だが、ここで驚くべき事実がある。多くの人は「裁判所が下した審判書なのだから、認知症の高齢者や家族は、後見人がその金額を財産から取っていくのを黙って見ているしかないのだろう」と思うだろう。
ところが、家裁が下した「審判所」は、何も後見人が被後見人の財産から取ることに法的強制力を持たせるものではない(強制執行の根拠にならない)のだ。
つまり、この報酬金額の審判は、被後見人の財産から無理やり報酬を取っていってよいというお墨付きにはならない。
実際、東京弁護士会発行の月刊誌『LIBRA』2014年7月号の「成年後見実務の運用と諸問題」という特集企画の中で、東京家裁の小西洋判事らは「報酬付与の審判は後見人に報酬請求若しくは報酬を受け取る地位を付与・形成する審判と解され、特定の義務者(被後見人)に金銭の支払を命じるものではな」いとしている。
司法統計をもとにこうした報酬を推計すると、実に2000億円を超えるというから恐ろしい。
元東京大学医学系研究科特任助教で、成年後見制度に詳しい一般社団法人「後見の杜」代表の宮内康二氏は、こう指摘する。
「後見報酬の審判が確定債権にならないことは、専門家の間では常識です。同様に後見監督人(注・連載第1回で取り上げた「監督人」)に払う義務もありません。
しかし、その事実を国民に知らせない業界体質がある。ようやく最近になって、この事実に気付いた被後見人や遺族たちが、いま返金を求める裁判を起こす準備をしています」
ほとんど何もしていない後見人に対して「あの報酬は不服だから、返してくれ」と言えるものならば言いたい、という遺族や被後見人たちは少なくないだろう。
認知症高齢者やその家族が立ち上がろうとしている状況下で、政府はどう対応しているのか。実は、専門職後見人への傾斜をさらに強める姿勢を見せているのだ。
昨年5月、安倍政権は「成年後見制度利用促進法」を施行した。これにともなって、成年後見制度に関する政策の審議などを行うために内閣府に設置された「促進委員会」には、弁護士や司法書士、社会福祉士の職能団体の幹部がそろってメンバーに入っている。
上がり始めた市民の声と、逆行する司法・行政の姿勢。法廷闘争の行方はまだわからないが、まずは私たち自身が、いま水面下で「おかしな事態」が起こっているという事実を知ることが大切だろう。