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21世紀への選択 現実世界と対話しつつ民衆のなかで法を具現化 P98

 投稿者:赤胴鈴之助
 投稿日:2017年 8月23日(水)02時24分23秒
21世紀への選択  現実世界と対話しつつ民衆のなかで法を具現化 P98

池田
 話は戻りますが、「警世の人」が権力の座にいる人々に受け入れられるはずはあり

ません。

日蓮は、二回の流罪を含む国家権力からの弾圧に、耐え続けねばならなかったのです。

 しかし弾圧は、日蓮が「法華経の行者」であることの証でもありました。

 日蓮は極寒の流刑地・佐渡で、『開目抄』と名づけられた一書を認めます。

 日蓮はそのなかで"人々を守る人はだれか""精神的指導者はだれか""子を思う親のよう

に人々を愛する人はだれか"・・・という三つの観点から、歴史の検証を行っています。

そして教主釈尊こそが、その三点において傑出した人であり、弾圧に抗しながら、一

切衆生は平等に仏性を有するという法を弘めている日蓮こそ、その魂を継ぐものである

と宣言するのです。

テヘラニアン
 なるほど。恣意的主張に陥らない、客観的な知的努力がありますね。

 なによりも、民衆への温かなまなざしがあります。

池田
 日蓮は常に、みずからの主張をなすとき、経典にはどう書かれているか(文証)を

 重視しました。また、理性と矛盾しないこと(理証)、現実にその主張が実証されること

(現証)を重視しました。

 いわば"仏と対話しながら""理性と対話しながら"、そして"現実と対話しながら"、

常に自分の主張がドグマに陥っていないことを検証する・・・そのなかで、日蓮は「一切

衆生平等」という『法華経』の精神を深化し、民衆のなかに具現化しようとしたのです。

テヘラニアン
 目的観の強固さ、意志の純粋さ、正義と平等を追求する情熱、人は僧侶の介在がなくても、

信仰によって宗教の本源に直接至れるという主張・・・これらのすべてが、驚くほど現代的

であり、民主的な宗教に通じるものです。

 スーフィズムにおいても、この意志の純粋さということは、われわれの行動を試す最大

のものといってよいでしょう。

そして、私にはムハンマドの生涯を想起させます。日蓮に対する権力者の弾圧も、ムハンマド

がメッカの支配部族から受けた迫害に酷似しています。

また、ムハンマドも狂信者であるかのように誹謗されてきました。

しかし、無理解と迫害は、少しも驚くべきことではありません。

民衆を服従させ、精神的にも政治的にも自信を失わせ、無気力にさせようとする支配

勢力にとって、日蓮とムハンマドの教えは、これからも"脅威"であり続ける、と私は

確信しています。

池田
 日蓮は「虎が吠えれば大風を起こす。竜が唸れば雲が起こる。野兎がないても驢馬

がいなないても、風も吹かず雲も起こらない」(『日蓮大聖人御書全集』】五三八頁、以下

『御書』と略記、趣意)と述べています。

 すべてを見下ろした、悠々たる境界でした。


 

生命の不思議 7/7

 投稿者:一人のSGI
 投稿日:2017年 8月23日(水)00時42分15秒
この「応身」というのが、意外にもとても複雑なようです。

死の生命の状況として、「法身」は普遍的な側面なので、あまり変わる事は考えられませんし、
「報身」は宇宙の十界のエネルギーに冥伏して、能動的に働くことはできないと思います。
しかし「応身」の側面は、「非情」としての物理的宇宙に合一し、物質としての星などになると書かれています。
言葉を変えて言えば、個の生命の「応身」の潜在化とは、逆により大きな物質に昇華(合一)され、より遍く広がっていくことではないでしょうか。

物質としての星など、、という意味には、この地球上の土や水や植物、鉱物、等も含まれると思います。
つまり、全ての「死」の生命の「応身」が、物理的宇宙に合一するとは、私達の物質的な側面である肉体も含めてのことだと思われます。
なぜなら、私達の体は、自然の中に存在する成分でできているからです。

つまり、「死」の領域に入っていった「精子」と「卵子」のそれぞれの「応身」は、
その両方のDNAが合体した時点で、より大きな物質に昇華(合一)されていったと思われます。
そしてこの場合のより大きな物質とは、その新しいDNAにマッチした「応身」の宿業を持った新しい生命ではないでしょうか。

そう考えると、小さな細胞で成り立っている私達の物質的な体の側面は、微生物や外界から取り入れる食物もとりこんで、いくつもの階層になった生死のドラマの舞台ともいえるのではないでしょうか。
依正不二、生死不二、そのものです。

>豚に人のDNAをいれた人用臓器を作る・・それこそ豚+人間・・<

かなり、難しいですね。できればいつか、考えてみたいと思います。(笑い)

思うまま書き連ねましたが、分かりにくくて申し訳ないです。
あくまで、私の考えです。
回答にはなってないと思いますが、「生命を語る」のこの内容は、みんなにも読んでもらいたかったので、いい機会でした。
 

生命の不思議 6/7

 投稿者:一人のSGI
 投稿日:2017年 8月23日(水)00時34分29秒
ではもうひとつの謎、受精の瞬間、もとの精子と卵子の個々の生命はどうなるのでしょう。
精子も卵子も、それぞれの細胞である時、いわば受精以前では、個々の生命を生きていました。
私が思うには、精子と卵子の個としての「法報応の三身」は、「死」の世界の領域に入ったのではないのでしょうか。

仏法では「生」とは生命の「顕在化」、「死」とは生命の「潜在化」と説きます。
更に、「生」とは「法界を一心に縮める」であり、「死」とは「法界に開く」です。
そこから、生命を「法界を一心に縮める」と「顕在化」し、「法界に開く」と「潜在化」になります。
では何が潜在したり顕在したりするのかというという事が問題になりますが、これが個々の生命(宇宙生命と切り離せない)です。
つまり、精子と卵子の個々の生命は受精と同時に「死」の領域に入って、個々の活動は潜在化し、生命は「法界に開」きます。

これについては、私の先の投稿で書いた対談の中に、そのヒントが有るようです。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/72981
いろいろと考えました 3/4    投稿者:一人のSGI  投稿日:2017年 8月11日(金)21時32分49秒


池田:ともあれ私達の色心は、(死によって)みずからが「非情」と化すと共に、「非情」としての宇宙 ー つまり 物理的な宇宙
   - に合流していくのです。
   冷たい地球、冷たい宇宙空間とは、まさに、物質としての星とか、空間を意味していましょう。
   植物的生をへて、物質にまで還元されていく人間生命は、「非情」そのものとして、「非情」の宇宙に合一するのです。」
     「生命を語る」第三巻 p163-4より


川田:具体的に「応身」からいきますと、「非情」としての「応身」は物理的宇宙に合一して
   いますね。

池田:宇宙全体を「相好」となすのですから、人間生命の「応身」の側面は宇宙の色法と
   一体になっている。
     同 p167-8
 

生命の不思議 5/7

 投稿者:一人のSGI
 投稿日:2017年 8月23日(水)00時32分55秒
さて、その延長線で私なりの一考察を書きました。

仏法では、あらゆる生物的存在を大別して「有情」と「非情」とに、分類しています。
  「有情」とは文字通り、情のある存在であり、情熱、情念、感情を有し、意識的精神作用を営む生命体です。
  「非情」とは意識とか感情などが生命の奥に埋没した生命体であり、植物などは総じて「非情」界ですし、
   無生物は「非情」そのものです。

では、精子や卵子は動き回る生物なので「有情」でしょうか。
しかし、では「情のある存在であり、情熱、情念、感情を有し、意識的精神作用を営む生命体」でしょうか。

私は、精子や卵子は、それでも「非情」に分類され、意識とか感情などが生命の奥に埋没した生命体だと思います。
そしてその使命は生殖機能として、そのお互いのDNA情報を合一して、新しい生命の発生の場を提供することだと思います。

卵子と精子が合体するとは、卵子の核と精子の核が合体し、ひとつになることです。
つまり、卵子のDNAと精子のDNAが合体し、その両方が合わさった新しいDNAが生まれ出るのでしょう。
それによって、宇宙に冥伏していた新しい有情の生命が胎動します。
先に引用した中で、この転生の仕組みはこう説明されています。

>精卵細胞は、卵子と精子の機能を組み入れ、それらの働きに即しながらも、まったく新しい有情としての脈動を
 開始するのです。

>受精現象を助演としながら、一つの生命体が、死の状態から生へと移るのです。
 そして、受精の瞬間、宇宙生命自体に冥伏していた人間生命の三身が、その精卵細胞によってあらわれでるのです。

>人間生命へと顕在化するための「本因」を宿した死の生命の「我」が、みずからの傾向性に最も適合した
 卵子と精子の結合をとらえるのです。
 そして、卵子と精子の結合という受精現象を助縁としながら、一個の生命体が、この世に出現するのです。

 >内から発動する「本因」とその顕在化を助ける「縁」が、互いに相応し、ぴたりと一致した瞬間、人間生命としての
  精卵細胞が生まれるのです。
  つまり、精卵細胞は「因縁」が「和合」した結果であり、産物であるといえましょう。

(死の状態で宇宙に遍満していたその新しい生命の応身も、そのDNAなどがマッチした一個の精卵細胞に凝縮すると考えられます)

>いいかえれば、宇宙自体を色心としていた死の生命が、一個の細胞に凝縮すると表現できましょう。
 冥伏していた人間生命の三身が精卵細胞に凝縮するからこそ、たったひとつの細胞の中に、未来の人間像を築きあげるための
 基本的な能力が備わることになるのです。

>生と死の明確な定義が、「御義口伝」に「如去の二字は生死の二法なり」とあり、そのあとの部分に
 「法界を一心に縮むるは如の義なり法界に開くは去の義なり」と記されています。

>「御義口伝」の「法界を一心に縮める」という生の働き

、、とここまでは、受精卵の新しい生命についての解説です。

 

