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21世紀への選択 人間の内なる力は何事をも可能にする P86投稿します

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2017年 8月18日(金)01時26分38秒
  第三章対立から共生へ・・・21世紀への選択   人間の内なる力は何事をも可能にする P86

生涯&広布一筋兄弟 さまの壮絶なる、体験を読ませていただきました。

あまりにも、さらっと述べられているので、読み過ごしてしまいそうですが、すごい体験を

信心で乗り越えて来れたことを、きずかせていただきました。

ありがとうございました。


ポイント
*、池田
 中略・・・私も「釈尊」という尊称を使わせていただきます。

詩聖タゴールは、釈尊について次のように語っています。

「インドにおける釈尊は人間を偉大なるものとなさった。カーストというものをお認め

にならなかったし、犠牲という儀礼から人間を解放なさったし、神を人間の目標から取外

してしまわれた。

釈尊は人間自身の中にある力を明らかになさり、恩恵とか幸福とかいったものを天から

求めようとせず、人間の内部から引き出そうとなさった。

かくのごとく尊敬の念をもって、親愛の心をもって、人間の内にある知慧、力、熱意と

いったものを釈尊は大いに讃美なさり、人間とは惨めな、運命に左右される、つまらぬ

存在ではないということを宣言なさった」
(奈良毅訳「仏陀」『タゴール著作集』第七巻、第三文明社)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


人間の内なる力は何事をも可能にするという、タイトルがテーマですが、それを論ずる前に

本であれ、雑誌であれ、NETであれ、優しい、易しい言葉で綴らなければ、読んでもらえ

ないと言う事を学者、賢人、指導者は肝に銘じなければいけません。

読んでもらえないと言う事は、主張したいこと、新しい考え、幸せになる方法、いろいろ

あるでしょうが、評価されないので残念な思いをしなければなりません。

タイトルに戻りますが、人間の内なる力は何事をも可能にすると言う事は、日蓮2.0様が

主張されている、凡夫即身成仏論と通じるものがあります。

凡人、女性、悪人でも恩恵とか幸福とかいったものを神や天から頂かなくても自らの内から

引き出せると、釈尊は説いたのです。

ゆえに聖者、釈尊と言って尊敬されたのです、その貴い教えが凡夫の成仏と言う事です。

それを天台流にいうと十界互具・一念三千と言う言葉になったのです。

以上 鈴之助

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
文証です。

王蒙・池田対談より

池田
全面的に賛同いたします。

人問のエンパワーメントの重要な柱として、特に、これからは、女性の

エンパワーメントが、いっそう促進されるべきでありましよう。

法華経は女性のエンパワーメントの先駆けとなる思想です。

すでに若干、申し上げましたが、法華経以前には、さまざまな思想や仏教

経典でも、女性に対する差別が絶えませんでした。

しかし、法華経の提婆達多品第十二では、竜汝の成仏を説いて、すべての女性

が幸福境涯を確立する道を明かしました。法華経は、男女共の成仏を示した

平等の教えなのです。

それは、"女性の人権宣言"と言っても過言ではありません。
 

21世紀への選択 人間の内なる力は何事をも可能にする P86

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2017年 8月18日(金)01時23分41秒
  21世紀への選択   人間の内なる力は何事をも可能にする P86

テヘラニアン
 ところで、日蓮仏法とイスラムにはいくつかの共通点があると思います。

例えば、どちらも、歴史というものを重要なものとして受け止める点です。

ヒンズー教やキリスト教のなかには、歴史をそれほど重要なものとは考えない宗派があ

ります。

また、現世よりも死後の天国を重視する宗教もあります。

 しかし、イスラムと日蓮仏法は、現実のこの世界に重きを置きます。

 この点、仏教について、池田会長から多くを学びたいと思います。

そのなかで、イスラムと仏教の類似点、相違点もおのずと明らかになってくるでしょう。

もちろん相違点が見られたとしても、私たちの意図としては、それを否定的に考えるも

のではありません。

池田
 そうです。「相違」は「多様」に通じます。

共通性を基盤として、ともに協力していく。

また相違性に着目し、それぞれの役割を尊重し、お互いの長所を学びながら、危機にある

現代世界に対し、いかなる貢献ができるか模索せねばなりません。

『法華経』に「三草二木」の譬えがあります。

 仏の説く真理がすべての生命を育みゆくことを、雨と植物との譬えを使って述べたもの

です。

雨は多様な草木を育てます。

同様に仏の教えも、多彩な人生、多様な文化を保証するのあかしです。

多様性こそ生命の証です。

テヘラニアン
 そのとおりです。画一性は死の象徴です。

まず仏教の創始者であるゴータマ・ブッダの生涯と、その思想の歴史における意義に

ついて、うかがいたいと思います。

池田
 ゴータマ・ブッダは日本においては、釈迦族の尊者という意味で「釈尊」と言い

習わされています。

その伝統にのっとって、私も「釈尊」という尊称を使わせていただきます。

詩聖タゴールは、釈尊について次のように語っています。

「インドにおける釈尊は人間を偉大なるものとなさった。カーストというものをお認め

にならなかったし、犠牲という儀礼から人間を解放なさったし、神を人間の目標から取外

してしまわれた。釈尊は人間自身の中にある力を明らかになさり、恩恵とか幸福とかいっ

たものを天から求めようとせず、人間の内部から引き出そうとなさった。

かくのごとく尊敬の念をもって、親愛の心をもって、人間の内にある知慧、力、熱意と

いったものを釈尊は大いに讃美なさり、人間とは惨めな、運命に左右される、つまらぬ

存在ではないということを宣言なさった」
(奈良毅訳「仏陀」『タゴール著作集』第七巻、第三文明社)

テヘラニアン
 偉大なる詩人の直感は、宗教の本質を鮮やかに示してくれますね。

 ブッダは、呪術的宗教から人類を解放し、幸福を"気まぐれな運命"の手から、人間のもと

に取り戻そうとしたということですね。

池田
 そうです。人間は決して運命の荒海に漂う、無力で惨めな存在ではない。

 人間の内なる力は何事をも可能にする・・・釈尊のこの獅子吼は、人類の偉大な「精神の

独立宣言」といってよいでしょう。
 

ドグマを排するものがドグマに囚われるということ

 投稿者:小作人@地上の発心  投稿日:2017年 8月18日(金)00時39分25秒
  憲法9条が発露する崇高な精神を国民一人ひとりがどのように具現化してきたかが今問われているのであり、
条文そのものをあたかも神棚に祀るがごとく触れてはならないものと物神化してしまえば意味をなさない。

いろんな人がいろんな目的を持って集っている、、、と一見、組織を相対的に捉えて客観視できているかのような人ほど、
他人が作ったフォーマットに自分の人生を落とし込んで日々をやり過ごしている姿に本人が気付いていなかったりする。。

市民革命の経験がないこの国では、それぞれの自発的意思と相互尊重に基づき市民社会を構築していくプロセスを誰もが実体験出来ていない。
池田先生を偶像と見立てている人は、そうした市民社会形成の実感が持てないまま、自分の外に行動規範を設けてしまうからである。
 

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2017年 8月17日(木)23時59分42秒
  宿坊にお集まりの皆様
ありがとうございました
池田先生、奥様、皆様のご家族が健康長寿であります様に

初めまして
カラスの坊主様

同盟?それとも内部テロ?  投稿者:カラスの坊主  投稿日:2017年 8月17日(木)20時34分30秒
<まず
創価学会は一時期、未活も含め
1000万人近くの会員もいました。
現在は半分以下、活動家にいたって
は100万人いるか、いないか。>

正確な会員さんの人数を私も知りたいところです
正確な情報を世間におしらせできないのは
現会長、職員がだらしない結果だと思います

<それでも100万人いる。
100万人の人間が組織にいたら
色んな人間がいる事は当たり前。
いじめる者もいるだろう、いじめ
られる者もいる。
組織にいる目的が皆違う。
大義名分は一緒でも、恋愛目的、
性的満足を満たそうとする者。
それこそ、不倫してる者もいる。>

創価学会内でのイジメは御法度です
会長、副会長、職員の不倫も御法度です
イジメる側が100%悪いが池田先生の指導です

<それが人間社会。
仏法を学ぶ組織だからと
言って、特別な事はない>

そのとうりだと思います

<しかし、命より大切な組織と
叫ばれ、歴代三代会長の指導の
もと、軌道修正してきた。>

そのとうりだと思います

<創価学会本部内部の一部が
気にくわないからと言って
「池田先生」と言う偶像を
利用するのは如何なものか?>

利用している人も居れば
利用していない人も居ます

<池田教員なのか?>

私は違います

<創価学会員なのか?>

私は創価学会員です

<池田先生の指導により
たくさんの人生の苦難を
乗り越えて来た人も多く
います。
池田先生の指導を聞く読む
目的は何でしょう。>

人生を皆さんと楽しむためです

<池田教じゃないと言っても
池田先生が求めてる組織じゃ
ないと叫んでる事が池田教。>

イメージ、思い込み、自我機能による
レッテル貼りはやめましょう
池田教の教義がわかりません

<創価学会は池田先生のもので
もない。>

皆様のものです

<核禁止条約に賛成出来ない、
我が国、政府。>

情けなく思います
公式な公明党、創価学会幹部の発言をしりたいです

<しかし憲法9条は、なんとして
も守らないと先人の死をムダに
するだけ。
唯一、日本だけしかない
平和憲法を失う事だけは
許してはならない。>

憲法は宗教ではありません
変える変えないは、国民次第です
将来機が熟したら変えてもよしと
私は考えます
もっと素晴らしものが出来ると良いです
生意気言ってすみません
ありがとうございました
おやすみなさい
 

状況論的考察の欠如

 投稿者:小作人@地上の発心  投稿日:2017年 8月17日(木)23時58分25秒
編集済
  少子化で家系断絶、“墓じまい”を決断される人も増えている。
そうしたシビアな世相に思慮を巡らすこともなく、都合のいい時だけ御書を引き、
墓を建てることが絶対不可分の風習として固定化されているかのような印象操作。。

創価ルネサンスの内面化を遂に果たせず、21世紀に封建遺制の旧習を引きずり続ける限り、組織信仰の迷妄からは抜け出せない。
 

勤行の御指導

 投稿者:先駆の奏者  投稿日:2017年 8月17日(木)22時59分48秒
編集済
  ご無沙汰しております。
古い資料ではありますが、「勤行」というタイトルの池田先生の直筆のコピーをいただいたので、起してみました。
いつのものかは不明なのですが、ご存知の方も、もしかしたらおられるかもしれません。この御指導のように厳しくも温かく、説得力を持って話のできる会長はもう現れないのかな^^;

ここにおられる方で、良いか悪いかは別として、五座三座を実践されている方はいらっしゃいますか?

五座三座は実践されなくなり、経本のご祈念文もすっかり変質してしまいましたが、運よくかつての長行版の経本が手元にあるので、私は実践するように心がけています。引き題目良いですね。気持ち的には五座三座きちんとしたほうが勤行をしっかりできたと感じています。
訳のわからない今のご祈念文よりも、こちらのほうがしっくりくるなぁとさえ感じています。

以下ご指導を載せておきます。少し長いですが池田先生の御指導ですので、心に刻みたいと思います。基本は原文のままですが原文には句読点がないため、適宜句読点をつけました。

勤行

勤行は早からず遅からず声は大きからず小さからず中道がよい。五座三座
の勤行をきちんとやれば体がきちんとする。やってない人に限っておかしく
なるのだ。体を大事にしなければ広布の使いものにならない。勤行の弱々しい
人は必ず病気になる。声の大小速い遅いではなく、御本尊に響きのある題目
をあげる事が大事なのです。そして声の響きが帰つてくるのです。それが功徳
になるのです。要は御本尊に対する一念が大事なのです。五座三座の勤行
をしつかりやりなさい。そうすればどんな願いも叶うし、病気の人も体の調子
がよくなる。居眠りをしては駄目だ。おかしくなるのは勤行をきちんとやつて
いないからだ。勤行をきちんとやつているかいないかは自分が一番良く知つている。
やりきればすべてが軌道に乗つてゆく。体が疲れている時寝てしまつたほうが回復
するのではないかと思うかもしれないが、そうでなくしつかり勤行をするのだ。

寝不足なんかなくなつてしまう。仕事もうまくいく体制を整える為に勤行
をするのだ。宇宙と合致しているのだから、生命が大宇宙のリズムに乗らない
訳がない。小さく云えば実相だ。勤行こそ心のまた生命の最高の化粧法で
あり、且つ又最高の健康法である。白馬がパツパツと駈ける様な朗々
とした勤行唱題をしていきましよう。御本尊にビンビン響き感応してゆく
勤行唱題に無限の功徳があるのです。そういう勤行唱題を実践し、
はつらつとした人生を送つていこうではありませんか。疑いがあり形式的であれ
ば、その唱題は百万遍の題目を唱えたからと云つても境涯が開くもの
ではない。

自分自身の発心で一つの目標を掲げて唱題した場合には、
境涯は絶対に開ける。形式的に嫌々ながらでは何千万遍唱えても境涯は
開かない。本当に苦しんだとき、百万遍の題目を唱えなさい。勇気ある実践を
して行きなさい。皆さん方に題目を送ります。皆さん方もしつかり題目を
あげてほしい。送信機がいくら立派でも受信機がこわれては駄目だ。

自分自身の生活又は生活上で悩みがあつたら堂々とのびのびと百万遍
の題目をあげきってみて、どういう結果が出るかと云うことを、我が身で体験
していただきたい。それが論より証拠です。あゝいう事が出来るだろうか、
こうだあゝだと観念的に思っても仕様がない。御本尊様にぶつかりなさい。
題目をあげきつた場合は全部変毒為薬される。福運に変わつていく。
だから今どんな苦しい境涯であつても、仏法の原理から歯を食いしばつて
戦えば、何倍、何十倍、何百倍と広野が開けてゆく。又行き詰るそしてまた
ひろがってゆく。それを繰り返すのです。その時に題目を忘れてはならない。

