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同盟題目

 投稿者:  投稿日:2017年 8月16日(水)23時50分18秒
  今晩は、皆様
ありがとうございました
池田先生、奥様、皆様のご家族が健康長寿であります様に
原田会長、副会長、幹部の方々が、会員さんをイジメたり
見下したり、あくどい商売を早くやめます様に
ありがとうございました
おやすみなさい
 

同盟題目23時より開始します。

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2017年 8月16日(水)22時56分49秒
  よろしくお願い致します。
池田先生、奥様のご健康。
皆様の健康、勝利、活躍。
学会の中からイジメが無くなるように。
お題目を唱えます。
 

若死にするのは善人だけ

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2017年 8月16日(水)22時07分58秒
  >『下が何でも思い通りに動かないと面白くない』<
http://6027.teacup.com/situation/bbs/73145

これがことの本質ですね。他化自在天の本音。提婆について行った結果です。

>インパール作戦で死んだのは兵士ばかり。将校や下士官はあまり死んでいないという証言もあった。この作戦の死者の6割は餓死や病死、作戦中止後の撤退中の犠牲者だ。中止後、豪雨の中食糧もなく、半年経っても撤退は完了しなかったらしい。牟田口等、軍上層部の者達は、この作戦の最も悲惨な時期を体験していない。しかも、もともと戦争を、将棋でも指すような感覚で捉えていて、日本兵を5000人も殺せばインパールは取れる、というような、言い方をしていた。人間をただの道具として捉えている。そういう者達が戦争を始め、仕切るのだ。学会員の1割は退転してもよい、などとほざいていた学会執行部と同じ発想だ。他化自在天の発想だ。ネトウヨや安部自公政権支持の人達は、こういう指揮官の下で命を懸けて戦いたいのだろうか。他化自在天というのは、他人の命を自由自在に扱う事を、喜びとする生命のことだ。<
http://6027.teacup.com/situation/bbs/73143

『NHKスペシャル 戦慄の記録 インパール』再放送
総合 2017年8月26日(土)午前0時50分~2時03分(25日深夜)
http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20170815

このインパール作戦と学会の組織運営・打ち出しは同じ方程式と思うがどうか???
池田先生は方程式を示されています。その方程式に数値を代入して答えを出すのは我々です。自分です。一人ひとりです。誰も自分の人生を肩代わりしてはくれない。
全ては第八識に宿業として刻まれる。因から縁を引き寄せて果・報に至る。
悔いのない人生を! 悔いのない三世を!

『若死にするのは善人だけ』ビリー・ジョエル
https://www.youtube.com/watch?v=I27-wC9--bs
 

池田先生のスピーチに学ぶ【平和の心、優しさの文化、大田元沖縄知事の言葉を紹介】

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2017年 8月16日(水)22時03分12秒
  池田大作全集76巻
海外派遣メンバー協議会 (1991年2月14日)⑦


■沖縄の平和の心、優しさの文化

先日、沖縄訪問の折、大田昌秀知事と懇談する機会があった。そのときの模様を含めて、本部幹部会(二月十一日)でも少々お話しした。きょうも氏の「平和への思い」について、重複する部分があるかもしれないが紹介しておきたい。

氏は、大正十四年(一九二五年)六月、沖縄生まれである。六十五歳になられる。

十九歳の時(昭型二十年三月)、沖縄師範学校在学中に、鉄血勤皇隊の一員として、沖縄戦に動員された。敗戦後、捕虜として、収容所生活も経験しておられる。

氏の行動の原点は、若き日に刻んだ戦争への怒り、また敗戦後、二十七年間におよんだアメリカ軍の統治に対する憤慨にある、と言われている。

知事に就任されて二ヶ月余の氏であるが、″平和こそ最大の福祉″を一つのモットーとされている。そして、沖縄の革新県政が掲げてきた反安保・反基地とともに、自然開発への規制、高齢者の医療費無料化、情報公開条例の制定など、環境・福祉問題を前面に出されている。

琉球大学教授を経て、アメリカのハワイ大学やアリゾナ州立大学の教授をも務められた氏は、日本平和学会会員でもあり、沖縄を代表する平和学者としてよく知られている。知事就任に対しては″学者に何ができる″との非難もあったが、″公正・公平な目を培ってきたからこそ、県民本位の政治ができる″と切り返しておられる。大田県政への県民の方々の期待は大きい。

今回の湾岸戦争でも氏は、勃発が報じられてからわずか一時間後には、即時停戦の緊急談話を発表しておられる。
「過去の朝鮮戦争、ベトナム戦争で沖縄は出撃・補給基地として使われた。戦争の開始で県民生活に深刻な影響が出ることを恐れる。即時停戦を切実に希望する」と。

いかなる理由があれ、戦争は民衆を苦しめる。そのことを、みずから体験してこられた氏ならではの対応の速さであった。

ここで大田氏の″平和の言葉″を紹介しておきたい。

「沖縄の文化は、『やさしさの文化』だといわれ、俗に沖縄の心は、『平和を賞でる心ばえ』だともいわれる」

「わたしは、折にふれ『沖縄の心』は『反戦平和』『人権回復』『自治確立』という考え方が柱になっていることを、くりかえし指摘してきた」

「沖縄では他人の苦しみにたいして、それを分かち合うニュアンスをもつ『肝苦〔ちむぐりさ〕』(胸がいたい)という表現をつかう。

沖縄には『他人に殺(くる)さってん寝(ね)んだりしが、他人殺(ちゆくる)ちえ寝(ね)んだらん』
(他人にいためつけられても寝ることはできるが、他人を痛めつけては寝ることはできない)という言伝えがある」
(大田昌秀『沖縄のこころ』岩波新書)

また「私はガンジーを尊敬している。実は、ガンジーの等身大の写真を持っている。私の宝としている」と言われている――。

大田氏は、先日もご紹介したとおり、学会の平和運動にも深い賛同とご理解を寄せてくださっている。「聖教文化講演会」の講師を務めてくださったほか、昭和六十三年(一九八八年)の一年間、「聖教新聞」の文化欄に十二回にわたり連載されている。さらに、氏は、青年部が取り組んできた平和講座を担当。反核展でも応援してくださっている。

「女たちの大平洋戦争展」では、ご自身が所持されている貴重な写真資料も提供してくださった。また、婦人部の反戦出版『いくさやならんどう――』(戦争はいやだ、してはならない)にも助言され、巻末に解説「戦後の沖縄と女性の生き方」を寄せてくださっている。

まことに、ありがたいかぎりである。大田氏のみならず、SGIの平和運動への期待の声は多く寄せられている。私どもは、これからも仏法の平和主義にもとづいて、アジアヘ、世界へと、平和と文化の運動を積極的に進めていきたい。それが、多くの人たちの期待に応える道であると信ずる。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
池田大作全集76巻
海外派遣メンバー協議会 (1991年2月14日)①
http://6027.teacup.com/situation/bbs/72076

海外派遣メンバー協議会 (1991年2月14日)②
http://6027.teacup.com/situation/bbs/72139

池田大作全集76巻
海外派遣メンバー協議会 (1991年2月14日)③
http://6027.teacup.com/situation/bbs/72366

池田大作全集76巻
海外派遣メンバー協議会 (1991年2月14日)④
http://6027.teacup.com/situation/bbs/72559

池田大作全集76巻
海外派遣メンバー協議会 (1991年2月14日)⑤
http://6027.teacup.com/situation/bbs/72884

池田大作全集76巻
海外派遣メンバー協議会 (1991年2月14日)⑥
http://6027.teacup.com/situation/bbs/73097
 

票田のトラクター

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2017年 8月16日(水)20時59分29秒
  違法ビラってこれでしたっけ?
 

(無題)

 投稿者:天然水  投稿日:2017年 8月16日(水)20時00分49秒
  上着を着ない勤行なんて。。。
そんな世間の常識を求める方が無理ですw

告示や公示が始まってから
投票日間近の選挙の時や、閉め切り間近の新聞啓蒙の
時なんか数字あげるのに躍起になりすぎて常識外れの行動が
多々みられます。シタジモの幹部がこれだもの
学会の常識、世間の非常識って言われてる所以です。
  
 

寛容・道徳

 投稿者:生涯&広布一筋兄弟メール  投稿日:2017年 8月16日(水)19時25分45秒
編集済
  昨日、無事、日本へ到着しました。

赤胴鈴之助様、ご心配下さり。誠にありがとうございました。

さて、鈴之助様投稿のテヘラニアン博士紹介でイスラム教徒へのスペイン国内における寛容が

紹介されていましたが。

随分昔、先生の指導、もしくは提言だったかもしれません、

一般的に自国内、自国民にはモラル・道徳を重んじる事ができるが・・

これが、一歩余所の国、人種が違うと

そのモラル、道徳、寛容が失われてしまう・・と

その言葉通り、植民地であったフイリッピンでは酷いことを・・・

イスラム教徒である現地人には強制的にローマカソリックに改宗を迫った・・

また、スペインは南米の古代文明民族の99%の民衆をも殲滅、略奪。

人ほど素晴らしいものはなく、人ほど野蛮なものはない
 

猛暑でも無い首都圏で上着脱いで読経唱題 (笑笑

 投稿者:珍説 谷川革命 (笑笑  投稿日:2017年 8月16日(水)19時07分35秒
  昨年は8・15でやってましたっけ?
皆さまが違和感を感じた通り、冷房バンバン効いた快適極楽な広間で、わざわざ上着脱いで勤行する創価の大幹部および青年部代表メンバー  (笑

どこの世界にこんな礼儀知らずの団体が有るのか?
これが谷川革命ですゥ!
谷川先生は、どこへ?ゆかことバカンスですか?
女子部は別として奥さん・子供さんがいる男子青年部の方たちをかき集めるのは非常識です。集まるのは、全国に散らばっている二百人近い副会長を全員集めて読経・唱題会を12時間以上やるべきでは!

当然、上着着てね。バカ丸出しです!!
 

思い出されます

 投稿者:なるほど  投稿日:2017年 8月16日(水)19時02分17秒
  ヤマトモや月刊ペン事件の裁判記録を持ち出しただけで、先生を迫害したヤツラの情報を持ち出すとはケシカラン!と悩乱していたクジラとかのバカどもよ、今こそ反板を諌めなされ。まぁ、ためにする宿坊批判だろうから、そんなことしないだろうけどね。特にクジラのバカは。  

re;あまりにヒドい、アンポンタンの反板の無節操を笑う w w w

 投稿者:八尋みのる  投稿日:2017年 8月16日(水)18時14分41秒
編集済
  カンピースさ~ん
情報ありがとさん w w w
もう自暴自棄なのか w
アンポンタンぶりをよく示してるよね~ w w  w
反板ってネット対策の工作員板だよね~ w
職員も関与してるってハナシだけどww

学会員を攻撃し脱会工作したり
日寛本尊を偽本尊扱いし
御本尊燃やしたりするT田のネタ使うなんて
もう反板って
終わったも同然だよね~ w w w


>アンポンタンの反板の「記録係」なるお方が、コメントの他、ある動画を張り付けていらっしゃる。

「保田妙本寺は退転者の巣窟」みたいなタイトルであるが、この動画は、誰が作成したかというと、

あの有名な「中野対決」で、ケチョンケチョンに論破され、「勉強してきマスッ!」と捨て台詞を吐いて帰った、〇田クンである。<

>この記録係って人は、コトの重大さを分かっているのだろうか?<

>一応、反板とはいっても、おそらく学会員であろうし、おそらく学会を守る? 立場である方のハズだろう。<

>それが、反学会の急先鋒ともいえる〇田氏の投稿動画を臆面もなく貼り付け、宿坊の掲示板の論客諸兄を非難している。<

>宿坊の掲示板憎しのためならば、反学会の者とも手を組みますよ、といったコトであろうか?<

>「敵の敵は味方」といった考えか? なんとも節操のない、都合のよろしいコトである(大・大爆)<
 

創価学会も?

 投稿者:  投稿日:2017年 8月16日(水)17時06分31秒
  不寛容と排斥
不寛容な排斥主義の危険性を警告!
下記のBBCの動画をご覧ください ↓

http://www.bbc.com/japanese/video-40932533

 

宿板の皆様m(._.)m

 投稿者:くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲メール  投稿日:2017年 8月16日(水)16時35分48秒
  栃木の久保田です。m(._.)mヽ(^○^)ノ

こちらの掲示板の論客の皆様は先ず信心が重厚でほんとに素晴らしい頭脳や経験、教学力も素晴らしいし、福運も素晴らしい方達ばかりで本来は私など投稿しないで読んで勉強に徹するべき者なのですが、学会二世で少年部の時から色んな学会の方達と絡み合いながら私の今日が有り、男子部に成り立ての頃から敵味方がはっきりしていたと言いますかσ(^_^;)?私の事が嫌いな人は中々仲良くする隙がなかったような感じで、基本的には私を嫌う人は『親分子分』体質だったり『威張る人』『権力や役職に執着心』の強い人達でした。皆様の役に立つかは分かりませんがヽ(^○^)ノ何度も経験したことを書かせていただきます。


今の幹部の人達は前述した権威の人が多いのでそういう人の対処法だけは多分人並み以上に場数を踏んでいると思い、必殺技を伝授(誰でも知っている)したいと思います。ちなみに毎回同じことが起こります。


【1】先ず初めに仕掛けて来るのは(^o^)嫌みを言ってくる。

《嫌みをいう人は相手が嫌がったり怒ったりするのを見て至福のひとときを味わっている》

なので(^o^)v満面の笑みで聞き流しているとつまらなそうに(^o^)v嫌みを言わなくなる。ヽ(^○^)ノ

【2】嫌みが通用しないと解ると脅してくる(^o^)v

《恫喝するやつも居れば弱味を突いて来るやつもいる》

《この段階も笑って誤魔化してるとしなくなる》

【3】次の段階に入ると懐柔策です。

《脅しが通用しないとなると相手も少し焦ってきて柔らかくなだめてくる》

《この段階では相手はソフトに来るので騙された振りをして従うポーズを取る》

《でも相手がこちらに言うこと利かせたい所であっかんべーをする》

【4】レベル4に入りますと具体的に迫害が興ってきます。デマを流されたり職場や親戚、兄弟の所などデマを流し外堀を潰しにかかるヽ(^○^)ノその人の人脈を潰す。
《栃木の幹部は家庭訪問に来るときもこちらの粗探しの為にしか家には来ませんでしたね》

《中にはそうではない方もおられましたが、だいたい権威幹部の依頼を受けて様子見に来ている》


【5】この先は『ラスボス』が来るのでしょうが私の場合、栃木と関東のボス達を男子部から壮年に成り立てのあたりでみんなやっつけてしまったので、改めて遭遇したこと無いです。

〇現在のように正役職の就いている人達が上ばかり向いて『下が何でも思い通りに動かないと面白くない』

様な人達ばかりだと┐('~`;)┌

こちらもつまらないことでつつかれないように自分の行動を律して行くのでダブルラッキーですよ  ヽ(^○^)

この先に何が来るのか知っている方は御教授下さい
m(._.)mヽ(^○^)ノ

原田会長┐('~`;)┌栃木の田舎でもイエスマンで上の言うことが先生のご指導と違う指導をする幹部がいるぞ!