生命の不思議 4/7

 投稿者:一人のSGI
 投稿日:2017年 8月23日(水)00時14分21秒 編集済
北川:先ほどでてきました「総勘文抄」の文についてですが、その中に「身を十方法界の国土に遍じ心を一切有情の身中に入れて」
   とありました。
   私達の生命に具体的に当てはめますと、この部分は、死の生命の「我」が、精卵細胞として
   顕現することをさしているのでしょうか。

池田:「御義口伝」の「法界を一心に縮める」という生の働きを、さらに具体的に説かれた文章といえるでしょう。
   「身を十方法界の国土に遍じ」とは、私達の生命体は、宇宙の物質によって構成され、環境と連続しているとの意味です。

   私達の生命にあてはめてみると、この世界に転生した瞬間の姿である精卵細胞を構成する物質 - つまり、元素とか原子を
   さしているが - は精子と卵子から引き継いだものです。
   精子や卵子は、両親の身体の一部であり、人間の肉体を形づくる物質と何らかわったものではない。

川田:医学的にいいますと、転生の場は、母親の胎内です。もっと精密にいいますと、卵管の膨大部と名付けられた部分です。
   母親の生命は、一個の存在として、その環境とも連続しています。

池田:「依正不二」の原理だね。

川田:母の胎内に生じた精卵細胞も、母親の身体を通して、自然界とも人間社会とも連続していると考えられます。

池田:宇宙に実在する物質を凝集し、一個の細胞として顕れながらも、国土と連続し一体です。
   転生の場はけっして、この宇宙の外にあるのではない。
   今、私達が生を営んでいるこの国土にふたたび姿をあらわすのです。
   しかも、精卵細胞は単なる物体ではない。「三身」を備えた有情としての姿をとっています。
   「心を一切有情の身中に入れて」と説かれているとおりです。

   もっとも、いまここで話し合っているのは、人間生命としての有情だが、他の生物に転生するケースも含めれば、この文章の
   意味がさらにあきらかになるでしょう。

北川:「総勘文抄」には、この文章のあとに引き続いて、「内よりは勧発し外よりは引導し内外相応し因縁和合して自在神通の
   慈悲の力を施し、広く衆生を利益すること滞り有る可からず」と書かれています。
   ここに説かれている「因縁和合」の「縁」については、人間生命への転生の場合は受精現象がこれに相当すると思います。
   「内より勧発する因」とは、死の生命に内在する発動性をさすのでしょうか。

池田:死の状態においては、生命の発動性は、冥伏して発現することはできません。
   だが、たとえ冥伏の状態にあるとはいえ、死の生命にもさまざまな種類の力がうずまいているでしょう。

川田:確認の意味も含めてうかがいますが、たとえば、人界の境涯が最も強い生命体の場合、その生命が死から蘇るとき、
   人界にともなった「如是力」が主要な働きをなすのでしょうか。

池田:理性とか良心とかを支える、人間らしい欲望が、その生命の内から盛り上がってきて、人間生命として再生する為の
   本源力となるのです。
   そのほかに、もし畜生界などが有力だと仮定すると、その本能的欲望の力が、再生する生命体の形態を決定するのです。
   さらに、二乗の洞察力とか、菩薩界の勇猛心などが加わる場合もありうるのです。

   こうして、一個の生命自体にうずまく種々の境涯からの「如是力」が混ざり合って、蘇生のための原動力をなすでしょう。
   つまり、一個の生命内奥から勧発する種々の力こそが、再生を呼び起こす本質的な因となるのです。

北川:死せる生命体にうずまく総合的な力 - つまり「本因」 - を、それに相応する「縁」
   が引きずり出すということでしょうか。
   例えば、人間の受精現象が、人界を基底部とした死の生命を生の世界へと導きだすと -。

池田:いや、そうではない。人間生命へと顕在化するための「本因」を宿した死の生命の「我」が、みずからの傾向性に最も適合した
   卵子と精子の結合をとらえるのです。
   そして、卵子と精子の結合という受精現象を助縁としながら、一個の生命体が、この世に出現するのです。

   この過程を「総勘文抄」の文章にあてはめてみると「内よりは勧発」するのは、死の生命体に宿る総合的な「如是力」であり、
   人間としての生命体をうるための「本因」です。
   「外より引導する」助縁となるのは、受精という現象です。

   内から発動する「本因」とその顕在化を助ける「縁」が、互いに相応し、ぴたりと一致した瞬間、人間生命としての精卵細胞が
   生まれるのです。
   つまり、精卵細胞は「因縁」が「和合」した結果であり、産物であるといえましょう。

      同 196-203

転載終わり
 

生命の不思議 3/7

 投稿者:一人のSGI
 投稿日:2017年 8月23日(水)00時09分57秒
川田:私達にとって最も関心の深いのは、何といっても次の世において、再び人間として生まれてくる場合です。
   その宿業のいかんによっては、動物とか、またアミーバなどに転生することもないとは言えませんが、非常にこみいって
   きますので、ここでは、人間として再び生まれてくるというケースに限る事にします。
   としますと、発生学上からも、受精現象をとりあげざるを得ないのですが - 。

池田:卵子と精子の結合ですね。受精という現象に即して、一個の生命が顕在化するのです。

川田:受精については、くわしいメカニズムなどは省きますが、成熟した精子が、成熟卵子の表面の一部を裸出させて、
   そこから進入していきます。
   精子というのは、ちょうどオタマジャクシのように、頭があり、尾がついています。
   卵子の中に突入するとき、尾を切り離して頭の部分だけが中央に進んでいきます。
   そして、卵子の核と結合して人間生命に固有な”精卵細胞”が生じるとされています。
   そのあと、受精した精卵細胞が分裂を開始するわけです。
   医学的に概略を述べますと、以上の様ですが、成熟した卵子と精子はともに、一個の生命体ですね。

池田:卵子は卵子としての生命体です。同じように精子も、きわめて小さいながらも、それ自体で立派な生命的存在です。

川田:そうしますと、人間生命の誕生というか、顕現は、どの時点で可能になるのでしょうか。

池田:医学的見地に立てば、精子の頭部が卵子の核にまで達して、結合した瞬間に、私達の生命の「我」が顕在化するのです。

川田:受精した精卵細胞は、卵子と精子との結合したものでありながら、すでに人間生命という別の生命体になっている、
   と考えてよいのでしょうか。

池田:卵子も精子も、一個の細胞です。卵子には卵子の、精子には精子の特有な働きがあるでしょう。
   精卵細胞も一個の細胞であることにかわりはありません。
   だが、外観的には、同じ様に、細胞的生命でありながら、受精した精卵細胞の機能は、卵子とも精子とも異なっているはずです。

北川:それにしても、私達の生命といえども、その誕生の瞬間には、たった一つの細胞であるというのは、おもしろいですね。

池田:一個の受精した精卵細胞は、すでに人間生命そのものです。その中には、六十兆もの細胞体へと分裂し増殖することによって、
   肉体と精神の絶妙な働きを作り出すための、基本的な情報もすべて含まれています。

川田:それでは、受精する以前の、卵子と精子としての生命はどうなったのでしょうか。
   精卵細胞という別の生命体に変化したと考えるべきでしょうか。

池田:表面的な現象を追っていけば、そのようにとらえることもできるでしょう。
   しかし、人間生命の側から、受精という現象を捉えなおすと、卵子の核と精子の頭部が融合したその瞬間に、卵子及び、
             精子としての生命は、この結合によって生じた精卵細胞のなかに冥伏してしまう、と考えられる。
   精卵細胞は、卵子と精子の機能を組み入れ、それらの働きに即しながらも、まったく新しい有情としての脈動を開始するのです。

川田:でも、精子と卵子の結合という現象がなければ、死の状態で冥伏している生命の「我」は、再生する場を得ることはできない
   わけですね。

池田:仏法用語を使うと、受精現象は、転生する生命体にとって、その働きを助ける「縁」になります。
   つまり、助縁です。
   受精現象を助演としながら、一つの生命体が、死の状態から生へと移るのです。
   そして、受精の瞬間、宇宙生命自体に冥伏していた人間生命の三身が、その精卵細胞によってあらわれでるのです。

   いいかえれば、宇宙自体を色心としていた死の生命が、一個の細胞に凝縮すると表現できましょう。
   冥伏していた人間生命の三身が精卵細胞に凝縮するからこそ、たったひとつの細胞の中に、未来の人間像をきずきあげるための
   基本的な能力がそなわることになるのです。
 

生命の不思議 2/7

 投稿者:一人のSGI
 投稿日:2017年 8月23日(水)00時08分23秒
転載はじめ

池田:ー略ー 生と死の明確な定義が、「御義口伝」に「如去の二字は生死の二法なり」とあり、そのあとの部分に
   「法界を一心に縮むるは如の義なり法界に開くは去の義なり」と記されています。
   「去」すなわち死についてはもはや説明は不要でしょう。

北川:一心を宇宙生命と合体させ、空の状態になるのが「去」であり死であるとの意味ですね。

池田:ここにいう一心とは、私達の生命自体と言っていいでしょう。
   人間生命を宇宙全体に「開く」のが死です。
   今度は、逆に「法界を一心に縮むる」働きを生といい「如」と称するのです。
   言い換えれば、宇宙のあらゆる法を、私達自身「一心」に凝集し、一個の生命体として顕れ出るのが生であると
   表現できましょう。

   こうした生と死の関連性をよく理解してもらうために、若干の例をあげてみたい。
   これは、以前にもたびたび比喩としてあげたものだが、私達の住む空間には、さまざまな波長の電波が流れている。
   スタジオで撮影され、録音された画像とか音が電波として、この空間に流される。ちょうど私達の生命の死にたとえられる。

川田:空の状態ですね。

池田:電波そのものを人間の五感でとらえることはできません。
   しかし、性能のよい受像機があれば、放送局で電波に乗せたときの画像や音を再生することが可能です。
   同じように、私たちの生命も、一定の条件が整えば死から生へと変転することが可能です。