全部必ず解決します。題目をあげておかないと、長い人生に於いて非常に
困ることになる。唱えられる時に唱えておきなさい。題目は貯金です。充電です。
人は死ぬまで様々な苦悩に直面するものです。思つてもいなかつた時に題目
をあげいた人といなかった人の差がはつきり現れるのです。あげている人は
変毒為薬し、あげていなかつた人は奈落に落ち込んで行く。仏道修行で一番
やさしいのは題目を唱える事であり、一番難しいのも題目を唱えることである。
喜びにも題目悲しみにも題目。斗にも題目。一切の活動の源泉は題目を唱えて
唱えて唱えきつて行く事だ。これが大聖人の仏法の真髄である。

創価学会会長
池  田  大  作
 

千の風になって

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2017年 8月17日(木)22時57分24秒
編集済
  墓について少しだけ。ただしこれが最後で議論をする気はありません。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/73175
>「お墓は、自分自身のためではなく、残った者が、故人を敬うためのもの」<

という考え方を否定する気はありませんし、完全に自由と思います。そういう考えを批判する人もいないと思います。
逆に批判されるとしたら「墓いらない派」の方でしょう。しかし、その「墓いらない派」も批判されるべきではないと思います。完全に自由と思います。
私は「故人」の立場でも「残った者」の立場でも「墓いらない派」です。「残った者」の立場では、写真やその他の遺品などからも故人を思い出し、敬うことは出来るからです。

私は墓石には特に何とも思わないのですが、墓地が好きじゃない。特に都心の。その理由はバブル期を東京で暮らしていたからです。
東京都内に家を持つことが出来ず、数時間かけて長距離……新幹線通勤という人もいました。生きている人が地獄の通勤をしている? なのに死んだ人が都心で暮らしている?
さらに都心の子供は遊ぶ場所がない。当時の子供は家でファミコンばかりやっていると言われていました。
「あの大きい墓……まさ前世の俺の墓ちゃうやろな?」「前世の俺の墓のせいで現世の俺は東京に家を持つことが出来ない」と本気で考えていました。今でもそう思います。
(我が地元ではドでかい墓を世界遺産にしようと頑張っていますが、あれを前世の自分の墓とは思わない。前方後円墳の美観を見せるには上から見せないといけないのだが……何かいいドローンのアイディアはないだろうか。)
だから「散骨」が認可された時は嬉しく思いました。そう機会はありませんが、そんな話が出たら散骨を勧めます。今のところ私の周囲で散骨に批判的な人はいません。
私なら小さな墓の中に閉じ込められるより開放的な海に散骨して貰った方がずっと嬉しいです。

>毎日ご祈念しているから墓は要らないと、学会でおそわりましたか? 大聖人様の御書に要らないと書いてありますか?<

→墓はいらないという御書はないでしょうし、必要、また大切という御書もないでしょう。墓は一つの化儀でしょうか? もし墓が大事というような御書があったら教えて下さい。

小説『新・人間革命』にあったと思うのですが、そもそも学会が墓地を持つようになったのは、草創期に差別されて別の墓(宗派は関係ない、どこでも問題ない)に入れて貰えないという事件があったからだと聞きました。これは納得です。しかし、現代にはそのような問題は無いのではないでしょうか。どこの寺も墓地はスカスカとか。
それに末法万年、広宣流布して生死流転しながら学会員が増えたら? みな学会の墓地に入りたいと言い出したら、いくら土地があっても足りません。

去年だったか、協議会で何度か墓地のアピール、申込受付の話しがありました。入信以来たいていの協議会には出席して来ましたが、こんなことは初めてでした。最近の失効部の様子からして、葬式仏教、墓ビジネスに走ったのだろうかという印象がありましたが、具体的なデータは持っていませんし、わざわざ追及する気もありません。
何人かで墓問題について話しましたが「墓いらない派」は世代が新しいほど多いです。しかし周りの目が気になって人前では言えないのです。

墓が欲しい人は持てばいいですし、要らない人にはそれを望むことも自由と思います。
 

同盟題目は23時に開始です。

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2017年 8月17日(木)22時57分22秒
  本日もよろしくお願い致します。
池田先生と奥様のご健康を祈ります。
また、戦争が起きないよう祈ります。

追伸
見込みない人びと様、のび太様、誠実一路様
今日は懐かしい方々がたくさん登場されました。
ありがとうございました。
 

フェイク 第1587号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年 8月17日(木)22時06分39秒
  (発行=17.08.17)

大石寺総代は僧俗共に謗法塗れ
信徒は神社参拝、坊主は道祖神の厄払い
総代の井出が三宮神社の祭礼に参列

日蓮正宗の総本山大石寺の総代・井出光彦が十三日、富士宮市内の三宮神社
の祭礼に参加した。三宮神社の祭礼は午前九時半ころから始まり、井出は社(
やしろ)に向かって拝礼していた。

井出が三宮神社に参拝したのは今回だけではない。創価新報(八月十六日付)に
は一昨年の八月にも同神社の神の聖域を示す「紙垂」で囲まれた社の前で合掌
・礼拝していた写真が掲載されており、例年のように参列しているのである。

この井出は、去る七月に大石寺の総代に再任されたばかり(下の辞令を参照)。

以前、井出は曽我神社の総代も兼務していた。そして大石寺の二大法要など
の際、ニセ法主の日如を先導して大石寺の境内を練り歩き、日如は謗法の総代
の後に続いて歩いていたのである。

 本紙前号で大石寺近郊の日蓮正宗の某寺のY副講頭が富士宮の上野地域を探
索する講座〔東西南北・歩こう上野〕という企画で五月二十七日に双体道祖神、
精進川浅間神社、馬頭観音の像の石造物や神社などを巡る案内役を務め、石造
物や神社の由来などを説明していたことを紹介した。

 更に、本紙第一五八二号では、富士地方部長の清功が六月、富士宮市・西山
本門寺の境内にある織田信長の首塚で行われた「信長公供養祭」に参列し、西
山本門寺・大詮坊の本間裕史住職をはじめ浄円坊、妙円坊の僧侶達が経を上げ
ていた時、清功も同座し焼香したことも伝えた。

 実は、この清功は浅間神社の神事に参列する常連だ。平成二十五年八月、小
川只道(理境坊)が清功に向かって「地方部長の立場にありながら神社の行事
に参加するとは何事か! 皆さんの前で謝りなさい」と叱り付けたことがある。

だが、小川には法華講員に謗法行為を叱責する資格はない。平成三年六月十
六日、関西医師会の有志が大石寺を訪れた際、正本堂や大客殿を案内した小川
は観光案内の代価として金員を貰った。

 また、同年八月四日、大石寺近くの熊久保地区で道端の道祖神に向かって「
厄払い」と称して読経・唱題して〝謗法の人達〟から供養を受け取っていた。

 これだけではない。同六年十一月五日、身延派の布教師会一行が大石寺を訪
問した際、大石寺側が丁重に迎えた様子が身延派の「布教師會報」 第二十号
に「日蓮正宗総本山・大石寺研修参拝記」として掲載された。

「参拝記」の公表により、身延僧八人の見学は「大石寺内事部の理事からの応
諾の電話を頂戴」して実現したとか、後日、案内役の大石寺僧から丁重な礼状
が送られてきた等々、裏の事情が明るみになった。

この「大石寺内事部の理事」とは小川のことで「(身延の)皆様の暖かなお
心に触れ(略)暖かな気持ちで御案内申し上げることができましたことを感謝
しております」と礼状を送った。

この小川只道も大石寺の総代で、大石寺総代は坊主も信徒も謗法に塗れてい
る。

 

海外の活動と広布

 投稿者:生涯&広布一筋兄弟メール  投稿日:2017年 8月17日(木)22時05分40秒
編集済
  赤胴鈴之助様の問いかけに、少しだけ見聞と自身の体験も少し・・・・

自らの体験を書くのには少し勇気がいりますので・・ダラダラとした文章になりそうですが・・

昔、昔、日本で世界広宣流布をやるぞ~と一緒に叫んでいた青年部勇姿はどこへ??

・・・・結局、自分で決意した人がやるしかありません・・

行った先には困難が・・常にあります。

普通の語学的苦労、現地人となれる苦労、地域、慣習の違い、食事の苦労は当たり前として、

生活費、職、ビザの苦労なども・・

既存の組織に溶け込むのも一苦労ありますが・・

それを一歩抜け出して、ひとり、未開の広野に挑む・・

そこには並々ならぬ苦労が・・

病気、怪我、泥棒、詐欺、騙しなどなど、日本人が会社を作るとすれば砂糖に群がる蟻のように、

群がり、一つ残さず奪われる。大会社でさえそうですから、

小さい会社であれば・・ひとたまりもありません。

世界には素晴らしい多くの開拓者がいます。

片野夫妻のように爆撃の中、その地域にとどまった人。

カンポジアの紛争時、命からがら日本へ帰還できた同志

しかし、逆に逃れるように日本へ帰って行った多くの同志も・・・

アフリカ人と結婚した創価大卒業の女子部

夢見てアフリカの夫の地へ・・そこで見たものは想像を絶した

妊娠して、逃げるように国を去り、イギリスへ逃れ、そこで夫に無断で中絶・・

そして、離婚届を送り、日本へただひとり帰国・・

また、現地人ではフランスの現地人、ひとりしかいない地域・離婚、生活の見通しが立たずも、

生活保護を受けてそれでもその地域が好きで離れずに孤独の中信仰を続けた婦人・・

ほか、少女時代、父親にレイプされ精神障害を患い、この仏法に巡り会い・・やっと生きているある女性。

また、キリスト教の害毒か自分は罪多き人間と・・暗い性格がなかなか治らず苦労しているメンバー

つまり、原罪で悩んでいる人が多い・・


さて、いろいろあった最初の地。

個人的には大きな宿命転換をさせていただいた年月、最初から、最後まで騙され、略奪され続けの地でした。

しかし、広布的には確かな、大いなる結果を残して・・新たな地へ・・

そして移った人知れぬ町、地域、国、いろいろ迫害、困難があって、それでも愛して止まぬ地

そういった地にめぐり合う事の嬉しさ・・泥棒にあっても・・しょうがないな~

パスポートや貴重なパソコンを奪われたり、財布とバッグごと盗まれて・・

タクシードライバーの暴力やスタンガン攻撃

警察官に言葉が通じぬ事を逆手にとって逆に犯人、加害者にされての投獄・拘置・・

このやろうと思っても・・なぜか心の底から憎めぬ・・これで、また一つ業が消えたと・・・・

一人暮らしでの大怪我も・・

しかし、だからこそ胸にはいつも師匠の熱き祈りが、そして、自ら御本尊様に祈る・祈る 、そして祈る

そういう中、ひとり、またひとりと同志が増える喜び・・

10年、20年で大きく変わり、30年ですっかり変える事ができると・・師匠

間違いあありません。

しかし、今は、思ってもみなかった創価の変貌です・・

なんの為の長年の苦労であったのかと・・は、昨年の事でした。

いまは、新たな使命に目覚め・・年老いてもこれからこそ本門の時代・・と
 

見込みない人々様

 投稿者:日蓮仏法2.0メール  投稿日:2017年 8月17日(木)21時35分4秒
  凡夫即身成仏論を読んで ?投稿者:見込みない人々 ?投稿日:2017年 8月17日(木)11時48分18秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/73171
感想等ありがとうございます。私にとっても大変参考になります。
結論は仰る通りです。
>全ての凡夫が本来仏であり、御本尊に唱題することにより大聖人と同じ仏界が慂限する。単純と言えば単純ですが、池田先生が何回となく教えてくれたこの私達の修行の根本原理を深く補強してくれ勇気づけてくれるのが「凡夫即身成仏論」である、と思います。<
なのに、なぜ分かりにくいのか? 正宗・日寛教学に慣れた人の場合にはその既成観念から脱却し、意識変革する必要がありますね。先にご紹介した若い世代ですと、余分な足枷も無いので、すんなりと理解できるようです。
>後半は五重相対(の本迹以降)を脱構築・再構築する試み(の後にこれをキーにして本仏・成仏の姿等に切り込んでいく)ですので、既に私が身に着けている五重相対の理解を一度解体し、再構築することが必要でこれに骨が折れます。<
素晴らしい自己認識・自己反省ですね。その謙虚な姿勢に頭が下がります。
私なりに本尊論・題目論・教主論の一番基本的な問題を体系的に脱構築しています。従来の日寛教学の文底・下種仏法と日蓮本仏論を末法の凡夫本仏論へ止揚しています。そのために、「末法の本門観心の立場」から、四重相対と御本尊の三層構造を提案しています。私はこれで行けると思っています。
 

お詫び・訂正その五十五

 投稿者:The logic in the place  投稿日:2017年 8月17日(木)21時23分53秒
  レ・ミゼラブル025補足 ?
投稿者:The logic in the place
?投稿日:2015年 6月 9日(火)01時52分0秒   通報

引用「彼は悲しむ者や罪を悔いる者の方へ身をかがめた。世界は彼に一つの広大なる病であるごとく思われた。彼はいたる所に病熱を感じ、いたる所に苦悩の声をきいた。そして彼はその謎を解かんとせず、創痍を包帯せんとした。万物の恐るべき光景は、彼のうちにやさしき情をますます深からしめた。あわれみ慰むべき最長の方法を自己のために見いだすことと、他人にそれを勧むることとにのみ、彼は意を用いた。存在するところのものは皆、このまれな善良な牧師にとっては、慰藉を求めながら常に悲哀に沈んでるのであった。
 世には黄金を採掘するために働いている人々がいる。司教は憐憫を引き出すために働いていた。全世界の悲惨は彼の鉱区であった。いたる所に苦しみがあることは、常に親切を施すの機縁となるばかりであった。汝ら互いに愛せよ。彼はその言を完全なるものとして、それ以上を何も希わなかった。そこに彼の教理のすべてがあった。」