お前会長なんだから何とかしろ(*`Д´)ノ!!!

 

赤胴鈴之助様へ

 投稿者:日蓮仏法2.0メール  投稿日:2017年 8月16日(水)14時25分6秒
編集済
  無冠さまの投稿ですが改行して読みやすくしました。  投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2017年 8月16日(水)10時26分33秒

無冠さんも鈴之助さんも、皆さん本当に思いやりのある心優しい人たちですね。
感動しました。感謝します。
 

Nスペ 戦慄の記録 インパール

 投稿者:ミネルヴァの梟  投稿日:2017年 8月16日(水)12時35分49秒
  昨日のNHKスペシャルも、素晴らしい力作だった。この3日間でNHKは相当名誉挽回した。これなら受信料を払う価値がある。 ただし政治部は別だが。

ネトウヨ、安部政権支持者、創価学会員は絶対観るべき作品だ。たぶん再放送されるだろう。
大本営を頂点とする意思決定が、どの様に行われていたかが、手に取るようにわかる。そしてそのやり方が、現在の安倍自公政権のやり方と、そっくりそのままなのだ。

理性的、科学的思考を重ねた上での作戦遂行では無い。敗戦続きの戦局好転を望む、神頼み的な大本営の意向と、それにおもねった牟田口中将の功名心、それを支える陸士同期生等、お友だちの人情。

そんなものの為に、3万人が命を失った。池田先生のお兄さんも、その中の一人だ。
そもそもこの作戦、兵站の事など最初から考えていない。現地調達や、敵からぶん取る事を前提にしていて、その無謀さに反対する人を弱腰と決めつけ、解任した。創価学会執行部と同じだ。  余談だが、神風特攻の時も同じ事があった。反対する者は切るのだ。

戦局の悪化に伴い、作戦変更を求める3つの師団の師団長達に対し、全員更迭という前代未聞の事まで、牟田口司令官はやった。そして自ら陣頭指揮を行い、総突撃を繰り返させて、無駄に死者を増やした。

結局、当初3週間の予定だった作戦が、やっと中止されたのは4ヵ月後。
ボロボロになった軍隊を残し、自分はシャアシャアと帰国。77歳まで生き延びた。

インパール作戦で死んだのは兵士ばかり。将校や下士官はあまり死んでいないという証言もあった。

この作戦の死者の6割は餓死や病死、作戦中止後の撤退中の犠牲者だ。中止後、豪雨の中食糧もなく、半年経っても撤退は完了しなかったらしい。

牟田口等、軍上層部の者達は、この作戦の最も悲惨な時期を体験していない。
しかも、もともと戦争を、将棋でも指すような感覚で捉えていて、日本兵を5000人も殺せばインパールは取れる、というような、言い方をしていた。人間をただの道具として捉えている。そういう者達が戦争を始め、仕切るのだ。
学会員の1割は退転してもよい、などとほざいていた学会執行部と同じ発想だ。他化自在天の発想だ。

ネトウヨや安部自公政権支持の人達は、こういう指揮官の下で命を懸けて戦いたいのだろうか。他化自在天というのは、他人の命を自由自在に扱う事を、喜びとする生命のことだ。
もしそうであるなら、安倍自公政権を支持するのは自由だが、徴兵されれば最初は二等兵、という事を忘れない方がいい。

撤退中食糧が無いため、同じ日本兵を殺し、その肉を食べたり、売ったり、物々交換したりしていたそうだ。
歩き疲れ倒れたが最後、豹やハゲ鷹に食われてしまう光景に、何度も出くわしたという証言もあった。

戦後生き残った牟田口や大本営の上層部、誰一人責任を取らず自らを正当化。
都合のいい理屈を述べたてて、それを国会図書館に保管。

この様にして歴史は捻じ曲げられ、伝えられて行くのだろう。

しかし最近、海外で新証拠が次々に発見されている。国内の証拠は隠せても海外の証拠は隠せない。
悪事は、いつか必ず暴かれる。
 

(無題)

 投稿者:末端信者  投稿日:2017年 8月16日(水)10時59分31秒
  有難うございました。

良く、読みやすくなりました。

     感謝
 

法要は上着着用?

 投稿者:コンペー  投稿日:2017年 8月16日(水)10時59分15秒
  今、気がついた?
今日の聖教一面の戦没者法要の写真。いくらクールビスとはいえ、壇上男性陣は上着着用のほうが良いのでは…きっと。笑
 

無冠さまの投稿ですが改行して読みやすくしました。

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2017年 8月16日(水)10時26分33秒
  無冠さまの投稿ですが改行して読みやすくしました。

タブレットでも読めると思います。

日蓮仏法2.0 様  ?投稿者:無冠 ?投稿日:2017年 8月15日(火)11時00分0秒

いつも勉強させていただいております。老婆心ながら投稿します。

>>一、指摘のあった戸田先生における「凡夫本仏論」の所在はどのような文章に見られますか?

⇒たぶん下記講演も対象でしょう。



昭和22年10月19日 創価学会第二回総会午前 東京教育会館 [1947年]

(戸田城聖先生講演集上)【三世の因果】

 閻魔(えんま)のそばに行って、『お前は、生きている間に、こんな悪いことをしたろう』と言われ

ると、亡者(もうじゃ)は『私は何もそんな悪いことを致しません』と言う。

閻魔王(えんまおう)は、『それ、そこにある浄玻璃(じょうはり)の鏡を見よ』と言う。

そうすると、浄玻璃(じょうはり)の鏡に、前世の悪事の姿がそのまま写り出して嘘が言えないという

ことですが、これは地獄のさまを説明した釈迦の低い教えで、今申しますならたとえ話にすぎないので
ございます。

 釈迦が何のためにこんな教えを説いたのでしょうか。

また、事実、浄玻璃(じょうはり)の鏡はないものでありましょうか。

 この娑婆世界においては、私どものこの身、その境遇が浄玻璃の鏡なのでございます。

過去世に私どものなした業(ごう)がこの現世にわれわれの身心に業報(ごうほう)として感ずるので

ございます。

人はみな性欲(しょうよく)が不同で種々さまざまのことをやっておりますから、この世の人は同一の

境涯に生まれるということができないのであります。

同じ親に同じように育てられた兄弟でも同一な生涯がないのはこの理由であります。

現世(げんせ)、過去世(かこせ)、未来世(みらいせ)ということを、信ずることのできぬものが

充満していることは、嘆(なげかわ)しいことでありますが、これが生命の実相であり仏教の根本で

ございます。

 これを十不善行の業報に照らしてみますならば、この世で多病である、また短命である人は

『殺(さつ)』の報いでありまして、この身を浄玻璃の鏡として、過去世の殺(さつ)を写し出して

いるのであります。

貧窮(びんぐ)で失財(しつざい)の人は盗みの報いであり、眷属(けんぞく)不良で婦(ふ)が、

貞実(ていじつ)でないという人は、邪淫(じゃいん)の報い、身に誹謗(ひぼう)を受け人に

誑惑(おうわく)されるのは妄語(もうご)の報い、親類に離れ親友にも捨てられるのは

両舌(りょうぜつ)の報い、悪声を聞き訴訟を起こすのは悪口の報い、人に信じられないで言語が

明らかでないのは綺語(きご)の報い、多欲で足ることを知らずに金がほしい、物がほしいというのは

貧(どん)の報い、人のためにすきをうかがわれ、あるいは殺されたりするのは瞋(いか)りの報い、

邪見(じゃけん)の家に生まれて心諂曲(てんごく)なのは愚痴(ぐち)の報いであります。

 また、日蓮大聖人様のおことば(佐渡御書960ページ)によりますれば

 『我れ人を軽しめば還(かえ)って、我が身、人に軽易(きょうい)せられん、形状端厳(ぎょうじ
ょうたんごん)をそしれば、醜陋(しゅうる)の報いを得、人の衣服(えぶく)飲食(おんじき)を、

うばえば必ず餓鬼(がき)となる、持戒尊貴(じかいそんき)を笑えば、貧賤(ひんせん)の家に生ず

、正法の家をそしれば、邪見(じゃけん)の家に生ず、善戒(ぜんかい)を笑えば、国土(こくど)の
民となり王難に遇(あ)う』と。

これ般泥洹経(はつないおんきょう)にありとは、大聖人様のお教えでありますが、この業報(ごうほ
う)に、わが身を照らして、過去世をみ、ここに運命の打開を、心がくべきであります。

 されば、自分は丈夫であるとしても、自分の身内に弱いものがいて、多病の業報を感ずるならば、

親子ともどもに殺の報いとせねばならない。

このように考えることは、生命は永久であり、永遠の存在であり、この常住の生命が娑婆世界に生死

、生死と存在することを大前提とせぬかぎり、信ずることのできないことである。

 日蓮大聖人様は、このような因果の理法は

『是れは常の因果の定まれる法なり』(佐渡御書960ページ)

と仰せになって当然のこととせられております。

しかし、破仏法、破国の邪法のみ、盛んな今日、この理法を信ずることすら、日本民族には困難な実状

にあります。

しかし、釈迦の仏法哲学からこの考え、この思惟(しい)を抜き取ったら、何物も存在しなくなるので
あります。

我(われ)ら、この仏法を信ずる者は、この因果の理法を信じなくてはならないのであります。

低いこの因果の理法すら信じられないで久遠(くおん)の生命をどうして信じえられましょう。

また地涌(じゆ)の菩薩(ぼさつ)の自覚はどうして生まれてまいりましょう。

 さりながら、この低い仏法の因果の説法だけをもって、仏法とするならば、運命は定まれるものと、
なして、ただ人生を悪いことをしないようにと、消極的生活におちてしまう。

前に述べました因果は、尽未来際(じんみらいさい)にわたって、一生に一つづつを現じて永劫の生活

に現れるのでありまして、いつの日にかこれを清めて、すっぱりした生活に雄々(おお)しく偉大な

希望をもって生きられましょう。

 これが解決のため、釈迦の説かれた経文は法華経でありまして、法華経こそ人生の最高の生活理念で

ありこの自然存在の因果の理法をたたき破って本因本果の妙理を現したもので、経文中の最高唯一のも

のであります。

しかし、これとて、単なる理念にすぎないのでありまして、仏のみがこの因果をたたき破って神通の

力を現じたものにすぎません。

 末法の我らと縁のないもので、我々凡夫(ぼんぷ)自身が、近因近果の理法をたたき破って自然

(じねん)の仏身を開覚(かいかく)する法が、ただいまでは必要でありますが、この必要に応じられ

て実際生活に過去世からの運命をたたき破り、よき運命への展開の法をたてられたのは日蓮大聖人様

でいらせられる。

すなわち、設計図によって飛行機を作ったと同じように、釈迦の法華経にこたえて、実際生活のなかに

過去の因果を凡夫自身が破って、久遠の昔に立ち返る法を、確立せられたのは日蓮大聖人様でいらせられる。

 すなわち帰依(きえ)して南無妙法蓮華経と唱えたてまつることが、よりよき運命への転換の方法で

あります。

この方法によって途中の因果がみな消え去って、久遠の凡夫が出現するのであります。

『久遠(くおん)とは・はたらかさず・つくろわず・もとの儘(まま)と云う義なり』(御義口伝759ページ)

 とおおせの通り、久遠の仏とは、えらい難しいことばに聞こえますが、久遠は『もとのままの、なに
もりっぱでもない、なんの作用もない』ということで、仏とは命でありますから、『もとのままの命』
と悟りますときに、途中の因果がいっさい消えさりまして因果倶時(いんがぐじ)の蓮華仏(れんげぶ
つ)が生出(しょうしゅつ)するのであります。

『善(よき)に付け悪(あしき)につけ法華経をすつるは地獄の業(ごう)なるべし』
(開目抄232ページ)

と大聖人様は御おおせである。

たとい久遠劫(くおんごう)以来、邪宗にひかされ、かもしだした謗法(ほうぼう)の大罪、およびつ
れて生じた因果の罪に、いかにせめられましょうとも、久遠(くおん)の昔の清浄にかえる、唯一の道
である大御本尊様を捨てまいらせるということは、地獄の業(ごう)であります。

久遠劫(くおんごう)いらい、種々の悪事の中でも謗法の罪は最も重く、これがために、十不善行や

般泥洹経(はつないおんきょう)の八種の大難を強く感ずるのでありますから、ことに強盛(ごうじょ
う)に、信仰するときには、来世に永劫(えいごう)の時間を費やして、一つづつ消してゆく、この大
難をこの世の一生のうちに、軽く受けて、生命を清浄にしなくてはなりません。

そのためには、過去世の業を次々と感ずるのでありますから、いかなる難がありましょうとも、決して

、決して、信仰の道に悩んではなりません。一切が御本尊様の御おおせと、喜び勇んで難におもむかな
くてはなりません。

御本尊様の功徳については、御年43歳の御時、御本尊様ご出現の前に、その功徳の一部を、釈迦の功徳

によせて法華経よりこれをさぐって御おおせには、

1.世間の楽・涅槃の楽を得、
2.貧窮(びんぐ)の衆生に福力を与える、
3.病の衆生に良薬を与える、
4.智なき衆生を智者となす、
5.短命の者を長命となす、
6.悪心の者を善心となすと。

 御本尊様をいただくかぎり、途中の因果を感ずるときは、この難は久遠を開覚(かいかく)する途中

ぞと心えて、いま申した六つの功徳力を堅く信じて、絶えまなきご信心を祈るしだいであります。

上記、戸田2代会長の講演を池田先生が引用紹介して、「久遠の凡夫」についてご指導されたのが、

平成3年6月13日ドイツ・ボン市・宿舎での「ドイツの友の記念の夕べ」

(妙法は「希望」生む根源の力)

池田名誉会長スピーチ集「今日より明日へ 93」掲載です。


> 二、ある方の情報で、『大白蓮華』8月号に1994年のドイツ最高会議での池田先生のスピーチの・・・
⇒おそらく、創価のルネサンス 72(「仏法」とは「人生の法」第3回ドイツ最高会議)です。
 

あまりにヒドい、アンポンタンの反板の無節操を笑う

 投稿者:カンピース  投稿日:2017年 8月16日(水)10時03分26秒
  アンポンタンの反板の「記録係」なるお方が、コメントの他、ある動画を張り付けていらっしゃる。

「保田妙本寺は退転者の巣窟」みたいなタイトルであるが、この動画は、誰が作成したかというと、

あの有名な「中野対決」で、ケチョンケチョンに論破され、「勉強してきマスッ!」と捨て台詞を吐いて帰った、〇田クンである。

この記録係って人は、コトの重大さを分かっているのだろうか?

