「阿波」は旧阿波国、今の徳島のことで、江戸時代に今の徳島市で始まり400年の歴史がある。毎年お盆期間の4日間に徳島市阿波踊りが開催されている。
高円寺は戦後の町おこしに徳島の阿波踊りの話を聞きつけて取り入れたと高円寺阿波おどりのサイトにかいてる。
祭りの人出で規模を比べる人もいるけど、杉並区だけで徳島市の人口より多いのに(面積は5分の1しかないのに)インフラの乏しい田舎と比べるほうが間違ってる。
東京都の文化を世界に発信するための事業として高円寺の連が台湾で徳島の文化である阿波踊りを踊っているらしい。紹介文にはまるで高円寺が最初に阿波踊りを始めたかのように書いてある。
平成28年度 東京芸術文化創造発信助成 東京高円寺阿波おどり台湾公演2017
https://www.artscouncil-tokyo.jp/ja/what-we-do/support/program/15821/
徳島市は、徳島の阿波踊り協会はなにやってんの??東京都は、杉並区は、なに考えてんの?
しばらく前に戦中の徳島の阿波踊りをモチーフにした舞台をシリーズでやってるのにも高円寺の連が複数関わっていた。阿波踊りって時代ごとに変化しているから今と昭和でも踊り方が全く違うんだけど、ちゃんと考証しているのだろうか、疑問。
高円寺阿波踊り連協会所属連の多くの方々、や他の一部の連の方々が徳島の阿波踊りを大切に思ってくれていることは知っている。だけど、ちょこちょこおかしいでしょうと思うことがある。
その人たちの晴れ舞台さえ紹介していないのはなぜなの?高円寺より開催日が早いというのはあるにしても何かやりようがあるだろうに。
東京は人やマスコミが多いし、拡散力が強い。能力のある人も多いから見栄えする広報もできる(あんな立派なパンフレット、徳島じゃ作れないよ)自分たちは大々的にやれて満足だろうけど、徳島の立場で考えたことあるのかな?今、まさに目の前で自分たちの歴史が改変されそうになっているのに。
高円寺で阿波踊りが始まって60年経って定着化してきているのはわかる。先日の徳島市阿波踊りでも関東からの来客が多かったのは高円寺を始めとした関東地区の阿波踊りのおかげだろう。阿波踊りがこれだけ広がったのは高円寺が始めたからだ、という自負もあると思う。
だけど、よさこいやねぶた、ソーラン節も東京でやってるよね。そういえばサンバも。それを時間が経って自分たちの文化って言いだしたら賛成できるの?
高円寺ではドカドカ系や、正調とのハイブリッド型?みたいなのが多い印象(実際数えた)だけど、阿波踊り=ドカドカ系なわけではないから、それだけは書いておく。
高円寺の阿波踊りが嫌いなわけではないので今年も誘われて見に行く予定。