以前ブログで取り上げた少年(以下、Y君)の、その後を報告。
2017年夏の、ちょっとした良い想い出になった。
フェリチンとMCVは上昇、ヘモグロビンやヘマトクリットは横ばい
(初診時採血)
- 血色素量(HB): 11.8g/dl
- ヘマトクリット: 33.9%
- MCV: 77.8fl
- 尿素窒素:12.0mg/dl
- フェリチン27.2
(初診から3ヶ月後)
- 血色素量(HB): 12.0g/dl
- ヘマトクリット: 36.1%
- MCV: 81.5fl
- 尿素窒素:12.0mg/dl
- フェリチン31.8
(初診から7ヶ月後)
- 血色素量(HB): 11.8g/dl
- ヘマトクリット: 35.6%
- MCV: 82.2fl
- 尿素窒素:10.6mg/dl
- フェリチン71.5
(初診から15ヶ月後)
血色素量(HB): 12.0g/dl
ヘマトクリット: 34.8%
MCV: 82.1fl
尿素窒素:12.2mg/dl
フェリチン89.1
Y君には、インクレミンシロップ(鉄のシロップ剤)を処方している。
当初は10ml/day(鉄換算で60mg/day)で始めたが、3ヶ月後のフェリチンが27.2→31.8と4しか上昇していなかったため、15ml/dayに増量した。
すると、その4ヶ月後のフェリチンは31.8→71.5に上昇していた。体調が抜群に改善し始めたのは、この辺りからである。
そして現在、インクレミンシロップは12ml/dayで維持している。
「日本人の食事摂取基準(2015年版)」によると、6~9才までの男の子の鉄摂取推奨量は6.5~8mg/dayで、摂取上限量は30~35mg/dayとなっている。
現在のY君のインクレミンシロップによる鉄摂取量は72mg/dayなので、推奨摂取上限量よりもかなり多い。このことについては、後述する。
小児のヘモグロビン、ヘマトクリット、MCV等の基準値を以下に示す。
(日本内科学雑誌 第99巻 第6号 p31より引用)
この基準に従うと、Y君の初診時ヘモグロビン11.8、MCV77.8では明確な貧血とは診断し難い。
また、インクレミンシロップを開始して以降のヘモグロビンも大体12前後なので、治療効果判定にヘモグロビンは使いがたい。
ただし、MCVが77.8から82.1へ上昇したことは、赤血球の"質"の改善ということは言えるかもしれない。
小児の「鉄欠乏性貧血」に対する治療開始基準は、6~14 歳ではHb12以下、もしくはフェリチン12以下が目安とされるようだが*1、「潜在性鉄欠乏」に対する治療開始基準については、現時点では特に定まった見解はないようだ。
鉄補充を開始した後の効果判定についてだが、自覚的他覚的な症状改善が最も重要ではあるものの、フェリチンの目標値があれば分かりやすい。しかし、自分が捜した限りガイドライン的なものは見つけられなかった。
小児への鉄処方の経験が少ないので何とも言えないが、症状改善が得られ始めた時点でのフェリチン値の維持でOKだとすれば、Y君の場合は「フェリチン31.8~71.5の間のどこか」となる。
今後は定期的に採血をしながら、フェリチンが100を超えない程度にキープできれば安全だろう、と考えている。
鉄の危険性について
鉄の摂取により、吐き気や胃もたれ、便秘などの消化器症状をきたすことがある。
経験的には、鉄不足と同時にタンパク不足をきたしている女性で頻度が高い印象である。
鉄を経口摂取しても、身体に吸収されるのは5~10%に過ぎないと言われている。20mg摂取したとすれば、10%の吸収率で計算しても体内に吸収されるのは2mgである。
前段で、Y君の鉄摂取量がインクレミンシロップだけで72mg/dayと述べた。
これを吸収率5~10%で計算すると3.6~7.2mg/dayとなる。本当にこの範囲内で吸収されているのかは、何とも分からない。ひょっとすると吸収率は2%かもしれないし、15%かもしれない。ただ、鉄不足をきたしていたY君の鉄吸収率が、標準的なそれよりも高いというのは考えにくいが。
鉄の過剰摂取には勿論気をつけるべきであるが、ヘモグロビンやフェリチンが鉄結合タンパクであることを考えると、鉄の過剰摂取の危険性について言及する時には、「鉄が結合できるタンパクが少ないことの危険性」についても同時に言及すべきかと思う。
過剰な遊離鉄イオンは、血中で酸素と反応して過酸化水素をヒドロキシラジカルという毒性の高い活性酸素に変化させる。これがいわゆる「フェントン反応」である。