     単行本「生命を語る」第三巻 p190-2

 

生命の不思議 1/7

 投稿者:一人のSGI
 投稿日:2017年 8月22日(火)23時55分52秒 編集済
生涯&広布一筋兄弟様

凄い人生を歩んできた内容が綴ってあった生涯&広布様の先の投稿を読んで、感動しました。
そんな大変な環境の中で、広布の戦いを続けられて来た事は、凄いことです。
奥様も強い方なのですね。
私は、安全な国を選びました。(笑)

遅くなりましたが、ご質問の件、私が知っている範囲内で返信します。

映画鑑賞の合間、時間のあるときに読んで下さい。
日本でゆっくり休んで下さいね。

>ここに生命がある考えると・・ちょっと、書きにくい内容ですが精子や卵子はどうなるのかとおもうのです。
それらは心臓や他の臓器の様に個々に動いています・・

この全体を覆う「個」という「個性」を持つ生命と、それが動かす人体とその各部分・・
その辺が神秘的ですね。
科学者はその神秘を探り出そうとしますが、私などは神秘の一言で・・済ませます。

また、話題になっているクリエーチャー(Creature)、これをどう仏法上解釈すれば良いのか私の頭が痛いのです・・
しかし、竜女の話があります。私は実在だと思っています・・・(話が長くなるので・これでやめます)
豚に人のDNAをいれた人用臓器を作る・・それこそ豚+人間・・

人は口に入れたものから、他のDNAを少しづつ取り入れていく様です・・<
http://6027.teacup.com/situation/bbs/73005
欧州にくる難民(特に子どもと若者)   投稿者:生涯&広布一筋兄弟メール  投稿日:2017年 8月12日(土)11時07分1秒

「心臓や他の臓器の様に個々に動いている精子や卵子の生命」の個々の生命という部分と、更にそれらが新しい生命を作るときに
その精子や卵子の生命はその後どうなっていくのか、、。
生命の神秘さは、大聖人の仏法の生死観から観てみると、生命の持つダイナミックさ、可能性などが新たな発見や理解となり、
生命に対する敬虔な気持ちへとつながります。
せいめい
たぶん絶版となっていてもう見ることもないメンバーさんもいらっしゃると思いましたので、単行本「生命を語る」という本の
「永遠の生命2」の章の中から「転生の秘密を解く」という箇所の一部を転載しました。

完璧な生命の全体像をとらえる事は、当然できませんが、いくらかのヒントにはなると思います。
 

同盟題目

 投稿者:
 投稿日:2017年 8月22日(火)23時51分9秒
今晩は、皆様
ありがとうございました
池田先生、奥様、皆様のご家族が健康長寿であります様に
惨めな創価学会幹部がまともになります様に
ありがとうございました
おやすみなさい
 

同盟題目!

 投稿者:信濃町の人びと
 投稿日:2017年 8月22日(火)22時57分14秒
23時に開始します。よろしくお願いします。

愛知の方のカミナリ、すごいですね。
中部地方の皆様、ご無事でしょうか?
 

twitterより。権力側はやりたい放題。お互い擦り寄り、していることは極めて類似。

 投稿者:ツイート人
 投稿日:2017年 8月22日(火)22時21分8秒
この国の流れが悪い事をしても記憶や記録がないと嘘をつき、勇気ある告発者を左遷、嘘に加担した者を優遇など権力者のやりたい放題。学会は権力側でなく悪を許さず正反対だと信じてきたがそれも今は昔。権力側同士、擦り寄り、している事は極めて類似。  

(無題)

 投稿者:史人
 投稿日:2017年 8月22日(火)22時20分56秒
紙飛行機のようなお話しです。
すぐに落下してしまうかも!?

母が意識不明となった時から母の意識が戻るようにと亡くなってからも1年以上は願っていたと思います。
どんな願いも未来にこうなるようにと願うことは容易ですし、また自由です。
ところが、まだ叶ってもいないことを叶ったと思うことは、通常は有り得ないです。
しかし、現実には自分がこういう風に悠々自適に過ごしていると想像するだけでその願いが現実のこととなったということが得てして起こりうるのだそうです。

未来予想図(歌詞もわかりません)があったとして、自分の心の生み出すものであれば、それに近づいていくこともまた可能な場合もあるかもしれません。
但し、治るわけのない状態からの回復は、どうしようもない状態の場合もあります。

集中治療室で私だけがベッドの足元の先で立って意識が戻るよう人目も憚らず手を合わせてお題目を唱えていました。意識は必ず戻ると確信していました。
しかし、回りはみんな諦めていました。心の中だけだったかもしれません。
それが現実だと言えばそうでしょう。

でも、本当は寿命が来ていました。
母はその8年も前に心筋梗塞で亡くなっていた筈の身でした。
しかも、それよりももっと前に入院していた時には、お花畑を見ていたと私に話してくれました。

それならば、現実世界の中においては、まだ叶ってもいない願いが叶ったと思い、御本尊に向かうことは本当に強く確信していなければ出来ないことです。
願いが叶っていくではなく、願いが叶いました。とお題目を唱えても何ら差し支えないです。
具体的であればある程、それに近づいていくのだそうです。

そう願っていると誰にも言う必要もないですし、かえって笑われます。
願いが叶いました。誰も信じない。それで終わりです。
人が信じようが信じまいが自分は確信した、それでいいと思います。

親類となりますが、結果を必ずよい方に考えます。
恐らく、だからこそ、信じられないくらいあのように立派になって・・

戸田先生が小説人間革命に書かれていた、4度同じ苦しみに遇ったから今度こそ自由だという趣旨の確信は見事と言えます。
私も4度同じ苦しみに遇いましたが、開放され方がつまらなかった・・・。
だからこそ結果は悲惨なものだったし、それから7年余りが経って、自分は1人の人も幸福に出来ない人間であると自覚するに至りました。
 

世界には苦しみがいっぱい溢れている

 投稿者:生涯&広布一筋兄弟メール
 投稿日:2017年 8月22日(火)21時35分33秒
大紀元の記事から・・

「帰りたくない」。こう叫びながらも、無理やりバスに乗せられた少年たち。
7月、中国最貧困地域の一つと数えられる四川省涼山州出身の孤児をボクサーとして育てる
「恩波クラブ」は議論の的となった。

クラブを取材した動画は多数のメディアに取り上げられ、賛否両論を呼び、
少年たちの運命にも分かれ道が訪れた。

一部の批判を受け、クラブは涼山出身の子ども11人を全員地元に帰すことにし、
「今後も同地区の子どもを受け入れない」とした。

話題となった動画で、「(リングとなる)鉄籠を見るだけで、
怖くてたまらない」と少年の一人・龍くんが言う。
それでも、大涼山に戻りたくない。

「家には芋しかないから。ここに牛肉も卵もある。牛乳だって飲める」。
四川省成都市にある「恩波クラブ」のメンバー全員は留守児童、または孤児だ。

2年前、龍くんはクラブにやってきた。5歳のとき、農民工の父が出稼ぎ先で死亡した。
母はほどなくして再婚し、3人の子どもを連れて行かなかった。
上に姉がいて、妹は生まれたばかり。10歳未満の3人の子どもを待っているのは過酷な生活だった。
畑仕事はもちろん、食事も自分たちで作らないといけない。
食事といっても、ほとんど芋を煮たようなものだった。

14歳の吾くんは3年前に恩波クラブに加わった。小さい時に両親は離婚。
学費を払えないため、学校で勉強したのはたったの一週間。
10歳の時、麻薬中毒の母が亡くなる前に残した言葉は「ママの二の舞にならないで」。
涼山に戻ったら、周りの人と同じように麻薬に手を染めたり、窃盗などの非行に走りかねない。
吾くんは帰郷を拒む。

クラブに入りたての当初、ほとんど栄養失調の状態だった。
肉も卵も牛乳もある生活は彼らにとって天国のようだ。

続きは:http://www.epochtimes.jp/2017/08/28216.html

我らの使命は大きい・・

使命を忘れ、惰眠・栄華を貪る創価貴族という名の種族・・

彼らを見下ろしながら、悠々と師弟の道を・・
 

究極の精神的実在と妙法蓮華経!

 投稿者:螺髪
 投稿日:2017年 8月22日(火)18時07分42秒
 アーノルド・トインビー博士の言葉の真骨頂は、何と言っても「究極の精神的実在」といっていいでしょう。私の理解では、この宇宙にも、また人間の心にも、この「究極の精神的実在」があって、宇宙と人間を動かし、維持し続けているということになります。「力」ともいえますし、「智慧」でもあるのでしょう。われわれで言えば「法性」です。「仏性」です。

 また、人間の持つ「愛」も、「欲」(欲望)も、同じものであり、ただその向かい先だけが違うというのが氏の主張でした。この“向い先”を決めるものこそ、「究極の精神的実在」だと理解しています。「欲」が個体だけをその対象にしているのに対して、「愛」は他の個体までを対象にしています。親が子を慈しみ、また人体にあっても、五臓六腑を護るために人体全体がいそしんでいることでそれは解ります。無条件です。つまり、生命体の発動性が「欲」と現れるのか「愛」と現れるのかは、その対象とする領域、あるいは空間、その“境涯”の違いだけということになります。

 大聖人の仰せと対比して見たいと思います。
 「凡そ妙法蓮華経とは我等衆生の仏性と梵王・帝釈等の仏性と舎利弗・目連等の仏性と文殊・弥勒等の仏性と三世の諸仏の解(さとり)の妙法と一体不二なる理(ことわり)を妙法蓮華経と名けたるなり、故に一度妙法蓮華経と唱うれば一切の仏・一切の法・一切の菩薩・一切の声聞・一切の梵王・帝釈・閻魔法王・日月・衆星・天神・地神・乃至地獄・餓鬼・畜生・修羅・人天・一切衆生の心中の仏性を唯一音に喚び顕し奉る功徳・無量無辺なり、我が己心の妙法蓮華経を本尊とあがめ奉りて我が己心中の仏性・南無妙法蓮華経とよびよばれて顕れ給う処を仏とは云うなり」(法華初心成仏抄557㌻)