再び、人間革命第三巻「群像」(笑)から
「戸田城聖の人間的魅力は、はなはだ独特なものであった。新しい会員が、ひとたび彼に接すると、たとえ信心のことはなにもわからなくても、彼の人間としての魅力に惹かれ、終生わすれえぬ感銘を、それぞれ懐くのであった。~彼は前科何犯であると告白するものの罪は、けっして責めなかった。しかし、命をすりへらしての真剣な指導に、虚栄と追従と、お世辞と傲慢さで応えるものを見る時は、それを許さず、突如、烈火のごとく怒りだす。そして、全魂をもって、その虚栄と傲慢をたたきだすのであった。不真面目な、ずるい妥協は、絶対にしなかった。
 こうした時の彼の豹変を、人々は、理解に苦しむことが多かったようである。それは、誰よりも鋭敏に、虚偽をかぎわける彼の心のはたらきを、人々が容易に気づかなかったからではあるまいか。こんなことに、なぜあんなに怒るのであろうか、と疑問に思った人々も、後日になって叱られた人の身の上におきた現象を知って、はじめて戸田の怒りは当然であったと納得することが多かった。そして、彼の怒りが慈愛から発したものであったことを知って、一驚するのが常であった。
 彼の振る舞いのさまざまの様相は、まさに仏法に説く「無作」というよりほかになく、それに接した人の実感は、説明しがたいものがあった。そこには、世間的な通念では律しきれぬものを含んでいたのである。
 多くの人々にとって、ある時はもっとも近寄り難い戸田城聖であり、ある時はこの世の誰よりも、一切を包容してくれる戸田城聖であった。それは、戸田の心が、その時その時で、目まぐるしく変転したからではない。戸田に接する人々の心の状態が、その時々に変化していたからである。いわば戸田は鏡であった。彼に接する人々の心が、彼という鏡によって、それぞれの心の、その時々の実相を赤裸々にさらけだされたにすぎない。しかし人々は、そのことには少しも気づかなかった。そして気づかぬばかりか、逆に彼の豹変に呆気にとられていたのである。
 彼と面識をもった多くの人々は、その強烈な第一印象を、いつまでも忘れることがない。その折り、彼らの心に映じた戸田城聖の像は、人生のさまざまな浮沈にあっても、つねに色褪せることなく、彼の没後、年月を経ても、ますます鮮明さをまして、脳裏に浮かんでくる。それは、戸田のもつ独特な魅力の源泉が、全人類の幸福を願う彼の希有な信心の確信の深さであり、人々の心にそれが永遠に生きているからである。」

池田先生も戸田先生同様に今も最高幹部に対しては烈火の如く怒っているでしょう。だから、先生とDVD「レ・ミゼラブル2012」を一緒に鑑賞してくださいね(笑)。先生は、その巧みな映像演出に大変に感動すると思います。全編ほぼ豊島与志雄訳に沿っています。
先生に「本読んだのか?」と聞かれたら、「岩波文庫の第一巻 第一部 第一編 正しき人を熟読しました」と宿板参考に述べれば良いんです(笑)。きっと先生は「良し!」と言われると思います。ただし、「それで~」と聞かれたら烈火のごとく怒られる前に、DVDのスイッチを入れて鑑賞モードに入れば難?を逃れられるでしょう(笑)。
さて、「第二編 堕落」から話を進めていきたいのですが、「昭和54年問題」へ寄り道をしますので、しばらく「レ・ミゼラブル」はお休みします。片付いたら再び延々と書き込みをしますので、よろしくお願いいたします。
ーーーーーーーーーーーーーー

この補足025は、以下の会則

????????
第14章 賞罰
(懲 戒)
第78条 この会は、会員としてふさわしくない言動をした会員に対し、その情状に応じ、戒告、活動停止または除名の処分を行なうことができる。
????????

に主観的に大変該当します。

最高幹部に烈火の如く怒っている?そんなことは有りません。こんな言う奴はトンデモナイ!古い人間革命を引用したりする者があ、反逆者!裏切者!極悪!大極悪人です。

私が極悪人です。誠に(×10)お詫び致します。
二度(×8)と欠点を挙げつらうことは致しません。極善弟子になるために、二度(×8)とこのような投稿は致しません。だから許して下さいね。何度も丁寧に謝ってますよ。

古い人間革命を引用する者は、査問・除名対象です!今、コッソリどんどん文面削除して再版しているのに、昔の削除していない文章を引用するのは御法度ですよ!極悪人です!

だから、私は何度(×10)も、お詫び・訂正・謝罪・改心を、極善会員の皆様のように『裏』ではやらずに、この宿坊の掲示板で『公』に謝罪しますね。これが一般社会通念です。

会則における全権統理する会長が『黒は白だ、偉いんです!』と次々に認定発言されれば、我々末端の会員は、それに付き従い『その通り、黒は白です!』と次々に口裏合わせするのが当たり前です。
それが極善弟子になり、改心した証ともなり、処分も解雇もクリアーできる営為です。

極善弟子、極善会員に間違いなど無い!間違いを糾す者が間違ってる!と言うことを私は繰り返して、頭悪いんで、また繰り返すかもしれません。この繰り返しが極善会員への改心活動です。

その都度、何度も訂正して、『間違いが間違っているから、間違いなんだ?いや、会長が認定している!池田先生も認定しているはずだ!だから、これで良いのだ!』と三段論法的に謝罪・訂正・お詫びをば今後共にしていきたいと存じます。ちゃんと監視している大極善弟子の極善会員の皆さまは記録して下さいよ。

今更、改心しても手遅れですが、頭悪いんでこれからもどしどし誠実にして真面目な極善会員になれるよう、改心した極善会員の証を投稿したいと存じます。
もっと早く大極善会員さま方(特に高位の本部職員)のように用意周到に、情報源を叩き潰してコッソリ改心していれば良かったと草葉の陰で反省しています。

処分の撤回は二度と無く、今生では査問やら対話も全く有りませんが、今後も謝罪・訂正をば続けていきますよ。今世限りですがね。

お元気ですよ、ありがとうございました。
 

お詫び・訂正その五十四

 投稿者:The logic in the place  投稿日:2017年 8月17日(木)20時46分3秒
  レ・ミゼラブル024補足 ?
投稿者:The logic in the place
投稿日:2015年 6月 9日(火)00時48分34秒

引用「司教は甲の信条についてどう考えていたか、また乙の秘蹟についてどう考えていたであろうか。しかしそのような内心の信条の奥秘は、人の魂があらゆる衣を脱ぎ捨てて入りゆく墳墓によって知らるるのみである。ただ吾人に確かであることは、信仰上の難事に会っても彼はかつてそのために偽善に陥ることがなかったということである。金剛石にはいかなる腐敗もあり得ない。彼はでき得る限り信仰のうちに身を投じ、われ父なる神を信ずと、しばしば叫んだ。その上、彼はおのれの善行のうちより良心に必要なだけの満足をくみ取り、汝神とともにありと、低くささやく声を自らきいた。」

 『会憲をどう考えたか、板本尊についてどう考えていたであろうか、先生は語らないでしょう。先生は出来得る限り、現場を知り現場会員の中に身を投じ、仏性を信じて人間革命を書き綴っている』のではないですか。

引用「ここにしるさなければならないと思われることは、言わば信仰の外に、そして信仰のかなたに司教が過度の愛を有していたことである。自己主義が衒学癖の合言葉となるようなこの悲しき時代の用語を用うれば、彼が「まじめな人々」や「謹厳な人々」や「理性的な人々」から欠点ありと目せられたのは、そこから由来したことであって、彼があまりに多く愛したがゆえである。がこの過度の愛とは何であったか。それは吾人がすでに前に示したように、人間の上に満ちあふれ、時としては事物にまでも及ぶ一つの朗らかな親切であった。」

『先生は信心の外に、そして信心のかなたに過度の広宣流布(同苦)を有していた。先生が「まじめな人々(単に宗教教義のみに拘る信者)」や「謹厳な人々(僧侶)」や「理性的な人々(大学教授)」から欠点ありと目されたのは、そこから由来したことであって、彼があまりに大変な世界広宣流布(同苦)を目指したがゆえである。がこの過度の同苦とは何にであったか。それは吾人がすでに前に示したように、人間の上に満ちあふれ、時としては事物にまでも及ぶ一つの朗らかな慈悲であった。』と言うことでしょうか。

引用「その青年時代やまたは壮年時代について伝えらるるところによれば、ビヤンヴニュ閣下はかつては熱情的なまたおそらく激越な人であったらしい。そして今の広い温和な性質は、天性によるものというよりはむしろ、彼の心中に長い生涯を通じて澱みきたり、思想を通じて静かに彼の心中に落ちきたった、大なる確信の結果であった。」

『先生も、青年時代には人間革命にあるとおり、また6・30の学生部結成のメッセージにもみられる通り、激越であり、情熱的でした。この宿板を読んでいる青年部は「激越・情熱的」に同苦の折伏戦を実践してください。信心するしないに関係なく、心から納得し合える友人がたくさん出来ます。これが宝です。内弁慶な学会組織の役職では信仰は長続きしません。先生と同じく、外へ外へと拡大していくんです。真剣な対話は人格を高め、相手にシンクロして知識も飛躍的に拡大していきます。それが大なる確信の結果になります。』

引用「彼は神の偉大とその現在とを思った。永遠の未来という不可思議な神秘を。永久の過去という更になお不可思議な神秘を。おのれの目前にあらゆる方向に深まってるすべての無限なるものを。そして彼はその不可思議なものを了解せんと努むることなく、ただそれを見つめた。彼は神を研究しなかった。彼はただそれに眩惑した。彼は原子のあの驚くべき縫合を考察した。物質に諸の外形を与え、その外形を定めながら力を顕現し、統一のうちに個性を作り、広がりのうちに割合を作り、無限のうちに無数を作り、そして光によって美を生ぜしむるあの縫合を。それはたえず結ばれてはまた解ける。そこから生と死が生ずる。」

『宇宙と仏法、調べて読んで下さい。』

さて、アルベア様の論を支えるために、我々の誤認識をひとつ出しておきます。

言葉による無認識。皆さんは高校を卒業されていますか?高校中退、中学卒業の方もいると思いますが、「全日制普通課程」とか「全日制~課程」「定時制普通課程」なんて言う高等学校に行かれた方が多数です。
「普通課程」って「普通」とは何?という疑問です。
昔、私が男子部時代に男子中等部責任者で職業幹部の一人っ子の家庭訪問をした際、この子に「希望なり未来は?」と尋ねたら「普通の高校に入り、普通の大学を卒業して普通の会社に入り、普通の結婚をして、普通の生活をしたい!」と答えられました(笑)。「普通???」あの時は何と返答したらよいか悩みましたが、
この彼は、結局 大学(当然、創大ではない)を卒業して地元企業に就職し、彼女が新興宗教の信者であったことがきっかけで退転(未来部・青年部でも未活動だったようで)して、親のところにもまったく帰らない人となりました。親が可哀想です。

さて、この「普通」という概念は何でしょうか?
これは価値観であり哲学の領域になります。私たちが学校で学んできた哲学は、ヨーロッパ中心主義と呼ばれる唯物論が基本になっています。エドワード・サィードという比較文化学者の「オリエンタリズム」という著書に西洋から見たオリエント(東洋)とは、怠情であり好色で頭脳的、肉体的劣等という差別感を西洋人(東洋と我々は違う)が自己理解していると主張しています。
先生が戸田先生と出会った時に、「ベルグソンですか?」と仏法を理解しようとした様に、今まで教育を受けて来た我々は、かなりの西洋かぶれで、東洋思想を正しく理解していないという点を第一に自認しておきましょう。
次に先生がトインビーを含む世界の著名人と対話をしている点を第二に理解して、これまた書物を時間のある限り読了されることを勧めます。
これを実行してからアルベア様の論を読んでいくと納得されると思います。先般、紹介したスリランカ生まれのC・ウィッキラマシンゲ博士との対談、上巻を見つけて読みましたが第二章科学と宗教は圧巻ですね。アルベア様の言うとおりです。
先生いわく「第三の心理学がめざす自己実現のプロセスならびに超越体験・至高体験の中に、仏教心理学での十界論、とくにそのなかでも四聖すなわち声聞・縁覚・菩薩・仏の境地に至ろうとする試みを見いだせると考えております~マズローも晩年においては、至高体験をバネにして、個人を超えた広大無辺な意識のレベルの存在を指摘し、この領域をトランスパーソナル(超個)と呼ぶことによって、第四の心理学すなわちトランスパーソナル心理学を誕生させております。マズローも、個的自我を超えた宇宙根源の大生命へと向かおうとしていたことが明らかです。」と語っています。超越体験・至高体験とは何?アルベア様にどんどん質問していきましょう。
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この補足024は、以下の会則

????????
第14章 賞罰
(懲 戒)
第78条 この会は、会員としてふさわしくない言動をした会員に対し、その情状に応じ、戒告、活動停止または除名の処分を行なうことができる。
????????

に主観的に大変該当します。

会憲?何だ、それは?同苦してますよ、いろいろとやってしまったことで。でも、そんなことは関係ない。組織の将来を考えた上で、決めたことをひたすら実行しているだけだからこれで良いのですよ。どうなろうが決めたことは二度と撤回しません。
だから本読んでくだらない文句言う奴はトンデモナイ!そんなことを揶揄する者があ、反逆者!裏切者!極悪!大極悪人です。

私が極悪人です。誠に(×9)お詫び致します。
二度(×7)と欠点を挙げつらうことは致しません。極善弟子になるために、二度(×7)とこのような投稿は致しません。だから許して下さいね。何度も丁寧に謝ってますよ。

上着も着ないで、ノーネクタイ、ワイシャツはだけてクールビズ姿で読経・唱題を短時間で済ませることが常識なのですよ。儀式、この姿勢が当たり前です、それが極善弟子の姿です。これからは四季に関係なくラフな服装で短時間唱題が基本になります。文句言う奴は、即除名!許しません、右に倣らうのが極善弟子の証明です。勝手な儀式は認めませんよ、査問・除名対象です!

だから、私は何度(×9)も、お詫び・訂正・謝罪・改心を、極善会員の皆様のように『裏』ではやらずに、この宿坊の掲示板で『公』に謝罪しますね。これが一般社会通念です。

会則における全権統理する会長が『黒は白だ、偉いんです!』と次々に認定発言されれば、我々末端の会員は、それに付き従い『その通り、黒は白です!』と次々に口裏合わせするのが当たり前です。
それが極善弟子になり、改心した証ともなり、処分も解雇もクリアーできる営為です。

極善弟子、極善会員に間違いなど無い!間違いを糾す者が間違ってる!と言うことを私は繰り返して、頭悪いんで、また繰り返すかもしれません。この繰り返しが極善会員への改心活動です。

その都度、何度も訂正して、『間違いが間違っているから、間違いなんだ?いや、会長が認定している!池田先生も認定しているはずだ!だから、これで良いのだ!』と三段論法的に謝罪・訂正・お詫びをば今後共にしていきたいと存じます。ちゃんと監視している大極善弟子の極善会員の皆さまは記録して下さいよ。

今更、改心しても手遅れですが、頭悪いんでこれからもどしどし誠実にして真面目な極善会員になれるよう、改心した極善会員の証を投稿したいと存じます。
もっと早く大極善会員さま方(特に高位の本部職員)のように用意周到に、情報源を叩き潰してコッソリ改心していれば良かったと草葉の陰で反省しています。

処分の撤回は二度と無く、今生では査問やら対話も全く有りませんが、今後も謝罪・訂正をば続けていきますよ。今世限りですがね。

お元気ですよ、ありがとうございました。
 

同盟?それとも内部テロ?

