なぜ今、ベーシックインカムなのか?

今、世界各国で導入が検討されている「ベーシックインカム」。この制度はどのようなもので、私たちの社会に何をもたらすのか。その実現性や課題も含め専門家の方に伺った。2017年2月8日(水)放送TBSラジオ荻上チキ・Session22「各国で導入を検討、なぜ今ベーシックインカムなのか?」より抄録。(構成/大谷佳名)

 

■ 荻上チキ・Session22とは

TBSラジオほか各局で平日22時〜生放送の番組。様々な形でのリスナーの皆さんとコラボレーションしながら、ポジティブな提案につなげる「ポジ出し」の精神を大事に、テーマやニュースに合わせて「探究モード」、「バトルモード」、「わいわいモード」などなど柔軟に形式を変化させながら、番組を作って行きます。あなたもぜひこのセッションに参加してください。番組ホームページはこちら →https://www.tbsradio.jp/ss954/

 

 

「ベーシックインカム」とは?

 

荻上 今日のスタジオゲストを紹介します。駒澤大学経済学部専任講師の井上智洋さんです。よろしくお願いします。

 

井上 よろしくお願いします。

 

荻上 本日特集する「ベーシックインカム」とはどういった制度なのでしょうか。

 

井上 政府が国民全員に対して生活に必要な最低限のお金を支給するという制度です。基本的には対象者を限定せず、無条件に支給するというのがベーシックインカムの特徴です。しかし現在、各国で検討されているものの中には、対象者をある一定の所得以下の人に限定するものもあります。

 

荻上 最近になって世界各地でベーシックインカムをめぐる政策論争が盛り上がっているように思いますが、もともとは誰が提唱したものなのですか。

 

井上 ベーシックインカムに関しては大きな議論の潮流のようなものがないので歴史は辿りにくいのですが、一般にはトマス・ペインという18世紀のイギリスの思想家が提案したのが始まりだとされています。彼は、21歳以上の国民全員に15ポンドを支給するという提案をしています。

 

厳密には、これは定期的に支給する形ではなく一括で支払うものなので「ベーシック・キャピタル」と呼ばれます。一方、ベーシックインカムは「インカム=所得」という意味なので、月ごと、年ごとに支給されます。その起源は、トマス・スペンスという思想家だとされています。彼は「年に4回ほど、税金の余った分を均等に給付する」と提唱しています。その後も断続的に議論がなされ、J.S.ミル、リズ・ウィリアムズらもベーシックインカムについて論じました。

 

荻上 その後は、どのような議論の流れを経て現在に至るのですか。

 

井上 私は現代のベーシックインカムの起源は二つあると考えています。一つは、『社会信用論』という著書がある思想家のC.H.ダグラスが提唱した貨幣発行益を財源とした「国民配当」です。これは政府が発行した紙幣を国民全員に配るようなものです。現代の「ヘリコプターマネー」(空から撒くようにお金を給付する)という概念に近いです。

 

もう一つのルーツは、経済学者のミルトン・フリードマンが提示した「負の所得税」と呼ばれる概念です。これは、「一定の額に所得が達しない人は、むしろお金がもらえる」という考え方です。所得税は所得に応じて税金の額が決まる制度ですが、たとえば税率を一律25%、保証する所得を100万円とすると、「所得×0.25-100万円」が個々人の収める税金になります。この場合、所得が400万円以上の人は普通に納税しなければなりませんが、400万円未満の人は税額がマイナスになるので、逆に給付を受けることができます。所得が240万円の人は、「240万円×0.25-100万円=-40万円」なので40万円の給付が受けられ、再分配後の所得は280万円になります。所得が全然ない人は100万円の給付が受けられるので、あらゆる人が100万円以上の所得が必ず保証されることになります。

 

この「負の所得税」とベーシックインカムは、違うように見えて実は同じようなものです。つまり、ベーシックインカムは税金を払った後に一定額が自分のところに返ってくる。「負の所得税」は、その差し引きを最初にしてしまうということです。

 

 

ベーシックインカムの実現性は?

 

荻上 リスナーからこんなメールも来ています。

 

「ベーシックインカムは、共産主義とは違うのでしょうか」

 

井上 はい、全く違います。共産主義とは、具体的にはソ連型の社会主義のように工場や機械を国有化して政府が全て経済のコントロールをするという計画経済の考え方ですが、ベーシックインカムはそれとは全く異なります。むしろ、自由主義的な市場経済を維持したまま安心して暮らしていくにはどうしたらいいかと考え出されたものなのです。その意味でいうと、右派・左派どちらからも賛成意見もあれば反対意見もある。また、共産主義、社会主義などのイデオロギーとも関係のないものと考えていただいた方が良いかと思います。

 

荻上 共産主義ではどれだけ働いても支払われる給料が一緒なので労働意欲を失うという側面がありますが、ベーシックインカムの場合は大前提として資本主義・自由主義の論理がある。つまり一定金額は支給するが、プラスアルファはどれだけ自由に稼いでもいい、という形なのですね。

 

井上 具体的には、日本の現在の経済では月7万円程度の給付が妥当かと思います。その場合、これだけで生活をしていくのは少し厳しいので、ほとんどの人は今まで通り働き続けることになる。ですから、労働意欲を損ねるということはないと思っています。

 

荻上 こんな質問も来ています。

 