 「我等衆生の仏性」と「梵王・帝釈等の仏性」と「舎利弗・目連等の仏性」と「文殊・弥勒等の仏性」はいずれも「仏性」で並列して述べられています。「三世の諸仏」だけは「解(さとり)の妙法」と別の表現です。そして、「一体不二なる理(ことわり)を妙法蓮華経と名(なづ)けたるなり」と結ばれました。いずれもが「妙法蓮華経」であることは間違いのないところです。

 では、「三世諸仏の解(さとり)の妙法」をどう読み解くかです。

 「妙法」に着眼しました。
 「妙法蓮華経」の短縮との立場では、すぐあとの「妙法蓮華経」と重複してしまいます。しかも、あとの「妙法蓮華経」には「理(ことわり)」が足されています。「理」は「法」です。ここは、「法」としての「妙法蓮華経」と読んだ方が適切なのではないでしょうか。

 さて、ここからは独自展開です。
 後半に「一切の仏・一切の法・一切の菩薩・一切の声聞・一切の梵王・帝釈・閻魔法王・日月・衆星・天神・地神・乃至地獄・餓鬼・畜生・修羅・人天・一切衆生の心中の仏性を……」とお示しのように、とりわけ「梵王・帝釈・閻魔法王・日月・衆星・天神・地神……」と、神とか宇宙を指し示すような言葉が続きます。
 人間を取り巻く自然環境に、人類は、あるいは感謝し、あるいは畏(おそ)れ慄(おのの)き、信仰の対象にさえなってきたのは周知の通りです。

 ここでの「妙法」は、古代からある、人間の力では遠く及ばない自然に対する驚異を踏まえられた表現ではではないのでしょうか。当時、日本にも自然崇拝、自然信仰もあったわけです。太陽、月、星、あるいは雷、嵐、地震、台風などの働きが人間にとって、恵みにも、あるいは酷(ひど)い仕打ちにもなってきました。それらを畏怖し、安泰を願い、感謝もする人間を超えた偉大な「力」の象徴を、不可思議な法としての「妙法」とされたと読み解くことができます。

 最近は、気象観測技術も発達して、低気圧と高気圧が実は一体であることや、高度上空と地上の気温に大きな差(40度とされる)があると急激な積乱雲の発達を招いてゲリラ豪雨をもたらしたり、あまりあってほしくはありませんが、地震は地殻変動がもたらす現象だということが確認されてきています。「大地に足を踏ん張って」といいますが、その大地も実は動いていることがいまは解っています(笑い)。地球もひとつの「生命体」であることがよくわかり、「天神」は気象の働き、「地神」は地殻変動の働きとも総称できます。

 この御文では、日月・衆星・天神・地神ばかりか、一切の梵王・帝釈・閻魔法王、さらに「地獄・餓鬼・畜生・修羅・人天」の六道の人間さえも「妙法」の一部だとし、有情非情の「一切衆生」の「心中の仏性」を呼び現すことを指し示しておられます。むろん「仏性」とは「妙法蓮華経」ないしは「南無妙法蓮華経」にほかなりません。

 この宇宙には、有情非情の「一切衆生」や、地球や星や月や太陽をも調律し、しかもそれらを動かす巨大な「力」と「智慧」があるということなります。それは目に見える、形あるものではないが、厳然とあり、それをトインビー博士は「究極の精神的実在」と表現されたのでしょう。「調和の法」「圓満の法」を思い起こさせます。同時に、一人ではない、一個ではない、十界本有、十界同時の成仏の必然も、そこに生まれます。



 

【告知】近日中に発表します。

 投稿者:大仏のグリグリのとこ
 投稿日:2017年 8月22日(火)14時26分13秒
こんにちは、グリグリです。

本を読むのが大好きなグリグリですが、

中でも今年〝一番〟と断言できるぐらい刺激を受けたのは「西山論文」です。

それを受けて【グリグリ論考シリーズ】を発表しようと思ったのには訳があります。

今、ここ宿坊の掲示板で

五十四年問題の総括
学会組織の実態
幹部の悪行
情報開示
教学の勉強
今後の創価学会の方向性、等々

いろんなテーマで議論が展開されていますが、未だその核心部分の議論には至っていないようにも感じます。

もちろん、これはグリグリだけが感じているだけかも知れません。
また、まだ〝時の来たらざる故〟なのかも知れない。

いずれにしても、

今回の問題の核心部分(根本義)に真っ向から切り込んで問題提起をしたのが、西山論文だとグリグリは思っています。

そういう意味で、宿坊に集う皆さんと一緒にこの問題を考えていきたいと思い、しつこいぐらい西山論文の概要を提示してきました。笑

著作権の問題もあり、西山論文の全文は投稿できないので要点をまとめたのが下記です。

【西山論文・総合まとめ】
http://6027.teacup.com/situation/bbs/73092


ここでは、まず「西山論文の要点(まとめ)」を整理し「論文の抜粋と関連資料」を提示しました。

しかし、これだけでは西山論文の「何を問題(核心部分)としているのか」が、分かりにくいと思うのでさらに「4つの問題提起」を再説し、これが西山論文の一番の核心部分であると説明したのです。

つまり、

【西山論文の要点(まとめ)】
【論文の抜粋と関連資料】
【4つの問題提起】

の3つが「核心部分を考える」ための参考資料です。

これから始まる【グリグリ論考シリーズ】は、上記3つをベースにして論理展開をしていますので「参考資料」をよく読んでいただかないと、グリグリ論考の意味が分からないと思いますし、いらざる難癖も起こり得ると予想されます。

そのような的外れな難癖は論外であり、もとより相手にするつもりはありません。

また「そんなに細かく、ひつこく、説明しなくても分かっとるわい!」と言われる方もいると思います。笑

ご了承ください。

なお、いつもはパソコンで見やすいように改行しているつもりですが、

「今はスマホで見る方が多いのではないか」という意見を友人から助言されましたので、この論考シリーズに限り「スマホ」で見やすいように、改行を考えようと思います。


それでは、近日中に【論考1】として、4つの問題提起に対する「グリグリの所見」から発表していきたいと思います。
 

任用試験

 投稿者:二眼の亀
 投稿日:2017年 8月22日(火)13時57分28秒 編集済
出てきました。昭和44年1月は中学3年生 昭和47年は高校3年生。大阪出身です。  

【注意事項】教学部レポート、遠藤文書の送付にあたり

 投稿者:信濃町の人びと
 投稿日:2017年 8月22日(火)12時45分39秒
話題の教学部レポート・遠藤文書をお勧めしています。

なお、下記に注意事項が書いてあります。ご希望の方はお読みの上、ご連絡くださるようお願い致します。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/18051

********************
【教学部レポート・遠藤文書を希望される方はこちら】をご覧ください。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64034

【教学部レポートとは】
http://sgi-shiteifuni.com/?p=10270

【遠藤文書】
http://sgi-shiteifuni.com/?p=2096
 

本質を見極めること

 投稿者:ミネルヴァの梟
 投稿日:2017年 8月22日(火)12時19分42秒
27日は、茨城知事選。

内閣改造後、初の大型地方選という事で、自公は国政並みに幹部を投入。必死だ。

岸田政調会長はじめ、小泉進次郎氏や野田聖子氏が、すでに投入されたり、投入予定だったりしている。

公明党も、石井国交相や山口代表が入り、都議選で悪化した自民党との関係を修復したくて、ゴマスリ応援にこれまた必死。
なんだかイジマシイし、みっともない。野合もいいところだ。政策が根本的に違うくせに。

「茨城の知事を選ぶのに、なぜ中央がこんなに絡んで来るのか」という地元の意見があるが、まったくその通りだ。
異常なほどの、政府与党の干渉だ。

茨城の学会員は、また集票マシンとしてこき使われ、さぞ大変な事だろうと思う。

自公はこの選挙をきっかけに、党勢を立て直したいと考えている。
10月には、愛媛、新潟、青森で衆院補選も有る。

しかしここで勝たせては、安倍政権はまた調子に乗る。
自公が勝てば、森友、加計、昏睡レイプに国税庁長官問題、すべて闇に葬られてしまう。
嘘をつき通して忘れさせるのが、大本営以来、日本の悪徳権力者達の常套手段だ。自浄作用など、絶対に働くことは無い。それは、もはや伝統なのだ。

KKK新聞とFNNの合同調査によると、多少下げ止まり感はあるとは言え、女性の内閣支持率 は39.5%  不支持率51.7%  と相変わらず人気は低い。

国民主権無視、基本的人権無視、平和主義無視のあんな政権は、このまま退陣させるのが一番だ。

その為の最良の手段は選挙。
都議選の結果が示しているように、絶大な効果を発揮する。

世界中の戦争を止めさせ、異常気象も止めようと願う真の学会員は、現在の創価学会公明党を支持すべきではない。
逆の行動をするから逆の結果を招いているのだ。

現在世界中が直面しているすべての不幸の根本原因は、学会本部の狂いだ。
絶対に従うべきではない。

アメリカで皆既日食が話題になっているが、仏法的に見ればあれも三災七難のひとつだ。
仏法者なら、本質を見極めるべきだ。


 

昭和54年問題再考003

 投稿者:The logic in the place bot
 投稿日:2017年 8月22日(火)11時44分50秒
お詫び・訂正その五十八

昭和54年問題再考003

投稿者:The logic in the place

投稿日:2015年 6月21日(日)13時55分28秒



まなこ様、法華経の智慧連載ありがとうございます。この板で、外出先でも、繰り返し再読出来ることが幸いです。この連載がきっかけで、他の書物まで読み込むことが出来るかが、深読みできる弟子かどうかの分岐点ですね。