 投稿者:カラスの坊主  投稿日:2017年 8月17日(木)20時34分30秒
  まず
創価学会は一時期、未活も含め
1000万人近くの会員もいました。
現在は半分以下、活動家にいたって
は100万人いるか、いないか。

それでも100万人いる。
100万人の人間が組織にいたら
色んな人間がいる事は当たり前。
いじめる者もいるだろう、いじめ
られる者もいる。
組織にいる目的が皆違う。
大義名分は一緒でも、恋愛目的、
性的満足を満たそうとする者。
それこそ、不倫してる者もいる。

それが人間社会。
仏法を学ぶ組織だからと
言って、特別な事はない。

しかし、命より大切な組織と
叫ばれ、歴代三代会長の指導の
もと、軌道修正してきた。

創価学会本部内部の一部が
気にくわないからと言って
「池田先生」と言う偶像を
利用するのは如何なものか?

池田教員なのか?
創価学会員なのか?

池田先生の指導により
たくさんの人生の苦難を
乗り越えて来た人も多く
います。
池田先生の指導を聞く読む
目的は何でしょう。

池田教じゃないと言っても
池田先生が求めてる組織じゃ
ないと叫んでる事が池田教。

創価学会は池田先生のもので
もない。

核禁止条約に賛成出来ない、
我が国、政府。
しかし憲法9条は、なんとして
も守らないと先人の死をムダに
するだけ。
唯一、日本だけしかない
平和憲法を失う事だけは
許してはならない。
 

原発を減らすことは国益

 投稿者:のび太  投稿日:2017年 8月17日(木)18時09分3秒
  お久しぶりです。

このお盆休暇に気の合う仲間と会いました。

米朝の緊張関係のなか、ユーチューブに投稿された動画が話題になりました。

2017.2.4 に株屋のおっさんが会員向けに話している動画です。

話しを盛っている部分もありますが、知らないより知っている方がお得です。

https://www.youtube.com/watch?v=yCvn-CcOmro
 

池田先生のスピーチに学ぶ【「現実」という大地を離れて仏法はない。「民衆」という大地を離れた宗教者は根なし草】

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2017年 8月17日(木)16時27分2秒
  池田大作全集76巻
海外派遣メンバー協議会 (1991年2月14日)⑧

■松尾多勢子――女志士の現実に根ざした知恵

さて先日、文芸部員の古川智映子さんが、近著を届けてくださった。(=古川さんの前作『小説土佐堀川』については、昭和六十三年十二月の第十二回本部幹部会で言及。本全集第72巻収録)

題名は『赤き心を』(潮出版社)。幕末から明治維新にかけての激動期を″女志士″として生きぬき、戦った一人の女性――松尾多勢子の物語である。

多勢子は実在の人物。孝明天皇の暗殺を狙う幕府方の動きを探ったりしている。古川さんは、人知れず、しかし激しく生きたこの一人の女性を、共感をこめてつづっておられる。

主義主張は別として、日本史上まれにみる激動のなかに、みずから身を投じていった彼女の姿は、人間の生き方に一つの示唆を与えていると思う。そこで、著書の内容にそって、少々お話しさせていただく。

多勢子が、自己の信条にもとづく活動のため、信濃国(現在の長野県)から京都に出たのは、一八六二年。彼女が五十二歳の時であった。物語は、その旅立ちの場面から始まる。

十人の子どもを産み、子育ても、家業も、すべて成し終えた彼女は、静かに余生を送ることもできたはずである。まして、当時の京都は、維新前夜の動乱にあった。謀略、暗殺、裏切り――「死」と隣り合わせの世情であった。

″無為な毎日を生きるより、私は私の心の命じるままに生きたい。否、生きてみせる″――そんな強い決意が、彼女を支えていたにちがいない。
書名の『赤き心を』は、歌人でもあった多勢子の歌からとったものである。

「武士の赤き心を語りつつ 明くるや惜しき春の夜の夢」――。

幕末、多くの青年たちが、それぞれの燃えたぎる「赤き心」をもって立ち上がった。多勢子も、いつも青年とともにあった。あるときは″母″として、腹をすかせた志士たちに食事をさせ、あるときは年長者として、人生の相談にものってあげた。

在京中、坂本龍馬、久坂玄瑞(吉田松陰の高弟)、品川弥二郎(高杉晋作等とともに戦い、維新後は内務大臣となった)らとも知り合っている。

″女志士″多勢子の強さはどこにあったのか。それは、一言でいえば、女性ならではの「現実に根ざした知恵」であったと言えよう。
あるときは、一人の青年にこう語る。「論議だけを先走りさせるのは危険に思いますよ。激情に走り、実体を見抜く目を失うとまずいことになりましょう」と。

そのとおりである。現実を直視せず、憶測や思い込みに動かされるのは、愚かであり、不幸である。

当時、朝廷での討幕運動の中心人物であった岩倉具視は、勤皇方からは幕府に味方する裏切り者と見なされ、生命を狙われていた。そうした岩倉に対する皆の考えが変わったのも、物事の本質を見誤ってはならないと主張した多勢子のおかげであった。

また多勢子は、何があっても動じない。″口八丁、手八丁″で、やっかいな敵をも、うまく御してしまう。
あるとき、多勢子は捕らえられた仲間を探しに、一人で敵の拠点に忍びこむ。怪しまれると、とぼけて、「あまり疑うと(中略)知られたくない隠しごとでもあるのかと思いたくなります」と逆に切り返す。

そして「妙に図々しくて、それでいて虫も殺さぬような人なつこい笑顔」で、相手の心に飛び込み、相手がひるむと、たちまち自分のペースに引き込んでしまう。とうとう最後には、仲間の居場所も、敵の秘密も、つきとめてしまう。

ある人から「どうしてそう強くなれるのでしょうか」と問われ、多勢子はこう答える。
「(=私は)子供を育て、畑を耕し、家業に励み、多くの使用人たちをまとめてきました。夢中で、ただ家をとり仕切ってきただけなのです。地に足をつけて踏んばってきただけなのですよ」と。

「地に足をつけて踏んばってきた」――ここに、多勢子の飾らないたくましさがあった。

現実の大地に、人生の根を深く張った女性は強い。根を張ってこそ、年とともに、栄えの葉を茂らせ、満足の花、勝利の花を爛漫と咲き薫らせていけるのである。


■「現実」に生き「民衆」のなかに生きよ

仏法は現実主義である。多くの外道が観念論におちいるなか、釈尊は厳然と、現実に即して離れない中道の生き方を説いた。

「現実」という大地を離れて、仏法はない。「民衆」という大地を離れた宗教者は、根なし草となる。現実に背を向ける者は、現実から背を向けられる。民衆を見くだす者は、民衆から軽蔑されよう。

私どもは、日蓮大聖人の仰せのままに、いかなる苦労もいとわず、「現実」に生き、「民衆」のなかに生きぬいてきた。ゆえに御本仏のお心に感応し、広布の大展開があったと信ずる。

私どもは変わらない。この道を行く。法のため、人類のために。だれが変心し、堕落しようと、また私どもにまで、その民衆利用の計画に従わせるため策動しようと、学会は変わらない。従えば、仏法は死滅する。人類の希望の太陽は消える。断じてできることではない。

悪に従わねば、悪に迫害される。当然のことである。変心と堕落の人々からの攻撃は、信仰者の勲章である。

私どもは「地涌」の戦士である。大地から陸続と涌き出でた、御本仏の眷属である。三世にわたる門下である。

地涌――ここに大きな意義がある。決して、高いところから天下ったのではない。

地涌には「民衆」の鼓動がある。地涌には「平等」の響きがある。地涌には「自発」と「自由」の歓喜の調べがある。どうか、この「民衆連帯の道」を、また、広々とした「世界への道」を、ともどもに楽しく歩んでいただきたいと申し上げ、スピーチを結ばせていただく。
(東京。新宿区内)

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池田大作全集76巻
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いつから、お墓が要らなくなったのですか?

 投稿者:謎の弟子X  投稿日:2017年 8月17日(木)15時33分24秒
  昨日、数名の方が、お墓は要らないと発言されておりました。

そもそも、お墓は誰のためにあるのでしょうね。

御本人は亡くなってしまえば、後の者に迷惑はかけられないと思うかもしれませんが、
父上、母上、配偶者、子供、親戚を思い浮かべてみてください。

亡くなって、火葬で骨だけ残ったとき、「骨だけになっても慈しみ、大切にしたい」と思わないのでしょうか?
父と母なら一緒に安置してあげたいと思いませんか?
お世話になった学校の先生や、会社の上司や同僚、友人のお墓参りに行ったことはありませんか?

「お墓は、自分自身のためではなく、残った者が、故人を敬うためのもの」であると私は思います。

毎日ご祈念しているから墓は要らないと、学会でおそわりましたか? 大聖人様の御書に要らないと書いてありますか?

◆(文証)大聖人の御書
春の祝御書

さては故なんでうどの(南条殿)はひさしき事には候はざりしかども・よろず事にふれて・なつかしき心ありしかば・をろかならずをもひしに・よわひ盛んなりしに・はかなかりし事わかれかなしかりしかば・わざとかまくらより・うちくだかり御はか(墓)をば見候いぬ、

→ 大聖人様は、わざわざ鎌倉から自我偈を読みに、お墓参りに行かれています。

◆牧口家、戸田家、池田家もお墓があります。

◆◆2つめの論点として、「どこの墓に入るのか」
死亡した人を火葬して骨をお墓に入れるのは、法律も整備されている「日本では一般常識的」なことです。

医師の「死亡診断書」と、火葬した骨つぼに入っている「埋葬証明書」をセットで提出して墓に入れるのです。
墓に入れず骨つぼをいつまでも家に置いていても法律上問題ありませんが、庭に勝手に埋葬したら犯罪です。
海や山に撒く、散骨も流行ってきていますが、勝手に撒かれては迷惑なので、伊豆や熱海では条例で禁止されていたりするようです。

学会員が宗派として入る墓は、墓苑と一部の寺しかないと思います。
私も墓苑に墓を持っていますが、何次募集目か、順番待ちしてやっと手に入れたお墓です。
おそらくそこに私は入ります。
もし、墓苑が何度も募集することは金儲けだと揶揄するならば、それ相応の文証がないと、根も葉もない単なる中傷になってしまいます。擁護するわけではありませんが、何か明確なものがあるのでしょうか?

そして、私の周りの「もうすぐ入る予定の人達」は「墓苑か?それ以外か?」とても困っています。
更に、今の学会が嫌な方、除名された方は、何処の墓に入れば良いのでしょう。
それともやっぱり墓は要らないとお考えになられますか、故人の自由ですからお任せします。

なかなか答えの出ない、とてもセンシティブな問題です。
 

西山論文について感想

 投稿者:誠実一路  投稿日:2017年 8月17日(木)14時59分4秒
  久しぶりに投稿させて頂きます。
グリグリさま、論文のまとめありがとうございますm(__)m
こういった論文があるんですね(^^)
勉強になります。

「創価仏法の原点」が、「仏とは生命なり」との戸田先生の悟達であるとありますが、例え法華経以前であっても当時、戸田先生が仏法を求め確信をついた一コマであるなら私は問題無いと思います。また、2回目の発迹顕本以前を創価の原点としているのらどうかというのは次元を異とすると思われます。
獄中の悟達から始まり、発迹顕本までの流れが大事だと思いますし、振り返れば創価仏法の原点とは「仏とは生命なり」との獄中の悟達に落ち着く表記になると思います。

私自身、信心の原点と言える時はいくつもありますが、突き詰めて言えば学生時代の体験が原点と言えます。

種々、西山さんの論文で思うところがありますが、時間見つけて書き込もうと思います。

研鑽の機会、ありがとうございますm(__)m
 

異常気象に思う

 投稿者:ミネルヴァの梟  投稿日:2017年 8月17日(木)12時31分43秒
  梅雨はもう明けたはずなのに、東京では17日連続の雨。

1977年に22日連続という記録があり、まだそこまでは行っていないが、とにかく気象がおかしい。

歴代国土交通大臣に人徳が無いからか?と本気で思う。
実際中国などでは、為政者に人徳が無いから国土に災いが起こる、というような考え方があるようだし、何より我々が信奉する仏法には依正不二という法理がある。

正法が正しく実践されていれば、こういう事態にはならないはずだ。

私が子供の頃、竜巻発生のニュースなど聞いたことがなかったし、家が潰されたニュースなど、もっと聞いたことがなかったが、今はしょっちゅうだ。スマホなどが普及し、記録映像が得やすくなったからニュースが増えただけ、と言う人もいるが、それだけではあるまい。

満州などでも、日本人が入って来る前は、雷というものは無かった、という話も聞いたことがある。気象が変わったようだ。
やはり、人の心と環境は不二なのだ。

仏法の生命論的に言うと、謗法の者達は物凄く重いらしい。
その重さが不快で、大地が身を揺するのが地震だ、という譬喩を聞いたことがあるが、そうだとすると信濃町近辺が一番危ない。謗法の者達が集まっている。

首都直下型地震、南海トラフ地震が起きてからでは遅い。
学会執行部と安倍内閣を早く退陣させなければ危ない。戦争と地震がセットで来る事は少なくないのだ。

一方現在の科学は、大地震の発生はほぼ時間の問題、とばかり言っているが、そんな予想は役に立たないし、不安を煽っているだけだ。
以前、蓄積されているはずの地震エネルギーより、実際に放出されているエネルギーは少なく、計算が合わないというような話を、どこかで読んだ記憶があるが、地球というひとつの生命体が、そういう拡散システムを、もしも隠し持っているとすれば、素敵なことだと思う。

