刃物の刃は顕微鏡で拡大してみると直刃でもセレーションのようになっています。ここが引っ掛かってせん断応力が働くことによって物が切れます。
鍛造刃物がやたらと切れ味がいいのは叩くことで組織が微細化され、このセレーション構造が細かくなるためです。
粉末鋼は粉末化された素材を融点以下で焼き固めることで組成の偏りを少なくしたり組織を微細化した金属です。そのため切れ味はもちろんのこと耐食性も高くなります。反面衝撃に弱く、剣鉈のように使うと折れる可能性があります。
というわけで粉末鋼編。
・CPM-S30V
米国クルーシブル社が開発した高炭素粉末ステンレス鋼。中2っぽい響きがいいですねw
切れ味抜群、耐摩耗性は440Cの1.5倍、鞭性は3~4倍と非常に優れた金属です。また耐食性が冗談みたいに高く、よっぽど変な使い方をしない限り錆ません。
HRC硬度は58~60ですが、先の微細化によりとにかく切れ味がいいです。刃持ちも良好。ただ研ぐときに「カリカリカリ…」とひっかかるような感触があります。
ナイフ鋼材としてはかなり優れているのではないでしょうか。
・S35VN
CPM-S30Vに0.5%のニオブが追加され、鞭性が上がっているようです。クリス・リーブのグリーンベレーやマイクロテックの新型ソーコムシリーズに使われていますね。
・S60V
CPM-S30Vよりも炭素・クロムを多くしたもの(C:2.15%、Cr:17%)。S~V系では最も耐食性が高いようです。
・S90V
CPM-S30Vの高炭素化バージョン(C:2.3%)。耐摩耗性や切れ味はS30Vよりも優れる。
・ZDP-189
炭素3%、クロム20%からなる鋼材。特徴は焼き入れ硬度の高さ。HRC68に達し、ナイフ鋼材の中では最も硬い鋼材の一つです。切れ味はもちろん最上級。ただし研ぎが難しい&落とすと割れます。
耐食性はそこそこだそうです。日本製。
・カウリX
炭素3%、クロム20%、モリブテン1%、バナジウム0.3%。大同特殊鋼が開発した粉末鋼で、HRC硬度はZDP189並みの高さです。
・M390
炭素1.9%、クロム20%、マンガン0.3%、モリブテン1%、シリコン0.6%タングステン0.6%、バナジウム4%の粉末鋼。
HRC硬度60~62と常識的な硬さでZDP-189のような切れ味が出ます。こちらの方が優れているような気がしないでもないです…。
・20-CV
M390と似たような組成で、性質も類似。
シリコンが0.3%になっており、他はM390と同じです。
・CPM-M4
炭素1.42%、クロム4%、モリブテン5.25%、タングステン5.5%、バナジウム4%。非ステンレス系粉末鋼です。
M2ハイスピード鋼の後継種で、HRC硬度62~64。たまに限定モデルのナイフで使われたりします。
その他の金属
・βチタン
HRC硬度が47前後と低く、本来刃物鋼には向いていません。しかし耐食性が異様に高く、錆ないので「高級ステンレス」として台所の流し等で使用されています。
また、その耐食性の高さ(海水に5年浸しても錆ないとかなんとか)からダイバーズナイフの鋼材として使用されることがあるようです。
・H-1
これもまた錆に非常に強い鋼材。日本製。
「錆の元となる炭素を廃し、代わりに窒素で組織の安定化を図る」と説明されていますが、怪しいことこの上ないw
しかし海水につけて数カ月放置しても錆ない、やたらと錆に強いのは確かなようでβチタンと違いHRC硬度58~60と刃物としても十分使用できる硬さ。海水周りでの使用にはいいかもしれませんね。
最後に、刃物の性能はもちろん鋼材に依るところも多いのですが、焼き入れ処理・焼き戻し処理・そして研ぎ方も大きく影響してくることも忘れてはならないと思います。
いくら鋼材がよくても熱処理が適当だったりきちんと研げていなければなまくらになってしまいます。
ざっとこんな感じでしょうか。以上、暇つぶしのナイフ鋼材各論でした。