健康体力研究所

石井教授のスポーツ生理学

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筋トレと有酸素運動の組み合わせを再考する

 

筋力トレーニング(筋トレ)と有酸素運動(エアロビック)を組み合わせて行う場合、どのような順序で行ったらよいでしょう。「筋トレをやってからエアロビック」と答える方が多いと思います。内分泌・代謝系の観点でこれが正解であることは、私たちの研究グループで行った一連の研究成果(Gotoら、2005、2007など)に基づい
ています。一方、最近の研究から、特に筋肥大を目的とする場合には、その逆の順序もありうるのではないかという可能性も出てきています。

 

脂肪を減らすのか筋肉を増やすのか

私たちの研究グループでは、ヒトを対象として、筋トレ(筋肥大効果の大きなプロトコル)とエアロビック(強度60%最大酸素摂取量での60分の自転車ペダリング)を組み合わせて行った場合の効果を調べました。その結果、以下が判明しました:⑴筋トレを行ってからエアロビックを行うと、エアロビック運動中の脂質代謝が増大する(Goto
et al., 2007):⑵この効果は、筋トレによって分泌されるアドレナリン、ノルアドレナリン、成長ホルモンなどの脂肪分解作用による(Goto et al.,2007):⑶筋トレ前にエアロビックを行うと、筋トレによるこれらのホルモンの分泌が完全に抑制される(Goto et al., 2005)。これらから、「脂肪を減量する」ことが優先課題の場合には、「筋トレ→エアロビック」がよいということになります。
一方、「筋肉を増やす」ことが優先課題の場合にはどうでしょう。論文では、「筋トレによる成長ホルモンなどの分泌が抑制されてしまうので、筋トレ前にエアロビックを行うことは望ましくないと考えられる」と考察しています。それまでの多くの研究が、「容量の大きなエアロビックは、筋トレによる筋肥大を阻害する」という結果を報告していましたので、少なくともこうしたネガティブな影響を避けるためにも「筋トレから先にやった方がよい」という考え方は広く受け入れられてきました。しかし、その後の研究から、成長ホルモンは筋肥大の主要な因子ではないことも分かってきていますので、この点については再検討が必要でしょう。

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エアロビックでトレーニング容量を増すことができる?

前号で、トレーニングの筋肥大効果を高めるためには、トレーニングの強度だけでなく、「容量」(強度×反復回数×セット数、すなわち筋のエネルギー消費量に相当)も重要な因子となることをお話ししました。なるべく短時間のうちに、速筋線維をエネルギー的な疲労困憊状態にする必要があると考えられます。エアロビックは、筋から見れば強度が低く容量の大きな運動ですので、これをうまく使って、筋トレ前にあらかじめ筋線維を疲労させておけば、その後の筋トレによる筋肥大効果を増強できるのではないかという発想も可能と考えられます。

 

キーファクターとなるAMPK

この場合、キーファクターとなるのがAMP活性化キナーゼ(AMPK)という酵素です。AMPKは、前号で解説したとおり、細胞内の「エネルギーセンサ」としてはたらき、エネルギーの供給が需要に追いつかなくなると活性化されます。その作用はきわめて多岐にわたっていて、さまざまな病気の治療の観点からも注目を集めている物質です。まず、筋線維のグルコースの取り込み能力、脂質代謝能力を高め、ミトコンドリアの増殖を促します。さらに、タンパク質合成のスイッチを「オン」にする「mTORシグナル伝達系」という反応経路を抑制します。すなわち、エネルギー供給系を増強すると同時に、エネルギーを消費してしまうタンパク質合成を阻害して、細胞全体を「省エネ化」するといえます。このAMPKは、摂食制限やエアロビック運動によって強く活性化されます。したがって、筋トレによる筋肥大という観点では、AMPKの影響を最小限に留める必要があるでしょう。

 

筋肥大のためには筋トレとエアロビックを離したほうがよい

(Ogasawara et al., 2014)は、ラットに筋トレ(麻酔下で電気刺激による腓腹筋の等尺性最大収縮を10回×5セット)と、エアロビック( 60 分間のトレッドミル走)を行わせ、AMPKの活性化、mTORシグナル伝達系の活性化、筋のタンパク質合成などを調べました。その結果、⑴AMPK活性化はエアロビック直後に最大となり、1時間後にはベースラインに戻ること、⑵mTORシグナル伝達系の活性化は筋トレ刺激直後から3時間後にかけて上昇すること、⑶タンパク質合成は筋トレ刺激の6時間後に上昇することを示しました。これらの時系列変化を素直に解釈すると、エアロビックは即効的にAMPKを活性化するので、筋トレを行ってから3〜6時間以内にエアロビックを行うと、タンパク質合成が抑制されてしまいます。したがって、筋肥大を目的とするのであれば、筋トレとエアロビックは6時間以上離した方がよいと
いえます。

 

筋トレ前に有酸素運動もアリ?

実際に、筋トレとエアロビックを組み合わせて行った実験では、筋トレ後にエアロビックを行うと、mTORシグナル伝達系の活性化も、タンパク質合成も筋トレ単独の場合より低下しました。一方、筋トレの前にエアロビックを行った場合には、mTORシグナル伝達系の活性化は影響を受けませんでした。これは、AMPKはエアロビック直後
に活性化されるものの、筋トレ3時間後にはベースラインに戻っているためと考えられます。さらに、タンパク質合成をみると、エアロビック+筋トレ>筋トレ単独> 筋トレ+エアロビックとなり、筋トレ前にエアロビックを行うと、タンパク質合成が増強されるという結果になりました。すなわち、筋肥大を主目的とするのであれば、エアロビック→筋トレという戦略も可能ということになります。

 

さらなる検証が必要

上記の研究は、あくまでも動物実験の段階です。特に、筋トレに相当する刺激が、電気刺激による最大収縮という点には注意が必要です。ヒトの場合、持久的運動は強い中枢性の疲労(脳の疲労)を引き起こしますので、エアロビック↓筋トレでは、筋トレの質が極度に低下してしまう可能性があります。したがって、次の段階として、ヒトを対象とした検証実験が必要となるでしょう。

 

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石井直方

いしい・なおかた●昭和30年
東京都生まれ/ボディビル
1981・1983年ミスター日本優勝、1982年IFBBミスターアジア優勝
現在東京大学大学院教授(運動生理学、トレーニング科学)、理学博士

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