一応、反板とはいっても、おそらく学会員であろうし、おそらく学会を守る? 立場である方のハズだろう。

それが、反学会の急先鋒ともいえる〇田氏の投稿動画を臆面もなく貼り付け、宿坊の掲示板の論客諸兄を非難している。

宿坊の掲示板憎しのためならば、反学会の者とも手を組みますよ、といったコトであろうか?

「敵の敵は味方」といった考えか? なんとも節操のない、都合のよろしいコトである(大・大爆)


 

千の風になって

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2017年 8月16日(水)09時16分57秒
編集済
  『千の風になって』がヒットして以来、世間では墓が売れなくなったそうです。
そりゃそうでしょう。高い金を払って買ったのに「♪そこに私はいません」「♪眠ってなんかいません」というのですから。なら、そんなものは要らないでしょうね。
むしろこの詩は仏法的です。矢作さんのビデオにもありましたが、死後も生命は「ここにある」のですから。

学会もこんなに墓地・霊園を積極的に売ることは以前はありませんでした。昔は差別されて墓に入れてもらえない学会員がいて、そのために墓地を作ったと聞きました。

時さんの仰る通り、外界からの情報がかつてのオウムのように遮断されて内に籠り、さらに「御書を心肝に染め」ることをしなくなったために、余計なものが混ざり、慈覚たちのせいで、すっかり池田先生の創価学会とは別の宗教に変わってしまいました。
御書には「混ぜるな危険」と書かれているにもかかわらず。
法華経は良薬といっても、処方箋を読んで正しく服用しなければなりません。
今の学会員は糖尿病の薬をコーラで飲んでいるみたいです。頭が痛い。

「依法不依人」が絶対条件ですよね。「境智冥合」しなければ意味がないので。そのための「師弟不二」です。

それをしなくなって諸天善神が「この国を捨て去って」、立正安国が崩れて来ているのでは? ♪あああ、東京は、今日も、雨だった? 40年ぶり? ミサイルも降って来る? 都議選、大勝利ちゃうかったっけ~? 何? 蘇我氏が勝った?

あああ、諸天善神の歌声が聞こえるようです。
♪そこに私はいません
 

本日の政教珍聞で~す、原田怪鳥様、世界平和祈念戦没者法要への御参加、誠にご苦労様で~す(笑)

 投稿者:カンピース  投稿日:2017年 8月16日(水)09時15分58秒
編集済
  おはようございます。ホントに久々に原田怪鳥様の御姿を拝謁できて、ありがたぁ~い御指導も賜わって、ありがとうございま~す(笑)

でもねぇ~、原田怪鳥様、全国で、諸精霊追善勤行会なんて銘打ってるなら、2面には墓園の様子じゃなくて

勤行会の様子を記事にした方がイイんじゃないデスかぁ~? それとも、墓参りして、カネをおとせよぉ~ってトコロですかぁ~(爆)


>原田怪鳥は「結句は勝負を決せざらん外は此の災難止み難かるべし」(御書P998)を拝読し、1対1の対話で善の連帯を拡大する中で平和の基盤は構築されると強調。<
(政教珍聞1面より抜粋)

原田怪鳥様、ありがたぁ~い御指導、誠にご苦労様で~す(笑)

でもねぇ~、原田怪鳥様、引用されたこの御書(治病大小権実違目)の前段に、ナニが書かれているか御存知デスかぁ~(笑)

仏法が渡来して、物部氏と蘇我氏の争いがあり、蘇我氏が勝ったため、「災難忽ちに止みお了んぬ」(御書P998)とあり、

「其の後の代代三災・七難等は大体は仏法の内の乱れより起こるなり」(御書P998)と結論されてるんデスよぉ~(笑)


イイですかぁ~、原田怪鳥様、仏法が乱れるコトで、世間が乱れる、これが大前提デスよぉ~(笑)

原田怪鳥様、内を乱してませんかぁ~(笑)過去に類を見ない程の、査問・処分・除名(笑)

教義変更・会則改変・御観念文を変え、その後の説明は全くありませんよぉ~(笑)

都合良く、又、紛らわしく、紛然と競い起こしてませんかぁ~(笑)

ナゼか? 関東広範囲で8月の日照日が激減、雨だらけなのはナゼでしょうかぁ~(笑)

昨日の15日も大雨でしたねぇ~(笑)

「アメ〇顕」ならぬ「アメ怪鳥様」の本領発揮デスねぇ~(笑)


まあ、くれぐれも、引用された御書を心肝に刻んでいただき、「内の乱れより起こる」コトの無いように、期待しないで待ってまぁ~す(爆)


 

二十一世紀への対話 129

 投稿者:まなこ  投稿日:2017年 8月16日(水)08時32分42秒
  【池田】 現在の世界をみると、穏当な警察力をもってしては、善と正義を守るのにとても間に合わないでしょう。この点、現実が、いかに理想から程遠いものであるかと痛感せざるをえません。私は、世界警察軍が現在も必要であり、将来にわたって必要とされることについては、もちろん同感です。しかし、それはそれとして、軍備という面のみを取り上げれば、これを極度に規制することが必要です。現実問題として、せめて核兵器だけでも廃棄するよう、真剣な努力が払われるべきだと思います。
第二次世界大戦で日本の広島、長崎に投下された原爆は、恐ろしい爪跡を残していますが、現在ではさらに、それとは比較にならないほど強力な破壊力をもつ水爆が開発されています。その運搬も、航空機だけでなく、大陸間弾道弾によってなされ、さらに海面下の潜水艦から発射されることも可能になりました。こうして、現在の世界は、ボタン一つで、一瞬のうちに破滅してしまうかもしれない状況にあるわけです。
このような時代に生きているわれわれは、何よりもまず、いかなる国にも核兵器の製造、保有、使用を許さないという、強い決意をもつべきだと信じます。さもなければ、人類は絶滅してしまうでしょう。あるいはまた、次の世代の人々に、恐るべき厄介な遺産を残すことになってしまいます。文明と社会がいかに高度に発達したとしても、大量の核兵器が配備されている現状が続くかぎり、人間は決してその高度の発達を誇ることはできないと思います。
核兵器の破壊力がいかに恐るべきものであるか、放射能がいかに根強く生命をむしばんでいくかは、広島、長崎の被爆者の体験が明白に示しています。われわれは、この偽りのない実態を世界中の人々に認識してほしいと思います。

【トインビー】 たしかに、世界政府の創設を待つまでもなく、現存する各地方主権政府に対しては、その国民が強く働きかけて、少なくとも五つの地方政府がすでに保有している核兵器をすべて廃棄させ、今後も二度と核武装をしないよう保障させるべきです。私はまた、未来の世界政府は、自ら核兵器の保有を拒否すべきであり、この自ら課した拒否権を、世界政府憲法の基本条項の一つとすべきことを強調しておきたいのです。
核兵器の性質そのものからいっても、またその使用法の性格からいっても、交戦国の相互絶滅という気違いじみた目的以外には、核兵器を戦争に使用することは不可能です。しかも、この兵器に本来備わる無差別的殺戮性からみて、警察業務にはとくに使用できません。たとえば、南部アフリカの白人、北アイルランドの新教徒、イスラエルのアラブ領土占領軍などを、核兵器で鎮圧することはできないでしょう。もちろん、核兵器によって彼らを全滅させることはできるでしょうが、しかし、それは多くの場合、はるかに多数の被圧迫民をも同時に全滅させてしまうでしょう。この場合、行動の目的がこれら被圧迫民の解放にあるのですから、核兵器の使用によってこの目的を達成しようとすれば、そのどんな試みも、すべて自滅を招く幻想でしかなくなってしまいます。
地方の既成特権階級の鎮圧にあたる警察軍が武装を必要とするかぎり、その装備はいわゆる通常兵器に限るべきであり、それも、殺人兵器を用いて法の施行を妨げようとする暴徒を、最小限の殺傷数で鎮圧できる型の兵器でなければなりません。法の施行にあたる警察軍は、できうるかぎり、非致死性の兵器を使用すべきです。たとえば、打撲傷は負わせても裂傷には至らないゴム弾とか、一時的な活動不能に陥らせるだけで永続的な有毒作用をもたないガスとか、あるいは衣類や皮膚に付着するとしばらく消えない、有色塗料などを使うべきでしょう。有色塗料を散布すれば、これによって暴徒が識別でき、暴徒としては逮捕・有罪判定から容易に逃れられなくなるわけです。
今日まで科学技術は、戦争行為をより殺傷的なもの、より破壊的なものにするための武器の考案・使用に、応用されてきました。われわれは今後も、科学技術を組織化された物理的な力の利用にあてていかなければなりませんが、その目的は正反対のものへ転向させるべきです。われわれは、世界政府の警察軍と、世界政府を忠実に支援する地方警察軍とが、合法的な公的機関の命令を実施するにあたって、暴力的な反抗者への加害を――そして、とりわけ罪のない通行人とか、家畜、作物、貴重な物的財産などへの被害を――最小限に食い止められるような武器を考案しなければなりません。

【池田】 死と破壊のための武器でなく、死も破壊ももたらさず、しかも相手の攻撃力を奪ってしまうような武器を開発すべきだという博士の御発言は、非常に示唆に富んでいます。もしそこに目標を向ければ、科学者の英知は、必ずそうした条件を満たしうる武器を開発できるはずだと思います。しかし、科学者もそうですが、私は、何よりも政治家が、ここに大きな発想の転換をしてほしいと思います。
 

お盆の時期にあたって創価墓苑の実質を考える

 投稿者:  投稿日:2017年 8月16日(水)08時19分21秒
編集済
  私達も民衆の一人ならば、民衆の声に真摯に耳を傾けなければいけないのではないか。
いろいろな情報も出所が赤旗だからだとか、先生を批判している文章が混ざっているとかの
理由で、読まない、信じない、としているうちに現地の民衆や自然環境の犠牲をよそ目に、
学会は巨大な金亡者モンスターと化してしまった。
もちろん、この様な情報も裏を取らなければいけないであろうが、昨今の人権無視の学会なら、
以前からそういう体質であったであろうことは、想像にかたくない。

どんなに美辞麗句で装って、墓苑の意義を語ろうと、この様な民衆の犠牲の上になりたっている
のだとしたら、その真実の意図は推して知るべしである。
ある方の投稿で語られていた墓地運営のずさんさは、その因果として当然の結果であろう。
もともとそこには純粋な心は住んでいないのである。
乾いた、ビジネスの世界が、もっともらしい仮面をつけているだけに過ぎない。

そもそも、永遠の生命を説く仏法で、何でそんなに墓にこだわるか。
教学もない今の学会員は、世間以下の精神世界しかもってないといわれても仕方ないであろう。
いつになったら、自分達の心が、あきめくらになっていることに気づくのであろうか。

民意無視の墓地造成
http://sudati.iinaa.net/boti.html

巨大な利益を生む学会の墓園
http://www.toride.org/boen.html


 

わが友に贈る 2017年8月16日

 投稿者:どうみょうてん  投稿日:2017年 8月16日(水)07時03分5秒
  子どもの可能性は無限!
「できることからやる」
「できたことを称える」
小さな変化を見逃さず
やる気を引き出そう!
 

お詫び・訂正その五十三

 投稿者:The logic in the place  投稿日:2017年 8月16日(水)06時42分57秒
  レ・ミゼラブル023補足 ?
投稿者:The logic in the place
投稿日:2015年 6月 9日(火)00時46分6秒

引用「吾人の住む社会は暗澹たるものである。成功することこそ、まさに潰れんとする腐敗より一滴また一滴としたたる教えである。」

『創価の社会は暗澹たるものである。組織で偉くなり成功することこそ、まさに、まさに潰れんとする腐敗より一滴また一滴としたたる教えである、』と憂慮します。

引用「成功とは嫌悪すべきことである。真の価値と誤られ易いその類似は人を惑わす。群衆に対しては、成功はほとんど優越と同じ面影を有する。才能の類似者たる成功は一つの妄信者を持つ。すなわち歴史である。ただユヴェナリスとタキツスのみがそれに不平をとなえた。今日においては、ほとんど公の哲学が成功の家に住み込み、その奴僕の服をつけ、その控え室の仕事をしている。成功せよ、というが学説である。栄達は能力を仮定する。投機に富を得ればその人はすなわち巧妙な人物となる。勝利者は尊敬せらるる。幸運に生まれよ、そこにすべてがある。幸運を得よ、さらば汝は悉くを得ん。幸福なれ、さらば汝は偉大なりと信ぜられん。時代の精彩たる五、六の偉大なる例外を除けば、同時代の賞賛は近視にすぎない。メッキは純金となる。」

『創価の組織における成功とは弓T川の論(性交)ではないにしても、嫌悪すべきことである。地位の高い幹部になればなるほど先生に近づくという妄想は悪である。仏の周りに魔が集うから、仏が光輝くのであって、仏のそばには仏は居ない。つまり、真の価値と誤られ易いその類似は会員を惑わす。幹部になるとほとんど優越と同じ面影(仏)を有する。教義変更・会憲制定は一つの妄信者をもつ。すなわち創価の新しい歴史。ただ宿板のみがそれに不平を唱えた。今日においては、聖教珍聞も潮も第三文明も公明党も成功の家(大誓堂)に住み込み、その奴僕の服をつけ、その控え室(別館・金城会館・公明会館・他)の仕事(盗み読み・諜報活動・内弁慶会議)をしている。成功せよ(TSI・HHTA)性交、というが学説である。~メッキは純金になる。』と言う感じでしょうかね。まさにゲス野郎!

ーーーーーーーーーーーーーー
この補足023は、以下の会則

????????
第14章 賞罰
(懲 戒)
第78条 この会は、会員としてふさわしくない言動をした会員に対し、その情状に応じ、戒告、活動停止または除名の処分を行なうことができる。
????????

