配当の二重課税とは
連続増配銘柄が豊富に存在する米国株ですが、配当金生活には不向きかもしれません。というのも、所得税を支払うことがなければ二重課税された配当の現地課税10%を取り戻せないからです。
米国株の配当を受け取る際、10%が米国所得税として自動的に差し引かれます。特定口座だとそこからさらに日本での税金20.315%が源泉徴収されます。
【米国株配当金の源泉徴内訳】
受取配当金=支払配当金×0.9(米国の源泉徴収10%)×0.79685(日本国内の税率20.315%)
本来であれば、20.315%だけ課税されればいいのですが、米国所得税として余計に10%課税されることになります。これを配当の二重課税と呼びます。
所得税がなければ配当の二重課税は取り戻せない
二重課税で払い過ぎた税金は、所得税の控除によって取り戻すことができます。しかし、アーリーリタイアして収入がゼロになれば、当然所得税は発生せずということになりますので、所得税の控除を行うことができません。
つまり、配当にかかる税率が20.315%から28.283%に上がってしまうということです。手取り配当が8%近く下がるというのは長期で考えるとかなり大きな差になります。
アーリーリタイアしたあとも二重課税を取り戻すことができるケースとして考えられるのは、不動産の家賃収入やブログ収入などがあって所得税を支払うときです。所得税が発生していれば控除限度額まで配当の二重課税は返ってきます。
所得税には控除限度額がある
普通に働いて所得税を払っていたとしても、米国株の年間受取配当金が数十万円以上になると、一部しか取り戻せないケースが出てきます。というのも、所得税の控除限度額は「年収」と「その年分の国外所得金額(≒外国株配当金)」によって決定するからです。
ざっくりとしたイメージが伝わるように、米国株の年間配当30万円(税引前)、60万円(税引前)、120万円(税引前)、240万円(税引前)のケース別に控除限度額をまとめてみました。所得税を出すのに使った社会保険料控除額は、こちらの記事を参考に年収の14.2%で計算しています。
参考 所得税・住民税簡易計算機
以下の所得税は独身を前提にして出した数字になるため、既婚の方と比べて所得税が高めに出ています。細かい数字は個人によって異なりますので、大まかな目安として見ていただければと思います。
・年間受取配当30万円(税引前)のケース
年間受取配当30万円の場合、二重課税により払い過ぎた税金は2万3905円になります。
計算式:(30万×10%+27万×20.315%)-(30万×20.315%)=2万3905円
年収 | 所得税額 | 控除限度額 | 返ってこない税金 |
---|---|---|---|
100万 | 0円 | 0円 | 2万3905円 |
200万 | 4万1400円 | 7167円 | 1万6738円 |
300万 | 7万6400円 | 9219円 | 1万4686円 |
400万 | 12万7400円 | 1万1798円 | 1万2107円 |
500万 | 20万7600円 | 1万5597円 | 8308円 |
600万 | 33万8200円 | 2万1376円 | 2529円 |
700万 | 50万6900円 | 2万3905円 | 0円 |
※控除限度額には、住民税(道府県民税+市町村民税)の控除も含まれています。
年収700万円あれば控除限度額が払い過ぎた税金分を超えるので、確定申告により配当の二重課税をすべて取り戻すことができます。次に年間受取配当60万円のケースを見てみます。
・年間受取配当60万円(税引前)のケース
年間受取配当60万円の場合、二重課税により払い過ぎた税金は4万7811円になります。
計算式:(60万×10%+54万×20.315%)-(60万×20.315%)=4万7811円
年収 | 所得税額 | 控除限度額 | 返ってこない税金 |
---|---|---|---|
100万 | 0円 | 0円 | 4万7811円 |
200万 | 4万1400円 | 1万681円 | 3万5130円 |
300万 | 7万6400円 | 1万6901円 | 3万910円 |
400万 | 12万7400円 | 2万2056円 | 2万5755円 |
500万 | 20万7600円 | 2万9523円 | 1万8288円 |
600万 | 33万8200円 | 4万808円 | 7003円 |
700万 | 50万6900円 | 4万7811円 | 0円 |
※控除限度額には、住民税(道府県民税+市町村民税)の控除も含まれています。
こちらも年収700万円以上であれば、確定申告で払い過ぎた税金を全額取り戻すことができますね。
・年間受取配当120万円(税引前)
年間受取配当120万円の場合、二重課税により払い過ぎた税金は9万5622円になります。
計算式:(120万×10%+108万×20.315%)-(120万×20.315%)=9万5622円
年収 | 所得税 | 控除限度額 | 返ってこない税金 |
---|---|---|---|
100万 | 0円 | 0円 | 9万5622円 |
200万 | 4万1400円 | 2万606円 | 7万5016円 |
300万 | 7万6400円 | 2万8973円 | 6万6649円 |
400万 | 12万7400円 | 3万9023円 | 5万6599円 |
500万 | 20万7600円 | 5万3332円 | 4万2290円 |
600万 | 33万8200円 | 7万4815円 | 2万0807円 |
700万 | 50万6900円 | 9万5622円 | 0円 |
※控除限度額には、住民税(道府県民税+市町村民税)の控除も含まれています。
年間受取配当30万円&60万円と同じく、年収700万円以上であれば確定申告で払い過ぎた税金を全額取り戻すことができます。ここまですべて年収700万円以上で二重課税が全額返ってくるという結果になっていますが、これは累進課税で所得税が年収700万円から急激に増えることが理由です。
・年間受取配当240万円(税引前)