本来の仏法は楽天主義。謗法の者を叩き出し、地震も起こさせない。

明るい気持ちで、そうなるように、決めて祈ればそうなるのが、大聖人の仏法だろう。

 

普遍

 投稿者:飛翔こそ蘇生  投稿日:2017年 8月17日(木)12時19分39秒
  文章を読んで、
何かの実感を確認できる時には

何を意識にあげるべきであるかを
選択することが出来ていて
そのエネルギーを体感しているということ。

チンプンカンプンだということは
その観察の経験あるいは、言葉との結び付け経験がないために
具体的に意識に上らせることが出来ない状態だ。

経験の深さによって
同じ言葉に対しても意識に上げられる意味の豊かさが違ってくる。

言葉の結びつけが出来ていない時には
言葉を学ぶことが有効であり

意識に上げるべき観察の経験が足りていない時には
実際に体験をしてみるということが有効である。

百聞は一見に如かずというやつであり
このリンゴがどんな味かは食べてみなきゃわからないでしょ
というやつである。

意識に上げることが出来るということは
その部分について、コントロールの可能性を得る
ということである。

呼吸というのは意識に上げやすいので
コントロールしやすい。

心臓の鼓動は意識に上げにくいので
コントロールしにくい。

何かのプロジェクトに責任をもってかかわる時
それをしっかりと意識で捉えておくことが必要になる。

より、大きなことのためには
より俯瞰した観察の経験によって
意識の上でコントロールすることだ。

そのためには思い込み信じ込みの解除
囚われている体感の内実の無い言語体系からの超克が必要になる。

空としては
誰も何も言っておらず
誰も何も言いえない。

矛盾するように聞こえるかもしれないが
だからこそ池田先生は世界の識者と対談を重ねたのではないか。

空と体感と現実の行動。

言葉による支配を進めるのならその宗教は
体感を排除した内実の無い矮小なものになる。

さて
戸田先生の神秘体験→自己機能
教学との整合性→自我機能
在り方の変容→意識機能

発迹顕本→受信すべきものと発信すべきものの表裏

大御本尊→仮和合のシンボル

妙法→空を包摂する一心の三智

//一個宗教団体としての物語の塊

「さて」からは、スーパー摧邪人さんの作った掲示板
(今、メインで書き込みしてるのは私でスーパー摧邪人さんとは方向性は異なる)
で書いたものの冒頭。

続きは
http://6212.teacup.com/rainbow/bbs/832

アルベア論を踏まえつつ、いろいろ探求しているわけです。

グリグリさんの問いかけ
http://6027.teacup.com/situation/bbs/73092
にも関わるところかと思い

こういう方向で考えてみるのも有りかな
と思う方の思索の足しになればと
貼らせてもらいました。
 

凡夫即身成仏論を読んで

 投稿者:見込みない人々  投稿日:2017年 8月17日(木)11時48分18秒
  内容を論ずる力は私には無いようなので感想を書き留めさせていただきます。


法華経の智慧等での先生の発言に触れ「日蓮正宗の伝統的用語を使い、その解釈を踏
まえつつ、その意味を飛躍(昇華・止揚)させる。(要旨)」と何回か言及があり、
これが非常に印象に残りました。

どなたかの言葉で「最も尊敬され支持される指導者は、既に死んでしまった人のこと
も常に考えている人だ」とありました。また遠藤文書では御本尊にについての先生の
言葉として「今までやってきたことが無駄にならないように」とあり、先生は正しく
これらを実践されていることが、法華経の智慧における先生の言葉に表れていると思
い私は大変に感動しました。

一方、将来に向けた教義の在り方等を考え、議論していくことは後継の私たちにとっ
て避けて通れないことですから「凡夫即身成仏論」で提案されているものを理解する
努力は当然のことと私には思われます。

まなこ様により宿坊の掲示板に再掲された法華経の智慧を読み進むと「こんなに難解
なな用語や概念が、先生にかかるとこんなに分かりやすくなってしまうのか。」と感
嘆すると同時に「先生がこんなに分かりやすく説明することを何故天台・南岳・伝教
といった人たちは難しい言葉で書き残したのだろう。天台教学を踏まえた大聖人の御
義口伝・御講聞書・百六箇抄などもなぜこんなに難しいのだろう?」と、率直に言う
と思っていました。

戸田先生の指導と記憶していますが「御書は『そうだそうだ、その通りだ。そうなん
だ。』と自分に言い聞かせながら読むんです。」と少年部の頃から教わって学んでき
たのが自分には染みついているようで、御本尊の関する重書とされる観心本尊抄・本
尊問答抄・日女御前御返事・阿仏房御書などの御文を読むと私はそれだけで感動して
しまい一種の思考停止状態になります。これが悪いとは全く思いませんが、凡夫即身
成仏論で展開される内容を追いかけるにはこの癖と闘わねばなりません。これが本当
に大変です。

御文や経典・句・記の単語や節の掛かり方、繋がり・関係を普通の文章として再度確
認しながら、分析・解釈・統合を繰り返しつつ御書を読み教学を学ぶことに自分は慣
れていなかったんだ、ということを感じます。

脱線しますが、松戸さんの「人間主義の日蓮本仏論を求めて」を読んだ時にも「従果
向因」が分からなくて読むのにホントに時間がかかりました。「『従果向因』?聞い
たことあるけどそんなに大切な言葉だったんだっけ?やべー、よく分からん!」と当
時の男子部の仲間と言いながら勉強しました。

「凡夫即身成仏論」の前半はある種エピソード集的であるため非常に読みやすい一方
で、後半を読むのに非常に時間がかかります。2回目をやっと読み終えましたが、前
半は1時間余で読めるのに後半は10時間以上かかります。後半は五重相対(の本迹以
降)を脱構築・再構築する試み(の後にこれをキーにして本仏・成仏の姿等に切り込
んでいく)ですので、既に私が身に着けている五重相対の理解を一度解体し、再構築
することが必要でこれに骨が折れます。

朝夕の通勤電車の中で主に読みますが、読むだけで簡単には脳に沈着しないので、あ
る程度読んでは思索をし、言われていることが一応自分の中で落ち着くまで次に進め
ない、で1週間くらい前に読んだところは忘れかけていることもあり、その場合は戻
って再度読むので、結果的に1か月以上かかってしまう、という具合でした。

全ての凡夫が本来仏であり、御本尊に唱題することにより大聖人と同じ仏界が慂限す
る。単純と言えば単純ですが、池田先生が何回となく教えてくれたこの私達の修行の
根本原理を深く補強してくれ勇気づけてくれるのが「凡夫即身成仏論」である、と思
います。

日蓮仏法3.0、英文なのでしんどいですが、こちらも少しづつでも読んでまいります。
 

表示について

 投稿者:見込みない人々  投稿日:2017年 8月17日(木)10時23分9秒
編集済
  PC、スマホ、タブレット等の複数の表示環境が当たり前に併存するようになり、インターネット
サイトにはこれらに最適化された表示がGoogle先生からも推奨されており、responsive web
designと呼ぼれる閲覧者の環境を検知して表示を最適化する機能が最近のCMS等では標準装備さ
れていますが、teacupはPC主導時代の仕様のままであることから、かなりのお金をかけて表示
環境、または掲示板そのものを再開発しないと私達が望む表示にはならないようです。

でも、ガラケー用の表示や検索は非常にしっかり出来ており当時としては素晴らしい対応をされ
たサービスだと思います。

管理人様がteacupの有料掲示板を選択されている以上、私たちはこの限定の中で工夫していく
以外に方法は無いと思われます。

PC/Tablet/スマホでの最大横幅文字数の最大公約数?にて投稿時に改行すればいいような気が
するんですが・・・・・


URLについてはどなたかも言われていましたが、GoogleのURL短縮サービス等を使うと短く出来
ます。https://goo.gl/ Chrome用のエクステンションもあります。https://goo.gl/mDESM5
無料です。

古めの仕様の掲示板等ではURLの途中で改行があるとそこでURLが終了したと認識してしまうた
め、これを避ける仕組みがあり、これが長いURL貼られると表示が横に無限に伸びてしまう原
因です。
 

二十一世紀への対話 130

 投稿者:まなこ  投稿日:2017年 8月17日(木)10時09分3秒
  6 戦争の本質と今後

【池田】 人類の歴史は戦争の歴史であったとさえいわれるほど、戦争が繰り返されてきました。生物学者によれば、同じ種同士でこれほど残虐な殺し合いをするのは、人間だけであるということです。いったい、戦争は人間にとって宿命的なものなのか、それを避けるにはどういう条件が必要か、とくに第三次世界大戦を回避して恒久的な平和を築くにはいかにすべきか――という観点から、博士のお考えを伺いたいと思います。

【トインビー】 人間の感情、思考、価値判断、行動などに関してわれわれが現在もっている知識というものは、時間的に遡ってみても、人類史のうち、ごく最近の期間にしか及んでいません。
すなわち、当時の記録文献が現存している期間を越えてはいないのです。この期間とは、たかだか最近の五千年間のことにすぎません。ところが、われわれの祖先が人類として存立し始めたのは、すでに百万年も前のことかもしれないのです。この時代区分は、遺骨や道具などの証拠からみて、われわれの祖先が進化して自意識をもつに至った――つまり十分人類として存立し始めた――と推定される段階から割り出したものです。
たとえ、すでに絶滅した類人動物の種をすべて完全な人類として数え上げず、また、たとえヒューマン(人問)という用語を唯一の現存種、すなわちホモ・サピエンスだけに限定した場合でも、人類はなお、すでに最低二十万年から三十万年間は生存してきているはずです。この期間でさえ、最近の五千年間に比べればはるかに長期間です。
この五千年間というもの、戦争が人類の主要な慣わしの一つとなってきたことは、まぎれもない事実です。われわれは、人類の余剰生産物のほとんど大部分を戦争に費やしてきました。すなわち、人類が最低限ただ生存するために費やされる――すなわち自らを生きながらえさせ、種の絶滅を防ぐために費やされる――生産量を少しでも上回る生産物は、ほとんどが戦争のために使われてきたのです。しかしまた、余剰生産物なくして戦争が不可能であることも確かです。なぜなら、戦争は労働時間、食糧、資材などを不経済に使うことを要求し、さらに、これらの資材を武器その他の軍事装備につくりあげる産業を、無駄に利用することをも、要求するものだからです。
われわれの知り及ぶかぎり、チグリス・ユーフラテス両河やナイル河の下流地域で排水、灌漑が始められるまでは、どんな人間社会も、戦争を起こすに必要な余剰生産物というものをもっていませんでした。しかも、これらの地域で排水、灌漑の完成をみたのは、紀元前三千年頃からさほど遠い昔ではありません。シュメールやエジプトの造形美術にみられる、現存する最古の戦争描写や、最古の戦争記録文献などもこれとほぼ同時代のものです。このことから結論づけられることは、戦争は文明そのものより古くからあったものではなく、戦争と文明は同時に発生したのであり、ゆえに戦争は文明のもつ先天的病弊の一つであるということです。
戦争は、暴力性や残酷性と同一のものではありません。それは、人間の暴力性・残酷性が特殊な形をとってあらわれたものです。私の信ずるところでは、これらの悪い衝動というものは、人間本性に生来そなわるものであり、生命自体に本質的に内在するものです。あらゆる生物体は、それぞれ暴力性・残酷性を潜在的に秘めています。
戦争とは、この暴虐性が組織的、制度的に発揮されたものです。戦争にあっては、人間同士が公的機関――国家政府とか、内戦の場合は臨時政府――の命令下に戦い、殺し合います。兵士は、何の個人的な恨みもない相手と戦います。彼らの多くは、互いにまったく面識がなかった者同士なのです。
 

ウクライナと北朝鮮

 投稿者:生涯&広布一筋兄弟メール  投稿日:2017年 8月17日(木)10時03分11秒
編集済
  本日のスプートニク記事より

ウクライナが軍事機密を売り渡した? 北朝鮮のミサイル技術の足跡はキエフへと続く

<一部貼り付け>

「ウクライナから北朝鮮への軍事技術の漏えいは、ただ発生していただけでなく、記録にも残っています。マイダ
ン以前にも、ベラルーシで北朝鮮国籍の2人が逮捕され、大陸間弾道ミサイルの第一段ロケットエンジンの文書を
持ち出そうとした試みが阻止されたことがあります。

彼らと積極的に協力していた人たちは逮捕され、投獄されましたが、漏えいは起こっていたのです。また、「ユー
ジュマシュ」の敷地から、長距離弾道ミサイルに使われる所謂ステアリングアクチュエーターが持ち出されたこと
もありました。

こうした事件が2014年以前にも起こり得たのであれば、国内が危機に陥り、多くの人が技術の違法売却で儲けた
いと強く願うようになったとき、どれほどの「技術漏えい最盛期」が訪れ得たかは想像に難くありません。

北朝鮮ミサイル開発への関与も、儲けの手段としてあり得たことでしょう。というのも、「ユージュマシュ」で働
いていた専門家たちは、固形燃料のミサイルだけでなく、液体燃料のミサイルの開発にもアクセスすることができ
たからです。その中には、火星12や火星13のような最新型も含まれます。」

続きは:https://jp.sputniknews.com/opinion/201708163994705/

<貼り付け終わり>

東ヨーロッパ、ウクライナには大勢の北朝鮮労働者が働いているそうです。
・・特にポーランドでは北朝鮮からの労働者が多く・・
建設業・港湾などに従事、宿舎も一緒・・給与はすべて本国・政府へ・・となっているそうです。

また、欧米各企業は積極的に北朝鮮に投資。
地下資源を買い漁っております。

これが、実態です。

知らされていないのは日本の国民のようです・・・

また、今回の危機の煽りでミサイルを韓国・日本に販売している人物はうれしい悲鳴
もっとも、彼らこそ危機を創り出している張本人ですけれど・・・

頭の上で危機が作り出され、知らない間にドンドン危機が煽られています・・

ウクライナには是非、訪問して実態を見てみたいと思っています。
とても、酷い状況だと思います。

土地などの財産は欧米の連中が底値で買い取って、民衆は塗炭の苦しみを味わい・・
青年は西欧へ・・・

「ウクライナ広布」を・・
 

本日の政教珍聞で~す、原田怪鳥様、アメリカ創価大学17期生の入学、誠におめでとうございま~す(笑)