に主観的に大変該当します。

極善会員が多く集うところが暗澹たるだ?成功(性行・性交含む)が腐敗だと?トンデモナイ!そんなことを揶揄する者があ、反逆者!裏切者!極悪!大極悪人です。

私が極悪人です。誠に(×8)お詫び致します。
二度(×6)と欠点を挙げつらうことは致しません。極善弟子になるために、二度(×6)とこのような投稿は致しません。だから許して下さいね。何度も丁寧に謝ってますよ。ちゃんと記録して下さいよ。

仏の周りは、仏さまだらけ!魔では有りません、有難~い仏さまです。大極善弟子の選りすぐりの面々で、朝から晩まで尾行、盗聴、イヤガラセ、そしてこの掲示板を毎日、コピーして投稿者割り出し作業をされていらっしゃいます。そして片耳で報告事項を聞いて、「よし、査問・除名開始!手下の極善弟子を使って組織にデタラメ話を吹聴せよ!」と指示してニヤニヤ笑って過ごす快適な世界ですよ。
素晴らしい!尊敬に値する極善弟子の鏡です。きっと五百尽点劫の彼方には仏になっていることでしょう。ましてや、題目三唱するだけで因果倶時で瞬間に仏になっているかも?いやはや、有り難い事です。

何度(×8)も、お詫び・訂正・謝罪・改心を、極善会員の皆様のように『裏』ではやらずに、この宿坊の掲示板で『公』に謝罪しますね。これが一般社会通念です。

会則における全権統理する会長が『黒は白だ、偉いんです!』と次々に認定発言されれば、我々末端の会員は、それに付き従い『その通り、黒は白です!』と次々に口裏合わせするのが当たり前です。
それが極善弟子になり、改心した証ともなり、処分も解雇もクリアーできる営為です。

極善弟子、極善会員に間違いなど無い!間違いを糾す者が間違ってる!と言うことを私は繰り返して、頭悪いんで、また繰り返すかもしれません。この繰り返しが極善会員への改心活動です。

その都度、何度も訂正して、『間違いが間違っているから、間違いなんだ?いや、会長が認定している!池田先生も認定しているはずだ!だから、これで良いのだ!』と三段論法的に謝罪・訂正・お詫びをば今後共にしていきたいと存じます。ちゃんと監視している大極善弟子の極善会員の皆さまは記録して下さいよ。

今更、改心しても手遅れですが、頭悪いんでこれからもどしどし誠実にして真面目な極善会員になれるよう、改心した極善会員の証を投稿したいと存じます。
もっと早く大極善会員さま方(特に高位の本部職員)のように用意周到に、情報源を叩き潰してコッソリ改心していれば良かったと草葉の陰で反省しています。

処分の撤回は二度と無く、今生では査問やら対話も全く有りませんが、今後も謝罪・訂正をば続けていきますよ。今世限りですがね。

お元気ですよ、ありがとうございました。

ーーーーーーーーーーーー
PS.本を読まない者を論破することは出来ない。と言うよりも学ばない者を論破することは出来ない→議論が全く噛み合わないからですよ。ホツケや檀徒と対話していて分かりました、御書を精読していない彼等と対話していても切り文やら御尊師が言っているからと話になりませんでした。信行学が欠落した者との対話は無意味です。

 

ちょっとした話

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 8月16日(水)05時24分37秒
編集済
  ある配信者曰く「本を読まないやつを論破する事はできない」って
言ってました。なるほど・・と思った次第。
 

21世紀への選択 画一化は死、多様性こそ文化の生命力 P81  投稿します。

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2017年 8月16日(水)02時26分41秒
  21世紀への選択  画一化は死、多様性こそ文化の生命力  P81  投稿します。

ポイント
*、テヘラニアン
 しかし一四九二年に、ムスリムがスペインから追い出されるやいなや、ユダヤ教徒も追い

出され、以後、キリスト教の異端者に対する暗黒の宗教裁判が続きました。

*、池田
 多様性の否定について、テオドール・アドルノも「純粋な同一性は死であるという哲学命題

の正しさをアウシュヴィッツは証明している」と述べています。

生命とは多様性の別名です。画一化は死です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

池田先生のSGも、多様性こそ文化の生命力の仏法であることを説いています。

しかし、近頃の任用試験を始め各種試験では、画一化が進んでいます。

多様で個性的な教え方をする、講師によるブロック単位の勉強会は、少なくなっていることを

感じます。

これほど大きな組織となった、SGをコントロールするには、多様性は反逆者のよりどころとなる

ぐらいに考えているであろうと思っています。

STBという、機器を配って思想統制を図っていることが分かりますよね。

御書講義を会館のプロジェクターで教学部講師が教えるようになって、人間性や多様性がなくなり

感動や面白さがなったと言う事が聞きます。

教える側も勉強する必要がなくなり、ビール飲んでテレビで野球を観戦する方が楽で楽しいと言う、

極楽百年の修行になっています。

しかしそれは、池田先生の教えから大きく外れていることは次のの言葉からわかります。

【生命とは多様性の別名です。画一化は死です】

以上 鈴之助
 

21世紀への選択 画一化は死、多様性こそ文化の生命力 P81

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2017年 8月16日(水)02時22分11秒
  画一化は死、多様性こそ文化の生命力  P81

テヘラニアン
 しかし一四九二年に、ムスリムがスペインから追い出されるやいなや、ユダヤ教徒も追い

出され、以後、キリスト教の異端者に対する暗黒の宗教裁判が続きました。

こうした歴史に基づく教訓の意味は明らかです。すなわち、多様であることが文化の

生命力の淵源であり、画一化は文化を沈滞させるのです。

池田
 多様性の否定について、テオドール・アドルノも「純粋な同一性は死であるという哲学命題

の正しさをアウシュヴィッツは証明している」
(木田元訳『否定弁証法』、作品社)と述べています。

 生命とは多様性の別名です。画一化は死です。多様な文化を尊重し、ともに共存の道

を模索することが、文化の画一化が進行する現在、最も求められていることではないでしょうか。

人間と人間が語り合うこと、これがすべての始まりです。

人間と人間が心を開き合い、知り合い、友情を深め合えば、そこからいくらでも相互の違いや

多様性に対する理解が生まれるのです。

テヘラニアン
 同感です。そして、この対談こそが、そうした努力を促進するものとなることを願ってやみま

せん。
 

無冠様の投稿された文章を編集します。

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2017年 8月16日(水)00時29分41秒
  末端信者さま、SaySaySayさま 無冠様の投稿された文章を編集します。

無冠様、改行、編集文字を一箇所校正しました。よろしくお願いいたします。

SaySaySayさま、改行仕方は、Enterで・・・別途上げたいと思います。

・・・・・・・・・・以上 鈴之助

 無冠様の投稿です。

第3回ドイツ最高会議 平成6年5月24日 ドイツフランクフルト近郊

 ◆◆ 「仏法」とは「人生の法」 ◆◆

日蓮仏法2.0様 ?投稿者:無冠 ?投稿日:2017年 8月15日(火)18時02分8秒

?
日蓮仏法2.0様

今日はお盆休みでたっぷり時間ありましたので以下投稿します。
信濃町の人々様、準備されていたのですね。ありがとうございました。

第3回ドイツ最高会議 平成6年5月24日 ドイツフランクフルト近郊

 ◆◆ 「仏法」とは「人生の法」 ◆◆

 ドイツ総合文化センターの決定おめでとう。(大拍手)いよいよドイツがヨーロッパをリードしていく
時代が来た。
 仲良く、どこまでも仲良く発展していっていただきたい。「仲良く」できる人が立派な人である。

 特に、リーダーは、皆に好かれることが根本要件である。

 組織には、さまざまな人がいるが、皆を大きく包容し、尽くしていくことによって、自分自身の境涯が
拡大するのである。拡大した、その心に「仏界」は脈動している。

「偉大な功徳を皆に受けさせたい」。そう願う一念が大切である。「皆が幸せになってほしい」── 私
には、その思い以外に何もない。

☆ きょうは少し難しい面もあるかもしれないが、「哲学の国ドイツ」であるゆえに、仏法哲学の観点か

ら、少々、スピーチを残しておきたい。ドイツは西洋で最も早く仏教研究を始めた先駆の歴史もある。

 ◆ ネル―首相

  「仏が人間でなく神になったとき」インド仏教は滅亡

☆ 偉大なる仏教が、インドで、どうして滅んだのだろうか。この点について興味深い観点がある。

 ネルー首相は、仏教滅亡の理由が、ずっと疑問であり、考え続けてきたという。

 アンドレ・マルロー氏に会ったとき、ネルー首相は、思索の結論を氏に語った。

 マルロー氏とは私も二度、対談したが、仏教に深い関心を寄せておられた。ヨーロッパに将来、

仏教を基盤とする文明が生まれる可能性を否定できないとも語っておられた。

 ネルー首相の考察は次のようであった。

 「仏陀の天才は、あくまでも仏陀が人間であるという事実にもとづいていた。

人類の生んだもっとも深遠なる思想のひとつ、剛毅な精神、このうえなく崇高な惻隠(そくいん=慈愛)

の情。さらには、神々にたいしてまっこうからこれと向きあった告訴者の態度」「しかし仏陀の神格化が

行なわれたとたん、仏陀その人はこの神々と同列にくわえられ、姿を没してしまった」

(アンドレ・マルロー著『反回想録』竹本忠雄訳、新潮社)

☆ 釈尊は、あくまで「人間」として生き、神々にも強く訴えた。

 日蓮大聖人も、諸天善神である八幡大菩薩を「諌暁」なされている。

神にすがるのではなく、『妙なる法』を持つ「人間」として、神を動かされたのである。

 ◆ 人間が『いかに生きるか』を示す

☆ 本来、仏教は『人間の生き方』を説いたものであった。

 釈尊は「このように生きよ」「人生をこう生きよ」と、我が身で教えた。

そこには師弟の道があった。

 しかし、いつしか「人間・釈尊」は権威化され、人間を超えた神になっていった。

 今でもインドの多くの人々は、釈尊を尊敬してはいるものの、ヒンズー教の神々のひとりのように、

あがめているようである。

 「仏」とは、ありがたく礼拝する対象であっても、『その生き方に続く』存在ではなくなった。
 師弟の道も見えなくなった。

 仏教が『人間の生き方』でなくなったとき、インドでは、仏教は死んでしまった ──これがネルー

首相の結論であった。
 今、宗門にも、『人間の生き方』としての仏教は、まったくない。彼らは、大聖人の仏法を、「人間は

このように生きよ」という教えではなく、自分たちを権威づけるための飾りにしてしまった。

 自分たちの堕落を正当化するための手段にした。仏法の滅亡の姿である。

 ◆ 「仏とは人間」「人間こそ仏」

☆ そもそも日蓮大聖人の戦いも、ある面から言えば、『仏教を人間化する』戦いであられたと拝される

。人間の実生活から遊離していた仏教を、人間の手に取り戻し、現実の生活法として教えられた。

 「仏とは、人間(凡夫)である」「人間(凡夫)こそ、仏である」
 こう叫ばれた。

 当時、日本でも、阿弥陀仏とか、大日如来とか、「仏」を遠い、超越的なものとして説く仏教が流行

していた。

また法華経での仏も、一般には、人間とはかけ離れた存在としてとらえられていた。

それらを大聖人は逆転された。

 「日蓮本仏論」の思想的な意義も、ひとつには『仏教の人間化』にあったと拝される。

 諸法実相抄には、「凡夫は体の三身にして本仏ぞかし、仏は用の三身にして迹仏なり」(御書1358頁)

 ──凡夫は本体としての三身であり、本仏である。仏は、(本体の)働きとしての三身であり、迹仏

である──と仰せである。

 くわしくは論じないが、大聖人の重要な法門である「観心の本尊」も、「名字究竟」も、

「等覚一転名字妙覚」も、「凡夫即極」も、『仏教の人間化』という観点から見るとき、その深義に、

より迫れるかもしれない。

 妙法を信じ、行じる「人間」こそが、「仏」だということである。妙法の「信心」にこそ「仏界」は

あるということである。

 ◆ 「私はこう生きた」との奇跡を社会に

大聖人の原点へ

☆ それでは、どのような「人間」が「仏」なのか。どういう生き方が「仏」としての生き方なのか。

 日蓮大聖人が教えられたのは、「社会のなかで三障四魔と戦い、打ち勝っていく」人生である。

 妙法のため、人間のために、広宣流布に生き抜く人生である。

 そして大聖人自ら、その模範を示されたのである。その道に続いているのがSGIである。、皆さま

である。

皆さまこそ「仏」と輝く方々なのである。

☆ 創価学会は、大聖人の御精神どおり、仏法を『生活のなかで』、『人間の生き方』として実践して

きた。

 大聖人が仏教の原点に返られたように、創価学会が大聖人の仏法の信心の原点に返ったのである。

「人間」に帰ったのである。

 あるとき、戸田先生は、ひとこと、我々の信心は「人間宗」と言われた。徹底した「人間主義」

こそが、大聖人の仏法なのである。

 ◆ リーダーこそ誰よりも求道心を

☆ 組織においても、リーダーが、自分自身の『人間としての生き方』を常に問いかけ、向上していこう

、成長していこうという息吹があるかどうかである。

 その求道心がリーダーにあれば、全体が躍動していく。

自分が成長せずして、人を動かそうとすると、無理が生じ、そこから抑えつけたり、いばったりする

幹部が出てくる。

 ◆ 科学者アインシュタインも、魂の人ガンジーも求めた究極の法

   科学と宗教を結ぶ法の探求

☆ マルロー氏に、ネルー首相は、こうも言った。

 「ガンジーの言った意味は、ほぼ、『神は個の人間にあらず、神は法なり』ということです。

ガンジーはまた、不変の法とも言っています」
(アンドレ・マルロー著『反回想録』竹本忠雄訳、新潮社)

 敬うべき対象は、人間とかけはなれた神ではなく、「不変の法」である、と。

マルロー氏の答えは、鋭かった。

 「してみると、やはりそれはアインシュタインの断言したこととおなじですね。

『もっとも驚嘆すべきことは、この世界が明らかにある意味を持っているということである』と

アインシュタインは言っている」

(前掲書、アンドレ・マルロー著)

