それとも正当防衛で無罪か。
どっちなんだろう?
(木づちの音)
(裁判長)それでは開廷します。
ある裁判が始まろうとしている。
僕は友永啓介。
今回裁判員の一人に選ばれた。
僕たち裁判員は法廷で見たり聞いたりする事をもとにこのちょっと不思議な裁判の判決を考えなくてはならない。
裁かれる被告人は猿。
かたい柿をぶつけてカニを殺した罪に問われている。
検察官今回猿がどんな罪を犯したというのか述べて下さい。
はい。
起訴状を読み上げます。
「被告人の猿は何の落ち度もないカニの命を無残に奪いました。
事件当時二十歳だった猿は柿を取れずに困っていたカニの親子に出会いました。
猿は『自分が取ってやろう』と言って木に登り熟れた柿を食べ尽くしました。
その事に文句を言った母ガニに猿は逆上。
まだ青くてかたい柿を執ように投げつけました。
何発も直撃を食らった母ガニと幼い娘2人は体を砕かれて死亡しました。
猿は逮捕されるまでの8年間逃亡を続けました。
これは刑法第199条の殺人罪にあたります。
そしてこの短絡的であまりにも残虐な犯行は死刑が相当と考えます」。
(裁判長)被告人今検察官が読み上げた事実に間違いはありませんか?はい…間違いありません。
(裁判長)弁護人の意見はいかがですか?はい。
殺害の事実は争いません。
しかし死刑という最も重い刑罰を科すには慎重さが必要です。
犯行に至るまでの猿の境遇には同情の余地があります。
また猿は十分に反省し更生しています。
これらの点を考慮し死刑にすべきではないと考えます。
僕たち裁判員に突きつけられたのは猿を死刑にするかしないかの判断。
僕の意見で一つの命の行方が決まってしまうんだ…。
まず検察官は殺されたカニの長男である子ガニを証人に呼んだ。
亡くなったお母さんはどんな人でしたか?とても優しい人でした。
父が亡くなったあともいつも笑顔で僕と妹たちを育ててくれました。
あの柿の木も僕たちに食べさせようと一生懸命育てていたんです。
そんなお母さんを無残に殺されてしまったんですね。
母も妹たちも何にも悪い事をしていないのに…。
僕はあいつを…絶対に許しません。
事件当時あなたは8歳。
学校から帰ったあなたはお母さんと妹さんが殺されているところを目撃した。
はい。
猿は「死ね!死ね!」とすごい形相で青柿をぶつけていました。
僕は怖くて動けなくてただ見ている事しかできませんでした。
それから8年後猿の居所を突き止めたあなたは臼蜂栗牛のフンを伴って敵を討とうとしましたね?はい。
僕は母たちを見殺しにした自分を責め続けてきました。
それを償うためにはこの手で猿を殺すしかないと思っていました。
しかしあなたは猿の身柄を警察に引き渡した。
はい。
でも殺しきれなかったふがいない自分に代わって法律があいつに死を与えてくれると信じています。
もし自分の家族が同じ目に遭わされたら僕はどう思うだろう?犯人を殺してやりたいって思うよな。
弁護人反対尋問をどうぞ。
はい。
あなたの敵討ちの計画はまず蜂と栗が猿に襲いかかる。
そして猿が牛のフンに足を滑らせたところに臼がのしかかりあなたがそのハサミで猿の首を切り落とすというものでしたね?はいそうです。
しかしあなたはできなかった。
それはなぜですか?あいつの家の壁に絵が貼られていて…。
何の絵です?猿の子どもが描いた絵です。
それを見たらどうしても殺す事ができなくなってしまいました。
あなたは本当は猿の命を奪ってはいけないと思っているのではありませんか?愛する人を奪われる悲しみを知っているあなただからこそ。
違う違う!僕が殺せなかっただけなんだ。
あいつは死んで当然なんだ。
続いて弁護人は猿の妻を証人に呼んだ。
ご主人と知り合ったのはいつですか?事件の少し後です。
事件についてあなたは何か知っていましたか?いいえ。
夫が逮捕されるまで何も知りませんでした。
ご主人はどういう方ですか?知り合った頃は口数も少なくてどこか影のある感じでした。
でも子どもができて変わったんです。
あそこにいるのがお子さんですね?はい。
生まれたばかりのあの子を抱いてあの人号泣したんです。
「本当にありがとうありがとう」と何度も私に礼を言って。
よっぽどうれしかったんでしょうね。
ええ。
子ぼんのうというか優しくて本当にいい父親なんです。
裁判員の皆さん猿は一人残された小ガニに対して匿名で仕送りをしてきました。
仕事帰りに工事現場でアルバイトをして毎月5万円ほどを工面していました。
きっとせめてもの誠意だったんだと思います。
本人も本当に後悔しています。
ですからどうか生きて償わせてやってほしいんです!都合がいい事は分かっています。
でも息子から父親を奪わないでやってほしいんです…。
どうか…お願いします!あなたは「生きて償わせてほしい」と言いました。
では具体的にどうやって償うつもりですか?それは…。
