第6回 花組トップ娘役・花乃まりあ退団に贈る言葉

鶴岡英理子(演劇ライター。著書に『宝塚のシルエット』〔青弓社〕ほか)

 つい先日2017年年頭のご挨拶をさまざまな方たちと交わしたつもりでいましたが、早くもめくれたカレンダーの2枚目、2月が終わりに近づいています。まさに飛ぶように過ぎていく毎日に息つく暇もない思いですし、すでに手配している劇場の前売り券には6月・7月の公演も交じってきました。あまりにも先すぎるように思いながら、このチケットで客席に座るまで、ちゃんと元気でいなければ!と前売り券に鼓舞されているような気持ちにもなるのは、ライブパフォーマンスを愛する者の特権かもしれません。
 そんななか、6月1日刊行予定の『宝塚イズム35』の準備も着々と始まっています。幸い『宝塚イズム34――特集 さよなら北翔海莉&妃海風』は大変ご好評をいただき、青弓社にほぼ在庫がない状態ということで、編著者の一人としてうれしく、ありがたく思っています。書店によってはまだ並んでいるかと思いますので、気になっている方は店頭でぜひお求めください。その熱い勢いに乗って!と、『35』の編集会議も白熱し、平成のゴールデンコンビとうたわれた雪組トップコンビ早霧せいな&咲妃みゆ退団特集を軸に、星組新トップコンビ紅ゆずる&綺咲愛里お披露目、宝塚レビュー90周年、など盛りだくさんなテーマでお送りすべく動いています。こちらもどうぞお楽しみになさってください。
 と、思いは先へ先へと進んでいくのですが、一方でこの2月を思い返しますと、第一日曜日の2月5日、宝塚花組公演『雪華抄』『金色の砂漠』東京宝塚劇場千秋楽をもって、花組トップ娘役・花乃まりあが宝塚を去っていきました。
 2010年、『THE SCARLET PIMPERNEL』(月組)で初舞台を踏んだ花乃は、宙組に配属。可憐な容姿の新進娘役として、いち早く頭角を現します。12年、宙組6代目トップスター凰稀かなめのトップお披露目公演『銀河英雄伝説@TAKARAZUKA』の新人公演では、ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフ(ヒルダ)役を演じ、早くも新人公演初ヒロイン。13年、同作品の博多座公演では、物語の重要人物ヤン・ウェンリーの養子ユリアンを、キリリと芯が通った少年役として生き生きと演じ注目を集めます。その後も『モンテ・クリスト伯』(宙組、2013年)の新人公演でヒロイン・メルセデス役、『the WILD Meets the WILD』(宙組、2013年)のエマ・トゥワイニング役で宝塚バウホール公演初ヒロイン、さらに『風と共に去りぬ』(宙組、2013年)の新人公演では、本公演で男役スターの朝夏まなと・七海ひろきが演じていたヒロイン、スカーレット・オハラ役を演じ、娘役が演じるスカーレットならではの、可憐さをもった体当たりの熱演を披露しました。何より、博多座公演からここまでの経歴がすべて2013年1年間でのことだった、という事実が雄弁に語るように、花乃は宙組の秘蔵っ子、未来のヒロイン娘役候補生として、大切に大切に育てられてきたのです。
 ですから、翌2014年に花組に組替え、『ベルサイユのばら――フェルゼンとマリー・アントワネット編』(花組、2014年)の中日劇場公演でのロザリー役、『エリザベート――愛と死の輪舞』(花組、2014年)新人公演でのエリザベート役を経て、花組トップスター明日海りおの2代目の相手役、花組トップ娘役に花乃が就任したことは、宙組時代の彼女を知る者からすれば、しごく当然の流れに思えたものでした。
 ところが、明日海の相手役という観点だけで見れば花乃がやや大柄だったことや、これまで当たり役にしてきたのが、『the WILD Meets the WILD』のエマや『風と共に去りぬ』のスカーレットという、宝塚の娘役特有の砂糖菓子のような愛らしさとは一つ異なる、勝ち気な性格の役どころだったこと、さらに持ち味にどこか現代的な香りがあったことが、古典的な美貌を誇る明日海の個性と、ややなじみにくいのでは?ということ――これらが懸念され、ファンの一部から不安の声が上がったのもまた事実で、花乃の才能を高く買っていた一人として、私も陰ながら気をもんだ時期があったものです。