 この世界、この宇宙は、でたらめの無秩序なものではなく、厳然たる法則にのっとっていると

アインシュタインは考えたのである。

ガンジーとアインシュタインを結ぶもの。宗教と科学を結ぶもの──それは「法」であると考えられる。

 トインビー博士も常々、「宇宙の背後にある究極の精神的実在」について論じられたが、私と対談した

折、その『究極の実在』とは、人格神でなく、「法」であると思うと結論された。

 その「究極の法」に生きているのが、私どもである。人類文明の最先端にいることを自覚していただきたい。

 「神」は人間から超絶しているが、「法」は人間も含めた万物に普遍的なものである。正しき「法」

にのっとって生きれば、平等にだれもが「仏」になり、「幸福」になる。妙法に生きる人が「仏」に

ならないはずがない。

「絶対の幸福」を築けないはずがないのである。

 ◆ 御聖訓「法華経は日輪のごとし」

 ◆ 「信心」が燃えれば「太陽」が昇る

 ◆ 心の闇を破って

☆ ヨーロッパの五月は、美しい。ある詩人は「うるわしの五月」と歌った。花の祭りが行われるところ

も多い。五月の太陽は美しい。五月の太陽は優しく、温かく、希望に満ちている。

 大聖人は四条金吾の夫人に、こう書かれている。

 「大闇をば日輪やぶる 女人の心は大闇のごとし 法華経は日輪のごとし」

(御書1114頁)――

大きな闇を日輪は破る。女性の心は(闇が絶えず)大きな闇のようである。

法華経は日輪のようである――。

 真っ暗の闇も、ひとたび太陽が昇れば晴れわたる。

妙法を唱え、妙法の信心を燃やせば、いかなる心の闇も消え去る。

ゆえに、胸中に「信心の太陽」を昇らせることである。人生は「心」で決まる。幸福も「心」ひとつで

決まる。

 ◆ 常に寄り合って

☆ この御手紙は、佐渡で書かれている。

(文永9年4月)ご自身の大難のさなかに大聖人は、名もない在家の女性を、渾身の力で激励された

のである。

そして「この手紙は(同志である)藤四郎さんの奥さんといつも寄り合って、読みなさい」と団結を

教えておられる。

 「一人の門下も、不幸にさせたくない」との大慈悲が迫ってくる御言葉である。

学会の婦人部も御書の通り、「常に寄り合って」進んでいる。

☆ これほどの乱世のなか、婦人の身で、真剣に信仰を貫いている。

その姿を大聖人は、『ただごとではない』と仰せである。

決して、当たり前のことではない。本当に不思議な、深い深い意味のあることなのである。

 ◆ 釈迦仏・普賢菩薩らが生命の中に

 「おのおの・わずかの御身と生れて鎌倉にゐながら人目をも・はばからず命おも・おしまず法華経を

御信用ある事ただ事とも・おぼえず」
(御書1115頁)

 ――― あなた方は、身分も低く生れ、しかも(迫害の強い)鎌倉に住みながら、人目もはばからず、

命も惜しまず、法華経の信心をされていることは、ただごととも思えません――。

 「釈迦仏・普賢菩薩・薬王菩薩・宿王華菩薩等の各各のご心中に入り給えるか、法華経の文に閻浮提

にこの経を信ぜん人は普賢菩薩の御力なりと申す是なるべし」(御書1115頁)

 ―――釈迦仏が、また(英知をの力をもつ)普賢菩薩が、(病苦を治す力をもち、法華弘通を誓った)

薬王菩薩が、(神通力で法華経を守護する)宿王華菩薩(しゅくおうけぼさつ)等が、あなた方の生命

の中に入られたのだろうか(そうでなければ考えられない不思議な御姿です)

 法華経の経文に「世界で人々がこの経を信じるとき、それは普賢菩薩のお力である」とあるのは、この

ことでしょう―――。

 ◆ 大聖人は婦人の戦いを『ただ事にあらず』と御称嘆

 ◆ 婦人部を心から尊敬し、感謝

 大聖人は、けなげに戦う婦人門下の生命の中に釈迦仏を拝しておられた。

普賢菩薩の力、薬王菩薩の力、宿王華菩薩の働きを、はっきり御覧になっていた。

 何と尊いことかと、称嘆なされていた。

婦人の懸命な戦いを当たり前のように思っては、この大聖人の御心に反する。御心に反すれば罪となる。

 私は、常に「婦人部を尊敬し、婦人部を大切に」と申し上げている。

 「広布に戦う学会員を尊敬し、学会員を大切にする」――― これこそが、御書に示された大聖人の

御心の実践である。

☆ また、生命に釈迦仏が入って働いている、その人が幸福にならないはずがない。

『普く賢い』働きの普賢菩薩が生命に入っていて、賢くならないはずがない。薬王菩薩が入っていて、

健康にならないはずがない。

 宿王華菩薩の『守護の力』もまた、広布に生きる女性の生命を包んでいることを確信していただきたい。

 ◆ 広布に働く「心」が我が身を飾る

☆ 「ただ心こそ大切」(御書1192頁)である。

 たとえば、会館で花を飾ってくださる。

その「心」が我が身を飾り、生々世々、花に包まれたような境界になっていく。

会館を大切にする人は、広宣流布を大切にする人だからである。

 また陰で、広宣流布の為に汗を流し、地道な労作業をしていく。その「心」が、我が身を「健康」

にし、我が生命を「頑健」にしていく。そのように「心」を見るのが仏の眼である。

 広布のために、勇んで働けば働くほど、我が生命に福運が充満してくる。仏法に絶対ムダはない。

☆ どうか「よき人生」を送っていただきたい。SGIとともに、楽しく、価値ある一生を生きていただ

きたい。

皆さまの「栄光」輝く人生をお祈りし、記念のスピーチを結びたい。ドイツにはまた何度もまいります。(大拍手)

池田名誉会長スピーチ集 創価のルネサンス 72から全文掲載しました。

第3回ドイツ最高会議 (1994年5月24日)

◆は、中見出し ☆は、「一、」の代用です。
※同スピーチの収録は、池田大作全集84巻にもありますが、若干添削されています。
 

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2017年 8月16日(水)00時01分33秒
  今晩は、皆様
ありがとうございました
池田先生、奥様、皆様のご家族が健康長寿であります様に
発音が一緒なので、知恵と智慧の違いが、今まで無知で知りませんでした
今まで知恵だけを頼りに生きてきた気がします
今の創価の会長、副会長、職員の方々に智慧ある人格者が見当たりません
同盟題目に集まる宿坊の智慧のある方々に囲まれ、御題目をあげられる事に感謝します
ありがとうございました
おやすみなさい
 

同盟題目23時より開始します。

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2017年 8月15日(火)22時59分40秒
  池田先生、奥様のご健康を祈ります。
よろしくお願い致します。
 

(無題)

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2017年 8月15日(火)21時55分10秒
  末端信者様
ごもっともです。あのアマゾンの長いアドレスを載せると、スマホでは読みにくくなります。
せっかくですが私も無冠さんの投稿は帰ってから読みます。のつもりが忘れたりして。
アマゾンのアドレスは短縮形があったと思うのですが?
たぶん『実名告発 創価学会』はそれを使っているでしょう。

ついでに私も。
投稿の行間を見やすく空けるにはどうしたらいいのでしょうか?
前から訊きたかったのですが。
 

(無題)

 投稿者:末端信者  投稿日:2017年 8月15日(火)20時55分35秒
  無冠さん、saysaysayさん、サンダーバードさん、の最近の投稿で、
日蓮仏法2.0さんの投稿と同じ様に画面から文字がはみ出しているのが有ります。
以前のようにして頂けたら、読みやすいのですが、・・・・。
宜しくお願いします。

 

原田偽会長の過ち┐('~`;)┌

 投稿者:くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲メール  投稿日:2017年 8月15日(火)20時41分31秒
編集済
  栃木の久保田です。ヽ(^○^)ノ

創価学会執行部と偽者会長の原田偽会長の数ある過ちの中で何が一番いけなかったのだろうσ(^_^;)?

考えてみたけど全てにおいて失敗だったのでは無いでしょうか?

そもそもアクセンチュア等を入れたのは誰だ(# ゜Д゜)

世界一の指導者の元で直接ご指導を受けて来たにもかかわらず(水面下では)何故長きに渡って先生の思想と真逆の事してきたのだ┐('~`;)┌

答はちゃんと御書に有りましたヽ(^○^)ノ

五老僧の末裔?イヤ?生まれ変りだからだねヽ(^○^)ノ

私の周りには信心の立派な人ばかりだ(池田先生のご指導に照らし合わせると)だけどヽ(^○^)ノ

五老僧の末裔には信心の立派な人は邪魔でしかないんだねヽ(^○^)ノこれは面白いことですよ!

(御書の通りの事をしでかしてくれる)

富士宮での女子部への卑劣なワイセツ行為?

そして暴力?

それを止めようとし注意した人に暴力だ?(# ゜Д゜)

クズを擁護し立派な信心の人を処分するとは?何事だよ(# ゜Д゜)

原田会長┐('~`;)┌自分で偽者の証拠をひけらかしてんじゃ世話(*>д<)よ(世話ねーよ!)

池田先生をお慕いし先生と共に戦ってきた人達を査問し、恫喝し、冷酷に処分してるのだから世の中おかしく成りますよ(*`Д´)ノ!!!

原田に告ぐ:信心正しきたった一人の池田門下を(大聖人門下を)いじめたり処分しただけで大変な事になるぞ(# ゜Д゜)

それをオメーらは多くの信心深き法華経の行者を処分してきた五老僧の末裔だ!その業からは逃れられないぞ(# ゜Д゜)

覚悟しろ(*`Д´)ノ!!!


 

無冠様

 投稿者:日蓮仏法2.0メール  投稿日:2017年 8月15日(火)20時40分24秒
  ご協力ありがとうございます。
何しろ一人で何でもしなければならないし、資料も何もないので、応援・協力していただくと本当に助かります。
心から感謝申し上げます。
 

ど~にも、引っかかっているのデスが、原田怪鳥様、教えてくださぁ~い

 投稿者:カンピース  投稿日:2017年 8月15日(火)20時11分5秒
  昨日も投稿しましたが、政教珍聞1面、池田先生ご夫妻が創価文化センターを訪問との記事。

ナニか? 引っかかってましたが、「ご夫妻」って表現でイイんデスかぁ~?

そりゃあ、ご夫妻であるのは間違いないし、通常使われている丁寧語でもある。

でも、師匠デスよぉ~、例えば、安倍晋三ご夫妻とか、原田怪鳥様ご夫妻とか、そんなんと同列デスかぁ~?


ふと思ったのは、今までは、「池田先生・奥様が」とか「池田先生・奥様は」とか言われてませんでしたかぁ~?

原田怪鳥様、ど~にも、引っかかっているので、ゼヒ御教授くださぁ~い(笑)



 

お役に立てて嬉しく思います

 投稿者:無冠メール  投稿日:2017年 8月15日(火)20時01分13秒
  日蓮仏法2.0 様

お役に立てて嬉しく思います。「人間主義の・・・」出版以来、私自身の研鑽に役立っております。
私は、古くからの学会員で・・・戸田先生、池田先生の著書は、概ね保存できております。
本板にはそのような方々が多い様ですね。
今後とも何なりと申しつけください。
無冠



 

無冠様、再び感謝感激です!

 投稿者:日蓮仏法2.0メール  投稿日:2017年 8月15日(火)19時00分43秒
  日蓮仏法2.0様  投稿者:無冠  投稿日:2017年 8月15日(火)18時02分8秒

私はこのスピーチをその場で直接聞いたいるはずです。このスピーチには珠玉のような素晴らしい指導がたくさん盛り込まれています。素晴らしいですね。納得し、感動の連続です。
海外なので先生に何度も接するチャンスに恵まれ、こうした人間主義の日蓮仏法で薫陶されました。だからこそ私は凡夫本仏論的思想にまったく自然に馴染んでいました。
拙書で当時の先生との出会いを記しています。
・・・1994年5月にフランクフルト市内の中華料理店で会食があった。私は先生と向かいのテーブルに座っていた。何かの折に私の方を向いて、「私の親戚の人があなたの本を読んだよ。良い内容だと言っていたよ」と、直接声をかけてくれた。遠回しな表現だったが、私の凡夫本仏論に関する著書を好意的に評価してくれたのである。(52頁)・・・

https://www.amazon.co.jp/%E5%87%A1%E5%A4%AB%E5%8D%B3%E8%BA%AB%E6%88%90%E4%BB%8F%E8%AB%96-%E6%9D%BE%E6%88%B8%E8%A1%8C%E9%9B%84/dp/4802093160/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1502381599&sr=1-1&keywords=%E6%9D%BE%E6%88%B8%E8%A1%8C%E9%9B%84

 

日蓮仏法2.0様

 投稿者:無冠  投稿日:2017年 8月15日(火)18時02分8秒
  日蓮仏法2.0様

今日はお盆休みでたっぷり時間ありましたので以下投稿します。
信濃町の人々様、準備されていたのですね。ありがとうございました。

第3回ドイツ最高会議 平成6年5月24日 ドイツフランクフルト近郊

 ◆◆ 「仏法」とは「人生の法」 ◆◆

 ドイツ総合文化センターの決定おめでとう。(大拍手)いよいよドイツがヨーロッパをリードしていく時代が来た。
 仲良く、どこまでも仲良く発展していっていただきたい。「仲良く」できる人が立派な人である。
 特に、リーダーは、皆に好かれることが根本要件である。
 組織には、さまざまな人がいるが、皆を大きく包容し、尽くしていくことによって、自分自身の境涯が拡大するのである。拡大した、その心に「仏界」は脈動している。
「偉大な功徳を皆に受けさせたい」。そう願う一念が大切である。「皆が幸せになってほしい」── 私には、その思い以外に何もない。

☆ きょうは少し難しい面もあるかもしれないが、「哲学の国ドイツ」であるゆえに、仏法哲学の観点から、少々、スピーチを残しておきたい。ドイツは西洋で最も早く仏教研究を始めた先駆の歴史もある。

 ◆ ネル―首相
  「仏が人間でなく神になったとき」インド仏教は滅亡

☆ 偉大なる仏教が、インドで、どうして滅んだのだろうか。この点について興味深い観点がある。
 ネルー首相は、仏教滅亡の理由が、ずっと疑問であり、考え続けてきたという。
 アンドレ・マルロー氏に会ったとき、ネルー首相は、思索の結論を氏に語った。
 マルロー氏とは私も二度、対談したが、仏教に深い関心を寄せておられた。ヨーロッパに将来、仏教を基盤とする文明が生まれる可能性を否定できないとも語っておられた。
 ネルー首相の考察は次のようであった。
 「仏陀の天才は、あくまでも仏陀が人間であるという事実にもとづいていた。人類の生んだもっとも深遠なる思想のひとつ、剛毅な精神、このうえなく崇高な惻隠(そくいん=慈愛)の情。さらには、神々にたいしてまっこうからこれと向きあった告訴者の態度」「しかし仏陀の神格化が行なわれたとたん、仏陀その人はこの神々と同列にくわえられ、姿を没してしまった」(アンドレ・マルロー著『反回想録』竹本忠雄訳、新潮社)

☆ 釈尊は、あくまで「人間」として生き、神々にも強く訴えた。
 日蓮大聖人も、諸天善神である八幡大菩薩を「諌暁」なされている。神にすがるのではなく、『妙なる法』を持つ「人間」として、神を動かされたのである。