毎月の仕送りも償いではなくただ罪の意識を軽くするために行っていたんじゃないんですか?そんな…!またあなたは猿が後悔していると言いました。
ではなぜ8年間も身を隠し出頭しなかったんでしょう?私たち家族の事を考えたからだと思います。
子ガニから家族を奪っておきながら自分の家族は守りたい。
あまりに身勝手だと思いませんか?以上です。
そうだ…猿は身勝手だ。
子ガニから家族を奪った罪は償いきれるものじゃない。
でも幼い子猿から父親を奪っていいんだろうか…。
それを考えると分からなくなるんだよな…。
いよいよ被告人の猿への質問だ。
まずは弁護人から。
あなたはなぜ面識のなかったカニの親子に殺意を抱いたのですか?母ガニに…人でなしと言われたからです。
人でなし?私が一番言われたくない言葉でした。
詳しく教えてもらえますか?私が子どもの頃父はいつも母に暴力を振るっていました。
嫌な事があるとすぐに殴る蹴る。
もう地獄でした…。
そんな父に母がいつも泣きながら言っていた言葉が人でなしでした。
人でなしはあなたのお父さんを指す言葉だったんですね。
はい…。
私は父を軽蔑し心から憎みました。
でも私も…。
何があったんですか?中学に入ったある日鏡を見てがく然としました。
鏡に映る自分があの父にそっくりだったんです。
恐怖でした…。
父のようにだけはなりたくないと思いました。
でもそう思えば思うほどしぐさも言葉遣いも似てくるんです…。
自分の存在に耐えきれなくなっていきました。
追い詰められていたんですね。
それでは事件の日の事を教えてもらえますか?はい…。
あの日当時交際していた女性とちょっとした事で口論になりました。
その時…つい…手を上げそうになったんです。
暴力を振るおうとした?その瞬間私は父になってしまったと思いました。
震えが止まらなくなりました。
そんな時にカニの親子に出会った。
幸せそうな姿が無性にいらだたしくて…木に登り柿を食べ尽くしました。
そしたら…怒った母ガニに言われたんです。
「人でなし」と…。
私の中で何かが切れてしまいました。
「黙れ!黙れ!」という気持ちで柿を投げ続けました。
認めたくなかったんです!本当に申し訳ありませんでした!父親の呪縛に苦しんできた猿は自分に子どもができて生まれ変わる事ができたんだ。
もう少し早く子どもに出会えていたらきっとこんな事件は起こさなかった。
そんな猿を死刑にしていいのかな…。
検察官質問をどうぞ。
はい。
確かにあなたは父親に似ていく自分に嫌悪感を感じ追い詰められていたのかもしれない。
しかしそんな事はカニの家族にとっては何の関係もない事です。
…そのとおりです。
母ガニの何気ないひと言に逆上したあなたはかたい柿を執ように投げ続けた。
一つは胸を貫通し一つは目をそぎ体は粉々に砕けました。
更にあなたは母ガニのそばに幼い子どもたちがいたのを分かってましたよね?はい気付いてました…。
つまりあなたは逃げようとした幼い子どもたちまでも狙った!ただ自分の気持ちを静めるためだけに!はい。
そんなあなたにあえて聞きます。
命ってそんなに軽いものですか?終わります。
裁判員の皆さん。
猿は極めて残虐な方法で親子3人の命を奪いました。
しかもその動機はあまりに自己中心的です。
遺族の処罰感情も強くもはや死をもって償うほかありません。
裁判員の皆さん。
本件は精神的に追い詰められた末の衝動的な犯行であり計画性はありません。
更に猿は十分に反省し一人の父親として更生しています。
これらは死刑を回避するのに十分な理由です。
命を奪った罪は命でしか償えないものでしょうか?猿は生きて償うべきです。
これで全ての審理が終わりました。
これから裁判員の皆さんと判決を話し合います。
僕たち裁判員に託されているのは一つの命だ。
猿を死刑にするか死刑にしないか。
僕はそれを決めなければならない。
2017/08/15(火) 09:30〜09:50
NHKEテレ1大阪
昔話法廷「“さるかに合戦”裁判」[字]
昔話の登場人物を裁判にかける法廷ドラマ。今回は「さるかに合戦」。被告人は、猿。かにの母子にまだ青くて硬い柿を執拗(よう)にぶつけて殺害した、殺人の罪に問われる。
詳細情報
番組内容
「昔話の登場人物が訴えられたら?」という設定のもと、丁々発止のやり取りを描く法廷ドラマシリーズ。今回は「さるかに合戦」。かにの母子が体を砕かれ殺された事件。逮捕されたのは、猿。まだ青くて硬い柿を、殺意をもって執ようにぶつけたのだ。罪を認める猿に、検察官は「残虐極まりない」と極刑を求めた。一方、弁護人は、猿が悔しゅんしていること、衝動的な犯行で計画性がないことを主張。「猿は生きて償うべきだ」と訴える
出演者
【出演】小林聡美,小澤征悦,須賀健太,平川和宏,【声】中村倫也,内田慈,浦上晟周
ジャンル :
趣味/教育 – 中学生・高校生
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