 投稿者:カンピース  投稿日:2017年 8月17日(木)08時01分49秒
  おはようございます。原田怪鳥様、あいも変わらず海外ネタが1面を飾る政教珍聞、しかも8日のハナシで1週間遅れ(笑)

そんなに1面を飾る国内ネタが無いんデスかぁ~? それとも海外特派員の方からの情報が遅いのか? 情けないデスねぇ~(笑)

2面は昨日に引き続きの墓園ネタ、各地で追善勤行会はされたのでしょうかぁ~? 報道が無いのでサッパリわかりましぇ~ん(爆)

責任役員会が行われ、諸案件について審議・了承したそうデスが、議事録は公開されるんデスかぁ~? それとも非公開デスかぁ~(笑)

選挙も終わって、次は財務デスかぁ~? トヨエモンの動画を利用して、掲示板非難デスかぁ~(爆)


爆笑創作座談会も、今回は共産党批判も日顕宗批判も無く、ブラジルの求道の友の様子には感動しマスねぇ~(笑)

でもねぇ~、原田怪鳥様、後半部分はいただけませんよぉ~(笑) 世界に広がる「政教珍聞」デスかぁ~(爆)

広告が3分の1を占める「珍聞」デスよぉ~(笑) 広告を世界に広げてるんデスかぁ~? っていうハナシでぇ~す(爆)

師匠を利用して、師匠の言葉を都合よくカット、改竄してる「珍聞」を世界に広げて、ナニしてるんデスかぁ~(笑)

風見鶏ハッシーが、えらそぉ~に、創価学会世界聖教会館の建設も着々と進んでいマス、などと宣っていマスが、

アナタのお金で、建設してるんじゃありませんよぉ~、会員の浄財を湯水のごとく使って、ホントに価値あるモノになってるんデスかぁ~(笑)

くれぐれも、今現在も聖教に保管されているであろう、2006年以降の師匠の映像・原稿・写真を後世に残すべく保管して頂いて、

都合の悪い部分を廃棄したり処分しないように、心から期待しないで待ってまぁ~す(爆)


 

谷川先生期待しています

 投稿者:非会員  投稿日:2017年 8月17日(木)05時07分19秒
  次期指導者、谷川先生期待に期待してます。

カリスマたっぷり、池田先生より
会員を引っ張る人物です。

ノーネクタイで気楽な服装がステキです。
 

赤胴鈴之助様へ

 投稿者:日蓮仏法2.0メール  投稿日:2017年 8月17日(木)04時55分5秒
  個人的に声を掛けていただいたので、少しですがご返事します。
このドイツではクーデンホーフ=カレルギー伯爵のことは、まったく話題になりません。
欧州統合は結果的にはドイツの経済発展に貢献し、発言権もフランスと共に強くなった感じです。大戦の反省から、両国が手を組んでEUを引っ張っていくことは素晴らしいことです。
ずっと鈴之助さんと生涯公布さんとでイスラムの問題について投稿されていますよね。現在のヨーロッパでは、イギリスのEU離脱の件に関係しますが、イスラム系難民・移民が大問題です。例のIS(イスラム国)の出現でイスラム原理主義が台頭し、テロが多発するようになっています。
現在のイスラム文化はサウジアラビアを筆頭に、男尊女卑、残酷な刑法など、いわば中世の世界という印象を持ちます。ドイツでもイスラム系難民・移民による婦女暴行・名誉の殺害など頻繁に起きています。ヨーロッパにイスラム教徒を入れるのは、トロヤの木馬を引き入れることだと、私は思っています。つまり、内側から西洋文明を崩壊されてしまう、と。彼らはほとんど同化する気持ちはないと思います。それだけ身内の宗教・文化・習俗、したがってグループによる社会的圧力が強烈だからです。近代化路線を走っていたトルコさへ、現在はイスラム化の方向を目指しています。以前に比べ、トルコ女性も頭巾を被る若い人の間でも増えました。
だから私の住むハイデルベルクのような14万人たらずの小さな町でも、頭巾をかぶったり、黒装束の女性の姿が増えてきました。異様な雰囲気ですね。その傍ら、川の傍の芝生ではドイツ人がほとんど素っ裸で日光浴をしています。対照的です。
イギリス人はもうこれ以上嫌だという拒否反応を示して、ドイツのメルケル首相などの推進する欧州の難民・移民政策にノーを突き付けた訳です。私も彼女の政策はナイーブだと思っています。それと並行して、ドイツでもフランスでも右翼化の傾向が強くなっています。当然ですよね。
ヨーロッパのSGIの動向については、生涯公布さんの方が詳しいですね。
取り留めない話で申し訳ないです。
 

第三章対立から共生へ・・・豊饒の時代の到来 イスラム世界の指導者との対話を

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2017年 8月17日(木)03時26分7秒
  第三章対立から共生へ・豊饒の時代の到来 イスラム世界の指導者との対話を P85投稿します。

ポイント

*、テヘラニアン
 会長がイスラム世界を訪問されることは、イスラム世界と非イスラム世界の融和にとって、

非常に大きな意味をもつことになるでしょう。

会長のような、偉大な功績があり、世界からの尊敬を集めている方が、イスラム世界の

リーダーと対話されることは、大変に重要な意義をもつものと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

池田先生は昭和40年代後半には、世界の識者の言葉を使って、指導や講演をされるようになったと記憶しています。

私は15歳の時から電気職人で生きて来たので、データを残そうと言う発想はありません。

雨の甲子園で体操部員、正本堂ご供養にはギリ間に合っている世代です。

先生は、トインビー博士、ミハイル・S・ゴルバチョフソ連書記長、王蒙氏、カラン・シン氏などなど、

多彩な知識人と対話されています。

最初の対談はリヒャルト・クーデンホーフ=カレルギー伯爵でEUの生みの親ですよね。

オーストリアの政治家で、汎ヨーロッパ主義を提唱し、それは後世 の欧州連合構想の先駆けとなり、

「EUの父」と呼ばれました。

ネットより・・・
ノーベル平和賞は、欧州統合という「ユートピア(理想郷)」を「現実」のものとするための長き道を

開拓した、クーデンホーフ=カレルギー伯爵をはじめとする先人たちの努力に対して贈られたもの、とも

いえそうだ。

日蓮2.0様もよくご存知ですよね、イギリスが離脱しましたが、SGIへの影響などどうでしょうか。

日蓮2.0様のカレルギー伯爵の評価はいかがなものでしょうか・・・、良かったらお聞かせください。

ここの板の人たちは、グローバルな人材がおられますので・・・。


創価学会の発迹顕本の兆しは、宗教法人への登録ではないかと思っています。

日蓮正宗からの離脱です、牧口先生、戸田先生が拒否された神札の事から、一緒に広宣流布の戦いは、

出来ないと思われていたのでしょう。

池田先生とカレルギー伯爵の対談が昭和47年、正本堂建立の年です。

先生は世界広宣流布を見据えて、発迹顕本の第一歩を踏み出されたのだと私は感じていました。

近くの地区座談会で、その時の先生とカレルギー伯爵との対談が、世界広布を目指しているのだと話を

したら、2度と呼ばれなくなったことを覚えています。

地区の人は、日蓮大聖人の話を聞きたいのであって、世界の智の巨人たちの話など聞く耳は、もっていま
せん。

現在も、ほとんどそのレベルから変革していないと思っています。

池田先生の苦悩の一端ではないでしょうか。

生涯&広布一筋兄弟さま、日蓮2.0様、虹の戦士さま、世界のSGIの活躍を知りたいのです。

以上、鈴之助

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
潮より引用します。

だれよりも真っ先に励ましたい人

アマリア・ミリオニコは物静かな人だった。「ダディーナ」という愛称で親しまれていた。

足が不自由で、一本の杖をたよりに歩いた。

座談会や個人指導の行く先々で、ゆっくりと歩く彼女の姿を、ローマの創価学会の草創期を支えてきた

人々は皆、覚えている。

〈私が信心を始めたころは、ローマで仏法の活動がようやくその緒に就いたばかりでした。

……イタリアはカトリックの国ですから、この仏法を持続することに苦労はありました〉
(アマリア・ミリオニコの手記)

イタリアSGI(創価学会インタナショナル)が、まだ小さな「イタリア支部」だったころ、アマリアは

初代婦人部長を務めた。英語、フランス語、そして日本語に堪能だった。

御書(日蓮の遺文集)をイタリア語に翻訳すること。

これをライフワークに定めた。

ヨーロッパのSGIで教学の雑誌を初めて刊行したのはイタリアである。

池田大作はアマリアを「ローマの羅什」と呼んだ。

鳩摩羅什「妙法蓮華経」の漢訳を残した天才翻訳家になぞらえ、「イタリアSGIの青年部が、近年、

空前の発展をしてきたのも、この方によるところが大きい」と語った(『池田大作全集』第六一巻)。
 

21世紀への選択 イスラム世界の指導者との対話を P85

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2017年 8月17日(木)03時14分47秒
  第三章対立から共生へ  豊饒の時代の到来

イスラム世界の指導者との対話を P85

テヘラニアン
 かつて私は、イランのイマム・サデク大学でも、博士号を取得しようとする学生たちの

授業を受けもっていました。将来、イランの未来を担いゆく青年たちです。

これは私の念願ですが、ぜひ池田SGI会長にイランを訪問していただき、若い人たち

に会長のお話を聞かせていただきたい。

そのことが、青年たちの考え方を幅広いものにし、未来にとってプラスになることでしょう。

池田
 ご厚情に感謝します。お言葉を重く受け止めます。

テヘラニアン
 会長がイスラム世界を訪問されることは、イスラム世界と非イスラム世界の融和にとって、

非常に大きな意味をもつことになるでしょう。

会長のような、偉大な功績があり、世界からの尊敬を集めている方が、イスラム世界の

リーダーと対話されることは、大変に重要な意義をもつものと思います。

イランでは最近、民主化の動きが徐々に進んでいます。

ハタミ大統領が訪米し、国連総会で演説するという画期的な動きもありました(一九九八年九月)。

池田
 二十一世紀への大きな流れを実感させる動きであり、私も注目しています。
 

コリン・ウィルソンと立花隆「アウトサイダーを超えて」探究技法 

 投稿者:アルベア  投稿日:2017年 8月17日(木)03時01分19秒
  コリン・ウィルソンと立花隆「アウトサイダーを超えて」探究技法

「非二元」「悟り」の関心は、「アウトサイダー」「至高体験」を読んでからです。

当時も今でもそうですが、精神医学領域では「憑依現象」「テレパシー」等の神秘体験により精神を病む患者

さん方がいます。精神医学・臨床心理学では、そうした病む人を「宗教病理」として関心を持ち見るのが一般

的でした。

「現象により主体が反応し、体感している事、主体は現象である事」「主体の体感世界は生物学的に同じであ

ること」など当時の教授から指導を受けたのを思い出します。

「非二元」「悟り」現象も生物学的体感現象であるということです。この見方のきっかけはコリン・ウィルソ

ンだったのです。

NHK(1993.4.12、PM8:00-8:45/1993.4.13、PM8:00-8:45)45分+45分=90分 (24年前)

1-コリン・ウィルソン・立花隆・未知への対話(1)- アウトサイダーを超えて-

至高体験/コリン・ウィルソンの処女評論「アウトサイダー」/意識の拡大体験の可能性を考察/人生に対す

る倦怠と憎しみ/社会の不適合者/ピーク体験の恍惚感/宇宙には意味がある/現代における救済/政治の哲

学化/悲観的哲学を楽観的方向へ/世界の認識を変える事が大切

2-コリン・ウィルソン・立花隆・未知への対話(2)-超常現象の彼方に-

超常現象論/全ての動物の超常能力/人間は抑圧されていった/超常現象は覚醒した意識の中で起きる/ポル

ターガイスト現象を体験/超常能力は人間の潜在的能力/分割脳の生理学/右脳に関係がある/人間は進化の

転換点にいる/全ての超常能力を持つ新しい人間が出現

1-コリン・ウィルソンと立花隆「アウトサイダーを超えて」2009/12/07 に公開04/19932009/12/07

に公開04/1993

https://www.youtube.com/watch?v=wCzHeKmozko&list=PLE8FoiOTuihqiJtrNLtj5SRj4-bs4WB2w

2-コリン・ウィルソンと立花隆「アウトサイダーを超えて」 2009/12/07 に公開04/1993

https://www.youtube.com/watch?v=wCzHeKmozko&t=303s
 

アウトサイダー(outsider)インサイダー(insider).⇒個人と集団⇒信仰と教団

 投稿者:アルベア  投稿日:2017年 8月17日(木)02時59分29秒
  アウトサイダー(outsider)インサイダー(insider).⇒個人と集団⇒信仰と教団

「アウトサイダー」集団・組織の外部の人。部外者。⇔ インサイダー。2 社会常識の枠にはまらない独自

の思想の持ち主。⇔

「インサイダー」は「内側の人や物」を表し、「内部の事情に通じている人」という意味で使われています。

そうして情報を得て取引することを「インサイダー取引」と言います。

コリン・イィルソンは著書「アウトサイダー」で人間行動を俯瞰的に「あまりに深く、あまりに多くを見とお

す」と述べ、その解明を試みています。

ちなみに立花隆氏の取材方法・著作の方法に影響を与えた人物でもあります。⇒「探究」の方法

人間行動の見方として個人と(アウトサイダー)と集団(インサイダー)として見る事を提示しているので

す。

主眼は「アウトサイダー」に置かれていますが、その実は「インサイダー」のあり方を批判しているのです。

アウトサイダーにとっては、現実の社会における人々の尊厳も、哲学も、宗教も、すべてが、野蛮で、無統制

で、不合理なものに艶だしを塗って、なんとか文明的、合理的なものに見せかけようとする欺瞞の試みにしか

見えない。

「(自分には)才能もなく、達成すべき使命もなく、これと言って伝えるべき感情もない。わたしは何も所有

せず、何者にも値しない。が、それでもなお、なんらかの償いをわたしは欲する。」アウトサイダーとは、世

人や文明規範の価値を受け入れることができず、それらを蔑視し、世界も自己も無意味なのだとみなすと同時

に、それでもなお何か代わりとなる究極の真理、あるいは体験、あるいは目的を欲している者と位置づけ、多

彩な人々や作品を引用しています。

サルトル、カミュ、ヘミングウェイ、ヘッセ、T・E・ロレンス、ゴッホ、ニジンスキー、カフカ、T・S・

エリオット、ニーチェ、ドストエフスキー、ブレイク、キルケゴール、ラーマクリシュナ、グルジェフ、T・

E・ヒューム、バーナード・ショー、等々。これらの中から「アウトサイダー」という共通項を浮かび上がら

せ、考察していくその手腕は非常に鮮やかです。

この本は「アウトサイダー」という観点からの読書案内の本でもあります。


また、

「至高体験 自己実現のための心理学」では、

マズローの「第三の心理学」を軸に、フロイトの精神分析、アドラーの個人心理学、ビンスワンガーやRDレイ

ンの実存分析、果てはトランスパーソナル心理学などなど心理学の歴史をひと通り通観できる上、ブレンター

ノやフッサールの現象学、ウィリアム・ジェイムズのプラグマティズムとマズローの親和性、さらにはマズ

ローの心理学が現代の経営理論に与えた影響(XY理論)など話題は多岐に渡り、その広いパースペクティブは

面白いです。

「アウトサイダー」福田恆存・中村保男訳 紀伊國屋書店 1957改訳版 中村保男訳、集英社文庫、1988/中

公文庫(上下) 2012

「至高体験 自己実現のための心理学」 由良君美・四方田剛己(四方田犬彦)河出文庫 1998 1979.