 ◆ 人間が『いかに生きるか』を示す

☆ 本来、仏教は『人間の生き方』を説いたものであった。
 釈尊は「このように生きよ」「人生をこう生きよ」と、我が身で教えた。
そこには師弟の道があった。
 しかし、いつしか「人間・釈尊」は権威化され、人間を超えた神になっていった。
 今でもインドの多くの人々は、釈尊を尊敬してはいるものの、ヒンズー教の神々のひとりのように、あがめているようである。
 「仏」とは、ありがたく礼拝する対象であっても、『その生き方に続く』存在ではなくなった。
 師弟の道も見えなくなった。
 仏教が『人間の生き方』でなくなったとき、インドでは、仏教は死んでしまった
 ──これがネルー首相の結論であった。
 今、宗門にも、『人間の生き方』としての仏教は、まったくない。彼らは、大聖人の仏法を、「人間はこのように生きよ」という教えではなく、自分たちを権威づけるための飾りにしてしまった。
 自分たちの堕落を正当化するための手段にした。仏法の滅亡の姿である。

 ◆ 「仏とは人間」「人間こそ仏」

☆ そもそも日蓮大聖人の戦いも、ある面から言えば、『仏教を人間化する』戦いであられたと拝される。人間の実生活から遊離していた仏教を、人間の手に取り戻し、現実の生活法として教えられた。
 「仏とは、人間(凡夫)である」「人間(凡夫)こそ、仏である」
 こう叫ばれた。
 当時、日本でも、阿弥陀仏とか、大日如来とか、「仏」を遠い、超越的なものとして説く仏教が流行していた。また法華経での仏も、一般には、人間とはかけ離れた存在としてとらえられていた。それらを大聖人は逆転された。
 「日蓮本仏論」の思想的な意義も、ひとつには『仏教の人間化』にあったと拝される。
 諸法実相抄には、「凡夫は体の三身にして本仏ぞかし、仏は用の三身にして迹仏なり」(御書1358頁)
 ──凡夫は本体としての三身であり、本仏である。仏は、(本体の)働きとしての三身であり、迹仏である──と仰せである。
 くわしくは論じないが、大聖人の重要な法門である「観心の本尊」も、「名字究竟」も、「等覚一転名字妙覚」も、「凡夫即極」も、『仏教の人間化』という観点から見るとき、その深義に、より迫れるかもしれない。
 妙法を信じ、行じる「人間」こそが、「仏」だということである。妙法の「信心」にこそ「仏界」はあるということである。

 ◆ 「私はこう生きた」との奇跡を社会に
大聖人の原点へ

☆ それでは、どのような「人間」が「仏」なのか。どういう生き方が「仏」としての生き方なのか。
 日蓮大聖人が教えられたのは、「社会のなかで三障四魔と戦い、打ち勝っていく」人生である。
 妙法のため、人間のために、広宣流布に生き抜く人生である。
 そして大聖人自ら、その模範を示されたのである。その道に続いているのがSGIである。、皆さである。皆さまこそ「仏」と輝く方々なのである。

☆ 創価学会は、大聖人の御精神どおり、仏法を『生活のなかで』、『人間の生き方』として実践してきた。
 大聖人が仏教の原点に返られたように、創価学会が大聖人の仏法の信心の原点に返ったのである。「人間」に帰ったのである。
 あるとき、戸田先生は、ひとこと、我々の信心は「人間宗」と言われた。徹底した「人間主義」こそが、大聖人の仏法なのである。

 ◆ リーダーこそ誰よりも求道心を

☆ 組織においても、リーダーが、自分自身の『人間としての生き方』を常に問いかけ、向上していこう、成長していこうという息吹があるかどうかである。
 その求道心がリーダーにあれば、全体が躍動していく。自分が成長せずして、人を動かそうとすると、無理が生じ、そこから抑えつけたり、いばったりする幹部が出てくる。

 ◆ 科学者アインシュタインも、魂の人ガンジーも求めた究極の法
   科学と宗教を結ぶ法の探求

☆ マルロー氏に、ネルー首相は、こうも言った。
 「ガンジーの言った意味は、ほぼ、『神は個の人間にあらず、神は法なり』ということです。ガンジーはまた、不変の法とも言っています」(アンドレ・マルロー著『反回想録』竹本忠雄訳、新潮社)
 敬うべき対象は、人間とかけはなれた神ではなく、「不変の法」である、と。マルロー氏の答えは、鋭かった。
 「してみると、やはりそれはアインシュタインの断言したこととおなじですね。『もっとも驚嘆すべきことは、この世界が明らかにある意味を持っているということである』とアインシュタインは言っている」(前掲書、アンドレ・マルロー著)
 この世界、この宇宙は、でたらめの無秩序なものではなく、厳然たる法則にのっとっているとアインシュタインは考えたのである。
 ガンジーとアインシュタインを結ぶもの。宗教と科学を結ぶもの──それは「法」であると考えられる。
 トインビー博士も常々、「宇宙の背後にある究極の精神的実在」について論じられたが、私と対談した折、その『究極の実在』とは、人格神でなく、「法」であると思うと結論された。
 その「究極の法」に生きているのが、私どもである。人類文明の最先端にいることを自覚していただきたい。
 「神」は人間から超絶しているが、「法」は人間も含めた万物に普遍的なものである。正しき「法」にのっとって生きれば、平等にだれもが「仏」になり、「幸福」になる。妙法に生きる人が「仏」にならないはずがない。「絶対の幸福」を築けないはずがないのである。

 ◆ 御聖訓「法華経は日輪のごとし」
 ◆ 「信心」が燃えれば「太陽」が昇る
 ◆ 心の闇を破って

☆ ヨーロッパの五月は、美しい。ある詩人は「うるわしの五月」と歌った。花の祭りが行われるところも多い。五月の太陽は美しい。五月の太陽は優しく、温かく、希望に満ちている。
 大聖人は四条金吾の夫人に、こう書かれている。
 「大闇をば日輪やぶる 女人の心は大闇のごとし 法華経は日輪のごとし」(御書1114頁)―― 大きな闇を日輪は破る。女性の心は(闇が絶えず)大きな闇のようである。法華経は日輪のようである――。
 真っ暗の闇も、ひとたび太陽が昇れば晴れわたる。妙法を唱え、妙法の信心を燃やせば、いかなる心の闇も消え去る。ゆえに、胸中に「信心の太陽」を昇らせることである。人生は「心」で決まる。幸福も「心」ひとつで決まる。

 ◆ 常に寄り合って

☆ この御手紙は、佐渡で書かれている。(文永9年4月)ご自身の大難のさなかに大聖人は、名もない在家の女性を、渾身の力で激励されたのである。そして「この手紙は(同志である)藤四郎さんの奥さんといつも寄り合って、読みなさい」と団結を教えておられる。
 「一人の門下も、不幸にさせたくない」との大慈悲が迫ってくる御言葉である。学会の婦人部も御書の通り、「常に寄り合って」進んでいる。

☆ これほどの乱世のなか、婦人の身で、真剣に信仰を貫いている。その姿を大聖人は、『ただごとではない』と仰せである。決して、当たり前のことではない。本当に不思議な、深い深い意味のあることなのである。

 ◆ 釈迦仏・普賢菩薩らが生命の中に

 「おのおの・わずかの御身と生れて鎌倉にゐながら人目をも・はばからず命おも・おしまず法華経を御信用ある事ただ事とも・おぼえず」(御書1115頁)
 ――― あなた方は、身分も低く生れ、しかも(迫害の強い)鎌倉に住みながら、人目もはばからず、命も惜しまず、法華経の信心をされていることは、ただごととも思えません――。
 「釈迦仏・普賢菩薩・薬王菩薩・宿王華菩薩等の各各のご心中に入り給えるか、法華経の文に閻浮提にこの経を信ぜん人は普賢菩薩の御力なりと申す是なるべし」(御書1115頁)
 ――― 釈迦仏が、また(英知をの力をもつ)普賢菩薩が、(病苦を治す力をもち、法華弘通を誓った)薬王菩薩が、(神通力で法華経を守護する)宿王華菩薩(しゅくおうけぼさつ)等が、あなた方の生命の中に入られたのだろうか(そうでなければ考えられない不思議な御姿です)
 法華経の経文に「世界で人々がこの経を信じるとき、それは普賢菩薩のお力である」とあるのは、このことでしょう―――。

 ◆ 大聖人は婦人の戦いを『ただ事にあらず』と御称嘆
 ◆ 婦人部を心から尊敬し、感謝

 大聖人は、けなげに戦う婦人門下の生命の中に釈迦仏を拝しておられた。普賢菩薩の力、薬王菩薩の力、宿王華菩薩の働きを、はっきり御覧になっていた。
 何と尊いことかと、称嘆なされていた。婦人の懸命な戦いを当たり前のように思っては、この大聖人の御心に反する。御心に反すれば罪となる。
 私は、常に「婦人部を尊敬し、婦人部を大切に」と申し上げている。
 「広布に戦う学会員を尊敬し、学会員を大切にする」――― これこそが、御書に示された大聖人の御心の実践である。

☆ また、生命に釈迦仏が入って働いている、その人が幸福にならないはずがない。『普く賢い』働きの普賢菩薩が生命に入っていて、賢くならないはずがない。薬王菩薩が入っていて、健康にならないはずがない。
 宿王華菩薩の『守護の力』もまた、広布に生きる女性の生命を包んでいることを確信していただきたい。

 ◆ 広布に働く「心」が我が身を飾る

☆ 「ただ心こそ大切」(御書1192頁)である。
 たとえば、会館で花を飾ってくださる。その「心」が我が身を飾り、生々世々、花に包まれたような境界になっていく。会館を大切にする人は、広宣流布を大切にする人だからである。
 また陰で、広宣流布の為に汗を流し、地道な労作業をしていく。その「心」が、我が身を「健康」にし、我が生命を「頑健」にしていく。そのように「心」を見るのが仏の眼である。
 広布のために、勇んで働けば働くほど、我が生命に福運が充満してくる。仏法に絶対ムダはない。

☆ どうか「よき人生」を送っていただきたい。SGIとともに、楽しく、価値ある一生を生きていただきたい。皆さまの「栄光」輝く人生をお祈りし、記念のスピーチを結びたい。ドイツにはまた何度もまいります。(大拍手)

池田名誉会長スピーチ集 創価のルネサンス 72から全文掲載しました。
第3回ドイツ最高会議 (1994年5月24日)
◆は、中見出し ☆は、「一、」の代用です。
※同スピーチの収録は、池田大作全集84巻にもありますが、若干添削されています。
 

信濃町の人びと様へ

 投稿者:日蓮仏法2.0メール  投稿日:2017年 8月15日(火)16時31分27秒
  (無題)  投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2017年 8月15日(火)16時14分42秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/73117

ありがとうございます。宜しくお願い致します。

https://www.amazon.co.jp/%E5%87%A1%E5%A4%AB%E5%8D%B3%E8%BA%AB%E6%88%90%E4%BB%8F%E8%AB%96-%E6%9D%BE%E6%88%B8%E8%A1%8C%E9%9B%84/dp/4802093160/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1502381599&sr=1-1&keywords=%E6%9D%BE%E6%88%B8%E8%A1%8C%E9%9B%84

 

(無題)

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2017年 8月15日(火)16時14分42秒
  > 二、ある方の情報で、『大白蓮華』8月号に1994年のドイツ最高会議での池田先生のスピーチの・・・

⇒おそらく、創価のルネサンス 72(「仏法」とは「人生の法」第3回ドイツ最高会議)です。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

第3回ドイツ最高会議、週末でよければ全文を投稿します。
 

無冠様、感謝感激です!

 投稿者:日蓮仏法2.0メール  投稿日:2017年 8月15日(火)14時53分51秒
編集済
  日蓮仏法2.0 様   投稿者:無冠  投稿日:2017年 8月15日(火)11時00分0秒 http://6027.teacup.com/situation/bbs/73111

この戸田先生の話は凄いですね!宿命転換の原理の核心をついている。感動しました。
原理的には私もそのように考えていましたが、改めて戸田先生の凄さを感しました。
過去からの因果の連鎖に苦しむ凡夫が、言わばその因果が始まる前、ないしその因果を超えた「久遠」に立ち返って「久遠の凡夫」になる。これはエゴや時空間を超えた虚空会の儀式に参加することと同じ意味だと、私は理解しています。そこは因果ぐ時の世界であり、新しい人生を始める本因妙の世界です。
久遠の生命・仏身を自覚する。素晴らしい思想です。これはまさに「御義口伝」の思想です。戸田先生をこれを基本にしていたという印象を受けます。

無冠様、甘えて申し訳ないですが、先生のスピーチのリンク先、私には無理なので、これも肝心の部分を投稿してもらうとありがたいですが。他の皆様も知りたいはずです。御面倒をかけて申し訳ないですが、よろしくお願います。

https://www.amazon.co.jp/%E5%87%A1%E5%A4%AB%E5%8D%B3%E8%BA%AB%E6%88%90%E4%BB%8F%E8%AB%96-%E6%9D%BE%E6%88%B8%E8%A1%8C%E9%9B%84/dp/4802093160/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1502381599&sr=1-1&keywords=%E6%9D%BE%E6%88%B8%E8%A1%8C%E9%9B%84

 

【ご連絡】「教学部レポート」「遠藤文書」の送付状況など

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2017年 8月15日(火)13時40分16秒
  「教学部レポート」「遠藤文書」を希望されている方へ順次送付しておりますが、こちらからのレポート送付メールがエラーとなっている方がいます。レポートが届かないなど、お心当たりがある方、再度、ご連絡をください。

レポートは希望を頂いてから概ね2週間程度でお送りしています。メールエラー等の行き違いもありますので、中々届かないと思われる方は催促メールを送りください。よろしくお願い致します。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
【教学部レポート・遠藤文書を希望の方】
http://6027.teacup.com/situation/bbs/62638

こちらもご確認ください。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/18051
 

危機

 投稿者:FT  投稿日:2017年 8月15日(火)13時16分39秒
編集済
  不正謗法を犯した原田!!秋谷!!全幹部!!今すぐに自らも含め全て明らかにし悪いモノは全て一切処断し先生に心から謝罪して、寸心改めてゼロから信心をやり直しなさい!!  

