<闇サイト殺人10年>母「娘思い出さない日は一日もない」

毎日新聞8月24日(木)8時30分
画像:磯谷利恵さんの遺影を手に事件からの10年を振り返る母富美子さん=名古屋市千種区で、金寿英撮影
磯谷利恵さんの遺影を手に事件からの10年を振り返る母富美子さん=名古屋市千種区で、金寿英撮影

 ◇厳罰訴え全国講演 「司法、被害者目線を」


 携帯電話の闇サイトを通じて集まり強盗を計画した男3人に、名古屋市千種区の派遣社員、磯谷利恵(いそがい・りえ)さん(当時31歳)が拉致、殺害された事件は24日、発生から10年を迎える。磯谷さんの母富美子さん(66)は「娘のことを思い出さない日は一日もない。事件を風化させたくない」と話す。


 利恵さんは千種区の路上で2007年8月24日夜に拉致され、翌25日未明に現金を奪われて殺害された。加害者の3人は、インターネットサイト「闇の職業安定所」を通じて知り合った仲間だった。


 それから10年。富美子さんは「事件から娘との時間は止まったままだけど、毎日ふとした時に娘との楽しかった日常が頭をよぎる」と語った。友人たちの孫を見ると、利恵さんが同じ年ごろだった時の出来事を思い出す。しかし、結婚して子どもを育てる利恵さんの姿は「つらくて想像できない」という。


 富美子さんは12年の命日まで5年間、3人の極刑を求めて署名活動をした。知人を通じたりホームページで呼びかけたりして33万2806人分が集まり、検察側に提出した。12年は事件の審理が終わった年。1人は死刑が確定して刑が執行されたが、2人は無期懲役が確定した。


 事件でどん底に突き落とされ周囲に助けられてきた富美子さんは「私にとって最大の2次被害は司法の世界にあった」と明かす。3人のうち2人に対する2審・名古屋高裁判決は「被害者1人の事件で、死刑がやむを得ないとまで言えない」と死刑を回避していた。


 利恵さんは帰宅途中の路上で見ず知らずの男3人に突然拉致され、命ごいもかなわず頭をハンマーで数十回殴られるなどして殺害された。「それなのに裁判所は事件の内容より被害者の数にこだわり、加害者の人権をより重視していた。そうした司法の常識に傷つけられた」と語る。


 富美子さんは「娘の死を無駄にしたくない」と事件の2年後から全国で講演し、これまでに約60回を重ねた。「被害者の目線で裁いてほしい」と訴え「事件直後からのサポートが必要」と被害者支援の改善を求める。


 事件ではインターネットを悪用した犯罪の危険性が注目されたものの、2審判決は「過度に強調するのは相当でない」と指摘した。ネット社会の進行で、当時より犯罪が巧妙化している現状がある。富美子さんは「ネットは安易に被害者と加害者を生む危険性がある。犯罪に歯止めをかけるためにも、より厳しく処罰してほしい」と強調した。【金寿英】


 ◇「稼げる裏の仕事…」闇サイトは今もネット上に数多く


 「稼げる裏の仕事あります」「口座買い取ります」。こうした文言が並ぶ闇サイトは今もインターネット上に数多く存在し、違法性をうかがわせる求人も散見される。閉鎖と開設が繰り返され、規制や摘発はもとより実態把握も追いつかない。


 闇サイトが絡む事件は2003年ごろから目立ち始め、書き込みから殺人や強盗、誘拐、詐欺などに発展するケースが相次いだ。


 警察庁の委託を受けた窓口「インターネット・ホットラインセンター」によると、児童ポルノや口座売買など違法情報の通報は07年の1万2818件から16年は3万3284件に増えた。違法行為の請負や誘いなど有害情報は07年が3600件で16年は1792件。


 闇サイトの多くは誰でもアクセスできる一方、警察が接続履歴などを調べれば書き込んだ人を特定し摘発も可能。しかし、数年前から、匿名化ソフトを使わないとアクセスできない「ダークウェブ」と呼ばれる闇のネット空間が登場し、違法薬物や口座の売買、殺人請負などを堂々と扱うサイトがあふれる。サイト運営者も接続者も匿名で摘発は難しく、書き込みの実現性や危険性はより高まる。


 サイバーセキュリティー会社「スプラウト」(東京都)の高野聖玄社長は「ネットに書き込めば警察にすぐばれるとの認識がこの10年で浸透し、本気で犯罪をする人はダークウェブに潜るようになった。ダークウェブは混沌(こんとん)とし、抜本的な対策や規制策がない」と指摘する。【斎川瞳】


 ◇闇サイト殺人事件


 磯谷利恵さんは男3人に拉致され、現金約6万2000円を奪われ、頭をハンマーで殴られたうえ首をロープで絞められるなどして殺害された。遺体は岐阜県瑞浪市の山林に遺棄された。強盗殺人罪などに問われた3人に対し、09年3月の名古屋地裁判決は2人を死刑、1人を無期懲役とした。神田司・元死刑囚は控訴を取り下げて死刑が確定し、15年6月に44歳で刑が執行された。自首した川岸健治受刑者(50)は2審判決も無期懲役で確定した。堀慶末(よしとも)被告(42)は1審の死刑が2審で無期懲役に減刑され、12年7月に最高裁が検察側の上告を棄却した。堀被告はその翌月、愛知県碧南市の夫婦強盗殺人事件(1998年6月)で逮捕され、1、2審で死刑判決を受け上告中。

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