 けれども、トップ娘役として一つひとつの作品に立ち向かううちに、役柄に対してひたむきでまっすぐな花乃らしい演じぶりが、やはり芝居をとことん深めていく明日海とがっぷり向かい合う真剣勝負に、日々爽快さを加えていったように思います。確かに寄り添い型の娘役ではなかったかもしれませんが、でもだからこそ、進化するコンビとしての面白さは抜群でした。『Ernest in Love』(花組、2015、16年)のグウェンドレン、『カリスタの海に抱かれて』(花組、2015年)のアリシア・グランディー、『ベルサイユのばら――フェルゼンとマリー・アントワネット編』(花組、2015年)のマリー・アントワネット、『新源氏物語』(花組、2015年)の藤壺の女御、『ME AND MY GIRL』(花組、2016年)のサリー・スミス、『仮面のロマネスク』(花組、2016年)のメルトゥイユ夫人、そして、『金色の砂漠』のタルハーミネ。こうして並べてみると、意外にも再演物が多いのですが、そのどれもが花乃でなければ、もっといえば明日海と花乃でなければという、丁々発止のやりとりを楽しめる作品になっていたのは、宝塚を観る楽しみをさらに超えて、芝居を観る醍醐味にあふれていました。特に、『ME AND MY GIRL』以降の作品には、花乃のなかになかったはずがない悩みや葛藤が吹っ切れたかのような伸びやかさと勢いがあり、宙組の若手時代のおおらかさも戻って、生き生きと輝く花乃を観ることができ、実にうれしい期間でした。
 そんな花乃だからこそ、退団公演になった『金色の砂漠』の、男役トップスターが奴隷でトップ娘役が王女という、女性が夢を見られるファンタジー世界のなかでの男性優位を描いてきた宝塚としてはイレギュラー中のイレギュラーである設定が生み出す、互いの矜持をかけた愛憎相半ばするきわめてディープな世界を演じきることができたのだと思います。『金色の砂漠』は、花乃まりあという娘役にとっても、また明日海&花乃コンビにとっても、集大成であり代表作に仕上がりました。これぞ有終の美とたたえられるべきものにちがいありません。
 ですから、2月5日の千秋楽におこなわれた花乃まりあサヨナラショーでは、『ME AND MY GIRL』を中心に、花乃の代表作のナンバーを芝居チックにつなげていく見事な構成とともに、実に晴れやかな花乃を堪能できたのも当然だったのでしょう。真紅のドレスで大階段に1人立つ花乃が劇場中に発したオーラのなんと輝いていたことか! 台湾公演にももっていった『宝塚幻想曲』(花組、2015年)の「花は咲く」による明日海との名残のデュエットダンスも美しく、なんとも華やぎに満ちた時間が流れていきました。筋金入りの「雨女」だという花乃ですが、この日東京の天気はどうにかもち、明日海が「花組の雨姫は、今日はみなさまの心と(自分の頬を指して)ここに雨を降らせたのだと思います」という、なんとも粋で愛にあふれた言葉で、去りゆく相手役をねぎらったのがことさらに印象的で、花乃の真摯な別れの言葉とともに胸に深く残るものがありました。
 だからこそ、トップ娘役として花乃まりあが本懐を遂げて退団していったことを疑う余地はないのですが、少し気になるのは、花乃が今後芸能生活をする予定はなさそうだという声です。それはあまりにももったいない!と伝えたい気持ちでいっぱいです。花乃は、宝塚の枠を広げる域にまで達したあの芝居力、映像にも出ていけるビジュアル、心地いい声と、たくさんの宝石をもった表現者です。しばらくはゆっくり休んで、そしていつかどんな形でもいいから、また表現することを始めてほしいと、声を大にして言っておきたいと思います。そんな願いとともに、大輪の花を咲かせた宝塚トップ娘役・花乃まりあに拍手を贈ります。お疲れさまでした、そしてすばらしい舞台をありがとう。

 

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