フェントン反応を回避するには、遊離鉄イオンが結合するタンパクがあればよい。
経口摂取された鉄は十二指腸から小腸上部で吸収され、血中でトランスフェリンというタンパクと結合し、各所に運搬される。赤血球に引き渡された鉄は、ヘモグロビンとして酸素との結合に利用される。余った鉄はフェリチンとして肝臓や脾臓に蓄えられ、必要に応じて放出される。
つまり、トランスフェリンが十分に存在すれば(トランスフェリン≧遊離鉄)、消化管から吸収された鉄が二価鉄や三価鉄といった遊離鉄のまま血中に存在し続けることはなく、従ってフェントン反応を回避できると思われる。
ただしこれは、「経口による鉄摂取」の場合。
鉄投与には、
- 経口摂取による腸管を介した間接的投与
- 点滴や注射による直接血管内投与
2つの方法がある。
赤血球輸血やフェジン(鉄剤)の静脈注射により、血管内に一気に遊離鉄が送り込まれる。
この場合、「遊離鉄>>>トランスフェリン」となり、フェントン反応が惹起されやすくなる。
鉄欠乏に対して外来で赤血球を輸血することはまずないだろうが、フェジン注射は結構行われているようだ。
自分の場合、よほどの病的な鉄欠乏性貧血でない限りフェジン注射を行うことはない。
貧血を伴わない鉄欠乏に対しては、まずは鉄剤の内服で治療を開始するのが無難と考える。消化器症状が出たら、
- 鉄剤の一回量を減らして分散し、ビタミンCを併用(吸収効率upを狙って)
- 保険薬の鉄剤を、サプリメントのフェロケルに変更
このような工夫を行っている。
経口摂取による鉄とタンパク補充、そして精製糖質の回避が重要
インクレミンシロップを開始してからのY君だが、
- 朝、自分で起きることが出来ない
- 休みの日は「疲れた」と常にゴロゴロ
- 頭を抱えて吐くほどの頻回の頭痛
このような悩みが激減した。
お母さんからすると今のU君は、まるで「別人」のように活気に溢れているらしい。1年以上経過をみてきた当方からしても、初診時の活気がなく白い顔をしていたY君の面影は、今はない。
Y君にこのような変化をもたらしたのは間違いなくインクレミンシロップによる鉄補充なのだが、
- スナック菓子や清涼飲料水は止める(精製糖質の制限)
- 肉・魚・卵をしっかり摂取する(高タンパク食)
同時にお母さんに伝えた上記の工夫もまた、症状改善に寄与していると思われる。
最初はお母さん主導で、そして今はY君自ら自発的に実践しているらしい。これは、頭痛改善などの好変化を自分で実感出来ているからだろう。心強いことである。
これほどY君を改善させた鉄補充だが、知り合いの小児科医にフェリチン27という数字について質問したところ、「ちょっと低いですね」という返事のみであった。
そもそも、頭痛の訴えでフェリチンを調べることの方が珍しいのかもしれないが、このぐらいのフェリチン値で小児科医は鉄補充は行わないのかもしれない。
鉄欠乏で活気低下や集中力低下をきたしていると、勉強や運動は当然捗らない。捗らないと成績は低迷する。成績が低迷すると自信をなくす。自信がないと、やる気が出ない。無理矢理出そうとしても、鉄不足があればやる気は出ない。
そうこうしているうちに思春期がやってくると、鉄の需要は更に激増する。思春期に病的に鉄が欠乏すると、酷い成長痛に悩まされたり、精神疾患発症のリスクが増大したりする。
こういうことは、特に子供においては気づいた時点で早く是正するにこしたことはない。
何故なら、大人にとっての栄養とは「身体を健康的に"維持""するためのもの」であろうが、子供にとっての栄養とは「健康的に"成長"するために必要なもの」だからである。
必要時に必要量が入らなかった際のダメージは、大人よりも遙かに大きい。
小学生の認知症サポーター!
採血結果をお母さんと一緒に聞きに来たY君に、
「夏休みの宿題は?」
と聞いたところ、
「認知症について、自由研究をしました!」
と教えてくれた。
授業の一貫ではなく、自ら興味を持って認知症サポーター養成講座を受けて、自由研究としてまとめたようだ。
左手首に誇らしげに巻かれたオレンジリングを見ていると、なんだか胸が熱くなってくる。
将来は医者か警察官を目指しているらしい現在9才のY君が、高校を卒業するまであと9年間。
見守っていくのが楽しみである。
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*1:小嶋靖子:鉄欠乏性貧血.小児内科 38(増): 532―533,2003.4)Malferth