アルベア様、チャキチャキの江戸っ子ですから、過激になられるのは先生譲りだと思いますが、世代格差で???と悩んでしまうメンバーも居ると思います。やさしく語ってください。それから、アルベア様の論をアンチの屁たれな者が転載しています。厳に「馬鹿たれ!この板以外に転載するな!」と書き込んでくださいね。。



さて、昭和54年問題には昭和52年路線ありきなどとウイッキで解説しているおかしな論客がいますが、私は昭和48年問題だと定義して、再考論を展開します。



何故?それは、正本堂建立が終わった昭和48年から「広布第二章」が開始されるからです。もっと言えば、正本堂完工式での先生の発言を調べて読んでください。



私は、「広布第二章の指針(小冊子全14巻)」(昭和48年1月~昭和53年12月)に基づいて、展開していきます。言論出版事件から創共協定、正本堂建立から妙信講(顕正会)問題、大御本尊(板本尊)訴訟、第一次宗門問題(正信会問題、題目商標登録、信徒による板本尊模刻等)、第二次宗門問題(桐村・八尋の反逆・C作戦等)と私が学生部から男子部、壮年部に至るまでの資料を揃えながら、少しずつ、丁寧に解説していきます。



これは、新・人間革命では語れていない(特に昭和48年から53年まで)部分を、先生の指導と暦年順に事象を重ね合わせて展開していきます。

質問がありましたら、その都度、投稿してください。数日かかりますが、回答できる資料を提供していきます。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー







この「昭和54年問題再考003」は、誠実にして真面目な極善会員(還暦さま・元愛読者さま)の助言を無視した悪しき投稿です。

トンデモナイ投稿でした。





以下、極善会員さまのご投稿です↓↓↓↓↓↓



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『掲示板71689

2017/07/04 21:01:47 還暦

管理人様

もう、この掲示板、閉鎖すべきです。

御本尊の偉大な功力と、師匠池田先生と、地涌の菩薩たる我々学会員の闘いの結晶である、今回の東京都議選。そして、完勝です。

これを批判するなら、もはや、仏敵であり、師敵対。

先生はご高齢であり、その限られたお命で、日々闘ってくださっています。今回の都議選も、そのお命の、そのお時間を割いて、公明党の完勝の為に、闘って下さいました。弟子たる我々は、一体、いつまで、師匠の闘いに支えられているのでしょうか。本当に申し訳ない気待ちで一杯です。

これが真実であり、事実。

それを否定すること自体、頭破作七分状態。

つまり、魔に犯されている。

元職員も、未だ仕事をせず、人から借金して、組織内組織の構築に暗躍。その理由の核論は政治論。日蓮仏法の、一人一人の宿命論に全く肉薄していない。究極の幸不幸について。



今現在、この瞬間でさえも、世界中の創価の地涌の菩薩が、御本尊の功力で宿命転換の闘いを起こし、日蓮大聖人御遺命の世界広宣流布の闘いに挑んでいる。それすらも否定する、重たいものを背負った「'宿命'の掲示板」。



管理人さん、これ以上、進むのはやめましょう。億劫の心労を尽くしているのでしょうから、もう、本当はわかっているはずです今、あなたの、その究極の命に問いかけています。本当に闘うべき相手は、究極の自身だと。そして、今、正しいことをやるべきだと。掲示板に粘着している外野はうるさいでしょう。

しかし、あとはあなた次第です。もう一度、あなたが本来目指した真の日蓮仏法に戻るべきでは?



そこからが、あなたが自身の、本来の姿に戻ることができる。それは、私自身が10年以上に渡るこの掲示板を愛読し、数年前まで他にも勧めてきた想いです。貴方が万が一にでも、元職員の支援に携わっていたとしても、もう、その枢軸に訣別すべきです。



あなた自身が、この御本尊を命から授受し、御本尊に命懸けで向かっていくことで、大きな転換期を迎えることができます。

この妙法が絶対であり、真実ゆえにです。



管理人さま

投稿者:元愛読者

投稿日:2017年 7月 4日(火)23時28分13秒

還暦氏の再掲、ありがとうございます。

この再掲にどう反応するか、皆様の信心が試されますね。とてもステキな計らいです。』





??????????????



↑↑↑↑↑↑↑



たかだか、日本國の地方都市(東京都)議会議員選挙の勝利が「信心の結晶」なのですと!!

素晴らしい!!

極悪の私は、現場末端会員で頭も悪いので理解不能ですが、東京都都議選は私には全く無関係なことで、世界のSGI会員にとっても信心とは関係ないことだと思ってましたが『選挙完勝が信心の結晶』なのです!!



『御本尊の偉大な功力と、師匠池田先生と、地涌の菩薩たる我々学会員の闘いの結晶である、今回の東京都議選。そして、完勝です。』よ。信心の結晶!!



だから、この『宿坊の掲示板を閉鎖せよ』と相当因果関係は皆無なのですが、信心で捉えて『閉鎖せよ!!』と極善会員は述べていらっしゃいます。素晴らしい!



もし、選挙の落選者が一人でも出たら、

1)『御本尊の偉大な功力』は無く、

2)『師匠池田先生』の応援は無意味で、

3)『地涌の菩薩たる我々学会員の闘い』は効力が無かったと言う短絡的な話にもなりますが、それは他所に置いて!?



このように選挙完勝が広宣流布なのだ!!

これで良いのだ!!

御書のどこにも書かれていなくとも、

池田先生のどの指導にも無くとも、

どなたか、頭の悪い極悪人の私に御享受いただけませんか?

だから、私は会則の



???????????????

第14章 賞罰

(懲 戒)

第78条 この会は、会員としてふさわしくない言動をした会員に対し、その情状に応じ、戒告、活動停止または除名の処分を行なうことができる。

???????????????



に主観的に該当する投稿であり、村八分・査問・除名にぃ該当します。



全て大極善幹部様方々を守る為に、会員資格停止(供養だけはOK?)、発言も活動も停止!会館デキンの処置をされます。

反逆者!裏切者!極悪!大極悪人です。



私が極悪人です。誠に(×13)お詫び致します。

二度(×11)と欠点を挙げつらうことは致しません。極善弟子になるために、二度(×11)とこのような投稿は致しません。だから許して下さいね。何度も丁寧に謝ってます。



だから、私は何度(×13)も、お詫び・訂正・謝罪・改心を、大極善会員の皆様のように『裏』ではやらずに、この宿坊の掲示板で『公』に謝罪しますね。これが一般社会通念です。



会則における全権統理する会長が『黒は白だ、偉いんです!』と次々に認定発言されれば、我々末端の会員は、それに付き従い『その通り、黒は白です!』と次々に口裏合わせするのが当たり前です。

それが極善弟子になり、改心した証ともなり、処分も解雇もクリアーできる営為です。



極善弟子、極善会員に間違いなど無い!間違いを糾す者が間違ってる!と言うことを私は繰り返して、頭悪いんで、また繰り返すかもしれません。この繰り返しが極善会員への改心活動です。



その都度、何度も訂正して、『間違いが間違っているから、間違いなんだ?いや、会長が認定している!池田先生も認定しているはずだ!だから、これで良いのだ!』と三段論法的に謝罪・訂正・お詫びをば今後共にしていきたいと存じます。ちゃんと監視している大極善弟子の極善会員の皆さまは記録して下さいよ。



今更、改心しても手遅れですが、頭悪いんでこれからもどしどし誠実にして真面目な極善会員になれるよう、改心した極善会員の証を投稿したいと存じます。

もっと早く大極善会員さま方(特に高位の本部職員)のように用意周到に、情報源を叩き潰してコッソリ改心していれば良かったと草葉の陰で反省しています。



処分の撤回は二度と無く、今生では査問やら対話も全く有りませんが、今後も謝罪・訂正をば続けていきますよ。



ありがとうございました。
 

獄卒の使い

 投稿者:八風
 投稿日:2017年 8月22日(火)10時12分29秒 編集済
世間は「死んだら仏}
学界は「嶽怪物」

誰が決めた~どうにもならんな執行部の怪物たちよ!
先生を表に出せよ!
 

出ていけ、家を明け渡せ・・

 投稿者:生涯&広布一筋兄弟メール
 投稿日:2017年 8月22日(火)09時51分54秒
何をイスラエルがやっているかを、良く映し出している一枚の写真

皆さんも知って、そして考えてみて下さい。

彼らの悲惨さを・・

平和と安穏が遠のく世界・・・

獅子の青年よ立ち上がれ・・・使命は大きい

楽な組織から抜け出し、困難なところへ・・
 

インド・中国の紛争懸念

 投稿者:生涯&広布一筋兄弟メール
 投稿日:2017年 8月22日(火)09時37分34秒
http://shanghaiist.com/2017/08/21/border-rock-war.php

でも、今のところ安心できる ?

是非、上のビデオを見てください(短いので・・)

ちょっとした双方の小競り合いを撮ったものだそうです。

中国兵が二度にわたりラインを越えようとしたので、インド兵がそれを止め、

それで、小競り合いになったのですが、銃弾を使用する代わり互いに石の投げ合いを・・

今は、コントロール下に置かれているそうですが、

常に、こういった紛争がそこではあると記事は書いています。・・

インド対パキスタンだけではなく、インド対中国も・・アジアに暗雲が漂っています。
 

「創価学会仏」って何ですか?