超越意識の探求―自己実現のための意識獲得法 単行本 ? 2007/11学習研究社 (2007/11)

コリン ウィルソン (著), Colin Wilson (原著), 松田 和也 (翻訳)

 

「臨死体験」について 

 投稿者:アルベア  投稿日:2017年 8月17日(木)02時56分2秒
  「臨死体験」について

「されば先臨終の事を習うて後に他事を習うべし」のブログで「臨死体験」についてお伝えしました。また立

花隆氏の「思索ドキュメント」、「人は死なない 東大救命医独自の死生観」で紹介した矢作直樹氏、脳神経

外科の世界的権威であるエベン・アレグザンダー氏・ジルボルト・テーラー氏等の動画を紹介しました。


臨死患者さん方の「語るストーリーには類似性」があることが理解できたのではと思います。

臨死患者さん方の語る事は「体験談」です。自身にもたらされた「体感現象」を語っているのです。つまり

「体験」なのです。「体感」した世界は語れないのです。言葉に変換された体験を語っているのです。その内

容について、私たちは動画を見て、内容を理解しようとしています。「体感」ではないのです。既に「思考・

概念」に変換されているからです。

このような現象が地球上で起きている「相対的現象・現実」の世界なのです。「体感」するのは「思考・概

念」ではなく、自分自身の事なのです。「思考・概念」だと難しさを感じてしまうのです。「体感」する次元

と「思考・概念」の次元とは異なるように感じてしまうからです。


「非二元」「悟り」現象も同様な事なのです。「体感」を語るから「物語」「ストーリー」に変換されてしま

うのです。

では、どうすれば、いいのでしょうか、

自分自身で体感する事により了解するのです。エネルギー還元すればいいのです。

このエネルギー還元の方法がわからないのです。古今東西の宗教では、難行苦行と権威づけ、儀式化、という

「思考・概念」の「思い込み」「信じ込み」「上書き」になっているのです。この循環が2500年以上続い

ているのです。

古今東西の教団教義は「思考・概念」であり、その「思考・概念」の強化のために学習会・講習会をやってい

るのです。学習強化という条件付けの世界であり「非二元」「悟り」現象は生じないのです。「神は沈黙した

まま」なのです。「神との対話」「仏との対話」は生じないのです。

エネルギー還元の方法を考えて下さい。「思考・概念」の循環、探究が続くだけですから、そのことは

2500年の歴史的事実が物語っています。「思考・概念」の人には十分に「時間」があります。自分自身で

選択している現象があるだけです。
 

「体感」と「体験」の違いについて 

 投稿者:アルベア  投稿日:2017年 8月17日(木)02時53分54秒
  「体感」と「体験」の違いについて

「体感」とは、今ここで起きている身体感覚の反応をいいます。

「体験」とは、「体感」が起きた後に、言葉に変換した自分自身の受け止め方を言います。

「アッ、痛い」と言うのは、既に痛みが走った後の瞬間的な言葉です。体感です

「非二元」「悟り」の現象は「体感現象」です。

「私は、転んでひざを打ち、痛かった」と言うのは、体感したことを体験として伝えているのです。

「体感」している時は、只、反応だけです。反応を言葉にした瞬間に、思考・概念により体験となるのです。


「非二元」「悟り」の現象は「体感」であり、その「体感」を語ると「エネルギー変換」により「体験」とな

るのです。ブッダ・イエス等の教祖の方々は「体感」した事を「語る」ことにより「体験」となっているので

す。その「語り」を弟子と称する方々が「思考・概念」で聞いているのです。その「聞いた事」が記録され、

仏典・聖書として残されているのです。

体感と体験は、エネルギー変換の現象を表しているのです。ちなみに奇跡・蘇りは体感現象です。


私たちの日常は、「話し手の語る」体験の相互反応なのです。また「文章」にも「書き手」と「読み手」の体

感・体験の相互反応があるのです。相互のエネルギー変換が現象として起きているのです。

例えば、遠藤周作の「沈黙」は遠藤周作が体感した事を文章に置き換え「物語」が書かれています。

その翻訳本をマーティン・スコセッシ監督は本と出会ってから28年の月日を経て念願の映画化を果たしたので

す。28年間の構想を練るという思索があり、映像化がもたらされたのです。

遠藤氏の体感した世界に迫る取り組みが、新たな「物語」「ストーリー」をもたらせたのです。

「体感」されたことが「体験」として残され、それを読み「体感」し「体験」として「映像化」する。という

一連の流れは、エネルギーの変換・還元の循環現象なのです。「読み手」次第で「書き手」の「体感」は写

し、再現が可能なのです。この現象を理科的に言うならば「転写」と言います。ミラーニューロンによる現象

化があるのです。また映画のキャスト俳優たちは演じる事により「模倣現象」により内面が熟成され、あらた

な境地を開眼しているのです。ちなみに「沈黙」に携わったスタッフは750人以上とのことです。

「体感」と「体験」による相互作用が「感動現象」として人々に伝わる、共振・共鳴なのです。

このような「映画製作」を俯瞰すると「神」「仏」の働き作用が、制作スタッフであることが見えてきます。

「大いなる気づき」への促しとなっているからです。

私たちの芸術文化だけではなく「生命現象」としての「神」「仏」の働き作用が、日常的にもたらされている

事に「気づき」ます。

 

「書き写された文章」を読む

 投稿者:アルベア  投稿日:2017年 8月17日(木)02時52分11秒
  「書き写された文章」を読む

DVD・動画・書籍等をいろいろお伝えしてきていますが、いつもの事ですが、「読み手」「鑑

賞者」の志向性により「受け取り方」が異なっているという現象があります。千差万別です。

「千差万別」という現象は、読み手・鑑賞者の都合で、文字情報のエネルギー変換・還元が起き

ているのです。

聖書・経典等は「物語」「ストーリー」として編纂され残されてきている文字情報です。使用す

る言語による翻訳というエネルギー変換もあります。また「読み手」の地域・文化等の志向性も

それぞれ違っています。

「書き手」「編集者」の文字情報もエネルギー変換されています。

「書き写された文章」を読む・映像を鑑賞するという事は、エネルギー変換・還元された現象で

在るという事なのです。その違いを「誤読」「誤認」と言うのです。

「私」「自分自身」とは「現象体」です。「現象体」には「思考・概念」による意図的な下地が

あるのです。この現象を理科的に言うならば「個人抵抗」と言います。「誤読」「誤認」は個人

内部の「抵抗」があるからなのです。

「抵抗値」を下げると「誤読」「誤認」は解除されます。

電流は電流として流れます。そこに抵抗があると阻害されます。「非二元」「悟り」の体感・体

験は抵抗値が除去されダイレクトに情報を得る事ができる現象なのです。

古今東西の覚者は、この抵抗値を下げるためにいろいろな「探究」を試みてきたのです。いわゆ

る難行苦行等です。自己究明・探究は、そうした内部にある抵抗からの解放でもあったのです。

「物語」「ストーリー」には、登場人物のそれぞれの抵抗によるぶつかり合いが展開されている

のです。相対的な現象があるから「面白い」のです。

今、投稿の文章を書いている事は文字情報です。「読み手」の方々が「どのように理解し読む

か」は「読み手」の方々の内部反応なのです。「書き手」と「読み手」の「縁起」「二者」「自

他」関係により「物語」「ストーリー」は現象として相互にもたらされているのです。「読み

手」「鑑賞者」が、何を、どう「気づくのか」により「物語」「ストーリー」が進展しているの

です。

アニメファンならば、ある程度はしっている

レクリエイターズ(Re:CREATORS)サクラダリセット(SAGRADA RESET)があります。「物語」

「ストーリー」としては面白いです。ネット検索すればヒットします。

 

インパールマインドの谷川革命 (笑笑

 投稿者:珍説 谷川革命(笑笑  投稿日:2017年 8月17日(木)02時03分39秒
  ツイッターより

弁護士 太田啓子 @katepanda2
もはや「インパールマインド」という言葉でこの社会の色々な事象の説明がつくような気さえしてくる。一体なにがどうしてこのインパールマインドがなくならないのだろう。。。

インパール谷川革命、終わってますって (笑笑
 

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2017年 8月16日(水)23時50分18秒
  今晩は、皆様
ありがとうございました
池田先生、奥様、皆様のご家族が健康長寿であります様に
原田会長、副会長、幹部の方々が、会員さんをイジメたり
見下したり、あくどい商売を早くやめます様に
ありがとうございました
おやすみなさい
 

同盟題目23時より開始します。

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2017年 8月16日(水)22時56分49秒
  よろしくお願い致します。
池田先生、奥様のご健康。
皆様の健康、勝利、活躍。
学会の中からイジメが無くなるように。
お題目を唱えます。
 

若死にするのは善人だけ

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2017年 8月16日(水)22時07分58秒
  >『下が何でも思い通りに動かないと面白くない』<
http://6027.teacup.com/situation/bbs/73145

これがことの本質ですね。他化自在天の本音。提婆について行った結果です。

>インパール作戦で死んだのは兵士ばかり。将校や下士官はあまり死んでいないという証言もあった。この作戦の死者の6割は餓死や病死、作戦中止後の撤退中の犠牲者だ。中止後、豪雨の中食糧もなく、半年経っても撤退は完了しなかったらしい。牟田口等、軍上層部の者達は、この作戦の最も悲惨な時期を体験していない。しかも、もともと戦争を、将棋でも指すような感覚で捉えていて、日本兵を5000人も殺せばインパールは取れる、というような、言い方をしていた。人間をただの道具として捉えている。そういう者達が戦争を始め、仕切るのだ。学会員の1割は退転してもよい、などとほざいていた学会執行部と同じ発想だ。他化自在天の発想だ。ネトウヨや安部自公政権支持の人達は、こういう指揮官の下で命を懸けて戦いたいのだろうか。他化自在天というのは、他人の命を自由自在に扱う事を、喜びとする生命のことだ。<
http://6027.teacup.com/situation/bbs/73143

『NHKスペシャル 戦慄の記録 インパール』再放送
総合 2017年8月26日(土)午前0時50分~2時03分(25日深夜)
http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20170815

このインパール作戦と学会の組織運営・打ち出しは同じ方程式と思うがどうか???
池田先生は方程式を示されています。その方程式に数値を代入して答えを出すのは我々です。自分です。一人ひとりです。誰も自分の人生を肩代わりしてはくれない。
全ては第八識に宿業として刻まれる。因から縁を引き寄せて果・報に至る。
悔いのない人生を! 悔いのない三世を!

『若死にするのは善人だけ』ビリー・ジョエル
https://www.youtube.com/watch?v=I27-wC9--bs
 

池田先生のスピーチに学ぶ【平和の心、優しさの文化、大田元沖縄知事の言葉を紹介】

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2017年 8月16日(水)22時03分12秒
  池田大作全集76巻
海外派遣メンバー協議会 (1991年2月14日)⑦


■沖縄の平和の心、優しさの文化

先日、沖縄訪問の折、大田昌秀知事と懇談する機会があった。そのときの模様を含めて、本部幹部会(二月十一日)でも少々お話しした。きょうも氏の「平和への思い」について、重複する部分があるかもしれないが紹介しておきたい。

氏は、大正十四年(一九二五年)六月、沖縄生まれである。六十五歳になられる。

十九歳の時(昭型二十年三月)、沖縄師範学校在学中に、鉄血勤皇隊の一員として、沖縄戦に動員された。敗戦後、捕虜として、収容所生活も経験しておられる。

氏の行動の原点は、若き日に刻んだ戦争への怒り、また敗戦後、二十七年間におよんだアメリカ軍の統治に対する憤慨にある、と言われている。

知事に就任されて二ヶ月余の氏であるが、″平和こそ最大の福祉″を一つのモットーとされている。そして、沖縄の革新県政が掲げてきた反安保・反基地とともに、自然開発への規制、高齢者の医療費無料化、情報公開条例の制定など、環境・福祉問題を前面に出されている。

琉球大学教授を経て、アメリカのハワイ大学やアリゾナ州立大学の教授をも務められた氏は、日本平和学会会員でもあり、沖縄を代表する平和学者としてよく知られている。知事就任に対しては″学者に何ができる″との非難もあったが、″公正・公平な目を培ってきたからこそ、県民本位の政治ができる″と切り返しておられる。大田県政への県民の方々の期待は大きい。

今回の湾岸戦争でも氏は、勃発が報じられてからわずか一時間後には、即時停戦の緊急談話を発表しておられる。
「過去の朝鮮戦争、ベトナム戦争で沖縄は出撃・補給基地として使われた。戦争の開始で県民生活に深刻な影響が出ることを恐れる。即時停戦を切実に希望する」と。