年間受取配当240万円の場合、二重課税により払い過ぎた税金は19万1244円になります。
計算式:(240万×10%+216万×20.315%)-(240万×20.315%)=19万1244円
年収 | 所得税 | 控除限度額 | 返ってこない税金 |
---|---|---|---|
100万 | 0円 | 0円 | 19万1244円 |
200万 | 4万1400円 | 2万9973円 | 16万1271円 |
300万 | 7万6400円 | 4万5069円 | 14万6175円 |
400万 | 12万7400円 | 6万3412円 | 12万7832円 |
500万 | 20万7600円 | 8万9367円 | 10万1877円 |
600万 | 33万8200円 | 12万8255円 | 6万2989円 |
700万 | 50万6900円 | 17万1781円 | 1万9463円 |
800万 | 68万7800円 | 19万1244円 | 0円 |
※控除限度額には、住民税(道府県民税+市町村民税)の控除も含まれています。
年間受取配当240万円ですと、年収800万円以上でなければ払い過ぎた配当の二重課税が全額戻ってこないですね。
ちなみに、取り戻せる税金の計算は以下の式で求められますが、計算が分かりづらいので先に答えをまとめました。
所得税の控除限度額=その年分の所得税の額×(その年分の国外所得金額/その年分の所得総額)
(1)外国所得税の額が所得税の控除限度額に満たない場合
外国税額控除額は、外国所得税の額となります。(2)外国所得税の額が所得税の控除限度額を超える場合
外国税額控除額は、所得税の控除限度額と、次の①又は②のいずれか少ない方の金額の合計額となります。① 控除対象外国所得税の額から所得税の控除限度額を差し引いた残額
②次の算式により計算した復興特別所得税の控除限度額
復興特別所得税の控除限度額=その年分の復興特別所得税額×(その年分の国外所得金額/その年分の所得総額)
(国税庁ホームページより引用)
上記の結果を見ると、年収700万円以上であれば、ほぼすべての二重課税を取り戻すことができます。ですが、年収700万円以上の人なんて世の中ほんの一握りの人しかいませんよね。
したがって、米国株で受け取る配当金を最小限に抑えて、二重課税がないADRを最大限利用した方が賢明だと言えます。
サラリーマンの平均年収400万円で考えると、年間受取配当30万円で取り戻せる二重課税額は約1万1800円しかありません。本来であれば2万4000円近く多めに税金が取られているのに、1万2200円は返ってこないことになります。
年間受取配当60万円で年収400万円ですと、控除限度額は約2万2000円になります。結果的に2万5800円も税金が返ってこないことになるのです。
私も含め年収が500万円以下の人にとってみれば、NISA口座で多少の税負担は減らせるものの、特定口座で保有する米国株の配当利回りは落ちてしまいます。
そこで有効なのが、配当の現地課税がないADRを利用する方法です。
二重課税がないADRを活用する
ニューヨーク市場では、ADR(米国預託証券)という制度があり、アメリカ以外の国で上場している企業の株式を米ドル建てで購入することができます。
ADR(米国預託証券)のなかでも、イギリス、オーストラリア、ブラジル、インドで上場している銘柄は、配当の現地課税がありません。つまり、これらの銘柄を購入すれば、二重課税なしに配当金を受けとることができるのです。
【配当の2重課税がない銘柄の一例】
・ユニリーバ(UL):イギリス
・ロイヤルダッチシェル(RDS.B):イギリス
・ウエストパック銀行(WBK):オーストラリア
・インフォシス(INFY):インド
・フィリップモリス(PM) :スイス
フィリップモリス(PM)は、ADRではありませんが本社をスイスに置いているため現地課税が0.2%となっています。つまり、二重課税が実質ほぼゼロということです。
上記の銘柄は、世界中で事業を展開する多国籍企業ばかりで、米国株に勝るとも劣らない株主還元が期待できる銘柄です。ADRとしてニューヨーク市場に上場している銘柄の中から、こうした現地課税がない銘柄をピックアップしてポートフォリオに組み込むことこそ、最も手軽に配当の二重課税を防ぐ方法です。
また、配当を出さずに株主還元してくれるバークシャー・ハサウェイ(BRK.B)のような米国株を保有すれば、配当が出ないので二重課税そのものがなく税金で損をすることがありません。
ただし、長期的な増配率や株価成長率が米国株の方が明らかに高いと判断できる場合は、二重課税が発生しても米国株を購入すべきだと思います。税金のことを考えるのも大事ですが、トータルリターンがきっちり狙える前提があってはじめて成立しうる話ということですね。
まとめ
NISA口座をフル活用すれば、年間120万円×5年で合計600万円の非課税枠が利用できます。ですので、米国株でも今回のシミュレーションほど二重課税で損をすることはないです。
しかし、米国株はNISA口座でも配当の現地課税10%は非課税になりません。そこで、今回紹介したADRの出番です。NISA口座であれば、配当金はもちろんのこと株価上昇によるキャピタルゲインも非課税です。つまり、日本株と同じ感覚で保有できます。
米国株で配当金生活を目指されている方は、配当の二重課税に対してどういったスタンスで望むかを考慮すると、より現実的な計画が立てれると思いますよ。
関連記事です。ヘルスケアセクターの高配当ディフェンシブ銘柄であるグラクソ・スミスクライン(GSK)の銘柄分析です。イギリスADRですので配当の現地課税はありません。
こちらはオーストラリアのウエストパック銀行(WBK)を分析しています。日本人にはあまり馴染みない銀行ですが、実は世界的に有名なグローバル銀行だったりします。
米国株でも配当を出さないバークシャー・ハサウェイ(BRK.B)のような銘柄を保有すれば、二重課税問題はクリアできます。配当金生活に入ったら配当を出すように毎年少しずつ売却して生活費の足しにすればいいわけですね。