Nスペ 樺太地上戦

 投稿者:ミネルヴァの梟  投稿日:2017年 8月15日(火)12時36分27秒
  昨日はNHKスペシャルで、樺太地上戦を取り上げていた。

私は学生時代に、例の「戦争を知らない世代へ」を、ほぼ全冊読んでいたおかげで、この事を知っていたが、今の若い世代はどうなのだろう。知らない人の方が、圧倒的に多いのではなかろうか。若者だけでなく、大人も怪しい。
そんな状態で、現政権の好戦的な政策の可否を、正しく判断出来るのだろうかと、大いに危惧している。

多くの戦争体験談を読むうちに気がつくのは、上層部は常に逃げる、ということだ。
満州でも、ソ連軍が攻めて来るという情報を知るや否や、軍上層部は飛行機で日本に逃げた。「我々は内地に戻って天皇陛下をお護りしなければならないから帰る、だが貴様らはここを死守しろ」ということらしいが、武器、弾薬、燃料、食糧、何も無いのにどうやって死守しろというのだ。

当時の軍上層部には、こういう馬鹿げた精神論が非常に多い。自分は安全な所にいて、現場には死ねと言う。
原爆に対する対応策として、白い布を被って物陰に隠れよ、などと言っていたらしいが、最近CMで流れている、北朝鮮ミサイルへの対応策と同じぐらい馬鹿げたことだ。血は争えないものだ。

ただ現場指揮官の中には、そういう状況下で自分の部隊を解隊し、自由に逃げろと命令した人も居たそうだ。
上からのおかしな命令を、命がけで自分の所で止める人。
創価学会にもそういう中間幹部が多ければ、現在のような事にはなっていないだろう。

あと、日本軍は住民を守らない。
沖縄戦でも、防空壕に隠れている時赤ん坊が泣きだすと、見つかるのを恐れた日本兵は、赤ん坊を殺したという。
何件か、同じ様な体験談があった事を記憶している。

母親自らが、我が子を殺す事さえあった様だ。昨日の放送でも、母親が我が子を崖から突き落としたという証言があったし、空襲の体験談の中には、我が子の手を振りほどいて、自分だけ逃げてしまったという、悔やみきれない思いを綴ったものが、何件もあった。

子供を護り、覆い被さって死んだ母親の話は数多くあるが、それだけでは済まないのが戦争の現実だ。

そういう事を十分知った上で、戦争を肯定するならすればいい。
私には、真正の阿保のサンプル、以外の何ものにも見えないが…。
仏法を知っているはずの、公明党議員の罪は特に重い。
 

パラダイス・シティ

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2017年 8月15日(火)11時43分16秒
  OH! 無冠さん! お久しぶりです。お元気そうで良かった。無冠さんやまなこさん達のような方には感謝しています。貴重なアーカイブです。AI化に貢献です?

また番組紹介ですが、優れた組織経営の参考になるかと。

『カンブリア宮殿【画期的商品&徹底改良で年商1兆4千億円!花王の強さに迫る】』2017年8月17日(木)  22時00分~22時54分 テレビ東京系

20年前の異業種交流研修で非常に感銘を受けた会社です。(一番強い会社はリクルートだろうとは思うが。あの突出した主体性は日本人にはどうかなぁ。)

ところで、8/27関西座談会、私も行けそうです。13:00江坂か。どこかで昼食して……安くていい所がありそうでしょうか。蘇生さん?
http://harunokoime20150831.blog.fc2.com/blog-entry-118.html

好評の大阪みやげ

①モンシェール 堂島ロール
http://www.mon-cher.com/
今なら買えるのかなぁ。

②カルビー グランカルビー
https://www.calbee.co.jp/grandcalbee/
一番好きなお菓子メーカーかな。

③グリコ バトンドール
http://www.glico.co.jp/batondor/
アーモンドでしょ!

“キャプテン・アメリカはバラバラにされちまった 今じゃ奴は傷付いた心を抱えた宮廷の道化師”
“彼は言ったよ 「オレは狂っているに違いない。オレを振り返らせ、前居たところに戻らせてくれ」とね”
“あんた、見えてないのかい? オレは何度となく すべてを目の当たりにしてきたぜ”
“安息の場所へ連れてって 連れてってくれ パラダイス・シティへ”
『パラダイス・シティ』ガンズ・アンド・ローゼズ
https://www.youtube.com/watch?v=Rbm6GXllBiw
 

日蓮仏法2.0 様 

 投稿者:無冠  投稿日:2017年 8月15日(火)11時00分0秒
  日蓮仏法2.0 様

いつも勉強させていただいております。老婆心ながら投稿します。

>>一、指摘のあった戸田先生における「凡夫本仏論」の所在はどのような文章に見られますか?
⇒たぶん下記講演も対象でしょう。
昭和22年10月19日 創価学会第二回総会午前 東京教育会館 [1947年] (戸田城聖先生講演集上)
【三世の因果】
 閻魔(えんま)のそばに行って、『お前は、生きている間に、こんな悪いことをしたろう』と言われると、亡者(もうじゃ)は『私は何もそんな悪いことを致しません』と言う。閻魔王(えんまおう)は、『それ、そこにある浄玻璃(じょうはり)の鏡を見よ』と言う。そうすると、浄玻璃(じょうはり)の鏡に、前世の悪事の姿がそのまま写り出して嘘が言えないということですが、これは地獄のさまを説明した釈迦の低い教えで、今申しますならたとえ話にすぎないのでございます。
 釈迦が何のためにこんな教えを説いたのでしょうか。また、事実、浄玻璃(じょうはり)の鏡はないものでありましょうか。

 この娑婆世界においては、私どものこの身、その境遇が浄玻璃の鏡なのでございます。過去世に私どものなした業(ごう)がこの現世にわれわれの身心に業報(ごうほう)として感ずるのでございます。人はみな性欲(しょうよく)が不同で種々さまざまのことをやっておりますから、この世の人は同一の境涯に生まれるということができないのであります。同じ親に同じように育てられた兄弟でも同一な生涯がないのはこの理由であります。現世(げんせ)、過去世(かこせ)、未来世(みらいせ)ということを、信ずることのできぬものが充満していることは、嘆(なげかわ)しいことでありますが、これが生命の実相であり仏教の根本でございます。

 これを十不善行の業報に照らしてみますならば、この世で多病である、また短命である人は『殺(さつ)』の報いでありまして、この身を浄玻璃の鏡として、過去世の殺(さつ)を写し出しているのであります。貧窮(びんぐ)で失財(しつざい)の人は盗みの報いであり、眷属(けんぞく)不良で婦(ふ)が貞実(ていじつ)でないという人は邪淫(じゃいん)の報い、身に誹謗(ひぼう)を受け人に誑惑(おうわく)されるのは妄語(もうご)の報い、親類に離れ親友にも捨てられるのは両舌(りょうぜつ)の報い、悪声を聞き訴訟を起こすのは悪口の報い、人に信じられないで言語が明らかでないのは綺語(きご)の報い、多欲で足ることを知らずに金がほしい、物がほしいというのは貧(どん)の報い、人のためにすきをうかがわれ、あるいは殺されたりするのは瞋(いか)りの報い、邪見(じゃけん)の家に生まれて心諂曲(てんごく)なのは愚痴(ぐち)の報いであります。

 また、日蓮大聖人様のおことば(佐渡御書960ページ)によりますれば
 『我れ人を軽しめば還(かえ)って我が身人に軽易(きょうい)せられん、形状端厳(ぎょうじょうたんごん)をそしれば醜陋(しゅうる)の報いを得、人の衣服(えぶく)飲食(おんじき)をうばえば必ず餓鬼(がき)となる、持戒尊貴(じかいそんき)を笑えば貧賤(ひんせん)の家に生ず、正法の家をそしれば邪見(じゃけん)の家に生ず、善戒(ぜんかい)を笑えば国土(こくど)の民となり王難に遇(あ)う』
と。これ般泥洹経(はつないおんきょう)にありとは、大聖人様のお教えでありますが、この業報(ごうほう)に、わが身を照らして、過去世をみ、ここに運命の打開を心がくべきであります。

 されば、自分は丈夫であるとしても、自分の身内に弱いものがいて、多病の業報を感ずるならば、親子ともどもに殺の報いとせねばならない。このように考えることは、生命は永久であり、永遠の存在であり、この常住の生命が娑婆世界に生死、生死と存在することを大前提とせぬかぎり、信ずることのできないことである。

 日蓮大聖人様は、このような因果の理法は
『是れは常の因果の定まれる法なり』(佐渡御書960ページ)
と仰せになって当然のこととせられております。しかし、破仏法、破国の邪法のみ盛んな今日、この理法を信ずることすら、日本民族には困難な実状にあります。しかし、釈迦の仏法哲学からこの考え、この思惟(しい)を抜き取ったら、何物も存在しなくなるのであります。我(われ)ら、この仏法を信ずる者は、この因果の理法を信じなくてはならないのであります。低いこの因果の理法すら信じられないで久遠(くおん)の生命をどうして信じえられましょう。また地涌(じゆ)の菩薩(ぼさつ)の自覚はどうして生まれてまいりましょう。

 さりながら、この低い仏法の因果の説法だけをもって仏法とするならば、運命は定まれるものとなして、ただ人生を悪いことをしないようにと、消極的生活におちてしまう。前に述べました因果は、尽未来際(じんみらいさい)にわたって、一生に一つづつを現じて永劫の生活に現れるのでありまして、いつの日にかこれを清めて、すっぱりした生活に雄々(おお)しく偉大な希望をもって生きられましょう。

 これが解決のため、釈迦の説かれた経文は法華経でありまして、法華経こそ人生の最高の生活理念でありこの自然存在の因果の理法をたたき破って本因本果の妙理を現したもので、経文中の最高唯一のものであります。しかし、これとて、単なる理念にすぎないのでありまして、仏のみがこの因果をたたき破って神通の力を現じたものにすぎません。

 末法の我らと縁のないもので、我々凡夫(ぼんぷ)自身が、近因近果の理法をたたき破って自然(じねん)の仏身を開覚(かいかく)する法がただいまでは必要でありますが、この必要に応じられて実際生活に過去世からの運命をたたき破り、よき運命への展開の法をたてられたのは日蓮大聖人様でいらせられる。すなわち、設計図によって飛行機を作ったと同じように、釈迦の法華経にこたえて、実際生活のなかに過去の因果を凡夫自身が破って、久遠の昔に立ち返る法を確立せられたのは日蓮大聖人様でいらせられる。
 すなわち帰依(きえ)して南無妙法蓮華経と唱えたてまつることが、よりよき運命への転換の方法であります。この方法によって途中の因果がみな消え去って、久遠の凡夫が出現するのであります。

『久遠(くおん)とは・はたらかさず・つくろわず・もとの儘(まま)と云う義なり』(御義口伝759ページ)
 とおおせの通り、久遠の仏とは、えらい難しいことばに聞こえますが、久遠は『もとのままの、なにもりっぱでもない、なんの作用もない』ということで、仏とは命でありますから、『もとのままの命』と悟りますときに、途中の因果がいっさい消えさりまして因果?時(いんがぐじ)の蓮華仏(れんげぶつ)が生出(しょうしゅつ)するのであります。

『善(よき)に付け悪(あしき)につけ法華経をすつるは地獄の業(ごう)なるべし』(開目抄232ページ)
と大聖人様は御おおせである。たとい久遠劫(くおんごう)以来邪宗にひかされ、かもしだした謗法(ほうぼう)の大罪、およびつれて生じた因果の罪に、いかにせめられましょうとも、久遠(くおん)の昔の清浄にかえる唯一の道である大御本尊様を捨てまいらせるということは、地獄の業(ごう)であります。

久遠劫(くおんごう)いらい、種々の悪事の中でも謗法の罪は最も重く、これがために、十不善行や般泥洹経(はつないおんきょう)の八種の大難を強く感ずるのでありますから、ことに強盛(ごうじょう)に信仰するときには、来世に永劫(えいごう)の時間を費やして、一つづつ消してゆくこの大難をこの世の一生のうちに軽く受けて、生命を清浄にしなくてはなりません。そのためには、過去世の業を次々と感ずるのでありますから、いかなる難がありましょうとも、決して、決して、信仰の道に悩んではなりません。一切が御本尊様の御おおせと、喜び勇んで難におもむかなくてはなりません。

御本尊様の功徳については、御年43歳の御時、御本尊様ご出現の前に、その功徳の一部を、釈迦の功徳によせて法華経よりこれをさぐって御おおせには、
『1.世間の楽・涅槃の楽を得、2.貧窮(びんぐ)の衆生に福力を与える、3.病の衆生に良薬を与える、4.智なき衆生を智者となす、5.短命の者を長命となす、6.悪心の者を善心となす』と。

 御本尊様をいただくかぎり、途中の因果を感ずるときは、この難は久遠を開覚(かいかく)する途中ぞと心えて、いま申した六つの功徳力を堅く信じて、絶えまなきご信心を祈るしだいであります。

上記戸田2代会長の講演を池田先生が引用紹介して、「久遠の凡夫」についてご指導されたのが、
平成3年6月13日ドイツボン市・宿舎での「ドイツの友の記念の夕べ」(妙法は「希望」生む根源の力)
池田名誉会長スピーチ集「今日より明日へ 93」掲載です。


> 二、ある方の情報で、『大白蓮華』8月号に1994年のドイツ最高会議での池田先生のスピーチの・・・
⇒おそらく、創価のルネサンス 72(「仏法」とは「人生の法」第3回ドイツ最高会議)です。
https://www.amazon.co.jp/%E5%89%B5%E4%BE%A1%E3%81%AE%E3%83%AB%E3%83%8D%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%82%B9-72-%EF%BC%88%E6%B1%A0%E7%94%B0%E5%90%8D%E8%AA%89%E4%BC%9A%E9%95%B7%E3%81%AE%E3%82%B9%E3%83%94%E3%83%BC%E3%83%81%E3%81%8B%E3%82%89%EF%BC%89-%E5%89%B5%E4%BE%A1%E3%81%AE%E3%83%AB%E3%83%8D%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%82%B9-%E6%B1%A0%E7%94%B0%E5%A4%A7%E4%BD%9C/dp/4412006425

以上です。


 

平和を我等に

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2017年 8月15日(火)10時56分40秒
  今日は「8・15」なので少しだけ。今、大阪市内では雨が降っていないが甲子園は中止。正午のサイレンが聞けなくて忘れないために。

『NHKスペシャル「戦慄の記録 インパール」』2017年8月15日(火)  19時30分~
http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20170815
「創価のインパール作戦」と対比する参考資料になるでしょうか。

あの戦争での戦死者の「死因の半分以上は“餓死”」だったらしい。そんなアホな、と思う。お国のため弾に当たって死ぬ覚悟でいた兵士たちはそれ以前に餓死なんて!
「♪夢を食べて生きるさ」という歌があったが、学会員は題目の法味を味わいながら「歓喜(の中の大歓喜)を食べて生きる」……はずだった。
ところが後方からその支援、供給はなく、歓喜の栄養不足から、歓喜に飢えながら……遂には餓死した人がどれだけいたか。
彼らは死ななければ(退転? 組織離れしなければ)ならなかったのか??? 単純に彼らが悪いと、弱かったと言って良いのだろうか???

同『樺太地上戦 終戦後7日間の悲劇』再放送2017年8月18日(金)午前1時25分(17日深夜)
http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20170814
玉音放送の5日後に起きた戦争??? 彼らは死ななければならなかったのか???
特攻も??? 回天も??? 大和も???
(ついでに同『731部隊の真実 ~エリート医学者と人体実験~』再放送2017年8月17日(木)午前1時00分~1時49分(16日深夜)
http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20170813

その不幸の根底には何があったのか??? エリート・官僚の驕りではなかったか!!!