 投稿者:虹の戦士
 投稿日:2017年 8月22日(火)09時36分21秒 編集済
YouTube動画サムネイル>>この動画を再生する

創価学会の現在の会則には以下のように
書かれています。

”初代会長牧口常三郎先生と不二の弟子である
第二代会長戸田城聖先生は、1930年11月
18日に創価学会を創立された。創価学会は、
大聖人の御遺命である世界広宣流布を唯一実現し
ゆく仏意仏勅の正統な教団である。日蓮大聖人の
曠大なる慈悲を体し、末法の娑婆世界において大法
を弘通しているのは創価学会しかない。ゆえに戸田先生は、
未来の経典に「創価学会仏」と記されるであろうと断言
されたのである。”

ところが戸田先生はみんな凡夫と指導されてますね。
そう考えると戸田先生が「創価学会仏」なんて言うわけが
ないと思います。もし戸田先生がおっしゃったと
しても、それはお得意の人を笑わせるための
ユーモアだったと思われます。
真面目な指導は動画の言葉のとおりです。

任用試験に”「創価学会仏」とは何か”こんな
質問があったら、私は何と書いてよいのか
わかりません。去年タイではじめての上級試験に
合格してしまった私もまた任用試験からやりなおし
ですね。こんなことで悩むわたしはやっぱり
”凡夫”で十分です。

日蓮大聖人様の御書に書かれていない「創価学会仏」
を信じてしまったら、お陀仏にならないようにと
祈るばかりです。

自ら凡夫だといってる戸田先生が断言
したと言われても、日蓮大聖人様の御書に書かれて
いなければ、それは信じるわけにはいきません。
あくまでも御書が基本だと思います。

誰か”「創価学会仏」とは何か”という質問に
こたえてくれる方はいるのでしょうか?
タイ人の人たちに質問されても
こたえられません???

やっぱり「創価学会仏」のことは忘れて、今日を
明るく元気に私は凡夫のままでやっていきます。

http://imagine-happy-life.tokyo/

 

江原啓之登場

 投稿者:メンチカツ
 投稿日:2017年 8月22日(火)09時23分53秒
だめだろこれ!(怒)
22日聖教新聞11面【婦人公論】江原啓之スペシャル「あなたの悩みお祓いします」

婦人公論の広告はいつも1面なのだがさすがに外道の宣伝になりかねず後ろにもってきた。
やはり広告料さえ入ればなんでもOK~!  どこが「先生からのお手紙」なんだろ。
 

本日の政教珍聞で~す、原田怪鳥様、ミラノ池田平和文化会館で、欧州青年拡大サミットの開催、誠におめでとうございま~す(笑)

 投稿者:カンピース
 投稿日:2017年 8月22日(火)07時36分31秒
おはようございます。原田怪鳥様、イタリア・ミラノ池田平和文化会館での欧州青年拡大サミットの開催、誠におめでとうございま~す(笑)

あれれぇ~、「じ・き・で・し」の原田怪鳥様は御参加されないのデスかぁ~(笑)

リオ五輪の際は、ナニかとこじつけて某女史と南米をご旅行? おおっとぉ~、失礼、御訪問されてたみたいデスけどぉ~(笑)

今回は某女史の御都合がつかなかったんデスかぁ~(笑)

原田怪鳥様が、イタリア御訪問されれば、東京にも少しは日光があたるかもしれないのにぃ~(爆)


ともあれ、池田先生からのメッセージも贈られ、誠におめでとうございま~す(笑)

いつまでたっても、全文掲載されませんねぇ~、 全文掲載されるモノとされないモノがあるのは深々の御都合でもあるんデスかぁ~(笑)

「まことのみちは世間の事法にて候」(白米一俵御書P1597)を引かれてマスが、全く、同意いたしまぁ~す(笑)

同様の御書もたくさんありマスねぇ~(笑)

「若し深く世法を識らば即ち是れ仏法なり」(金光明教引用、同P1597)

「御みやづかいを法華経とをぼしめせ。『一切世間の治世産業は皆実相と相違背せず』とは此れなり}(御書P1295)


ところで、原田怪鳥様は世間の事法に合った行いをされてらっしゃいマスかぁ~(笑)

数限りない査問・処分・除名は、世間の事法に合ってマスかぁ~(笑)

教義変更をしたのに、皆に納得いく説明をされないのは、世間の事法に合ってマスかぁ~(笑)

勝手に諸天や日目上人をカットしちゃって、何の説明もないのは、世間の事法に合ってマスかぁ~(笑)

数限りなく、箱モノを建てて、「ポッケ、ナイナイィ~」されてるかもしれないのは、世間の事法に合ってマスかぁ~(笑)

某絵画で全国で美術展を行い、切符を割り当て(強制ノルマ?)されてるのは、世間の事法に合ってマスかぁ~(笑)


くれぐれも、原田怪鳥様自身が、世間の事法に合ってマスことをされるように、期待しないで待ってまぁ~す(大爆)



 

わが友に贈る 2017年8月22日

 投稿者:どうみょうてん
 投稿日:2017年 8月22日(火)07時12分39秒
リーダーの一念が
組織の勢いを決する。
皆で目標を明確にし
弾む生命力で
異体同心の大行進を!
 

21世紀への選択 21世紀への選択 政治と宗教の「創造的緊張関係」 P95 投稿します。

 投稿者:赤胴鈴之助
 投稿日:2017年 8月22日(火)01時56分12秒
21世紀への選択 21世紀への選択  政治と宗教の「創造的緊張関係」 P95  投稿します。

ポイント
*、池田
 日蓮は三十九歳のとき、当時の最高権力者に『立正安国論』という警世の書を送りました。

宗教は死後の安心立命ではなく、現実社会の平和建設にこそ貢献すべきである・・・これ

が日蓮の信念でした。

*、テヘラニアン
 会長が前に紹介された大乗仏教の特徴が、日蓮に受け継がれていますね。

中略・・・・・・・・・

政治と宗教は、理想と現実の「創造的緊張関係」を通してこそ「抑制と均衡」が可能

です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

政治をチェックする民衆がいなければ、権力者は自己利益のために走ります。

宗教者であっても世を離れて山林にこもって、端座しているのは、末法では通用しません。

政治を監視して、民衆が不幸にならないように、また平和で幸せな生活を送れるように尽くしていく

宗教者でなければなりません。

その人こそ、日蓮大聖人であり、池田先生です。

以上 鈴之助
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
若き友に贈るより

私の反戦運動平和運動は
美名の国のためでもなく
一団体のためでもなく

今自分自身が安穏無事であるという
償いのためといってよい
*
平和と自由と進歩と創造の実践に
私は今日も
私らしく勇敢に進む
*
社会の変貌は恐れない
しかし自己の正義への
不動の信念の変貌を恐れながら
激動しゆく社会に僕は突き進む
*
僕は絶対に銃を取らない
しかし哲理の剣を取る
銃は人を殺戮するが
正義の剣は
人間の不幸の根を切れるからだ
*
僕は孤独と憂鬱を開いて
民衆のなかで民衆の言葉で
花を咲かせゆく
 

21世紀への選択 政治と宗教の「創造的緊張関係」  P95

 投稿者:赤胴鈴之助
 投稿日:2017年 8月22日(火)01時52分54秒
21世紀への選択  政治と宗教の「創造的緊張関係」  P95

池田
 ここまで、釈尊の出家の動機などをめぐって対話を進めてまいりましたが、私が

信奉する日蓮仏法について、もう少々述べさせていただきます。

テヘラニアン
 ぜひお聞きしたいところです。

信じられないほどの熱意で、平和と人権に貢献される創価学会の思想的基盤を知ること

池田
 日蓮(一二二二~八二年)が生まれた時代は、日本の歴史上の大きな転換点でした。

長い間続いてきた天皇、貴族たちによる政治から武家社会へ、大きな内乱と庶民の悲嘆

をともないながら、移り変わろうとしていました。

また、大地震や飢饉、疫病なども頻繁に起こりました。

  一方、東アジア地域でモンゴル帝国がその版図を拡大しており、荒廃した日本社会には

緊張と終末観が漂っていたのです。

テヘラニアン
 偉大な思想は、常にそのような政治的、道徳的危機の時代に出現するものです。

池田
 日蓮は三十九歳のとき、当時の最高権力者に『立正安国論』という警世の書を送りました。

宗教は死後の安心立命ではなく、現実社会の平和建設にこそ貢献すべきである・・・これ

が日蓮の信念でした。

テヘラニアン
 会長が前に紹介された大乗仏教の特徴が、日蓮に受け継がれていますね。

つまり、社会と宗教、政治と宗教が、政教分離の原則を守りながら、互いに監視し合

いながら触発し合う理想的な関係が志向されています。

政治と宗教は、理想と現実の「創造的緊張関係」を通してこそ「抑制と均衡」が可能

です。

政治は宗教の理想によって矯正され、宗教は政治の不可避的な流動や混乱、腐敗

に巻き込まれることが避けられるのですから。

池田
 「創造的緊張関係」・・・的を射た表現です。

師の戸田先生(創価学会第二代会長)も「青年は、心して政治を監視せよ」と叫びました。

 戸田先生は、善人は徹底して大切にし、悪人には厳しかった。

 また、青年が嘘をついたりすると、それは厳しかった。

 本当の意味で「平和の人」でした。「正義の人」でした。

 平和や弱者保護などの宗教的理念から、政治を監視し正しい方向を示すことは、当然

の権利であり、義務です。

 それは宗教者としてだけでなく、市民としての当然の義務です。

テヘラニアン
 私は、日本における創価学会の運動こそが、宗教と政治の創造的な均衡を成し遂げている、

と思っています。

創価学会は、宗教団体と支持政党を分離することによって、公共の政策に失点がある

場合は支持政党を批判する、独自の権利を保持していますね。

池田
 そのとおりです。創価学会の会員は、政治家に対しては、非常に厳しい目をもって

います。

それが戸田第二代会長の遺訓であるからです。

テヘラニアン
 その権利を保持するかぎり、創価学会は、ある政策や政党を支持することによって、

創価学会の宗教的理念である平和と公正へ、社会を前進させることもできるでしょう。

いずれにしろ、現実社会のなかでの活動を重視する仏教、なかんずく創価学会のような

社会的実践を重んじる仏教運動と、イスラムには共通点があります。
 

本来の学会の世界です。

 投稿者:大阪の地区ブチョウ~
 投稿日:2017年 8月22日(火)00時37分58秒
心に残った名字の言より、

学会の世界というものは、
確かこういうあったかいものであったはずですね。


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2016年3月25日 名字の言
座談会での一こま。壮年が、地域広布一筋の人生を振り返った。
それに触発され、いつもは寡黙なベテラン白ゆり長が語りだした
▼この地に来て40年近い。最初に住んだアパートの隣に、
夫婦と幼い男の子2人が暮らしていた。
だが家庭不和で、妻が1人の子を連れて家を出た。
夫は残された息子のために朝晩の食事を工夫するが、幼稚園の弁当までは、
とても手が回らない。
「みんなで、なんとかせんと」。
白ゆり長は同じアパートのお母さんたちと相談し、
交代で弁当を作ることにした
▼最近、白ゆり長の娘さんが、ばったりその息子さんに会った。
「お母さんたちがお弁当を作ってくれたおかげで、
肩身の狭い思いをしなくてすんだ。とてもありがたかった」
▼「私自身が忘れかけていたことなのに、何十年も覚えてくれて」
――白ゆり長は語った。
さまざまな困難を抱える子らを支援する「大阪子どもの貧困アクショングループ」
による調査では、温かい大人に触れた記憶は長く残り、
その記憶がある子どもは大人になって、
他人を信頼できるようになる傾向が特に大きいという
▼人に関わる際、時に素っ気ない反応でも、真心と誠実な行動を貫けば、
いつか相手の心に希望の一灯がともる。
それは子どもだけではないだろう。




