ヒトの心筋細胞も再生できるかもしれない(イスラエル・ワイズマン研究所からの論文)

(ペイレスイメージズ/アフロ)

再生能力の研究は再生医学の王道

日本では再生医学というとiPSの話になるが、この分野の裾野は広く、細胞移植はほんの一部だ。それでもiPSやES細胞が重要視される最大の理由は、人間では多くの組織で細胞自体の再生が抑制されており、外から細胞を供給しないと細胞を復活できないからだ。

一方、心臓も含めてほとんどの組織で高い再生能力を示すイモリのような脊髄動物も存在する。このような動物では組織が障害されても、その一部さえ残っておれば、心臓や神経ですら完全に再生することがわかっている。

このことから、人間のように再生力の低い組織では、細胞の増殖が積極的に抑えられており、この抑制を外すことができれば、傷ついた組織で細胞を再び活性化させ組織を再生させることが可能になる。特に、心臓は細胞移植が簡単ではなく、この方向の研究に期待が集まっていた。

長年の課題を解決し、心筋細胞の再生が可能になった

イモリに存在する再生力が、哺乳動物では抑制されていることがにわかっていても、この抑制に直接関わる分子はこれまで特定されてこなかった。ところが今週イスラエル・ワイズマン研究所グループが、心筋細胞増殖の抑制と促進のスウィッチ機構を解明し、新しい心臓再生療法に道を開いた画期的な研究成果をNatureオンライン版に発表した(Bassat et al, The extracellular matrix protein Agrin promotes heart regeneration in mice(細胞外マトリックス形成タンパク質のひとつAgrinはマウスで心臓の再生を促進する), Nature in press, doi:10.1038/naturee22978)。マウスモデルについての論文だが、将来は人への応用も十分可能と思われるので、一般の方にも紹介することにした。

実験の詳細

再生能力が失われたとはいえ、生後1日ぐらいはマウスの心臓にも再生能力が残っていることが知られている。この研究では、この再生能力の差が細胞外に分泌されるマトリックス分子の差として存在しているのではと当たりをつけ、まず生後1日と、7日目の心臓の細胞外マトリックスを調整しその上で心筋細胞を培養、生後1日目のマトリックスだけに心筋細胞増殖を誘導する力があることを確認し、この再生誘導能力の差がAgrinと呼ばれるプロテオグリカン(糖とタンパク質の複合体)で決まっていることを特定する。

これを手掛かりに、Agrinが心筋細胞の周りに存在するマトリックスに存在することで、心筋細胞同士の結合を弱め、成熟を抑制し、増殖を促進する詳細なメカニズムについても詳しく解析している。ただ、この詳細は専門外の方には理解しづらいと思うので、これ以上解説するのはやめる。要するに、成長につれこの分子が消失すると、心筋細胞の再生力が失われる。逆に、この分子を外から補ってやれば、心筋細胞の再生が復活すると予想される。

これを確かめるため、再生力が失われた時期のマウス心血管の結索により心筋梗塞をおこし、心筋に直接Agrinを注射して心筋が再生するか調べている。結果は期待通りで、Agrinを一回投与するだけで、2週間ぐらいからはっきりとした効果が見られ、1ヶ月目にはおどろくべき回復を示していた(写真を見ると本当に驚く)。

この結果をすぐに人間で確かめることは難しいため、ヒトiPSから作成した心筋細胞を培養する試験管内実験系で、Agrinがヒト心筋細胞の再生にも効果があることを示している。

これが本当なら、心臓の再生医学にとっては画期的な話で、心筋梗塞の全く新しい、細胞を一切用いない治療が可能になる予感がする。また、心筋細胞を試験管内で増やすという点でも大きなブレークスルーになる。特に、Agrinの入った様々な形のマトリックスを作って心筋細胞を培養すれば、より効果の高い心筋シートも作れるかもしれない。ひょっとしたら、心筋梗塞を起こして随分時間が経った患者さんにも利用できる可能性すらある。現段階で予想は難しいが、ポテンシャルは高いと期待している。

(同じ号にテキサス・ベーラー大学から、心筋細胞再生を抑制するシグナル経路の論文が発表されていた。この研究は、ワイズマン研究所からの論文を側面から支援するもので、期待をさらに高める効果があると思う。)