(今、文証を引っ張り出す時間がない言い訳を先にするが)
映画『八甲田山』(昔のシナノ企画は名作映画をいくつも産み出していた)は評価されると同時に脚本家・橋本忍さん(黒澤映画に欠かせない大脚本家で日本史上一番とも評されていて、『人間革命』の脚本も担当)には批判も寄せられたそうです。
「あんなに兵隊に優しい軍幹部はいない!」と。
しかし徹底取材していた橋本忍さんは「軍幹部が威張って兵を殴ったりするようになったのは大戦期、エリートが軍幹部になり“身分の固定”がされてからだ」と返しています。
それ以前、“身分の固定”がされる以前は兵も幹部に「弾は前からだけ飛んで来ると思うなよ」と平気で言っていたそうです。戦死した場合、弾が前から当たったのか後ろから当たったのかによって、恩給が違っていましたから、幹部の方も兵から憎まれるようなことはしなかったし、兵隊の方も幹部いかんが自分の命に関わるのだから、互いに良好な関係「WIN-WIN」を築こうと努力したそうです。

今、学会組織にこの“身分の固定”はないか??? 職業学会幹部と一般会員とでは正社員とアルバイトのような関係があると思うのは私だけだろうか???

職業学会幹部が増えたのは前怪鳥になってからだと聞くが、その頃から「僧侶(職員)が上で(一般)信徒が下」の“身分固定” がされていないか???

“身分の固定”……始まりは江戸時代だろうか。
歓喜を得られなくなり、餓死していく会員が多い? 「そんなの関係ねぇ!?」 生かさぬよう、殺さぬよう?

『平和を我等に』ジョン・レノン
https://www.youtube.com/watch?v=0yU0JuE1jTk

『夫即身成仏論』オンデマンド (ペーパーバック) ? 2017/5/17 松戸行雄 (著)
「人間主義の日蓮本仏論」への進化・深化   絶賛発売中!!!
https://www.amazon.co.jp/%E5%87%A1%E5%A4%AB%E5%8D%B3%E8%BA%AB%E6%88%90%E4%BB%8F%E8%AB%96-%E6%9D%BE%E6%88%B8%E8%A1%8C%E9%9B%84/dp/4802093160/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1501224626&sr=1-1&keywords=%E6%9D%BE%E6%88%B8%E8%A1%8C%E9%9B%84
 

お詫び・訂正その五十二

 投稿者:The logic in the place  投稿日:2017年 8月15日(火)09時50分20秒
  レ・ミゼラブル022補足 ?
投稿者:The logic in the place
投稿日:2015年 6月 9日(火)00時42分26秒

「竈で働いている労働者で、髪の毛を焦がさず、爪を黒くせず、一滴の汗をも知らず、顔に一粒の灰をも受けない者を、想像できるであろうか。」

地方の中心会館で活動家全員参加の会合を開き、終了後、雨の中、また雪の中を徒歩で帰宅する会員の姿を見つめることができるであろうか?と現場会員は主張します。みんな自家用車に乗って帰って行く訳ではない。私が参加出来た場合は、うちの女房殿を含む婦人部のお嬢様(おばさんとは言わない!)方に声をかけますが、そうでなければ、財務のために交通費も節約して歩いて帰るのです。この尊い姿を凝視出来ない幹部は現場会員から「除名せよ!」と強い黙りを受けているんですよ。わかりますか。

今の創価学会組織の「時代思潮」は、教義改変であり、会憲制定であり、トップの認定有りき、なのでしょう。トップと言われる者の取り巻き(点数稼ぎ幹部)が、トップに「ご注進!」「ご注進!」と報告をして、トップは無認識に「何!トンでもない。排除!除名認定!」なんて言いながら「貴方を創価学会から除名認定にしますた。」なんて無責任で誰も知らない闇の監正審査会に通知させるのが現在の創価学会の時代思潮です。

でもね、現場の学会員は何のことやらと、呆れているんです。だって、公表も公開もしないで、配達証明付郵便で個人宛に除名通知したって誰も知らないでしょう。富士宮の例外(会館に写真付きで大書き表示)があっても、現場で嫌われている傲慢な幹部(壮婦男女別なく)が仲間内でしゃべり陰口言っていても、「お前が除名になれよ!」と現場の学会員はじっと黙りながら思っています。これが本当の時代思潮です。

先日STB導入の説明会に参加してきましたが、まあ、説明する幹部も理解しないまま、「質問、ありませんね。とにかく便利なものですから、使ってください」と地区に機材やらマニュアルを投げ渡して、後はお任せの時代思潮でした(笑)。先般の選挙の時もそうでしたが、ポスターから広宣物、選挙チラシまですべて地区に押し付ける、具体的な方法や手順も無し、信心指導なんて初めから皆無です。選挙終わって折伏戦が始まったら、会合の結集やら成果の報告を、これまた地区にお任せする、これも時代思潮ですかね。

STBの初期設定は、インターネット環境「ルーター等」を家庭に持っていない地区幹部から支部・本部(大半がそうですが)には無理です。私の居る組織は山間部でテレビの映りも悪く、J-COM契約(ルータがあっても)がほとんどで接続に難儀しています。早い話が、ネットカフェにいって、LANケーブルと画面をSTBに接続させて、初期設定すれば済むことなんですね。私はこれで起動させました。動画観て先生の書籍も読まない、学ばない「創価学会員の総白痴化(読み・書き・語り・祈りを忘れる)」(笑)運動を断固阻止するためにも、この宿板で、まなこ様のように、どんどん書き込みして、隙間時間でスマホにて読み込んでいきましょう。

ーーーーーーーーーーーーーー
この補足022、以下の会則

????????
第14章 賞罰
(懲 戒)
第78条 この会は、会員としてふさわしくない言動をした会員に対し、その情状に応じ、戒告、活動停止または除名の処分を行なうことができる。
????????

に主観的に大変該当します。
極善会員の大幹部が決定する会合に文句を言う、また創価の中枢が無料で組織に有難く落としたSTBを揶揄する、会合の意義も意味も無視して人集めをしていると?トンデモナイ!そんなことを話題にする者があ、反逆者!裏切者!極悪!大極悪人です。

私が極悪人です。誠に(×7)お詫び致します。
二度(×5)と欠点を挙げつらうことは致しません。極善弟子になるために、二度(×5)とこのような投稿は致しません。だから許して下さいね。何度も丁寧に謝ってますよ。

何度(×7)も、お詫び・訂正・謝罪・改心を、極善会員の皆様のように『裏』ではやらずに、この宿坊の掲示板で『公』に謝罪しますね。これが一般社会通念です。

私は、二度と学会会館に行く事は有りません(出入り禁止イコールデキン)、また、学会員とも接触致しません。約束しますよ。私が亡くなっても葬儀に来ないように学会員の友人には封書にて適宜ご案内しています。暑中見舞いが来る度に、この板を閲覧して下さい、ご返事していますと追伸を入れて、二度と手紙やハガキ、賀状を送って来ないように丁重にご挨拶しています。
友人である学会員への礼儀ですね、オカシナ極善会員につけ狙われたり、分派活動していると疑われては申し訳ありませんからね。
会館への送迎も御断りしています。車内での会話で分派活動していると思われてもマズイですからね、皆、雨の中、また寒いみぞれや雪の中をトボトボ歩いて帰られるのでしょう。これも大極善会員の大幹部の皆さまが認定・決定されたことです。試練を与えてくれることに感謝して1時間の道のりでも2時間の道のりでも歩いて帰りましょう。観るに忍びなく申し訳ありませんが私は何も出来ません、デキンの身ですから。

単なる大極善幹部さまの交代発表御披露目会合(活動者会等)であっても文句なんか言ってはいけません。愚痴と文句は福運消しますから!これが極善に近づく営為です。従順に従って下さい、逆らうと私のように裏切者!反逆者!大反逆者!のレッテルを貼られて吹聴され役職解任・活動停止・デキン・学会員との接触禁止になります。

会則における全権統理する会長が『黒は白だ、偉いんです!』と次々に認定発言されれば、我々末端の会員は、それに付き従い『その通り、黒は白です!』と次々に口裏合わせするのが当たり前です。
それが極善弟子になり、改心した証ともなり、処分も解雇もクリアーできる営為です。

極善弟子、極善会員に間違いなど無い!間違いを糾す者が間違ってる!と言うことを私は繰り返して、頭悪いんで、また繰り返すかもしれません。この繰り返しが極善会員への改心活動です。

その都度、何度も訂正して、『間違いが間違っているから、間違いなんだ?いや、会長が認定している!池田先生も認定しているはずだ!だから、これで良いのだ!』と三段論法的に謝罪・訂正・お詫びをば今後共にしていきたいと存じます。ちゃんと監視している大極善弟子の極善会員の皆さまは記録して下さいよ。

今更、改心しても手遅れですが、頭悪いんでこれからもどしどし誠実にして真面目な極善会員になれるよう、改心した極善会員の証を投稿したいと存じます。
もっと早く大極善会員さま方(特に高位の本部職員)のように用意周到に、情報源を叩き潰してコッソリ改心していれば良かったと草葉の陰で反省しています。

処分の撤回は二度と無く、今生では査問やら対話も全く有りませんが、今後も謝罪・訂正をば続けていきますよ。今世限りですがね。

お元気ですよ、ありがとうございました。
 

わが友に贈る 2017年8月15日

 投稿者:どうみゃうてん  投稿日:2017年 8月15日(火)09時47分32秒
  人の長所を見つけ
学んでいこう!
友好を築く一歩は
その姿勢にある。
開かれた心で交流を!
 

二十一世紀への対話 128

 投稿者:まなこ  投稿日:2017年 8月15日(火)09時06分19秒
  5 未来の世界警察軍

【池田】 すでにこれまで申し上げてきた通り、一切の軍備は撤廃すべきであるというのが、私の信念です。もちろん、警察力のような、国内の法と秩序を維持する最小限の装備は認めるにしても、それは将来、博士がおっしゃるような世界政府が誕生したとき、その管轄下に組み入れられるべきだと思います。つまり、それまでは各国が世界政府樹立のために最大限の努力を傾けるべきであって、その目標が達成された暁に、すべての軍備を連邦体のものとすべきでしょう。

【トインビー】 軍備をいかにすべきかの計画を立てる場合、われわれの目標は、その軍備の数量、致死性、使用を、すべて最小限に減少させることであるべきです。
ここで仮に、人類が世界政府の樹立に成功し、したがってそれを構成する各地方国家が二度と再び戦争を行なえなくなったと仮定してみましょう。また、さらにそれらの地方国家がいかなる種類の国家的軍備を保有することも禁じられ、しかも、この禁止が効果的に実施されたと仮定してみましょう。この場合でも、私は、世界国家にはやはり武装警察軍が必要だと思います。およそどんな地方国家でも、これまで警察力をまったく用いずにやってこれたためしのないことが知られています。これは、たとえいかに統治が行き届いて、市民のほとんどが法を遵守しているような国家でも同じです。取り締まらなければならない反社会的な少数分子というものは、いつの時代にも残存しているものです。われわれが世界国家の樹立に成功した場合でも、私は、統治の行き届いた現在の地方国家にあてはまることは、同じく統治の行き届いた世界国家にもあてはまるはずだと思うのです。

【池田】 私も、法と秩序を維持するための力は、いつの時代にもなくてはならないものだと考えます。もしそれがなくなってしまったら、善良な人間が苦しめられ、しかも自分を守ってくれるものがどこにもないことになってしまいます。いかなる社会も、悪人がまったくいなくなり、不正が完全に姿を消すということはありえないからであり、また残念なことに、不正と悪は、正義と善よりも強いのが世の中の実相だからです。

【トインビー】 そこで、警察軍が必要であることにわれわれが意見の一致をみたにしても、なおわれわれは二つの問題に直面することになります。世界国家の警察軍は、いかにして隊員募集をすべきか、また、その装備はいかにすべきか――という問題です。
私の考えでは、世界国家の警察軍は、現在の国連の非軍事部門のスタッフと同じように、世界政府自らが直接に隊員募集を行なうべきであり、各隊員はあくまで世界政府に忠誠をつくさなければなりません。世界警察軍は、地方国家から供給される派遣隊で構成されてはなりません。なぜなら、そうした派遣隊というものは、それぞれの地方国家政府に忠誠をつくしてしまい、世界政府への忠誠――至高であるべき忠誠――を二の次にしてしまうからです。ただ、各地方国家には、その地域の目的に沿った地方警察軍の維持を許す必要があるでしょう。しかし、地方警察軍の規模と装備は一定の範囲内にとどめ、どこまでも世界政府の権限に挑むような違憲的、反社会的目的に悪用されないようにしなければなりません。
世界政府としては、不正や紛争や暴力が昂じて世界平和を著しく乱したり、あるいは個人的、集団的人権に重大な侵害を及ぼしているような地域において、実行しうる最も公正な条件のもとに和平をもたらしうるだけの、十分な軍事力を指揮下におく必要があるでしょう。世界政府の警察軍は、たとえば、南部アフリカでの白人による黒人弾圧、中東でのイスラエル人によるアラブ人弾圧、北アイルランドでの新教徒による旧教徒弾圧といった状況に、ケリをつけるものでなければならないでしょう。世界警察軍はまた、現在の抑圧的な地方の既成特権階級を廃絶させなければならないでしょう。ただし、このさいの取り決めとしては、こうしたかつての暴君たちが、それまで彼らの犠牲者だった人々によって逆に犠牲にされることのないよう、保護を加えてやることです
このように、廃絶されるべき地方の既成特権階級への有効な保障が設けられたとしても、そうした保障は実施に移さねばなりません。また、たとえ地方の既成特権階級が、その廃絶後の有効な保護を、予め世界政府から保障されていたとしても、いざ実際に世界政府が廃絶への措置をとろうとすると、彼らは武力をもって抵抗を試みないともかぎりません。こうした可能性にかんがみて、私には、やはり世界政府は独自の警察軍を必要とし、その警察軍は武装を必要とし、その武装も十分な強力さを必要とするということは明らかだと思われます。すなわち、世界平和の樹立は秩序を施き、正義を貫くことによってのみ可能なわけですが、この警察軍は、そうした義務を遂行するにあたって直面するかもしれない、考えられる最大限の地方的抵抗に対しても、これを確実に打ち負かせるだけの、十分に強力な武装を必要とするはずです。
人間本性に内在する利己性や、ことに廃絶されるべき抑圧的な地方の既成特権階級に現在みられる暴虐的な性格を考え合わせると、彼らが自分たちを廃絶しようとする動きに抵抗して武器をとり、したがって流血の代価を払って後、初めて廃絶されるケースが、少なくともいくつかは起こるのではないか、と私は懸念するのです。
 

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