 

同盟題目

 投稿者:
 投稿日:2017年 8月21日(月)23時56分20秒
今晩は、皆様
ありがとうございました
池田先生、奥様、皆様のご家族が健康長寿であります様に
原田会長、副会長、弁護士による
悪い噂、嘘、虐め、査問の無い、励まし合う良き日の学会に戻ります様に
ありがとうございました
おやすみなさい
 

アメリカの座談会その2

 投稿者:今でも平和の天使のつもりメール
 投稿日:2017年 8月21日(月)23時37分12秒
先ほどの続きですが、自由な発言の内容は、いかに先生のご指導を実現していくか、参加者が、自分の思いを語っているそうです。  

アメリカの座談会

 投稿者:今でも平和の天使のつもりメール
 投稿日:2017年 8月21日(月)23時31分54秒
うちの娘がアメリカで、座談会に参加。みんなが自由に発言している雰囲気にこんな座談会なら、出たいと言ってました。日本もアメリカはじめ、SGIに学んでいかないといけないとつくづく実感しました。  

同盟題目23時より開始!

 投稿者:信濃町の人びと
 投稿日:2017年 8月21日(月)22時55分48秒
よろしくお願い致します。池田先生、奥様のご健康を祈ります。関東はじめ天候がおかしいので、皆様お気をつけください。
 

下半期の出発!

 投稿者:コンペー
 投稿日:2017年 8月21日(月)22時54分2秒
担当幹部の「下半期は、大折伏だ!」との大号令が凄すぎて「逆に解散もありそう」と会合の帰りにある壮年の方が話していた。笑





 

任用試験の中等部受験

 投稿者:小作人@地上の発心
 投稿日:2017年 8月21日(月)22時11分36秒
今夜の区幹部会の説明では、
(情報リテラシーの未熟な)中学生がネットで“アンチ創価学会”情報に触れて
学会嫌いになるのを予防するのが目的の一つだと……。

「鉄は熱いうちに打て」で早めの理論武装をさせるつもりだろうけど、
要は物事の判断力が付かないうちからの体のいい洗脳に過ぎない。。

目に触れさせたくない情報は“アンチ創価”じゃなくて執行部の実態ではないのかね?
 

twitterより。3級試験に「創価学会仏」が!いよいよ組織を正当化しはじめた?違和感あり。

 投稿者:ツイート人
 投稿日:2017年 8月21日(月)20時28分51秒
今日3級の勉強会をしました。
STBの教学入門の解説で「創価学会仏」のところでなんか違和感を感じました。
今まで創価学会仏ってなかったのにね。
 

私ではありません。

 投稿者:謎の弟子X
 投稿日:2017年 8月21日(月)20時06分58秒
管理人さま

下記投稿は、私ではないニセモノです
http://6027.teacup.com/situation/bbs/73318

投稿の削除をお願いします。
 

任用ギザ懐かしス

 投稿者:寝たきりオジサン
 投稿日:2017年 8月21日(月)19時35分17秒
任用と言えば私には強いこだわりがあって8年間、助師のままでした。
任用はさやしい教学ではなくて常に立ち返るべき信仰の原点だと思って
研鑽を続けていました。

圏の合格責任者になってみんなが合格した時に「よし任用クリア!」と
思ってあとは青年教学3級、2級、1級と合格してきましたが常に圏の
合格責任者で落ちたらしゃれにならないというプレッシャーがありました。

いまはマークシートになって非常に残念です。
 

本年から中学生も可なんだそうです。

 投稿者:通行します
 投稿日:2017年 8月21日(月)19時28分11秒
ご参考


 

任用試験!

 投稿者:螺髪
 投稿日:2017年 8月21日(月)19時01分0秒
 任用試験は、地域にもよるでしょうけれども、昭和41~2年頃は中学3年生でも受験対象となりました。その後、「勉学第1」と中学生ははずされ、高等部からというのはずっと後の話です。

 受験対象だからといって、無理強いされなければいいがなと危惧しています。

 マークシートだから、試験そのものは、あるいは採点そのものは手間がかからなくなりましたけれどね。

 受験者が少ないのが本音のところではないでしょうか。(納得!)


 

任用は高等部から受験ってルールだったよね~ w

 投稿者:八尋みのる
 投稿日:2017年 8月21日(月)18時26分1秒 編集済
昔むかしは、中等部は男子部の結集要員だったね~
大きな会合があれば連れて行ったり
教学も勉強させていたけど
多分、昭和の50年代はじめには
まだ義務教育ってことで社会通念上好ましくないから
高等部から受験ってルールにしたんでは?

任用が毎年、地区2名の受験者ってノルマになり ww
そろそろ地区はきつくなるよね~ w w w

最初は未活動を当たって一巡 w
次は未入会家族にターゲットを移し w w
さらに一巡してタマがないから w w w
中等部って感じなんだろうね~ w w w w w

もっとも未入会家族は
その後に折伏が実ったケースもあるから
そこは結果オーライなんだろうね~ w


 

(無題)

 投稿者:SaySaySay
 投稿日:2017年 8月21日(月)18時21分45秒
見込みない人びとさん、二眼の亀さん、それは本当ですか!
凄いですね。昔の学会員さん(失礼)は凄かった。今のように教材は大白一冊じゃなく自分でかき集めて。内容もずっと高度です。
今のお受験教学は何がしたいのか? 分かりません!
 

任用試験

 投稿者:二眼の亀
 投稿日:2017年 8月21日(月)17時45分26秒
わたくしは当時の「たてせん」のころ小学生でありながら試験当日拠点に呼び出されて任用試験なるモノを初めて
受験しました。当然ながらちんぷんかんぷん、それ以後は毎回受験しておりました。2回目以降は折伏教典で勉強しておりましたので、おそらく合格点だと自負しております。中学生だから助師の資格は一切貰えませんでしたが、誰かが根負けしたのか中学3年生の1月に合格証書が貰えました。その理由はその年に高校生になるからと、もっとも任用試験後に高校受験でしたが。今も合格証持ってますよ。
 

twitterより。権力の側に立たず庶民の側に立て!

 投稿者:ツイート人
 投稿日:2017年 8月21日(月)17時38分22秒
公明議員、学会活動家の皆さん、再度
『私の人生観』(池田大作)《平和憲法と日本》の章 と、
『21世紀への対話』(アーノルドトインビー・池田大作)《軍備と戦争》の章を
しっかり読んでもらいたい。

現下の政権がやっていることは全てこれらと真逆ではないか。権力側に立たず庶民の側に立て!
 

どこに思考と行動の立脚点を置くか⑧

 投稿者:小作人@地上の発心
 投稿日:2017年 8月21日(月)15時04分41秒
今ここにいる自分と無関係に「完成形の創価学会」があるとの誤謬に陥っていないかどうか。

他人が作ったフォーマットに自分の日常をはめ込んで人生をなぞるようなことはしていないと断言できるやいなや。

狭い正義感、偏った価値観に固執し、気心の知れた者どうしのみで自閉して、その居心地の良さに浸ってはいないか……?

「民衆の幸福」を願う時、信仰を異にする人の立場や考えを“本当に”尊重できているかどうか。
題目一遍唱えることなく生涯を終える人とも心を通わせ響き合い、手を携えて世の不条理に立ち向かえる自分なのか?

創価学会という小さな「箱庭」に己がすべての理想を押し当て、自己完結の小善生活に停滞してはいないのか?
執行部の非をとなえ、組織改革に邁進する側であっても、世の中をありようを見る目は彼らとさほど変わらなかったり……。
旧習に囚われ、古臭い価値観に縛られた人生設計で日常をやり過ごしてはいないだろうか?

「自分は創価学会員である」との属性から一旦自身を解き放ち、取り巻く社会の現実にどう向き合い、
他人と社会とどのように関わり合うかを確認し直す作業を経てこそ「自立した信仰者」のスタートラインに立つことが可能となる。

変転し変容する社会の動向に特別関心を抱くこともなく、
連日連夜この世界のどこかで災害に見舞われる人々に心を寄せるわけでもない者が、
いくら題目題目と強調したとて、その唱題はひたすら現実逃避の麻薬を打ち続ける自傷行為のようなものである。
いくら師匠を賛嘆したとて、その師匠は自身の孤独に耐え切れぬ弱い心が生み出した都合のいい偶像なのである。
 

(無題)

 投稿者:十円玉
 投稿日:2017年 8月21日(月)14時54分8秒
 会派内「グループ・公明」っていう話があるんですが、聞いて(見て?)くれますか?