「ベーシックインカムの財源はやはり税金になるのでしょうか。そうだとすれば、今ですら増税が必要と言われている中、税金を納めている人はさらに、もらえる給付金以上の金額を納めなければならなくなると思います。それならば、ベーシックインカムを採用してもまったく意味がないような気がします。」

 

基本的には財源は税金になります。増税される額と給付額を比較してどちらが多いのか。制度設計によりますが、私の考えでは、月7万円の給付をするのに所得税率を25%ほど上げなければならない。その場合、年収400〜500万程度の中間所得層の人たちはむしろ給付額の方が多くなります。また、子どもにも一人当たり7万円給付すると、たとえば4人世帯なら28万円。「子どもは半額でいいのではないか」という考え方もありますが、現在でも児童手当があるくらいですし、私はむしろ子どもに手厚くしていいくらいではないかと考えています。

 

ですから、中間所得層の収入はプラマイゼロか、少しプラスになるくらいです。そうなるとどこかにしわ寄せがいくのかというと、所得の高い人たちです。

 

荻上 累進課税の累進性を高めることになるのでしょうか。

 

井上 所得税を25%上げるだけでも富裕層にとってはかなり負担が大きいと考えられるので、ベーシックインカムの財源確保を考える上では、累進課税にしないという手もあると思います。

 

荻上 子どもに給付する場合、「0歳から支払うが、引き落とせるのは本人が大人になってから」という設計も考えられると思います。もしくは、保護者が子どもに支給された分もすぐに使えるようにするのか。どちらが良いと思われますか。

 

井上 両方ありえると思いますが、私は子育てや教育の費用としてすぐ使えるようにしても良いと考えています。

 

井上氏

井上氏

 

 

誰に、いくら支給するべきか

 

荻上 こんな質問も来ています。

 

「過去にベーシックインカムに近いシステムで動いていた国はありましたか。」

 

井上 最低限の生活を保障するものではなく、国からお小遣いがもらえる制度であれば、イランやアラスカのような資源輸出国で例があります。ただ、もらえる額はその年の輸出額によって変動します。たとえばアラスカでは2011年に約9万円給付されましたが、一年間でこれだけではとても暮らしていけないですね。

 

私の知る限り唯一「これはベーシックインカムだ」と言えるのは、ナウル共和国という南太平洋の島で行われていた制度です。この国ではリン鉱石という天然資源が採れるので、その輸出によって財源が確保できていました。医療費や教育費がタダであるだけでなく、国民全員に十分なお金が給付されているので道路は高級車で溢れかえっていたほどです。

 

しかしこのような状況が長年続いたため、みんな働かなくなってしまいました。一時期は肥満率も世界一でした。そして、ついに20世紀末にリン鉱石が枯渇してしまい、国民全員が大パニックになってしまいました。現在は他の国からの援助を受けている状態ですが、いまだに国民の90%が失業していると言われています。

 

荻上 やり方によっては就労意欲を削いでしまうこともあるということですね。

 

井上 この場合は給付額が問題です。最低限の生活はできてもそれだけで生活するのは少し厳しい、という程度にとどめることが重要です。

 

荻上 他にもベーシックインカムを導入する動きを示した国はありますか。

 

井上 現在、注目を浴びているのはフィンランドです。フィンランドが他の国と違うのは与党が導入しようと前向きに動いていることです。すでに今年1月から、失業者の中から抽選で選ばれた人を対象に給付の実験を始めています。給付額は日本円にして毎月6万8000円ほどです。

 

荻上 サンプルが失業者のみだとそのまま働かない人も出てきてしまうかもしれないので、本来ならランダムに対象者を選んだほうが良いのではないですか。

 

井上 おっしゃる通りです。そもそも対象者を限定している時点で、ベーシックインカムと呼んでいいのかという問題があります。少ない額でも良いので、国民全員に給付することが何よりも大事だと私は考えています。日本でも導入の実験をするのであれば、国民全員を対象にまずは月1万円くらいから試してみるのが良いのではないかと思っています。

 

荻上 なるほど。こんなメールも来ています。

 

「かつて定額給付金や地域振興券がありましたが、目に見えた経済効果が得られず『バラマキだ』と批判されました。ベーシックインカムはバラマキと批判されることはないのでしょうか。政策によって貧富の差が縮小したり、国内消費が拡大するなどの効果は期待できるのでしょうか。」

 

まず、「バラマキ」と批判されているものが「依怙贔屓」なのかどうかを区別することが重要です。必要なところにばらまくのは再配分の大事な機能ですが、必要のないところに配る、あるいは地元だけに配るなどの「依怙贔屓」は批判されてしかるべきです。

 

井上 そうですね。ベーシックインカムは無条件に全ての人に給付するものですし、生活保護より優れた制度として考え出されたものなので、悪い意味の「バラマキ」ではないと考えられます。

 

また経済効果についてですが、地域振興券もGDPを0.1%ほど増大させた効果がありました。あの程度の規模で行ってこれだけのGDP増大効果と考えると、むしろなかなかのものだったのではないかと思います。一方で、ベーシックインカムは基本的には社会保障制度ですので、目的がまず違います。副次的な効果として経済効果は得られると思いますが、たとえその効果が小さくても私は投入すべきだと考えています。

 

荻上 経済刺激策という観点は二の次で、まずは生活をしっかり守ることが目的なのですね。【次ページにつづく】

 

 

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