​『スパイダーマン ホームカミング』 マーベルが目指した「小さな物語」

ジョン・ワッツ監督の『スパイダーマン ホームカミング』。この大人気キャラクターを扱った作品は、どのような魅力を放つのか、伊藤聡さんが物語を読み解きます。

アメコミ映画を継続的にフォローしていない方にとってはやや混乱しそうな新作、『スパイダーマン ホームカミング』の登場である。スパイダーマン映画は過去に何度かの仕切り直しを経ているため、説明が必要かもしれない。

まずは、サム・ライミ監督が2002年から開始した、『スパイダーマン』3部作。監督がマーク・ウェブに代わり、キャストも一新した『アメイジング・スパイダーマン』(’12)『アメイジング・スパイダーマン2』(’14)の2作。そして今回、監督に『COP CAR コップ・カー』(’15)を手がけたジョン・ワッツを据え、トム・ホランドが主演する新作『スパイダーマン ホームカミング』が公開された。なぜこのように何度もやり直すのか、事情がわかりにくい部分がある。

今回のリブート(再起動)には、マーベル(アメリカの漫画出版社)作品のキャラクターたちが同じ世界観を共有する「マーベル・シネマティック・ユニバース」(MCU)の一部としてスパイダーマンを登場させ、長期的に作品を発表していく意図があるのだ。映像化の権利がソニー・ピクチャーズからマーベルへ移った今後、スパイダーマンは、アイアンマン、キャプテン・アメリカといった人気キャラクターと共に、ひとつの大きな物語世界(MCU)を構築していくこととなる。

MCUに代表される「終わらない物語」は、映画業界において急速に台頭してきている。スーパーマン、バットマンを擁するDCコミックスの「DCエクステンデッド・ユニバース」や、往年のモンスター映画(フランケンシュタイン、透明人間、ドラキュラ)を現代版リメイクした「ダーク・ユニバース」が同様の手法を採った作品群を発表している。

こうしたシリーズは非常に人気が高いが、同時に弊害もある。物語のスケールが過度に大きくなりがちである点、次作への伏線や、ユニバース内の整合性を取るための説明描写などが増えるため、単独の映画作品としての完成度が損なわれるといった点だ。

しかし『スパイダーマン ホームカミング』は、それらの弊害をうまく取り除いた上で、コンパクトで小気味よい青春映画として広く支持される作品となった。派手な戦闘シーンや大じかけのストーリーに食傷ぎみの観客であっても、高校生の少年を主人公にした、あまずっぱい学園青春映画としての魅力には抗えないだろう。考えてみれば、同シリーズ3度目の映画化を、飽きさせずに観客へ提示することは実に困難である。さすがにヒーロー映画のアイデアも出尽くしたのでは、という大方の予想に反して、意外なまでに新鮮な作品が生まれたのは驚くべきことだ。

『スパイダーマン ホームカミング』は、ほとんどが青春映画のモチーフでできている。意中の少女との淡い恋、クラブ活動、オタクな友人との友情、プロム(学校で行われるダンスパーティー)、スパイダーマンと学校生活の両立……。こうした描写とヒーロー映画との組み合わせは実に初々しく、思春期の少年少女ならではのときめきに満ちている。学園映画に不可欠なフレッシュさを体現するのが、主人公を演じるトム・ホランドのどこか幼さを感じさせる表情や、いくぶん頼りなさげな雰囲気にほかならない。彼の無垢な表情を通じて、観客はひとりの少年の冒険と成長を追体験できるのだ。

わけても、ニューヨークに住む主人公が「クラブ活動の大会に参加する」という口実で、メリーランド州にある敵の居場所へ近づいていくくだりなど、その子どもらしい発想に思わず微笑んでしまう。スーパーヒーローとして敵を倒しに出かけるにもかかわらず、家から遠い場所を訪れるために「クラブ活動の大会」という言い訳をひねりださなくてはならない。これぞ青春映画。こうしたユーモラスな工夫によって、物語はヒーロー映画らしからぬコンパクトさ、シンプルさを保つ。

本作は「邪悪な父親との対面」というアメリカ映画らしいテーマに沿って進む。父親を打倒し乗り越えることは、アメリカ映画が長らく主題としてきたモチーフだ。父親のいない主人公にとって、トニー・スターク(ロバート・ダウニー・Jr)がロールモデルとしての父親代わりであるとすれば、今回の悪役となるバルチャー(マイケル・キートン)にもまた、邪悪な父親という側面がある。バルチャーは懸命に働いていた仕事を奪われ、生活の手段を失った男であり、生きていくために汚れた仕事を選んだ。かくして少年の前には、ふたりの父親が立ちはだかる。

悪役といえども同情すべき面があり、彼なりの誠実さを持ち合わせているという複雑な展開は、物語の結末をより苦いものへと変えるほかない。悪役のリアリティという、ヒーロー映画が直面する問題についても、胸を打つ展開が準備され、新たな悪役=父親像の提示に成功している。かくして『スパイダーマン ホームカミング』は、等身大のヒーローを描いた新しいスパイダーマンとして大いに期待できるスタートを切ったのだ。

『スパイダーマン:ホームカミング』
公開日:2017年8月11日
劇場:全国公開
監督:ジョン・ワッツ
出演:トム・ホランド、ロバート・ダウニーJr.、マイケル・キートン、マリサ・トメイ、ゼンデイヤ、トニー・レヴォロリ、ローラ・ハリアー、ジェイコブ・バタロン
配給:ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント
©Marvel Studios 2017. ©2017 CTMG. All Rights Reserved.

ケイクス

この連載について

初回を読む
およそ120分の祝祭 最新映画レビュー

伊藤聡

誰しもが名前は知っているようなメジャーな映画について、その意外な一面や思わぬ楽しみ方を綴る「およそ120分の祝祭」。ポップコーンへ手をのばしながらスクリーンに目をこらす――そんな幸福な気分で味わってほしい、ブロガーの伊藤聡さんによる連...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

s_1wk 『スパイダーマン ホームカミング』 マーベルが目指した「小さな物語」|伊藤聡 @campintheair | 約8時間前 replyretweetfavorite

campintheair cakes評更新、今回は『スパイダーマン ホームカミング』です。もう散々やり尽くされたスパイダーマン、フレッシュな再スタートがいちばん難しいところですが、そこをみごとにクリアした快作だと感じました。映画オススメです。 https://t.co/DzpIiJPczM 約11時間前 replyretweetfavorite