いかなる理由があれ、戦争は民衆を苦しめる。そのことを、みずから体験してこられた氏ならではの対応の速さであった。

ここで大田氏の″平和の言葉″を紹介しておきたい。

「沖縄の文化は、『やさしさの文化』だといわれ、俗に沖縄の心は、『平和を賞でる心ばえ』だともいわれる」

「わたしは、折にふれ『沖縄の心』は『反戦平和』『人権回復』『自治確立』という考え方が柱になっていることを、くりかえし指摘してきた」

「沖縄では他人の苦しみにたいして、それを分かち合うニュアンスをもつ『肝苦〔ちむぐりさ〕』(胸がいたい)という表現をつかう。

沖縄には『他人に殺(くる)さってん寝(ね)んだりしが、他人殺(ちゆくる)ちえ寝(ね)んだらん』
(他人にいためつけられても寝ることはできるが、他人を痛めつけては寝ることはできない)という言伝えがある」
(大田昌秀『沖縄のこころ』岩波新書)

また「私はガンジーを尊敬している。実は、ガンジーの等身大の写真を持っている。私の宝としている」と言われている――。

大田氏は、先日もご紹介したとおり、学会の平和運動にも深い賛同とご理解を寄せてくださっている。「聖教文化講演会」の講師を務めてくださったほか、昭和六十三年(一九八八年)の一年間、「聖教新聞」の文化欄に十二回にわたり連載されている。さらに、氏は、青年部が取り組んできた平和講座を担当。反核展でも応援してくださっている。

「女たちの大平洋戦争展」では、ご自身が所持されている貴重な写真資料も提供してくださった。また、婦人部の反戦出版『いくさやならんどう――』(戦争はいやだ、してはならない)にも助言され、巻末に解説「戦後の沖縄と女性の生き方」を寄せてくださっている。

まことに、ありがたいかぎりである。大田氏のみならず、SGIの平和運動への期待の声は多く寄せられている。私どもは、これからも仏法の平和主義にもとづいて、アジアヘ、世界へと、平和と文化の運動を積極的に進めていきたい。それが、多くの人たちの期待に応える道であると信ずる。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
池田大作全集76巻
海外派遣メンバー協議会 (1991年2月14日)①
http://6027.teacup.com/situation/bbs/72076

海外派遣メンバー協議会 (1991年2月14日)②
http://6027.teacup.com/situation/bbs/72139

池田大作全集76巻
海外派遣メンバー協議会 (1991年2月14日)③
http://6027.teacup.com/situation/bbs/72366

池田大作全集76巻
海外派遣メンバー協議会 (1991年2月14日)④
http://6027.teacup.com/situation/bbs/72559

池田大作全集76巻
海外派遣メンバー協議会 (1991年2月14日)⑤
http://6027.teacup.com/situation/bbs/72884

池田大作全集76巻
海外派遣メンバー協議会 (1991年2月14日)⑥
http://6027.teacup.com/situation/bbs/73097
 

票田のトラクター

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2017年 8月16日(水)20時59分29秒
  違法ビラってこれでしたっけ?
 

(無題)

 投稿者:天然水  投稿日:2017年 8月16日(水)20時00分49秒
  上着を着ない勤行なんて。。。
そんな世間の常識を求める方が無理ですw

告示や公示が始まってから
投票日間近の選挙の時や、閉め切り間近の新聞啓蒙の
時なんか数字あげるのに躍起になりすぎて常識外れの行動が
多々みられます。シタジモの幹部がこれだもの
学会の常識、世間の非常識って言われてる所以です。
  
 

寛容・道徳

 投稿者:生涯&広布一筋兄弟メール  投稿日:2017年 8月16日(水)19時25分45秒
編集済
  昨日、無事、日本へ到着しました。

赤胴鈴之助様、ご心配下さり。誠にありがとうございました。

さて、鈴之助様投稿のテヘラニアン博士紹介でイスラム教徒へのスペイン国内における寛容が

紹介されていましたが。

随分昔、先生の指導、もしくは提言だったかもしれません、

一般的に自国内、自国民にはモラル・道徳を重んじる事ができるが・・

これが、一歩余所の国、人種が違うと

そのモラル、道徳、寛容が失われてしまう・・と

その言葉通り、植民地であったフイリッピンでは酷いことを・・・

イスラム教徒である現地人には強制的にローマカソリックに改宗を迫った・・

また、スペインは南米の古代文明民族の99%の民衆をも殲滅、略奪。

人ほど素晴らしいものはなく、人ほど野蛮なものはない
 

猛暑でも無い首都圏で上着脱いで読経唱題 (笑笑

 投稿者:珍説 谷川革命 (笑笑  投稿日:2017年 8月16日(水)19時07分35秒
  昨年は8・15でやってましたっけ?
皆さまが違和感を感じた通り、冷房バンバン効いた快適極楽な広間で、わざわざ上着脱いで勤行する創価の大幹部および青年部代表メンバー  (笑

どこの世界にこんな礼儀知らずの団体が有るのか?
これが谷川革命ですゥ!
谷川先生は、どこへ?ゆかことバカンスですか?
女子部は別として奥さん・子供さんがいる男子青年部の方たちをかき集めるのは非常識です。集まるのは、全国に散らばっている二百人近い副会長を全員集めて読経・唱題会を12時間以上やるべきでは!

当然、上着着てね。バカ丸出しです!!
 

思い出されます

 投稿者:なるほど  投稿日:2017年 8月16日(水)19時02分17秒
  ヤマトモや月刊ペン事件の裁判記録を持ち出しただけで、先生を迫害したヤツラの情報を持ち出すとはケシカラン!と悩乱していたクジラとかのバカどもよ、今こそ反板を諌めなされ。まぁ、ためにする宿坊批判だろうから、そんなことしないだろうけどね。特にクジラのバカは。  

re;あまりにヒドい、アンポンタンの反板の無節操を笑う w w w

 投稿者:八尋みのる  投稿日:2017年 8月16日(水)18時14分41秒
編集済
  カンピースさ~ん
情報ありがとさん w w w
もう自暴自棄なのか w
アンポンタンぶりをよく示してるよね~ w w  w
反板ってネット対策の工作員板だよね~ w
職員も関与してるってハナシだけどww

学会員を攻撃し脱会工作したり
日寛本尊を偽本尊扱いし
御本尊燃やしたりするT田のネタ使うなんて
もう反板って
終わったも同然だよね~ w w w


>アンポンタンの反板の「記録係」なるお方が、コメントの他、ある動画を張り付けていらっしゃる。

「保田妙本寺は退転者の巣窟」みたいなタイトルであるが、この動画は、誰が作成したかというと、

あの有名な「中野対決」で、ケチョンケチョンに論破され、「勉強してきマスッ!」と捨て台詞を吐いて帰った、〇田クンである。<

>この記録係って人は、コトの重大さを分かっているのだろうか?<

>一応、反板とはいっても、おそらく学会員であろうし、おそらく学会を守る? 立場である方のハズだろう。<

>それが、反学会の急先鋒ともいえる〇田氏の投稿動画を臆面もなく貼り付け、宿坊の掲示板の論客諸兄を非難している。<

>宿坊の掲示板憎しのためならば、反学会の者とも手を組みますよ、といったコトであろうか?<

>「敵の敵は味方」といった考えか? なんとも節操のない、都合のよろしいコトである(大・大爆)<
 

創価学会も?

 投稿者:  投稿日:2017年 8月16日(水)17時06分31秒
  不寛容と排斥
不寛容な排斥主義の危険性を警告!
下記のBBCの動画をご覧ください ↓

http://www.bbc.com/japanese/video-40932533

 

宿板の皆様m(._.)m

 投稿者:くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲メール  投稿日:2017年 8月16日(水)16時35分48秒
  栃木の久保田です。m(._.)mヽ(^○^)ノ

こちらの掲示板の論客の皆様は先ず信心が重厚でほんとに素晴らしい頭脳や経験、教学力も素晴らしいし、福運も素晴らしい方達ばかりで本来は私など投稿しないで読んで勉強に徹するべき者なのですが、学会二世で少年部の時から色んな学会の方達と絡み合いながら私の今日が有り、男子部に成り立ての頃から敵味方がはっきりしていたと言いますかσ(^_^;)?私の事が嫌いな人は中々仲良くする隙がなかったような感じで、基本的には私を嫌う人は『親分子分』体質だったり『威張る人』『権力や役職に執着心』の強い人達でした。皆様の役に立つかは分かりませんがヽ(^○^)ノ何度も経験したことを書かせていただきます。


今の幹部の人達は前述した権威の人が多いのでそういう人の対処法だけは多分人並み以上に場数を踏んでいると思い、必殺技を伝授(誰でも知っている)したいと思います。ちなみに毎回同じことが起こります。


【1】先ず初めに仕掛けて来るのは(^o^)嫌みを言ってくる。

《嫌みをいう人は相手が嫌がったり怒ったりするのを見て至福のひとときを味わっている》

なので(^o^)v満面の笑みで聞き流しているとつまらなそうに(^o^)v嫌みを言わなくなる。ヽ(^○^)ノ

【2】嫌みが通用しないと解ると脅してくる(^o^)v

《恫喝するやつも居れば弱味を突いて来るやつもいる》

《この段階も笑って誤魔化してるとしなくなる》

【3】次の段階に入ると懐柔策です。

《脅しが通用しないとなると相手も少し焦ってきて柔らかくなだめてくる》

《この段階では相手はソフトに来るので騙された振りをして従うポーズを取る》

《でも相手がこちらに言うこと利かせたい所であっかんべーをする》

【4】レベル4に入りますと具体的に迫害が興ってきます。デマを流されたり職場や親戚、兄弟の所などデマを流し外堀を潰しにかかるヽ(^○^)ノその人の人脈を潰す。
《栃木の幹部は家庭訪問に来るときもこちらの粗探しの為にしか家には来ませんでしたね》

《中にはそうではない方もおられましたが、だいたい権威幹部の依頼を受けて様子見に来ている》


【5】この先は『ラスボス』が来るのでしょうが私の場合、栃木と関東のボス達を男子部から壮年に成り立てのあたりでみんなやっつけてしまったので、改めて遭遇したこと無いです。

〇現在のように正役職の就いている人達が上ばかり向いて『下が何でも思い通りに動かないと面白くない』

様な人達ばかりだと┐('~`;)┌

こちらもつまらないことでつつかれないように自分の行動を律して行くのでダブルラッキーですよ  ヽ(^○^)

この先に何が来るのか知っている方は御教授下さい
m(._.)mヽ(^○^)ノ

原田会長┐('~`;)┌栃木の田舎でもイエスマンで上の言うことが先生のご指導と違う指導をする幹部がいるぞ!

お前会長なんだから何とかしろ(*`Д´)ノ!!!

 

赤胴鈴之助様へ

 投稿者:日蓮仏法2.0メール  投稿日:2017年 8月16日(水)14時25分6秒
編集済
  無冠さまの投稿ですが改行して読みやすくしました。  投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2017年 8月16日(水)10時26分33秒

無冠さんも鈴之助さんも、皆さん本当に思いやりのある心優しい人たちですね。
感動しました。感謝します。
 

Nスペ 戦慄の記録 インパール

 投稿者:ミネルヴァの梟  投稿日:2017年 8月16日(水)12時35分49秒
  昨日のNHKスペシャルも、素晴らしい力作だった。この3日間でNHKは相当名誉挽回した。これなら受信料を払う価値がある。 ただし政治部は別だが。

ネトウヨ、安部政権支持者、創価学会員は絶対観るべき作品だ。たぶん再放送されるだろう。
大本営を頂点とする意思決定が、どの様に行われていたかが、手に取るようにわかる。そしてそのやり方が、現在の安倍自公政権のやり方と、そっくりそのままなのだ。

理性的、科学的思考を重ねた上での作戦遂行では無い。敗戦続きの戦局好転を望む、神頼み的な大本営の意向と、それにおもねった牟田口中将の功名心、それを支える陸士同期生等、お友だちの人情。

そんなものの為に、3万人が命を失った。池田先生のお兄さんも、その中の一人だ。
そもそもこの作戦、兵站の事など最初から考えていない。現地調達や、敵からぶん取る事を前提にしていて、その無謀さに反対する人を弱腰と決めつけ、解任した。創価学会執行部と同じだ。  余談だが、神風特攻の時も同じ事があった。反対する者は切るのだ。

戦局の悪化に伴い、作戦変更を求める3つの師団の師団長達に対し、全員更迭という前代未聞の事まで、牟田口司令官はやった。そして自ら陣頭指揮を行い、総突撃を繰り返させて、無駄に死者を増やした。

結局、当初3週間の予定だった作戦が、やっと中止されたのは4ヵ月後。
ボロボロになった軍隊を残し、自分はシャアシャアと帰国。77歳まで生き延びた。

インパール作戦で死んだのは兵士ばかり。将校や下士官はあまり死んでいないという証言もあった。

この作戦の死者の6割は餓死や病死、作戦中止後の撤退中の犠牲者だ。中止後、豪雨の中食糧もなく、半年経っても撤退は完了しなかったらしい。

牟田口等、軍上層部の者達は、この作戦の最も悲惨な時期を体験していない。
しかも、もともと戦争を、将棋でも指すような感覚で捉えていて、日本兵を5000人も殺せばインパールは取れる、というような、言い方をしていた。人間をただの道具として捉えている。そういう者達が戦争を始め、仕切るのだ。
学会員の1割は退転してもよい、などとほざいていた学会執行部と同じ発想だ。他化自在天の発想だ。

ネトウヨや安部自公政権支持の人達は、こういう指揮官の下で命を懸けて戦いたいのだろうか。他化自在天というのは、他人の命を自由自在に扱う事を、喜びとする生命のことだ。
もしそうであるなら、安倍自公政権を支持するのは自由だが、徴兵されれば最初は二等兵、という事を忘れない方がいい。

撤退中食糧が無いため、同じ日本兵を殺し、その肉を食べたり、売ったり、物々交換したりしていたそうだ。
歩き疲れ倒れたが最後、豹やハゲ鷹に食われてしまう光景に、何度も出くわしたという証言もあった。

戦後生き残った牟田口や大本営の上層部、誰一人責任を取らず自らを正当化。
都合のいい理屈を述べたてて、それを国会図書館に保管。

この様にして歴史は捻じ曲げられ、伝えられて行くのだろう。

しかし最近、海外で新証拠が次々に発見されている。国内の証拠は隠せても海外の証拠は隠せない。
悪事は、いつか必ず暴かれる。
 

(無題)

 投稿者:末端信者  投稿日:2017年 8月16日(水)10時59分31秒
  有難うございました。

良く、読みやすくなりました。

     感謝
 

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