 この板によると、佐藤某副会長と某官房長官は昵懇(じっこん)だという話ですが、その某官房長官と、幕末を思わせる大阪の某党の代表には、かねて敬意を表していました。いえ、皮肉ではありません。本当です。いずれも「ナンバー2に徹している」というのがその理由です。自分をあまり前に出さない、代表者を支えることを前面に押し出す姿勢は、この世界では稀(まれ)だからです。しかも、いまの時代に不可欠なソフト・タッチです。「師弟不二」を学ぶ仏法者として、強い共感を覚えました。
 なのに、某長官は「怪文書」などと“強権”をにじませてしまったのが、いまの低落の理由のひとつだと、勝手に思っています(笑い)。

 そこで、起死回生ってわけです。「グループ・公明」となって、「自民党」と一体化するか、“小池ファースト”らと組んで一気に「新党」設立まで漕ぎつけるか、この二者選択の道が今あるという話です。「グループ・公明」というのは、会派内の「派閥」になるということです。あくまでも想定ですがね(笑い)。

 自民党も、今のままでは一時のような支持率回復はかなり難しい。公明党もいくら頑張っても、いまの党勢の拡大はまず無理。わが家の婦人部は、世論調査で公明党への支持率が上がった下がったとか言っていますが、せいぜい5%、6%では、それは“誤差”の範囲だと言っています。何か、可能性を湧き立たせるカンフル剤を注入しなければ、自民、公明双方ともいまの閉塞感は破れません。そこで、新鮮味を匂わせる統合というわけです。少しでも、支持率が回復した時がいい。自民の「人づくり革命」って、「人間革命」に似てません?

 くだんの小池新党も、都議会の“チュードラン”まとめには骨が折れそうです。数ちゃん一人では心もとないでしょう。しっかりした地方組織を造るには五年、十年単位の時間が必要です。メディアも、持ち上げの時から、今度は足引きに手ぐすねを引いて待っている時です。国政に向けては、ある程度実績があって、訓練されていて、しかも党の意図を知る仲間がきっと欲しいはずです。しかし、手練れはいらない。この小池新党に他の野党を巻き込む「新党」の選択もあるのですが、いずれも“政治生命”をかけた取り組みになってしまいます。とりあえずは、小単位です。

 かつて新進党ってのがありましたが、例の“壊屋(こわしや)”に葬られてしまいました。その後、一時期は第三文明や潮に、某青年部長と、某党ブレーンの山口某大学教授との対談が掲載(まだ昨年の話)されて、民主党(現民進党)との一体化が模索されていた“節”もありました。だが、あの体たらくで、その道はほぼ閉ざされてしまったといっていいでしょう。党の活性化というより、むしろ生き残りをかけて、いまも政界再編のマグマは残っていると見たほうがいいようです。

 政治は、表面化するまでの水面下の取り組みで決まります。突き詰めれば「信頼」「信用」が“命”です。われわれの社会活動と同じです。いずれに向かうのかは知りませんが、それを忘れないで頂きたいですね。

 

任用試験

 投稿者:見込みない人びと
 投稿日:2017年 8月21日(月)14時21分24秒
私は70年代に中1で受けました。
その頃は中1から受験資格ありました。
 

響く思いへ

 投稿者:飛翔こそ蘇生
 投稿日:2017年 8月21日(月)12時30分45秒 編集済
「夫れ仏法と申すは勝負をさきとし」(四条金吾殿御返事、1165頁)
何にでも勝つことじゃなくって
仏法の本当の勝負所に勝つために
平時の信行学がある。

成仏を開くか否か
「迷い」に住するか「悟り」に住するか。

それは形式ではなく
響き合いの中にある。

「夫れ仏法と申すは勝負をさきとし」
というのが何に対応しているかを見ると

「王法と申すは賞罰を本とせり」であり
「故に仏をば世雄と号し王をば自在となづけたり」です。

功徳だ罰だと言っているものが
はたしてどちらの性質のものであるのか。

少なくとも近年の執行部の
「池田先生との響き合い」への排除
である改竄や意向の無視
教義変更や査問活動

あるいは政党の支援中心の活動
しかも与党の強引さに加担というもの自体
王法活動団体になっている。

王仏冥合なんて言葉が
ずいぶんと都合よく解釈されているのだろう。

そんな言葉一つで仏法が負けていれば

言葉巧みに自在にしようという力に負けて
とても世雄なんて呼べやしない。

口先と本質が違っている。
それはダブルバインドであり
それに対して真面目であろうとして
抱え込んでしまえば

心を病んでしまうのは
それは当然にあることだ。

それは気づくためのシグナルのはずなのに

「心の弱さだ」なんて一蹴して排除する。

だから深刻化する。
その深刻化している事にも気づけない、あるいは無視する。

口先と本質が違うことへの本格的な改革
それに手を付けようとするとしたら

誰にどんな風に賞讃され
どういったところの機嫌を損ねて罰せられるか

そんな賞罰を本としている人種が
信濃町学会本部を動かしている。

そのおかしさに声を上げて
賞罰をちらつかされても
実施されても屈せず

声を上げている人間もいる。
例えば元職員3名たちだ。

その主張や手段は様々かもしれないが
俯瞰によって視座を上昇させ

仏法の世界を雄弁に語るのだ。

なぜ「正しい仏法」と信じられるもののはずなのに
これほど多くの人たちが多く苦しまなければならないのか。
自分で選んで入信した者だけではなく
親が入信していて、素直に信じて
何かおかしさを抱えて病んでいる子供も多い。

口先と本質が違うことを平気でやり押し付け
省みず人を傷つけることが強さと言うなら
そんな強さはいらない。

それが我見と言うなら私は我見で十分だ。

何が勝つことが民衆の勝利であるのか。

私たちは!勝とう!
 

(無題)

 投稿者:通行人
 投稿日:2017年 8月21日(月)12時27分56秒
虹と創価家族様 様のご意見に激しく同意します。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

万代にわたる興隆のために、三代の精神とご指導を会の運営のあり方の根幹にした創価学会の姿に回帰させていくことに〝会員自ら〟が目覚めていく時に入ったと実感しています。

先生がご出席されていた会合で、先生の肉声を聴きながらも、「間」の幹部に緘口令を引かれてその通りに従い、未だに師匠の真実の声を封印している堕幹部にはまったく期待する必要もないでしょう。

彼らにとって大切なのは、役職解任にならず(役職をもらわないと活動していないと思われ格好悪いから)幹部として体面を保ち、給与をくれて、生活を保証してくれている学会本部の存在です。ジレンマを感じながらも、ひたすら生活のために従うのです。最近の世間では、このようなことを「社畜」と呼んでいるようです。ただ、同感する点もありますが。

財や権威に諂う「社畜根性」の堕幹部(そうじゃない方もいることを存じ上げたうえで申しています)には、先生の真実のお声に呼応する行動は望めませんよ。

「いざという時」に権力と対峙するなんて、とてもじゃありません。

彼らは、現場会員の働き(折伏成果、聖教啓蒙数、人材育成、支援活動など)を代表して幹部になり、会合に出席させていただいていたのです。だから、先生からは常々、毎度、毎回、「皆さんにくれぐれもよろしくお伝え下さい」「現場に帰ったら、みんなによろしくな」と言われていたはずです。

このことは、全会員が等しく直接お聞きすることが望ましいことも指すのですが、現実には物理的制約などがあるため不可能でした。しかし、音声中継、映像中継になり先生のお声を聞くことができるようになった。会員にとっては大喜びであるとともに、先生のご指導を伝聞することで自分を権威付け、先生のご指導を求めてくる人間を従属させて、利用するのに血道をあげていた幹部にとっては、はなはだ都合が悪く、事実その頃から幹部の権威化は挫かれ、打破されていきました。

今また、その傾向が頭をもたげて年々強くなって来ています。先生のご健康を横目に見ながら。

私たち会員1人1人は、膨大に書き残された先生のご著作を学ぶことはもちろん、国会答弁やインターネットも視聴して見聞を広げ、「上意下達」と「下意上達」の合致を〝目指す〟会の運営の大切さに「声」を挙げていく時だと思います。そして、欲得尽くしで邪魔をする、改心しない、信心し損ないの幹部は叩き出しましょう。

この掲示板では、その具体的な方途について、相当に参考になる内容を書かれている方もいらっしゃるようにお見受けします。


 

恐怖の均衡は、いつか崩れる

 投稿者:ミネルヴァの梟
 投稿日:2017年 8月21日(月)12時26分45秒
今日から、米韓合同軍事演習。31日まで。

今回の演習は机上演習が中心だが、春の演習では、韓国軍30万人・米軍1~1.5万人が参加する程、大規模な演習だ。
今回の演習、規模的には小さくとも、核戦争を想定しているようで、危険度は変わらない。

こういう演習が、北朝鮮のまさに喉元で行われている。演習からそのまま、実戦になだれ込む危険性もある。

更に「5015」という軍事作戦が在るが、これは特殊部隊による、金正恩氏の暗殺計画だ。

合同演習がこういう性質のものなので、北朝鮮も当然黙ってはいない。

対抗策として、グアムへの、ミサイル発射が懸念されている。

安倍自公政権の言う、抑止力を高めれば平和が守られる、というのはこういう事だ。  馬鹿か。
公明党議員の口からそういうセリフが出た瞬間、コイツは裏切ったと判断出来るほどの知識を、我々は持たなければならない。

そんなもの、いつ偶発戦争が起こってもおかしくない、綱渡り政策にすぎないではないか。
国民の命を掛け金とする、傲慢そのものの博打に過ぎない。

池田先生が何度も言われていた、「互いの喉元に、ナイフを突きつけ合う事によって生まれる、恐怖の均衡」そのものだ。いつか必ず崩れる。
国民は常にギリギリの緊張状態を強いられ、その間、軍需産業だけが延々と儲け続ける。

そんなものを、平和とは言わない。

平和を守るという事に関しては、臆病すぎると言われるほどで、ちょうど良いのだ。

 

以上は、新着順1番目から50番目までの記事です。

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