまう。だから、特定の個人や企業による乗っ取りや、ルールの改悪などがしにくいように設計されているわけです。

今回はメディアが騒いでいるほど大きな問題ではないというのが、私の考えです。

分裂して両方とも価格が上がれば「まさに現在の錬金術だ」と囃し立てたくなる気持ちはわかりますが、今回の教訓はむしろ、中央で誰かが一元管理しなくても、世界中に散らばった利害関係者同士が直前まで調整を重ね、分裂騒動をものともせずに乗り越えたことではないかと思っています。

実は、思っている以上にシステムとしてよくできているし、技術というより人同士のつながり、ネットワークの力で最悪の事態を回避できたという意味で、今後の仮想通貨の行方を占うときうえで、けっこう大事なイベントだったのではないかと思うのです。

 セグウィット2xの今後にも注目です。「2x」というのは2の倍数ということで、実は、2倍にするか、4倍にするか、8倍にするか、まだ決まっていません。11月に何倍にするのか、決まる予定なので、そこでふたたびハードフォークの混乱が起きるかもしれません。すでに、コアデベロッパー側からは、「セグウィット2x」をネットワークから遮断するという宣言が出ています。


これでわからなければ、ごめんなさい! 一番わかりやすいビットコイン入門

いまさら聞けない ビットコインとブロックチェーン

大塚 雄介
ディスカヴァー・トゥエンティワン
2017-03-24

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大塚 雄介

cakes読者のみなさん、はじめまして。大塚雄介です。ふだんは、仮想通貨交換取引所「coincheck」や、ビットコイン決済サービス「coincheck payment」を運営しています。ところで、最近ネットなどのニュースでビットコイ...もっと読む

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